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1-35. 天空遺跡の冒険 13. ――黒の謎

2019/4/14 本文を微修正

*  *  *  *  *




 ホーリー・ベルとジュジュの姿が消えた。

 ……なんてことだ……。


「ベル!? どういうことだ!」


 ホーリー・ベルがいなくなったことで攻撃が全てアリスに集中することになってしまった。これでますます逃げるのが難しくなってきた。


”ジュジュ……まさか……”


 ホーリー・ベルが私たちを置いて先に逃げるというのは考えにくい。彼女の性格からしてありえないと思う。

 となるとジュジュが……? でも、何故?

 ……いや、正直なところ思い当たる理由はあるのだが……だとすると、これは私のせいだ。


”アリス、ごめん! 脱出アイテムなんてものがあるなら、用意しておくべきだった!”


 ジュジュを責める前に、これは私の落ち度だ。ジェムで交換できるアイテムであれば、もっと事前によく確認しておくべきであった。


「いや、それはもういい!

 ――とにかく、今はここを切り抜けることを考えるぞ!」


 紅晶竜の攻撃を捌きつつアリスが叫ぶ。

 そうだ。反省も後悔も、無事に戻れたらいくらでも出来る。

 今は紅晶竜から何とか逃れる方法を考えなければ!


”そうだね――生半可な攻撃じゃ足止めにもならない。拘束して動きを鈍らせよう!”


 《竜殺大剣》は使えない。ならば、相手の動きを封じるしかない。

 私の言葉に従い、アリスが《蛇絞鞭(ヘヴィバインド)》で相手の片足を拘束する。全身の拘束はたぶん簡単に振り解かれるため、わずかでもいいからその場から動けなくすることが目的だ。

 狙い通り紅晶竜の左足を鎖が絡めとり拘束する。


”今だ!”


 《天翔脚甲》のスピードなら距離を離せる。すぐに追いつかれるだろうが、崖から下に降りてしまえば追って来ない――はずだ。

 紅晶竜に背は向けず、バックのまま逃げようとする。

 しかし、その時紅晶竜の背中のブースターが大きく開き、火炎を噴き上げる!


「――くっ!」


 危険を感じたアリスが急ブレーキをかけると同時に、目の前にいたはずの紅晶竜が私たちの背後へと現れた。

 そして私たちと紅晶竜を取り囲むように巨大な炎の壁が出現する。

 ブースターの炎をまき散らしながら飛翔し、かつその軌跡に炎が残り続けているのか。


「……これで、逃げるのも難しくなったな……」


 無理やり炎の壁を突破しようとしたら大ダメージを受けるだろう。それ以前に、アリスが炎に耐えられたとしても私の方がそうはいかないと思う。試してみないとわからないが、そんな危険な賭けは出来ない。

 炎の壁を上から抜けようとしても、今の紅晶竜のスピードではあっさりと追い付かれてしまう。

 ……完全に手詰まりだ。逃げることが出来ない。


「いざとなったら、使い魔殿だけ放り投げてリスポーンしてもらうという手もあったんだが……使い魔殿一人のところを狙われたらどうにもならんな、これ」


 アリスはそう言う。

 確かに私だけ遠くに逃げられれば、アリスがやられてもリスポーンさせることは出来るが、それは余りしたくない。というよりも、アリスの言う通りリスポーンする前に私が紅晶竜に潰されておしまいだろう。

 どうするか……。


「ふん、逃げられないのなら、戦って押し通らせてもらうぞ!

 使い魔殿、回復を頼む!」

”ああ、そうするしかないね!”


 もはや退路は断たれた。私たちがやれることは、とにかく戦って逃げ道を作り出すことしかない。

 クエストがもう終わるからと言ってキャンディやグミを惜しんでいてはやられてしまう――今回のクエストで結構な消費をしてしまったが、まだ残量はある。惜しまずに回復し続けて活路を見出す。

 いざとなれば《竜殺大剣》を使うしかないかもしれないが……使ったところで果たして通るかどうか。




 しかし、戦いはこちらが圧される一方となった。

 氷晶竜が氷の刃を腕に生やして切りかかってきたのとは異なり、紅晶竜は拳に炎の槍を出現させて殴りかかってくる。

 こちらはそれに対抗する術はなく、回避することしかできない。火龍の時のようにこちらも炎の壁を出して飲み込むということが出来ない。相手の炎の方が圧倒的に勢いが強く、壁が圧し負けてしまうのだ。また、炎の槍をどうにか出来ても紅晶竜自身の拳が防げない。

 横に飛んでかわしても、炎の槍を生やしたまま腕を振り回されただけでこちらはダメージを受けかねない。なにせ炎だ、突き刺さらなくても触れただけでダメージを受けてしまう。

 相手の攻撃範囲が圧倒的に広すぎる……! 反撃することも出来ず、アリスは身をかわすので精一杯だ。

 更に悪いことに、私たちを取り囲む炎のリングがだんだんと狭まってきている。このままだと、回避することすら出来なくなる――というより、炎に飲み込まれてしまう。

 戦闘開始からどれだけ経っただろうか――実際にはまだ数分も経ってないはずだが、既に何時間も戦っているような気になってくる。それだけ、こちらが追い詰められているということだ。


「はぁっ……はぁっ」


 アリスの息も上がり始めている。ダメージや魔力の消費はアイテムで回復しているが、疲労感だけはどうしようもない。

 消耗が続くことに加えて炎のリングが狭まってくることが焦りに拍車をかけてくる。早く何とかしなければならないのはわかっているが、打開策が何もない……。


「――どうにか、一撃食らわせてやりたいな……」


 そんな焦りの中にあって尚、アリスの闘志は未だ衰えを見せない。

 紅晶竜にダメージを与えて怯ませることさえすれば、強引に逃げることがまだ出来ると思っている。

 とはいっても、紅晶竜の甲殻を打ち破ることさえ難しい現状、どうすればダメージを与えられるというのか。

 紅晶竜の右拳を横に飛んでかわし、懐へと潜り込もうとする。離れても炎の槍のリーチでは逃れきれない。

 接近すると同時に足へと槍を突き立てる――が、相変わらず刃が通らず弾かれてしまう。氷晶竜の氷の鎧とは違って、紅晶竜の体自体が硬いのだ。『氷』属性を付与したりしても効果は変わらないだろう。紅晶竜の甲殻を貫くためには、もっとアリス自身の攻撃力を上げる必要があるが、今そんなことが出来るわけがない。

 ないものねだりをしても仕方ない。アリスは刃が通らないことは気にせず、そのまま紅晶竜に張り付いて攻撃の通る箇所を探そうとする。

 紅晶竜は自分に纏わりつくアリスを鬱陶しそうに跳ねのけようとするが、その巨体が災いして密着しているアリスは狙いにくい。

 アリスからも逆に紅晶竜の巨体のせいで攻撃が来るのが見にくくなっているのだが、離れて戦うよりはマシになっている。

 槍で体のあちこちを狙って、どこかに攻撃が通るかを探っている。

 アリスを潰せず苛立ったのか、紅晶竜が咆哮すると翼を大きく広げる。


”アリス、紅晶竜が飛ぶよ!”

「わかってる!」


 炎のリングで移動を制限されている上に空中からのロケットダイブを食らえば、一撃で戦闘不能になってしまう。

 地上に爆炎をまき散らしながら、紅晶竜が上空へと一瞬で舞い上がる……。




 上空から地上のアリスへとロケットダイブをブチかまそうとした紅晶竜は戸惑っただろう――紅晶竜に感情があれば、だが。

 炎のリングの中に閉じ込めていたはずのアリスの姿がなかったのだから。


「ab《(サンダー)》!」


 アリスの声は紅晶竜の頭上からした。

 紅晶竜が翼を広げて上昇する瞬間、『鎖』を使って紅晶竜にしがみつき、一緒に飛んできたのだ。

 そして、紅晶竜の頭上へと回り込み、槍に雷の力を付与する。


「流石に『目ん玉』までは硬くないだろ?」


 ニヤリと笑い、アリスが眼下の紅晶竜の顔面――左目に向けて槍を突き立てる!

 ゴギャアァァァァァァァッ!! と悲鳴を上げ紅晶竜が地面へと落下する。

 左目に深々と突き立った槍は、完全に目玉を潰していた。


”今のうち!”

「いわれずとも!」


 追撃なんて考えない。紅晶竜が立ち上がるよりも早く崖下へと逃げる。

 すぐさま《天翔脚甲》で空中を翔けて移動しようとする。

 けれども、崖まで後わずかというところで、再度ブースターで加速してきた紅晶竜に追い付かれる!

 一直線に飛んできた紅晶竜がアリスの頭上を取り、尻尾で打ち据える!


「ぐあっ!?」


 今度はアリスが地面に叩きつけられる番となった。

 地面に叩き落され、バウンドする。ダメージ自体はそこまで大きくない――が、紅晶竜が崖側に立ち塞がったことで、また逃げ道を塞がれてしまった。

 片目を潰されたことで本気となったか、口からは淡い燐光が漏れている……。全身を包み込む炎が赤から青白いものへ変わる。


「く、そっ……」


 もう少しだったのに……!

 まだアリスは諦めてはいないが、それでも状況は絶望的としか言いようがない。

 紅晶竜が大きく口を開ける――今まで使って来なかったのが不思議なくらいだが、氷晶竜と同じように口から炎の弾丸を吐き出すつもりなのだろう。離れていれば、アリスから有効な攻撃は来ないことを理解しているのだ。


”アリス……!”


 立ち上がり逃げようとするが、間に合わない……!?

 流石にこれまでか、と思ったその時であった。

 紅晶竜が現れた時と同じように、体が竦みあがるほどの恐ろし気な咆哮が辺りに轟く。

 ……いや、同じなんかじゃない。紅晶竜よりも更に大きな、まるで山をも砕かんばかりの咆哮だ。大気がビリビリと震えているのがわかる。


「はは……嘘だろ……」


 乾いた笑いを浮かべるアリス。

 私も全く同じだ。

 私たちの背後に、新たな影が舞い降りてくる。

 それは、紅晶竜よりも更に大きな黒いドラゴンであった。水蛇竜にも匹敵する巨大さの人型の黒いドラゴン――黒晶竜が現れたのだ。

 流石にこれは勝てない――紅晶竜と黒晶竜に囲まれ、逃げることすらできそうもない。

 いよいよ覚悟を決める私たちだが、不思議なことにどちらの竜も襲い掛かってこない。先程まで炎を吐き出そうとしていた紅晶竜も、口を閉じてこちらをにらみつけるだけに留まっている。


『……貴様らは、アストラエアの遣いか?』


 地の底から響くようなその声は、頭の中に直接響いてきた。

 慌てて周囲を見渡すものの、声の主らしき姿は見当たらない――いや、まさか?


『こちらだ、人間』


 恐る恐る振り返った先には、黒晶竜がいた。

 まさか、この黒晶竜が話しているの、か?


「アストラエア? ……なんだっけ、どこかで聞いたような覚えがあるな……」


 全く憶することなくアリスが言い、首をかしげる。

 アストラエア――そうだ、確かにどこかで聞いたことがある名前だ。あれは……どこだったか……。

 ――思い出した。

 確か、美鈴と直接会った時にジュジュが言っていた名前だ。

 ということは……『アストラエア』とは、他のプレイヤーの名前なのだろうか? もしかしたらユニットの方かもしれないが、それだとジュジュの口からその名は出てこないような気はする。


”私たちは、アストラエアとは関係ない……です”


 下手に知り合いと嘘をついてボロが出た方が拙い気がする。私は正直にそう言った。


『違うか。ふむ。では、彼奴の言う「時」はまだ満ちていないということか』


 どうもこの黒晶竜はアストラエアとは知り合いらしい。口ぶりからして敵対関係というわけではなさそうだが……。

 ここはどうにか穏便に済ませられないだろうか。

 黒晶竜は私の言葉に何やら頷くとじっとこちらの方に視線を向ける。

 恐ろし気な風貌ではあるが、すぐに襲い掛かってくることはなさそうだ。

 何より……その目には明らかに『知性』の光が宿っているのが見て取れた。言葉も通じるようだし、話し合いで戦いを回避することは可能ではないだろうか。


「……なんだ?」


 見つめられて困惑したのかなんなのか、ぶすっとした感じでアリスが言う。

 ……物怖じしないにも程がある!

 慌てふためく私であったが、言われた黒晶竜の方はさして気にもせずに言葉を続ける。


『見慣れぬ小動物に、超常の力を扱う人間――やはりアストラエアと似ている……』


 ……やっぱり、アストラエアは私たちと同じこの『ゲーム』の参加者なのか。小動物はきっとプレイヤーの方で、人間の方がユニットなのだろう。


『なるほど。貴様らはたまたまここに迷い込んだだけなのだな――いや、あるいはアストラエアが導いたか……?』


 『ゲーム』の説明をどうしたものかと悩んだが、意外にも黒晶竜の方で勝手に納得してくれていた。

 たぶん、アストラエアが以前このクエストに参加した時に、説明していたのだろう。

 ……いや、それとも、これは『ゲーム』のイベントか何かなのか?


『ふむ、であるならば、ここを去るがいい。もっとも、この「奥」へと進むというのであれば話は別だが』


 奥? この山の奥にはまだ何かがあるというのだろうか。

 気にはなるが、ここで黒晶竜と紅晶竜の二匹を同時に相手してまで確かめるつもりはない。


「……また、来るぞ」


 私はもう出来れば来たくはなかったが、アリスは違うようだ。

 ……次は勝つ、という意思が感じられる。

 それは黒晶竜も感じ取ったようで、薄く笑みを浮かべる――ドラゴンの顔で笑みを浮かべると、とても凶悪な顔にしか見えないが。


『ふ、次はアストラエアと共に来るのだな。彼奴と共に来るのであれば、貴様らにもこの世界の未来を託そう』

”この世界の……未来?”


 何が何だかわからない……やっぱり『イベント』なのか? このクソゲーにストーリーじみた何かがあるということか?

 と、黒晶竜がこちらに向かって手を伸ばす。その掌の上に、何やら黒い鉱石のようなものがあった。


『貴様らにも渡しておこう――もしもアストラエアとの縁があれば、これを持って共に来るがよい』


 バスケットボール大のその黒い石をアリスが受け取り、アイテムストレージへと格納しておく。アイテム名は……『黒の石』、そのまんまだ。効果とかは一切わからないし、アイテムについてのテキストも空白だけだ。

 これが一体何なのかは全くわからないが、黒晶竜の話し方からしてアストラエアも同じものを持っている可能性が高い。

 ……そのアストラエアが誰なのか全くわからないが、彼|(?)の言う通り『縁』があればいずれわかる時が来るのだろう。


「それじゃ、オレたちは行くぞ」

『ああ。また会えるのを楽しみにしているぞ――』




 ――こうして私たちは何が何だかわからないままではあるものの、無事に天空遺跡から帰ることが出来たのだった。

 何やら新しい謎が生まれてしまったが……今はとりあえず無事に帰れたことを喜ぶべきだろう。


”『この世界の未来』ね……”


 妨害してくるモンスターも既になく、《天脚甲》で浮遊しながら帰る道すがら、私は黒晶竜の言葉を思い出していた。

 黒晶竜の言葉は忘れてはいけない、そんな気がしていた。

 この『ゲーム』の謎と関係しているのかもわからないが、非常に重大な意味を持っている気がするのだ。


「なぁ、使い魔殿……さっきのあいつらの話だが……」


 言いにくそうにアリスが言葉を紡ぐ。

 何を言いたいのかはわかる。むしろ、私の方から話そうと思っていたことと同じだろう。


”アリス、さっきあったことは――ホーリー・ベルにも話さない方がいいと思う。

 ああ、いや、それは正確じゃないな……ジュジュに聞かれないようにしておいて欲しい”


 色々と悩ましい問題はあるが、目下の最大の問題は――ジュジュのことだ。

 脱出用アイテムの存在を知らなかったのは私の落ち度であるが、それが一人用であることをジュジュは知っていたのではないだろうか。それを知った上で私たちを紅晶竜のところに置き去りにしたのではないだろうか。私はそう疑っている。

 なぜそんなことをするのか……それははっきりとしたことはわからないが……少なくともあの時、ジュジュは私たちを殺そうとしたのではないだろうか。

 色々と助けてもらっていることはあるが、どうもジュジュは信用しきれない。

 私の言葉にアリスは素直にうなずいた。


「わかった。ベルには……機会があれば話すとするか」


 ホーリー・ベルとジュジュが揃っていない時があるかはわからないけれど。仮に離れていても、プレイヤーとユニット間での視界共有がある。隠し通すのは難しいかもしれない。

 話したところで意味が通じるかも微妙なところだ。


”何にしても、無事に帰れそうで良かったよ”

「そうだな。

 ――色々と課題も見つかったことだし、得るものが多かったよ」


 脱出用のアイテムのことを抜きにして、アリスは氷晶竜との戦いで何かを掴もうとしているようだ。

 死にそうな目に遭っても、『ゲーム』に対する姿勢は変わらないらしい。

 頼もしいというか、あきれるというか……。




 ……ともあれ、私たちの天空遺跡の冒険は終わったのであった。

 二度と来たくないと私は思っていたが、後に私たちは再びやってくることとなるのだが……それはまだしばらく先の話である。




 そして、無事にマイルームに戻った後、泣きじゃくりながら土下座する勢いで謝り倒すホーリー・ベルを宥めるのに苦労するのであった……。


小野山です。

謎の残る終わりとなってしまいますが、これにて天空遺跡の冒険編終了となります。

天空遺跡の最奥にある『封印神殿』については――いずれ明かされるかもしれません。

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