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6-23. island inferno 3. 花畑防衛戦線

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ラビたちが火口のムスペルヘイムへと向かっている間、ヴィヴィアンたちは花畑の防衛を行っていた。


 ――ムスッペルたちは今は()()こちらに向かっているもの以外は積極的には向かって来ないようですわね。


 《グレートロック》が飛び立った後、すぐさまヴィヴィアンは小型の召喚獣を呼び出し周囲の様子を探らせる。

 その結果、ムスッペルたちは積極的に花畑に向かって来ているわけではなく、たまたま花畑の方向へと進んでいた一団が来ているだけというのがわかった。


 ――とはいえ、そのままというわけではないでしょうが。


 ムスッペルの総数が数えることも馬鹿らしいくらい多いことは偵察でわかっている。

 それら全てが花畑にすぐさま殺到してこない、というのは朗報ではあるが、今後もそうとは限らない……とヴィヴィアンは思う。

 小型召喚獣で偵察を常に行いつつ、現れたムスッペルを迎撃。ラビたちがムスペルヘイムをどうにかするのを待つ、それが今ヴィヴィアンたちの取れる唯一の手段だ。

 ……この花畑を防衛する『意味』と『意義』について、ヴィヴィアンはラビからは何も聞いていない。

 ラビのことだ、口にしていないということはヴィヴィアンたちに知らせる必要のないことである、と判断しているのだろうとヴィヴィアンは思う。

 しかし、だからと言って花畑を無視していいという理由にはならないだろう、とも思う。


 ――ご主人様が気にされていた、プラム(海斗)様の想い……この花畑と無関係とは思いづらいですわね。


 であれば、理由など聞く必要もない。

 ラビもヴィヴィアンが残ることを止めなかった。

 ここを守ることも、今回の戦いでは重要なことなのだろう。それだけがわかればヴィヴィアンにとって十分である。


「お二方、準備はよろしいでしょうか」


 召喚獣の監視から、もう間もなく次のムスッペルたちが森を抜けて花畑に到達することがわかっている。


「くくく……」

「だ、だいじょうぶでしゅ!」


 相変わらず何を考えているのかわかりにくいキンバリーと、緊張しているのであろうシオ。

 とりあえずいざ戦闘となっても動けることがわかれば十分だ。


「結構。それでは、僭越ながらわたくしが先陣を切らせていただきます」


 ムスッペルたちが森の奥から見え隠れしているのを確認し、ヴィヴィアンが自身の霊装『全知全能万能魔導書』を広げる。

 先程は不覚を取り、情けない(あくまで彼女視点)姿を主人に晒してしまったが、同じ失態は繰り返さない。


「サモン――《ヴォジャノーイ》」


 先手として召喚したのは新たな召喚獣だ。

 薄い青緑色の、相変わらず出来の悪いポリゴンで出来たような姿の、巨大カエルである。

 《ヴォジャノーイ》は花畑と森の間にでん、と構えると大きく口を開く。

 次の瞬間、まるでレーザー砲のように鋭く、早い一閃が森の中へと撃ち込まれムスッペルを穿つ。


「ほう、水の精霊か。しかし、それだけではムスッペルには通用しないのでは?」

「いえ……これだけではございません」


 キンバリーの(この期に及んでなぜか)余裕のある呟きに対し、ヴィヴィアンは否定を返す。

 指摘通り、水のレーザーはムスッペルを貫いたものの、それだけでは倒すことは出来ないのはわかっている。

 穿ったはずの穴はすぐに新しい炎によって消されてしまう――と思われていた。


「あ! やっつけたでしゅ!? すごい! なんで!?」


 まるで溶けるように、《ヴォジャノーイ》の一撃を受けたムスッペルが崩れ落ち、やがて消滅していったのだ。


「あれはただの水ではございません。炎を確実に消し止めるための、特殊な粘液でございます」


 ムスッペルの炎の特性は先程の戦いで見た。

 それを見た以上、ヴィヴィアンにとっては何通りでも倒す方法を自在に思い浮かべることが可能なのだ。

 《ヴォジャノーイ》を()()にあたってヴィヴィアンが付与した能力は、単なる水を吐き出すだけではなく、着弾した箇所から徐々に広がり、炎を消し去る『粘着力』と『耐熱性』を備えた粘液を発射できるようにしたのだった。

 果たしてヴィヴィアンの狙い通り、《ヴォジャノーイ》の粘液を浴びたムスッペルたちが次々と迎撃されていっている。

 更には、粘着液は周囲の木々にも付着して延焼しないように防いでいる。


 ――あの魔物が放った炎……万が一にも、あの炎から新たなムスッペルが現れないとも限りません。予防できるのであれば、しておいた方が無難でしょう。


 ヴィヴィアンはムスッペルが訪れるのは避けられないとは思っていたが、必ずしも火山の方からしか来ない、とも思っていなかった。

 ムスッペルが放った炎――そこから新たなムスッペルが現れる可能性を考えていた。

 これが単に『炎を纏った巨人』というのであれば気にする必要はなかっただろうが、なにせムスッペルは『生きている炎』とも呼べる存在だ。

 となると燃え移った炎から次々と現れる、ということもありうると思えるのだ。

 現れた分だけ倒せばいい、とは考えない。

 ヴィヴィアンならば一度召喚獣を呼び出しさえすれば魔力の消費なしに攻撃することが出来るが、キンバリーとシオはおそらく違うだろう。


「む、他の方向からも来たぞ」

「そ、そのカエルしゃん? もっとよぶでしゅ!」

「いえ……残念ながら、わたくしの召喚獣は複数呼ぶことはできませんので」


 《ヴォジャノーイ》を複数呼び出せるのであれば、この場において何よりも頼りになる戦力となったであろうがそれは叶わない。

 同じような能力を持った召喚獣を別途考えるというのも一つの手だが、それはこの場を切り抜けるためだけの手であって、長い目で見れば『悪手』と言える手だ。

 ではどうすればよいか。


「サモン……《モービィ・ディック》」


 《ヴォジャノーイ》を呼び出したのとは別の方向に向けて新たな召喚獣を呼び出す。

 そこから出現したのは、巨大な『壁』だった。

 白い結晶の壁が唐突に現れ、ムスッペルたちの進軍を防ぐ。


「足止めにしかなりません。

 キンバリー様、わたくしたちを花畑ごと隔離するような『影』はお作りになれるでしょうか?」

「くく、造作もない」

「では、一か所だけ入口を開けて壁をお願いいたします。そして、わたくしの合図と共に封鎖をしてください」

「……よかろう」


 ヴィヴィアンの意図がわからず、キンバリーは怪訝そうに眉を顰めるものの、言われた通りに行動する。


「我が真影をここに! 【日陰者(シェイダー)】――シャドウアーツ……《ダークネスキャッスルウォール》」


 花畑とその周囲を取り囲むように巨大な影の壁が出現する。

 更に【日陰者】を使うことにより範囲を拡大、壁をより強固にして守りを固める。


「タマサブロー様、ライドウ様。敵が集まったら合図をお願いいたします」

”? えぇ、わかったわ”

”ふむ、何をするつもりかは拙者にはわからぬが……心得た”


 キンバリーの壁によってムスッペルたちの侵入する方向を一つにする、という狙いだろうかとヴィヴィアン以外は思っている。

 もちろん、そのような消極的な方法を取るヴィヴィアンではない。

 召喚獣による監視はしつつも、より確実に使い魔のレーダーに頼り、敵が集まるのを待っているのだ。

 《ヴォジャノーイ》を一か所だけ開けた穴の前へと配置、《モービィ・ディック》で守らせつつ地道にムスッペルたちを迎撃しているが、次第に敵の増加するペースが上がって来た。

 ムスッペルたち同士で意思疎通をどのように行っているのかは不明だが、()()に脅威となる存在がいる、と伝えあっているのだろう。バラバラに動いていたムスッペルたちが明らかに花畑に殺到しようとしていた。


”来るわよ! っていうか、もうこれ……周り全部火の海になっちゃってる!!”


 タマサブローの悲鳴混じりの声が響く。

 このままでは《ヴォジャノーイ》の攻撃も追い付かなくなり、更にはキンバリーの壁をも乗り越えて来るかもしれない。

 そうなればユニットたちは何とか逃げ切れるかもしれないが花畑は確実に焼き尽くされてしまう。


「……キンバリー様、わたくしが召喚獣を放った後、壁を閉じてくださいますか?」

「くく、なるほど、汝の意図――そういうことか」

「?? どういうことでしゅ?」


 ヴィヴィアンのやろうとしていることを読み取ったキンバリーが愉快そうに笑う。

 シオはまだピンと来ていないようだが……。

 細かい説明はせず、ヴィヴィアンはすぐさま《ヴォジャノーイ》と《モービィ・ディック》をリコレクトして魔力を回復――この場における『切り札』を召喚する。


「――サモン《カリュブディス》!」

「閉じよ、影の城門よ!」


 ヴィヴィアンが召喚獣を呼び出すと同時に、キンバリーが一か所だけ開いていた箇所も影で塞ぐ。

 彼女が呼び出した召喚獣――《カリュブディス》。

 最初にムスッペルたちと戦った際に『有効打』がないかを考えた末に、極短時間でヴィヴィアンが創り出した『切り札』となる召喚獣である。

 影の壁に阻まれキンバリーたちには見えなかったが――


「……っ、ぐっ……!? これは……我が秘術(ギフト)を使っておいて正解だったようだな……!」


 突如影の壁へと圧し掛かって来た『圧力』に、キンバリーがわずかに顔を歪める。

 物理的なダメージを受け付けない影であっても、尚感じさせられる『圧力』――その正体は、


”……すごい! 敵の数が一気に減っていっているわ!”


 一瞬で無数のムスッペルたちを消滅させているのは、『渦潮』だった。

 ヴィヴィアンの呼び出した《カリュブディス》――その正体とは、荒れ狂う『渦潮』の化身である。

 《カリュブディス》そのものの姿は、小さな人魚のような姿をしている。

 それだけならば《ウンディーネ》と似たようなものと思えるが、能力は比較にならない。

 ラビの世界で言うギリシア神話において、海に放逐されその周囲に渦を発生させる恐るべき魔物……それが《カリュブディス》である。

 召喚獣としての能力も同じで、自身の周囲に無制限に大量の水を発生させ、それを巨大な『渦潮』とすることにある。

 今、影の壁の外側では、大きな船をも容易く飲み込む巨大な『渦潮』が発生しているのだ。


「……この場にキンバリー様がいて助かりました。下手をすると、花畑ごと皆様を呑み込んでしまいかねないので……」


 もしキンバリーがいなかったとしたら、ヴィヴィアンは《カリュブディス》を使うことはしなかっただろう。

 彼女の言葉通り、対戦中ではないのでダメージは入らないとは言え、全員を渦の中に巻き込んでしまいかねないためだ。


 ――《エクスカリバー》にしろ、《ケラウノス》にしろ……どうしてもデメリットがつき纏ってしまいますね……。


 使いどころが限られるが効果範囲・威力共に《ケラウノス》のような規格外の召喚獣なのは間違いない。

 ただ、自分でもわかっている通り、強力な召喚獣であればあるほど、呪われているかのようにデメリットも一緒についてきてしまうのだ。

 特に《カリュブディス》に関しては味方を巻き込む恐れがあるという点で、強烈すぎるデメリットと言えるだろう。


「……これで大分数は減ったと思われますが、ご主人様たちがムスペルヘイムを止めない限り、ムスッペルの進軍は止まらないと推測いたします」

”そうね……折角倒したってのに、どんどん新手が来ているみたいよ”

「も、もう一回さっきのすごいやつはだせないんでしゅか!?」

「…………出すことは可能ですが、そう何度もは使えませんね……申し訳ございません」


 更に欠点として、《ケラウノス》のように一発限り、ということはないのだが《カリュブディス》もまたリコレクトが効かないというものがあった。

 連発は可能ではあるがその都度大量の魔力消費をしてしまうというわけだ。

 無限に湧いてくるかのようなムスッペルの大群相手に使うとしても、あっという間に魔力が枯渇してしまうだろう。

 ムスッペルが集まりすぎてどうしようもなくなった時に、キンバリーの影の壁と合わせて使うしかない。


”シオちゃん、こうなったらあなたも戦うしかないわよ!”

”ぬぅん! キンバリー、お主も本気を出すのだ!”


 ヴィヴィアン一人でムスッペルは止められない。

 ここから先は、ラビたちがムスペルヘイムをどうにかするまで、三人の力を合わせて抑えるしかないのだ。


「わ、わかったでしゅ!」

「くくく……我が闇の力、炎の眷属に味わわせてやろうぞ」

「……それでは、《カリュブディス》を使う時には合図をいたします。皆様、なるべく離れないようお気を付けくださいませ」


 元より花畑の防衛が目的だ。言われずともそれほど距離を取ることはないだろう。

 三人は出来るだけ離れないよう、しかし互いの戦いの妨げにならないようにムスッペルたちへと向かって行く……。


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