6-24. island inferno 4. 決戦・ムスペルヘイム(前編)
* * * * *
火口から立ち上る噴煙が視界を遮る。
でも、心配していたのとは異なり、噴煙自体は触れたり吸ったりしても問題ないみたいだ。
多分だけどムスペルヘイム自体が討伐対象となっているクエストではないからじゃないかな。何でもかんでも地形ダメージを問答無用で与えて来るというわけではないんだろう。
”視界が悪い……遠距離攻撃に気を付けて”
「うん」
この状況で下から何かしら攻撃をされても、命中するまで気づけないという恐れがある。
飛んでいるとは言え予期せぬ攻撃をかわすことは難しい。
余計なダメージを受けないように慎重に私たちは火口へと降下してゆく。
「……もう、すぐ……よ」
プラムの警告と共に、私のレーダーの反応が更に強く、大きくなっていく。
近づいていくことで大きくなっているのか、それともあまり考えたくないけど徐々にムスペルヘイムが力を取り戻していっているのか……前者であればいいんだけど。
と、しばらく火口内を下っていくと、何やら『檻』のような足場へとたどり着いた。
「プラムの魔法?」
「えぇ……封印、の一つ……だけ、ど……」
「あっちに何か穴開いてねーか?」
オーキッドが指さす方を見ると、確かにそこには大きな穴が開いている。
どうやらこの足場、プラムの魔法で作ったものらしい。
まぁ足場として作ったというよりは、封印の魔法の一部であるらしいから、たまたま足場に使えるというだけだろう。
細かい棘の生えている茨が格子状に絡み合い、火口に蓋をしているみたいだ。
その一部に、大きな穴が開いている。
”……気を付けて! 穴の中から来る!”
穴の下側からモンスターの反応。
這い上がって来たのは、花畑に襲撃をかけてきたムスッペルだ。
「……って、やべぇ!? あちこちに穴開いてんじゃねーか!?」
「来る、わよ……」
そこでようやく私たちは、あちこちに沢山穴が開いていることに気が付いた。
穴の中から次々とムスッペルたちが這い出して来るのが見えた。
”んー、いちいち相手してたらキリがないね……”
「うん。プラム、穴、塞げる?」
「もちろん、よ……という、より……あな、たたち……先に、下に、降りて……私、は、ここの、封印を、かけなおしてから、おいかける、から……」
封印の仕組みはよくわからないけど、この穴を放置しておけばムスッペルが次々と外へと出て行ってしまう。
まずは一旦封印をかけなおしてムスッペルがこれ以上外へ出て行かないようにしてから、ムスペルヘイムを再封印するというつもりなのだろう。
それとも、この茨の蓋を先に直しておかないと、ムスペルヘイム本体への封印に差し障るという事情もあるのかもしれない。
”わかった。ジュリエッタ、オーキッド!”
「……先に行く」
「お、おう!」
プラム一人で大丈夫なのか? とか心配だけど、とにかく一刻も早くムスペルヘイムの状態を確認したい。
穴が開いているとは言えそこからムスペルヘイム自体が現れる様子はないからまだ大丈夫だとは思うが、ここでぐずぐずとしている間に動き出してしまう可能性だってある。
ジュリエッタとオーキッドは、ムスッペルを無視して穴から更に下へと飛び降りて行った……。
* * * * *
飛び降りてすぐ、私たちの真下に巨大な影が見えた。
”いた!”
「あいつがムスペルヘイム」
「う、動いてやがるぅ!?」
心配していたマグマの海にダイブ、ということはなかったけれども――
既にムスペルヘイムは動き出していた。
”……いや、まだ完全には封印は解けていないみたいだ!”
体の大半が冷えて固まったマグマの下に埋もれているため全身像はわからないが、目に見えている範囲だけで十分すぎるほど巨大な相手だというのだけはわかる。
おそらく氷晶竜のような人型に近い形状のドラゴン、だと思う。火龍とかみたいに首の長いトカゲ型のドラゴンではなく、首が短く、直立歩行するタイプではないだろうか。
全身は黒い岩石だろうか? あまり生き物という感じはしないが……あれもおそらく冷えて固まっているだけなんじゃないかって気はする。
そして体の至るところが黒い茨で縛られており、わずかに身じろぎしているものの大きく動く気配はない。
――あれがプラムの魔法による封印か。
あの茨が千切れた時が、ムスペルヘイムが解き放たれ自由に動きまわる時だ。
「殿様、どうするの?」
流石にムスペルヘイムの頭の上には降りれない。
私たちは警戒しつつ、ムスペルヘイムの脇――昨日ジュリエッタたちが踏破した遺跡の出口付近へと降り立った。
向こうはこちらを全く見ていない。
”……ムスッペルを迎撃しつつ、プラムを待とう”
私が出した結論は消極的だった。
というのも、下手に攻撃を仕掛けてしまってそれが原因で封印が解けるのが早まる、というのが一番怖い。
まだムスペルヘイムは自由に動けないようだし、すぐにどうにかなるとは思えない。
問題は、あちこちから湧き出て来るムスッペルたちだ。
ムスペルヘイムの胴体が封じられているであろう冷えた溶岩の隙間から、次々と湧き出てきているムスッペルたちだけど、そのまま天井の穴を目指していくものとムスッペルに取りついているものの二通りがいる。
前者の方がさっき私たちが見たやつ。後者の方は……おそらくムスペルヘイムの封印を破ろうとしているやつだろう。
「……わかった。キャプテン、大砲、ムスペルヘイムに当てないように気を付けて」
「わーってる! けど、ちと難しいぜ……」
ムスペルヘイムに密着しているムスッペルたちをどうにかしようとすると、オーキッドの場合大砲を使うしかないのだけどそうするとムスペルヘイム自体にも当たってしまうだろう。
威力・衝撃共にかなり大砲は強い。下手に使わない方が今は安全かもしれない。
”ムスッペルたちを私たちの方に引き付けよう。全部は無理かもしれないけど、一部でも引き付けることが出来たら、オーキッドは大砲で攻撃ね”
……何で倒すべきモンスター相手に気を遣わなきゃいけないんだろうなぁ。なんてことを思いながらも、今はそうするしかない状況だ。
とにかくプラムが合流して封印について話を聞かないことには、怖くて迂闊なことは出来ない。
二人とも私の言葉に頷くと、すぐさま行動を開始する。
「キャプテン、ジュリエッタの後ろから適当に攻撃して。
ジュリエッタが囮になって、ムスッペルたちを纏めて引き付ける」
「おうよ! あいつから離れたところで、アタシがドカンと一発くれてやるぜ!」
ふむ、この二人……それほど相性は悪くはないみたいだ。
若干ビビりな本性が見え隠れしているオーキッドだけど、勢いに乗っている時は悪くない。
傍で戦ってくれるのがジュリエッタ――私の知る限り、最強格の魔法少女なのだ。彼女も昨日一緒に行動したことでそれはわかっているのだろう、結構強気になっている。
この勢いのままムスッペルをある程度処理出来れば……そしてプラムが間に合いさえすれば、恐れていたことは起きないかもしれない。
「殿様、前に出る」
”うん! 回復は私がやるから、ジュリエッタは好きに暴れ回っちゃえ!”
私に出来るのは大まかな作戦指示までだ。
実際の戦闘の細かいところは、ジュリエッタ自身が考えた方が早いし絶対に強い。
私は彼女が回復に気を取られずに全力で戦えるようにサポートするのが、ここからの役割である。
「ライズ《フレイムコート》、ライズ《フレイムヴェイン》!」
炎防御に加えて新たにもう一つ、見たことのないライズを使う。
《フレイムヴェイン》……『炎を征する者』の名前からすると、新しく考え付いた『炎属性の敵に有効打を与える』というライズなのだろう。
……この『ゲーム』の魔法のいいところは、予め決まった魔法しか使えないというわけではなく、ユニットの子自身の発想次第でどんどん新しい魔法を作っていけることだ。
発想力を鍛える知育教育にいいかもしれない……なんて、そんなことを考えている場合じゃないか。
「はぁっ!」
ムスペルヘイムに取りついているムスッペルたちが接近に気付くよりも早く、更に加速したジュリエッタが素早く突進。手近にいたムスッペルを手刀で切り裂く。
私の予想通り、先程使った《フレイムヴェイン》の効果だろう。ムスッペルの身体がまるで実体があるかのように両断され、上半身と下半身が泣き別れとなる。
が、これだけでムスッペルが倒せないのも想定している。
ジュリエッタはそのまま続けて、次々とムスッペルたちへと攻撃を仕掛けていく。
”……大分こっちにイラついているみたいだね”
ムスッペルに果たして感情があるのかはわからないが、どうやらジュリエッタのことをムスペルヘイムの封印を解くための大きな障害とは認識したらしい。
じわり、じわりとムスッペルたちがムスペルヘイムから離れ、ジュリエッタの方へと接近してくる。
「……大丈夫、狙い通り……」
表情の全く見えない炎の巨人にじりじりと迫られてくるのは、何とも言えない不気味さがある。
それでもジュリエッタも表情一つ変えず、それらを捌き、徐々にムスペルヘイムから距離を取ろうとしている。
ここまでは狙い通り……このままムスッペルたちをオーキッドの砲撃が出来るところまで誘導。一網打尽にして数を減らす……ことは出来るはずだ。新手がどんどん出て来るけど、それを気にしている余裕もない。とにかく目の前にいる相手を片っ端から倒していくことしかできないのだから。
でも、私たちは甘かった。
「っ!? 熱っ……!?」
大きく跳躍し、一気に距離を取ろうとしたジュリエッタだったが、着地と同時に苦痛に顔を歪める。
”モンスター……足元!?”
ジュリエッタの着地地点にまるで狙いすましたかのように――いや、狙いすましたのだろう、新手のモンスターが現れていた。
ドロドロに溶けた岩が生き物のように蠢いている……ジュリエッタが昨日遭遇したという『マグマドロン』とかいうモンスターだ。
ムスッペルのように、固まった溶岩の隙間からぬるりと溶けた溶岩そのものの手を伸ばしてジュリエッタの足首を掴んでいる。
「ぐ、ぅ……!」
拙い。
ダメージもさることながら、足を封じられてしまった!
マグマドロンと連携するように、ムスッペルたちが急に機敏な動作となって一斉にジュリエッタへと飛び掛かってくる。
これは……かなり拙い。竜巻触手を使っても全部は捌き切れない。
そして一度相手に殺到されてしまえば、いかに炎防御を使っていたとしてもあっという間に焼き殺されてしまうだろう――特にジュリエッタのライズは効果時間が短い。
「ジュリエッタ! 捕まれ!」
とそこへ離れて砲撃のチャンスを待っていたオーキッドが叫び、ジュリエッタに向けて何かを投げつけて来る。
迷うことなくジュリエッタはそれを掴むと共に、掴まれている足をメタモルでスライムに変形させて切り抜ける。
オーキッドが投げつけてきたのは、ロープだった。
……そういえば昨日の対戦でも使ってたっけ。『鮫帝号』に備え付けられている何の変哲もないロープだけど、オーキッドの手にかかればこれも強靭な霊装と化す。
「オッラァァァァァッ!!」
ジュリエッタがロープを掴んだのを確認すると、一気にロープを引っ張りジュリエッタを放り投げるようにしてその場から脱出させる。
よく見るとロープはオーキッドが手に持っているわけではない。空中に開いた『黒い穴』から伸びている。
そのロープが物凄い勢いで穴に吸い込まれるようにして巻き上げられているのだ。
多分、『エンペルシャーク』に備え付けられている巻き上げ機にでも繋がっているのだろう。
「……助かった、キャプテン」
「へっ、いいってことよ!」
オーキッドのフォローのおかげで窮地を脱することは出来た。
片足は犠牲になってしまったけど、ジュリエッタならメタモルですぐに再生させることが可能なレベルだ。
”ごめん、ジュリエッタ! 他の敵の可能性も考えておくべきだった……”
レーダーに直前まで映らなかったから、なんて言い訳にはならない。
オーキッドがいなかったらかなりヤバいことになっていただろう。
「殿様の、せいじゃない……昨日見ていたのに……」
慰めではなく、本気で悔しそうにジュリエッタは唇を噛み締めて後悔している。
マグマドロンの存在自体は実際に目にして認識していたはずなのに、ムスペルヘイムのいるこの火口には現れないと思い込んでしまっていたのだ。
その点でも私の想定が甘かったと言えるんだけど――
「そーゆーのは後にしな! やつら、こっちに来るぜ!」
オーキッドの言う通りだ。謝罪合戦は後でも出来る。
それよりも今は敵の方に気になる動きがある。
――なんで急に向こうから積極的に向かってくるようになったのか?
ムスペルヘイムの解放を狙っているとばかり思っていたけど、私たちが攻めてきたからそちらに意識を向けるようになったということだろうか?
「……殿様、ヤバい……!」
「うげっ!?」
”あっ……!?”
私たち三人は同時に気が付いた。
……ムスペルヘイムがこちらを見ている。
ムスペルヘイムが首を動かし、下にいる私たちの方へと顔を向けているのだ。
そ、そこまで封印が解けかかっているっていうことか!?
こちらを向いたムスペルヘイムの口が大きく開き――
ゲボォッ
……と口から大量の『何か』を吐き出す。
炎とかではない。ボトボトと、垂れ流すように――でも、大量に吐き出している。
「うぇっ!? ゲロ吐きやがった!?」
……うん、まぁ見た感じオーキッドの感想そのまんまかな。
でも……。
「……違う。あれ、マグマ……?」
”……い、いや……モンスター反応!?”
ムスペルヘイムから吐き出された大量の溶岩が、次第に形を成していく。
周囲に広がっていたムスッペルやマグマドロンたちも、次々にその溶岩へと飛び込んでいき――
”……ムスペルヘイム……!?”
目の前に石像のように佇むムスペルヘイムよりもかなり小型化してはいるものの、それでも十分巨体を持つ溶岩で出来たドラゴン――小型のムスペルヘイムが出現したのだった。




