6-22. island inferno 2. 壊乱の島
「そん、な……早すぎ、る……わ……」
愕然とした様子で火山を見つめ、プラムが呟く。
早すぎる、とはムスペルヘイムの活動が……ということだろう。
あの火山の様子を見て、あそこに封じられていたムスペルヘイムと無関係と思えるほど楽観的になれる人間は普通いないだろう。
「おいおい、何だって火山が噴火するんだよ?」
……いたわ。
”ぬぅ、面妖な!”
更にもう一人。
「くくく……」
……この子はわからないなぁ……。
冗談はさておき、これで本当に無関係だったら私たちの杞憂だった、で済むんだけど。
”プラム、やっぱり……ムスペルヘイムが動き出したってことなのかな?”
「…………いえ」
あれ? もしかして安心していい場面?
でも私の一瞬の期待とは裏腹に、プラムは真剣は表情のまま火山を見つめて続ける。
「……ま、だ……完全に封印が解けたわけじゃ、ない、わ……」
そう言いつつ、今度は自分の右手を見る。
よく見ると彼女の右手――その五本の指の根本に、真っ黒い茨のような『指輪』が付けられている。
昨日は気づかなかったけど……。
「なるほど、その指輪がムスペルヘイム封印の鍵、というわけでございますね」
「……それが全部壊れると、封印が解ける……? いや、封印が解けたってわかる……」
ウチの子たちはプラムの様子から察したみたいだ。
実際にムスペルヘイムを見たジュリエッタ曰く、どうも全身を黒い茨によって封じられていたというし、プラムのあの指輪はそれとリンクしていると考えてよさそうだ。
二人の言葉を肯定するようにプラムは頷く。
「そ、う、よ……だか、ら……まだ、ヤツは……動けない……で、も」
五つの指輪の内、親指に付けていた指輪が一瞬で燃え上がり、灰となって消えて行った。
”……どうやらあんまり時間はなさそうだね”
指輪が全部なくなった時が、ムスペルヘイムが解き放たれる時……ということだ。
それまでどの程度の時間があるのか……こういう時はあまりないと見た方がいいだろう。
さて、どうするか――昨日、海斗君から話を聞いた時点では『まぁ戦ってもいいかなぁ』くらいにしか結局思わなかったけど……。
”――よし、とにかくムスペルヘイムの動向を確認しよう。ここで留まっていても仕方ないし”
「畏まりました、ご主人様」
「うん、ジュリエッタ、やる」
昨日話を聞いて、海斗君がなぜこの島を守りたいと思ったのか、その理由は納得で|き》たし共感できるのもあった。
でも私はそれでも完全に理解を示したわけではないのだ。半分くらいは私の我儘も含まれているんだけどさ……。
だから今から火山へと向かうのは、ムスペルヘイムと戦うためではない。
”プラム、昨日の私の話、覚えてるよね?”
「……え、ぇ……」
”ならいい。でも、酷なようだけど……キミが諦めようとしているもの……どうするかの決断、なるべく急いでね”
「…………わかって、る、わ……」
結論を急がせたくはないけど、ここまで事態が一気に進行しているとは思わなかった。
なら悪いけれど、早めに結論を出してもらわないと困る。
”とにかくまずはムスペルヘイムの様子を確認しに行こう”
戦うためではなく、ムスペルヘイムの様子を見る、それだけのためにまずは私たちは向かおうとする。
ただ……事態がここまで進行しているとなると、否応なく火山に向かったらそのままムスペルヘイムとの戦闘になるかもしれない。その覚悟だけは決めておこう。
「ちょっと待った! アタシも行くぜ!」
”……オーキッド?”
が、そこでまさかのオーキッドからの待ったがかかった。
あ、いや待ったというか彼女も着いて行くということか。
でも何でまた……?
「ムスペルヘイムって、昨日のあいつだろ? へへっ、ならあいつを倒したら、何かお宝が手に入りそうな気がするんだよな!」
……まぁ、それは否定できないかな。多分、倒せたなら『称号』と『記念品』は手に入ると思う……倒せれば、だけど。
”うーん……オーキッド、私たちも直接戦ったわけじゃないから断言できないけど……多分、めちゃくちゃ強いよ? マジで死ぬかもしれないよ?”
ユニットの子ならリスポーンは出来るだろうけど、それでも痛い思いをすることには変わりない。
こう言えば意外とビビりっぽいオーキッドなら引き下がってくれるだろうと思って口にしたのだが、私の予想とは裏腹に不敵な笑みを浮かべる。
「へっ、お宝目の前にして海賊がビビってられるかってのよ!」
”……”
強がりだとしても、ロールプレイでそこまで言えるとは大した度胸だ。
うーむ、これは言ってもわかってくれないよなぁ……放っておいても一人で突撃しちゃいそうだし……。
「……私、も、行く……わ」
”プラム?”
「ま、だ……決断した、わけじゃない、けど……」
言いながら右手に嵌められた残りの指輪を翳す。
「今なら、まだ……間に合う、はず」
そうか、一度封印できたのだから、封印が解ける前に更に上書きしてしまえばいい、そういうつもりか。
確かにそれならまだ間に合うかもしれない。
……プラムは未決断のままだけど、だからと言ってじゃあ封印もさせない、と何て言えないか。
「ふむ……それでしたら、ご主人様。わたくしはここに残り、巨人どもから庭園を守りたいと思いますが、いかがでしょうか?」
む……そうか、ムスッペルたちもまだ残っている、ていうかどんどん湧き出てきているし、花畑を守ることも考えなきゃいけないか。
プラムが火山へ向かうと言っている以上、確かにここの防衛も必要だけど……。
「くくく、では我もここに残ろうぞ」
何とキンバリーも残ると言う。
うむむ……。
「シオ、よろしく、ね……? お姉さん、たち、の……言うこと、ちゃんと、聞く、のよ……?」
「プラムしゃま……わかったでしゅ……」
流石にシオちゃんはムスペルヘイムの元に連れて行くつもりはないようだ。
んー、でもこれでムスペルヘイムに三人、花畑の防衛に三人……戦力的には五分か。
本当は全戦力で一気に攻撃を仕掛けるのが一番いいんだろうけど、花畑の防衛も今回に限っては勝利条件の一つなのだ。疎かには出来ないか……それを知ってるのは、プラムと私。後はひょっとしたらタマサブローもかな? それくらいしかいないんだけど。
”……わかった。ヴィヴィアン、よろしくお願い。私は――”
「わかっております。ご主人様はジュリエッタと共に。
ジュリエッタ」
「うん……殿様、絶対守る……」
ユニットだけでムスペルヘイムのところに送り届けてしまえば、最悪『強制転移』するなりリスポーンさせるなりでリカバリーを計ることが出来るだろう。
でも一度でいいから私自身の目でムスペルヘイムを確認しておく必要がある。
モンスター図鑑の情報は相手を倒すまでは大したことは載っていないとはいえ、全く情報がないよりはマシだ。
それに、ムスペルヘイムと戦うとなったら回復アイテムの数が気になるところだ。ジュリエッタのアイテムホルダーだけで足りればいいんだけど……きっとそうはならないだろう。
ヴィヴィアンの方も魔力消費が激しいので私からの回復があると大分安定するのだけど、どちらかと言えばムスペルヘイムに向かうジュリエッタの方が今回は不安だ。
二人とも私の考えることはわかっているのだろう、あっさりと私をジュリエッタへと付けることに二人で納得している。
……この二人、相性良くないんだか良いんだか……。
”ライドウとタマサブローはこっち残ってて! いざとなったら、プラムたちを回収してあげて”
”……わかったわ。あんたは大丈夫なんでしょうね?”
”うん、まぁ私の方は何とかなるから大丈夫だよ”
いや、本当はそんな何とかする奥の手なんてないんだけど。
……ジュリエッタならきっと大丈夫。そういう信頼もある。
とにかくタマサブローたちまで火山に来てしまうと、こっち側の状況把握が出来なくなってしまう。
回復しづらくなるのは厳しいかもしれないけど、どうしても使い魔を全員一か所に集めるのは今回は難しいと言わざるをえない。
”むぅ、承知した。オーキッド、貴殿であれば問題ないな?”
「おう、アタシに魔力回復はいらねーからな」
あ、そうか。スティールしか魔法持ってないオーキッドにとっては、使い魔からの回復ってあんまり意味がないのか。
「私、も……心配、いら、ない、わ……」
こっちはどういう根拠があるのかわからないけど、強がりではなくさらりと言ってのけるプラム。
……信じるしかない。
”よし、ヴィヴィアン、《グレートロック》出して! そしたら回復するから、後はこっちをよろしくね!”
「はい。ご武運を」
移動に使う時間も魔力ももったいない。
ヴィヴィアンに移動用の召喚獣を出してもらいそれで火山へと私たちは向かう。
花畑の防衛はヴィヴィアンたち三人に任せよう。
”行くよ、ジュリエッタ、プラム、オーキッド!”
「うん」
「え、ぇ……」
「おうよ! お宝がアタシを待ってるぜ!」
……三者三葉の反応を見せつつ、私たちは異変の中心であろう火山へと向かって行くのだった……。
* * * * *
流石にムスッペルたちでも空中を飛ぶ《グレートロック》へと攻撃をすることは出来ないみたいだ。
顔がないから表情はわからないけど、こちらを見上げたような雰囲気はある――すぐに花畑へと歩みを戻すけれど。
”……数が多すぎる……!”
問題はムスッペルたちの数だ。
さっき花畑にいた時にはわからなかったけど、森の外……平原や火山周囲の荒野など、もはや『火の海』と言っても過言ではないほど、ムスッペルたちが密集している。
幸いなのは、奴らは特に何か目標があって動いているわけではなく、全部が積極的に花畑へと向かっているわけではないということだ。
……でもそれも時間の問題かもしれない。安心できる材料は全くない。
「火山から、いっぱい来てるみたい」
”そうだね。ムスペルヘイムの眷属だからかな”
私たちが向かおうとしている火口から、次々と炎の塊が湧きだしてきている。
やはりというべきか、ムスペルヘイムを何とかしない限りムスッペルは無限湧きなのかもしれない。
”ジュリエッタ、プラム、オーキッド。火口があんな様子だと、もしかしたら中はマグマでいっぱいとかかもしれない。上手く動けない可能性もあるから、その時は無理しないでね?”
無理しないと勝てない相手だとは思うけれども、そこまで無理する必要もない、というのが今の私の気持ちだ。
ジュリエッタはライズである程度は耐えることは可能だろうけど、マグマの海を泳げるほどではないだろう。
プラムの魔法は植物に関係している。『ゲーム』的にも現実的にも、植物の天敵は『炎』だと思うし、相当相性は悪そうだ――でもムスペルヘイムを封印したってことは何か対抗策があるのかもしれないけど。
オーキッドに関しては全くの未知数だ。以前手に入れた霊装で炎防御力が高いものとかあればいけるのかもしれない。
「大、丈夫……ま、だ、そこまで……溶岩は、出ていない、はず……」
ムスペルヘイムの封印でわかるのだろうか。実際に目にしてみないと何とも言えないけど、プラムがそう言えるだけの根拠があるのだろう。
ふむ、それならまだ戦いやすいか……?
まぁ、どっちにしても火口内にはムスッペルたちも一杯いるだろうし、炎に対する備えだけは欠かせないのには変わりない。
「もう一、度……やつに、封印を……かける、わ……倒す、のは……その後、に」
「むー……」
ジュリエッタは若干不満そうではあるものの、取り立てて反論はしなかった。
真正面から戦って打ち倒したい、という思いはあるのだろう。封印した後に倒すっていうのが、何か寝込みを襲うみたいな感じがして嫌なんだろうなぁってのは、気持ちとしてはわかるけどね。
ただそうも言ってられない相手なのも確かだ。
以前『嵐の支配者』と戦った私にはそれがわかる。楽して勝てるならそれに越したことはない――もっと言えば、戦わずに済ませられるのであればそれが一番なんだけど。
「封印、に……少し、時間が、かかる……から、その間、は、お願い……ね?」
「わかった」
「へっ、その前に倒せりゃいいんだろ?」
……それが出来たら苦労しないんだけどなぁ……。
そうこうしているうちに、《グレートロック》が火口付近まで私たちを連れて行ってくれた。
相変わらず火口からはムスッペルたちが湧きだし、また火口内からは噴煙が立ち上っていて内部が見えない。
でも――
”……いる……! スゴイ大きさのモンスターの反応がある……!”
私のレーダーに巨大な反応があった。
間違いなく、これがムスペルヘイムだろう。『嵐の支配者』の時みたいに巨大すぎて見えないなんてこともないが、かといって普通のモンスターとは比べ物にならない巨大さだ。
「殿様、こっち」
《グレートロック》に乗ったまま火口に突入、という手は取れない。戦闘用ではないし、輸送用とは言っても《ペガサス》みたいな速度で飛んでいるわけでもないのだから、いい的にしかならないだろう。
飛び降りようか、というところでジュリエッタが私を胸に抱きかかえる。
はて? これだと戦いにくいんじゃないだろうか。
そう思ったところで、ジュリエッタがメタモルを使う。
『冥界』の最後、アンジェリカ戦の時にやったみたいに、メタモルで体を大人の姿に変えたのだ。
……で、私はというと、成長したジュリエッタの胸の部分にまるで取り込まれるようにして固定されている。
”うわっ!? ……こ、これなら、まぁ落っこちたりはしないだろうけど……”
「大丈夫? 苦しくない?」
”う、うん。それは平気……”
平気なんだけど……その、背中に当たる感触が……。
……人体の構造に関してはかなりいい加減な『ゲーム』の癖に、なぜかそういうところは割と忠実に再現しているのが不思議なんだよなぁ……。
「キャプテン、飛べる?」
「……飛べねぇ……」
「わかった。ジュリエッタに掴まってて」
空を飛べる霊装も持っていないみたいだ。
オーキッドも抱きかかえ、ジュリエッタが飛ぼうとする。
「グロウアップ……《大葉根榊》」
プラムはどうするのかと思いきや、何と自分自身の身体に種を植え付け魔法を使う。
すると、彼女の背中から一対の大きな羽根――いや大きな植物の葉っぱが現れる。
ギザギザに鋭く尖った葉っぱ……名前の通りの『榊』だろうか、どうやらそれを使って空を飛ぶことは出来るみたいだ。
……彼女の魔法、かなり規格外な上に色々と出来るのか……もし本気で戦うこととなったら、かなりの強敵となるに違いない。今回の一件が全て片付いたらジュリエッタが対戦したいって言ってたけど、果たしてどうなるかな……。
「プラムは大丈夫そう」
「え、ぇ……自由、に、飛ぶ……のは、苦手……だけ、ど、火口まで……なら、十分、よ……」
なるほど。流石に本物の鳥の翼とは違って、飛ぶことそのものは難しいのか。
とすると、グライダーみたいに滑空する用の翼ってことかな。
とにかく火口内のムスペルヘイムの元へは行くことは出来るみたいだ。
”……よし、花畑の方も心配だし、手早く行こう!”
向こうも心配だ。大量のムスッペルたち相手にいつまで保つかわからない。
私たちは《グレートロック》から飛び降り、ムスペルヘイムの元へと急襲をかける……!




