6-21. island inferno 1. 炎の巨人
お昼ご飯を食べた後、私たちは昨日と同じで鷹月家へと移動した。
桃香の部屋でもいいんだけど、無礼な親戚が部屋へと上がり込んでくる可能性がある、とのことだ。
……薄々察してはいたけど結構複雑な状況みたいだ。想像でしかないけれど、桃香やその兄へ『縁談』を持ちかけて来るようなのもいるんじゃないかな……だから桃太郎さんたちが桃香に外に行くように言っているんじゃないかと思う。
流石にそこまで私が口を挟むことなんて出来ないし、そもそも私の想像でしかない。
ともあれ、桃香の部屋は今日に限っては安全地帯ではないため、あやめの部屋の方が安全なのだ。流石に鷹月家までずかずかと乗り込んでくるようなのはいないはずだし。
あやめには連日で申し訳ないけど、桃香が『ゲーム』に行っている間、見張りをしておいてもらう。
……いい加減、あやめの使い魔も見つけ出して一言物申したいところだけど、今のところ一切手がかりがないのでこればかりはどうしようもない。
『”千夏君、準備は大丈夫?”』
あやめの部屋まで移動し、こちらの準備は整った。
千夏君へと遠隔通話で尋ねてみると――
『っす。問題ないっす』
との返事が。
よし、これでこちらは準備オーケーと。
”あやめ、悪いけど海斗君にこれから向かうって連絡しておいて”
「はい。畏まりました」
もしかしたら向こうが先に行っているかもしれないとは思ったけど、念のためだ。先にあの島にいるのであれば、それはそれで別に問題はないし。
後は……オーキッドたちがどう出るかかなぁ……。
昨日ムスペルヘイムを目にしたことで大人しく諦めてくれればいいんだけど……。
正直、ムスペルヘイムを相手に戦うというのであれば、オーキッドたちには避難していてもらいたいというのが本音だ。
真の実力は未知数と言えばそうなんだけど、二人掛かりでジュリエッタに翻弄されていることからあまり戦闘経験はなさそうだし、『嵐の支配者』に匹敵するであろうムスペルヘイム相手に役に立てるかどうかは怪しいところだと思う。
……なんて、そんなことを考えるなんて私はちょっと傲慢かな?
でも、危険がわかっているところに、わざわざ他人を巻き込みたくないという思いもある。
それを言ったら、桃香たちを危険に晒したくないって気持ちの方が強いんだけどさ……ムスペルヘイムも放置していいものかどうかわからないし、仕方ないと思おう。
あやめが海斗君へと連絡すると、向こうもまだクエストには向かっていなかったようですぐに返事が来た。
「カイも少ししたらクエストへと向かうそうです」
”そっか、わかった。まぁ待ってるのも何だし、私たちは先に行くよ。あやめ、後のことはお願いね”
「お任せください。ラビ様、桃香、どうか気を付けて行ってらっしゃいませ」
「はーい」
あやめにも昨日海斗君と話をするにあたって簡単に事情を説明してある。
……流石に直接目にしていないとは言え、あの大嵐を齎した『嵐の支配者』と同格のモンスターと戦う、ということを聞いて桃香の身を心配しているみたいだけど……『ゲーム』であれば肉体には影響はないだろうという認識のため、そこまで不安には思っていないようだ。
事実、普通のクエストなら問題ないはずなんだけどね……私たちの場合、ジュリエッタの《終極異態》だの『冥界』だのの例外を幾つも見ているからなぁ……楽観は出来ない。
もちろん危険だと思ったら桃香たちの安全が優先だ。ムスペルヘイム退治を諦めることも視野に入れている。
戦う前から諦めることを考えるのもどうかと思うけど、こればかりは私の性分なので仕方ない。
”よし。桃香、行こうか”
「はい♡」
私たちはあやめに留守を任せ、マイルームへ。
そこで待っていた千夏君と合流し、ポータブルゲートを使って再び名もなき島へと移動していった……。
* * * * *
「お!? おめーら、助かったぜ!! 手伝ってくれ!!」
ポータブルゲートの光を抜けた先は、プラムの花畑のすぐ傍だった。
そこへ着いた途端、私たちはすぐに異変に気が付く。
「……キャプテン、何やってるの……?」
「見てわからねーのかよ!? 戦ってるんだよ!!」
いや、それは見ればわかるんだけど……。
状況としては何だかよくわからないけど、逼迫したものだというのはわかる。
なぜならば、私たちより先に島に来ていたと思われるオーキッドたちがモンスターの群れに襲われているところだったからだ。
それもただのモンスターではない――火山の周囲にいたという、炎の巨人たちに、だ。
「ご主人様、このまま放置していてはプラム様の花畑が台無しになるかと」
”そうだね。ヴィヴィアン、ジュリエッタ! 私たちも!”
「うん」
当然放置しておくつもりもない。
なんでここに炎の巨人がいるのかわからないけど、考えるのは後だ。
こいつらを放置していたら、折角の花畑が焼き尽くされてしまう。
まずはオーキッドたちと連携して炎の巨人を倒さないと。
”…………予想はしていたけど、これは……!?”
昨日はヴィヴィアンの話でしか聞かなかったけど、今なら目の前に実物がいる。
私の目で見さえすればモンスター図鑑に登録されるので、ある程度の情報は見ることが出来る。
早速モンスター図鑑の内容を確認したのだけど――悪い意味で予想通りのものが書かれていた。
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■”火炎巨人” ムスッペル
■分類:神獣
■”炎獄の竜帝”の眷属
>
予想はしていたけど、やっぱりこの炎の巨人――ムスッペルたちは、ムスペルヘイムの『眷属』だったようだ。
『嵐の支配者』に対する風竜たちと同じなのだろう。
……となると、火山の周囲でのみうろついていたっていう理由にも何となく想像がつく。
きっと、火山に封印されたムスペルヘイムを解放させようとしていたんじゃないだろうか?
だとすると――そのムスッペルたちが今火山から離れたこの場にいる理由は……正直あんまり考えたくないけど、やっぱりそういうことなんじゃないだろうか。
「殿様、どうすればいい?」
ええい、迷うのは後だ。今はとにかくムスッペルたちを撃退しないと。
この場にいるムスッペルは……見える範囲で五体。
そのいずれもが話に聞いた通り、全身が炎に包まれた巨人の姿をしている。高さは……はっきりとはわからないけど、大体3メートルくらいだろうか、人型のモンスターとしてはかなりの大型だ。
特筆すべきは全身が炎に包まれていることなんだけど、それだけではない。巨人の身体を構成しているものがよくわからないことにある。
つまり、炎の巨人とは言うものの、『巨人の身体が炎に包まれている』というよりは『巨人型の炎』と言った方が正解な気がするのだ。
もしそうであるとすると、戦い方も少し考えなければならない。
”ジュリエッタはとにかくまずは炎防御を。あいつらに囲まれないように注意しながら、出来る限り引き付けて!”
「わかった」
相手が散らばっていると被害が広がっていきかねない。なにせ体そのものが燃えているのだ、触れるだけであちこちに火の手が広がっていってしまう。
少々危険だけど、ライズで炎防御が出来るジュリエッタには率先して動いてもらい、ムスッペルたちを出来る限り引き付けてもらう。
”ヴィヴィアン、炎相手に有効な召喚獣ってある?”
「……そうですね、《ウンディーネ》くらい、でしょうか……ご所望とあれば、もっと強力な召喚獣を考えますが」
”いや、とりあえず《ウンディーネ》で大丈夫。ジュリエッタを援護して”
「畏まりました」
今更だけど、私のパーティーって『水』とか『氷』の属性攻撃って苦手なんだよね……。
アリスは以前にもそうだということはわかっていたんだけど、ヴィヴィアンとジュリエッタも同様だったりする。
まぁジュリエッタに関しては水系のモンスターを倒して【捕食者】で吸収すればやれるかもしれない――でも『水を吐き出す』とかそういう能力って、結局どこかの水源から汲み上げた水を使わないとダメな気がする。
ヴィヴィアンの召喚獣は万能だけど、事前に能力を考えておかないとならない。
今回欲しい『水』系の能力を持った召喚獣は《ウンディーネ》しかないのだ。今から新しい召喚獣を考える時間も惜しい。
まずは今ある召喚獣で攻撃、ムスッペルたちの戦闘力を推し量ろう。
これで簡単に倒せるようなレベルならいいんだけど……。
「ジュリエッタ!」
「……うん」
ムスッペルたちを引き付けてたジュリエッタにヴィヴィアンが一声かけた後、ジュリエッタがその場からライズで加速し離れる。
ジュリエッタが離れると同時に、ヴィヴィアンの召喚した《ウンディーネ》が大量の水をムスッペルたちへと浴びせかける。
”……ダメか!?”
降り注ぐ水がムスッペルたちの炎を消していく。
半ば予想していたことだけど、やっぱりムスッペルには『コア』みたいなものはなく、本当に人型の炎だったみたいで水に触れた箇所が消えて行った。
けれど足りない。
水で頭や腕、それに上半身とかが消えたとしても残った部分から新しい炎が噴き出してあっという間に再生してしまった。
むぅ……水は効果がないわけじゃないけど、一撃で全身を消さないとあまり意味がないみたいだ。
かといって《ウンディーネ》の出力ではこれ以上は無理だし、もっと強力な召喚獣を考えるには時間が足りない。
「……ご主人様、しばし時間を。もっと強力な召喚獣を――」
”いや、大丈夫。考えるのは続けていいけど、《ウンディーネ》はそのまま攻撃を続けさせて”
「? はい、それは構いませんが……」
《ウンディーネ》の攻撃力では一発でムスッペルを倒すことは出来ないけど、だからと言って諦めるのはまだ早い。
炎を消し去るには、水だけが有効なわけではない。
”ジュリエッタ、竜巻触手を! 一匹に集中させて!”
「……らじゃっ」
細かい指示を出さずともジュリエッタには通じたみたいだ。
右腕を竜巻触手へと変え、《ウンディーネ》の攻撃に合わせてムスッペルへと叩きつける。
するとムスッペルの身体は竜巻によってバラバラに吹き散らされ消えていく。
うん、よし。狙い通り。
炎を消すには水だけが効果的ってわけじゃない。炎よりも更に勢いの強い風で吹き散らす、っていう手もある。まぁ風の勢い次第では逆に火の手が広がるって危険もあるんだけど……。
でもその心配は無用だ。なぜなら、《ウンディーネ》によってムスッペルたちの炎が弱まっているところをジュリエッタは狙っているのだから。
……ほんと、彼女の察しの良さには助けられる。
”ヴィヴィアン、今のうちに何かいいアイデアが思いつかないか考えてみて”
「……はい!」
とはいえ、ここにいる五体のムスッペルを倒すだけで消費の大きい竜巻触手を使ってしまっている。
ムスッペルの総数がどれだけいるのかはわからない――『嵐の支配者』の時のことを考えると、ほぼ無限に湧き出て来るんじゃないかとも思える。
それなのに一体を倒すのに《ウンディーネ》と竜巻触手を常に使わないとならない、となったら割とすぐに回復が追い付かなくなってしまう。
だからヴィヴィアンに有効な召喚獣を考えてもらうこと自体は続けてもらわなければならないのだ。
”ぬぅっ!?”
どえらい渋い唸り声――ライドウの声で気付いたが、森の奥から更にムスッペルたちが向かって来ている。
森も少しずつだけど燃え始めている……拙いな、まだ一直線にムスッペルたちがこっちに向かって来ているからいいけど、このままだと森全体が火の手に包まれてしまうかもしれない。
消火活動もしたいところだけど、今はムスッペルの方に《ウンディーネ》を回さないと……。
……いや、待てよ……?
”オーキッド、君、大砲出せるよね!?”
「お? おう!?」
”それでムスッペルを撃ちまくって!”
「おう、任せろ!」
そうだよ、別にジュリエッタでなくても同じようにムスッペルを吹っ飛ばせる火力、あるじゃないか!
私の言葉に従い、オーキッドが空中に大砲を出現させる。
彼女の本当の霊装――『鮫帝号』だっけ?――に備え付けられた大砲だけを呼び出しているのだ。
「いっけぇぇぇっ!!」
オーキッドの号令と共に、大砲が発射――ムスッペルのうち一体の身体を吹き飛ばす。
でもそれだけではまだ足りていなかった。ほんのわずか、足首だけ残った炎から再生を始めようとする。
”キンバリー!”
「くくく……予測済みよ――シャドウアーツ《ダークネスワールド》!」
私の言葉を待たずとも、本人の言う通り予測済みだったのだろう、すぐさまキンバリーが《ダークネスワールド》を展開、再生しようとしていた炎を呑み込み消し止める。
うん、キンバリーの方もジュリエッタ並みに察しがいいな。魔法の柔軟性といい、結構強力な戦力になるかもしれない。
「なるほどな! よし、キンちゃん、どんどん行くぜ!」
「くくく、よかろう我が盟友よ!」
ムスッペルとの戦い方をこれで理解したか、オーキッドも元気を取り戻し果敢にムスッペルへと向かって行く。
……とりあえずこれで何とかなる、かな?
でもムスッペルが後どれだけ来るのかわからないし、油断は出来ない……。
それに、ここにムスッペルたちが現れたということは、私の予想が正しければ――出来れば間違っていて欲しいんだけど……このままでは済まないと思う。
「殿様、どんどん行く」
”うん、とりあえず現れたやつはかたっぱしから倒しておこう!”
相手の数がどれだけいるかはわからないけど、今目の前にいる分は倒しておくに越したことはない。
その後、私たちは協力してムスッペルたちを倒していった。
魔力の消費こそあるものの、ダメージ自体は受けずに何とか切り抜けることは出来た。花畑も無事だ。
新手のムスッペルも今のところは来る様子はない――このまま二度と現れない、というのであればそれが一番いいんだけど……。
「……貴女、たち……一体、何、してる、の……?」
と、そこへようやくプラムたちが現れた。
”プラム……えっと、これは――”
ムスッペルが既にいない状態で彼女の視点から見ると、私たちが花畑の周りで暴れ回っていたようにしか見えないだろう。
流石にすぐさま私たちに襲い掛かって来るような分別の無さというわけではないが、無表情ながらどこか不機嫌そうな視線を向けて来る。
……状況を説明しなければならないだろう。
私がプラムたちにムスッペルが現れたことを告げようとした時だった。
――大地が、揺れた。
”う、うわっ!?”
「これは……地震……!?」
突然地面が大きく揺れ、私たちは地に膝をついてしまう。
……ヴィヴィアンに抱きかかえられていた私はともかく、向こう側でライドウが地面を転げ回っているのが見える……。
それはともかく、これは地震……!? それも、立っていられない程って、現実世界じゃ大震災レベルじゃないの……!?
「まさ、か……!?」
「殿様、あれ……!!」
膝をつきつつ、プラムはある方向を見、驚愕に目を見開く。
続いてジュリエッタも同じ方を向き――私もそれを見た。
”……火山が……噴火、した……?”
私たちが目にしたもの、それは――島の中心にあった火山の火口から、もくもくと真っ黒い噴煙が噴き出ている光景だった……。
小野山です。
年末年始も変わらずのペースで更新します。
 




