6-18. 失われた大陸
「私、たち、が……この島、見つけたの、は……かなり、前……」
この名もなき島にプラムたちがたどり着いたのは、正確には三か月ほど前だという。
『ゲーム』開始からそこまで時間も経っていない。そのころにはまだシオちゃんもタマサブローのユニットとなっていなかったらしい。
”当時はこの島、こんなんじゃなかったのよ……”
「そもそも、あんな火山、最初はなかった、わ……それ、に……もっと、大きな……島、いえ……大陸? だった、わ……」
……何だ、それは……。
どうもプラムたちが最初にこの島に来た時には、火山そのものがなく、また陸地ももっと大きなものだったみたいだ。
タマサブローが補足する。
”陸地はもっと大きかったんだけどね、その端っこ――今のこの島とそのちょっと先くらいまでが『ゲーム』の範囲だったわ”
えらく中途半端だけど、陸地の途中までが『ゲーム』の範囲となっていて境界が敷かれていたみたいだ。
うーむ、海のモンスターが相手となるステージのはずなんだけどそこまで範囲が広がっているって……ひょっとして『ゲーム』側での設定ミスなんじゃないだろうか。確かめる術はないけど。
「その時、は……ポータブルゲートも、なかったし……特に、気にしていなかった、わ」
”ただ、『ゲーム』の範囲ギリギリ……というかバグかもしれないけど、そんなところに隠された陸地があるって思って、わたしたちもちょっと興味が湧いたのよね。
それでこの島への行き方はとりあえず覚えておいたの”
「その、後……シオが加わって、ある程度、レベルを上げた、ら……この島、見せてあげようと、した、わ……」
全使い魔が複数ユニットを持ったのが10月の半ばくらい、『嵐の支配者』との戦いの少し前だったかな? シオちゃんがそのころにタマサブローのユニットとなったみたいだ。
”ただ、ねぇ……ほら、あの頃丁度大嵐が来たじゃない? それに、プラムもいなかったし……”
正に『嵐の支配者』が来た時のことだ。
それに加えて、プラム――海斗君も桃園台にいないため『ゲーム』には中々参加できず、シオちゃんを連れてこの島へと来るという話は延び延びになってしまったらしい。
”で、大嵐の後、プラムも一時的にこっちに来て――”
「……そう、ね。実家、心配だった、から……」
なるほど。稀に見る大嵐の話を聞いて、緊急で海斗君も桃園台に戻って来たってわけか。
まぁ『嵐の支配者』を倒したのが良かったのか、心配していたほどの被害は出ずに終わってくれたわけだけど。
「実家も、無事、だったし……私も、余裕が出来た、から……って、シオを連れて、この島、に向かった……の」
海斗君の実家も平気だったみたいだ。
でも実家に戻って来たってことは、学校にしろ仕事にしろ何か他の用事は全部キャンセルしてしまったと思われる。時間に余裕が出来たとはそういうことだろう。
というわけで、延び延びとなってしまっていたシオちゃんを連れての島探訪を、これを機に行ったということだ。
”……そうしたら……”
そこでタマサブローの声が震える。
――多分、恐怖に。
「あれだけ大きかった陸地が、ほとんど、沈んで……あの、火山、が……出来ていた……」
プラムたちが島に来なかった間、何があったのかは不明だが……突如現れた火山。そして沈んだ陸地……。
想像でしかないけど、おそらく火山の噴火によって地盤沈下とかも起きたのだろう。元から不安定な地面だったのかもしれないが、ともかく火山の噴火によって大半の陸地が沈み、今は火山とその周囲の地面――今私たちがいるこの島しか残されていなかった、ということになる。
でも当然話はこれで終わりではない。
「そして、私、たちは……ヤツと、遭遇、した……」
”それがムスペルヘイム――?”
こくり、とプラムが頷き肯定する。
「私には住んでいる人は見えなかった、けど……町が、あった、わ……」
「……うん、ジュリエッタも、見た。廃墟……」
「そ、う……その、町の地下、から……多分、ヤツは現れた……」
――プラムに見えなかったというのが少し気にかかるけど、もしかしてさっきプラムと話していた推測が当たっている、のか……? 町はともかく、そこに住んでいる『人』を見られるのは困るため、『ゲーム』側でフィルターをかけていたのかもしれない。
それはともかくとして、町の地下からいきなり火山が現れ全てを呑み込んだ……そういうことが起こったのだと思う。
火山の正体こそがムスペルヘイム……なのだろう、おそらく。
”そのムスペルヘイムが今も火山にいる、ってことか……”
「でも、ムスペルヘイム、今は動いていない……」
そうだ。ジュリエッタの話によれば、ムスペルヘイムは今はなぜか動く気配がなかったという。
「……それ、は…………」
”プラムの魔法の力よ”
”プラムの!?”
それは凄い……『嵐の支配者』と同格であろう神獣を、相性的に不利に思える『植物』の魔法で抑え込んでいるってことか!
タマサブローの言葉に続き、ジュリエッタがそれを肯定する。
「うん。ムスペルヘイム、茨で縛られて、動けないみたいだった……」
「……はぁ……」
諦めたようにプラムがため息を吐く。
どうやらその点については隠しておきたいことだったみたいだ。
「そう、よ……私、が……ムスペルヘイムを封印、した、の……」
方法については問わないが、とにかくプラムがどうにかしてムスペルヘイムを封じたのは間違いないようだ。
しかし、封印しただけでとどめを刺せたわけではない。そういうことなのだろう。
「ムスペルヘイム、は……不完全、だった……と、思う、わ……だから、私の魔法、でも……何とか封印、出来た……」
「プラムしゃま、やっぱりすごいでしゅ!」
にこにこ笑顔でプラムをほめたたえるシオちゃん。
彼女のその場にいて、その時の情景を思い出したのだろう。興奮で紅潮している。
そんなシオちゃんの頭をそっと撫でつつ、プラムは続ける。
「それから、私は……魔法を使って、この島、を……また緑のある島へ、戻そうとした……」
実は最初にプラムたちの話を聞いた時、一個矛盾していることがあることに私は気づいていた。
プラムは『植物の気配を感じてこの島に来た』と言っていたが、その後にタマサブローは『プラムが魔法を使うまでこの島には草木一本生えていなかった』と言っていたのだ。
その場では突っ込みをいれなかったけど、どちらも正しいことを言っていたわけだ。意図的に事情を伏せていただけで。
”それで――いつムスペルヘイムがまた動き出すかわからないから、今度こそとどめを刺したい、ってわけか……”
「えぇ……」
事情はわかった。
……まだ何か隠してそうな気はするんだけど、それは私たちに話すような内容ではないからかもしれない。
とにかくオーキッドたちを始末したい、というのなら話は別だけど、モンスター相手ならば問題はないだろう。
モンスターがこの世界に生きる『本物の生物』という可能性があるのは引っかかるけど、そこを躊躇うようでは『ゲーム』にこれ以上参加できない。まぁモンスターって結構危険な生き物がほとんどだし、倒したところで問題はないだろうと思って自分を納得させるしかない。
「ご主人様」
「殿様……」
ヴィヴィアンとジュリエッタの視線が私へと向けられる。
決断は私に委ねる、ということか。まぁ、最終的に結論を下すのは私だっていうのは別にいいんだけど。
…………うーん……。
”……プラム、君たちの事情とやりたいことはわかったよ。
その上で言うけど――”
全く、困ったことになったなぁ……。
”――悪いけど、ちょっと考えさせて”
* * * * *
私たちは『ポータブルゲート』を使って現実世界へと戻ってきていた。
プラムたちの方も解散し、それぞれ戻ることとなっている。
「おかえりなさいませ、皆さま」
「おかえりー」
目覚めた桃香たちをあやめと美々香が出迎えてくれる。
ただ、海斗君はまだ目覚めていないみたいだ。きっと、今頃タマサブローたちと何かしら相談しているのだろう。それはまぁいい。
「……意外っす。アニキなら、二つ返事でオーケーって言うと思ってたっす」
目が覚めて最初の一言がそれかい。
まぁ言わんとしていることはわかるけど。
”桃香はどう思う?”
「……えっと、その……千夏さんと同意見ですわ」
なぜか申し訳なさそうに桃香も千夏君と同じだと言う。
んー、まぁそうだろうとは思ったけど……。
”うーん……ちょっとね。確かめたいことがあってさ”
正直、私の気持ちとしては『どっちでもいい』なんだよね。
だからプラムのお願いをきいてもいいとは思っている。桃香と千夏君も乗り気であれば、この子たちの意志を尊重してあげたいところだ。
でも……まだ私は引っかかっていることがあるのだ。それが解消されない限り、流石にフルメンバーが揃ってない状態で『炎獄の竜帝』なんていう物騒な称号持ちのモンスターとの相手はさせたくない。
「……おはよう。ごめんね、ラビ。皆……」
と、そこで海斗君も現実世界へと戻って来た。
謝罪は向こうでも聞いた。それはもう過ぎたことだし仕方ない。
むしろ、向こうで明確に答えを出さなかった私の方が謝罪すべきなのかもしれない――ま、それは海斗君のお願いを断る時でいいか。
それよりも、私にはまだ確認すべきことがある。
”海斗君――悪いんだけど、ちょっと私と二人きりで話をしてくれないかな?”
「……俺と?」
海斗君が桃園台にいられる期間がいつまでかは聞いていないけど、もう後数日もすれば学校の三学期が始まるだろう。
高校三年生なら受験に備えて、とかの理由で自由登校が認められているかもしれないが、だからと言って『ゲーム』ばかりしているわけにはいかない。なにせ進学するというのであれば入学試験本番が控えているのだから。
……確か一月って、前の世界だと『センター試験』とかあったし、私立の大学とかだと早いところではもう入試が始まっていたはずだ。
こっちの世界にセンター試験とかあるのかはわからないけど、何にしても大学受験するのであればこの一月は最後の追い込みに入るべき時期だろう――ま、それ言ったら冬休みの今だってそうなんだけどさ。
だから、海斗君が『ゲーム』に積極的にかかわれる時間はそう長くない。
桃京へと戻る可能性を考えると、後一日か二日……長くても四日程度だと私は思っている。
――そのわずかな期間中に、今回の件は完全に決着をつけなければならないのだ。もっと言えば、私は明日中には決着させる気でいる。
”うん。ちょっと話したいことがあるんだけど……いいかな?”
べ、別に海斗君と二人っきりで話したいってわけじゃないんだからね!?
……冗談はともかく、私の推測が正しければ――多分だけど桃香たちがいる場では話しづらいと思うんだよね、海斗君の本音って。
まぁ今日知り合ったばかりの私に話せる内容かって言われると、それも微妙なところなんだけど……悲しいけど、早々滅多に絡むことのない間柄だし、その点ではまだ桃香たちよりは話しやすいと思うんだ。
「…………わかりました。ただし、私も同席させていただきます」
と、なぜか海斗君本人ではなく、あやめが了承してくる。
「ちょ、アヤちゃん!? 何で俺の代わりに答えるのさ!?」
「ラビ様。この海斗と言う男……こう見えて優柔不断で頼りないところもありますが、『窮鼠猫を嚙む』と言う言葉もございます。万が一にもラビ様に危害を加えぬよう、私がしっかりとお守りいたしますので」
「いやいや!? 俺そんなことしないよ!?」
大真面目な表情で言っているけど、冗談だと思いたい。
……と、他の人の視線が外れた瞬間、あやめが私に向かって小さくウィンクしてきた。
なるほど、あやめも私の意図を話さずとも理解してくれていたらしい。
手先は不器用だけど、こういうところは本当にいい勘をしているよなぁ……。
”……わかった。あやめも同席で構わないよ”
本当はあやめが一番同席して欲しくないと思ってたんだけど、こうして先に話の主導権を握られてしまっては致し方ない。
それに考えようによっては付き合いの長いあやめがいた方が海斗君も話しやすいかもしれないか。
「お、俺の意見は……?」
ごめんね、海斗君。
「それでは、申し訳ありませんが蛮堂さん」
「! っす!」
「皆様が『ゲーム』をしている間に、母がお汁粉を持ってきてくれたので、桃香たちと召し上がっていてください」
「そーそー。おばちゃんが持ってきてくれたんだよ! あたし、皆が帰ってくるまで我慢してたんだからね!」
子供たち用のおやつを鮮美さんが持ってきてくれていたみたいだ。
皆を部屋から遠ざけるちょうどいい言い訳に使えるか。
千夏君も私が単に海斗君と話をしたいというわけではない――さっき言った『確かめたいこと』に繋がっているのだろうということはわかっているみたいで、
「っす。そんじゃチビ助共、行くぞ」
と桃香と美々香を引き連れて部屋から出て行った。
多分台所にでも置いてあるのだろう。ちょっと温める必要はあるかもしれないけど、まぁ男子でもそのくらいなら問題なくやれるでしょ……千夏君の家庭科の成績がどのくらいかは知らないけど……。
……さて、それじゃ――
”海斗君、もしかしたら少し話しづらいこともあるかもしれないけど……出来れば正直に話して欲しい。
どうしてそこまでしてムスペルヘイムを倒したいの?”
私が即答しなかった理由は、ムスペルヘイムの存在自体は話を聞いてわかったし納得したんだけど……なぜムスペルヘイムを倒すことを海斗君が望んでいるのか、その理由がわからないというところにある。
だって、普通に考えたら『ゲーム』の中の話だ。それに、ムスペルヘイムが討伐対象となるクエストに参加しているわけでもない。
まぁクエストの舞台=どこか別の現実世界、という仮定が正しかったとして、異世界の町を破壊したムスペルヘイムに義憤を覚えて……という可能性もゼロではないけど。
事情を知らないあやめだけど、黙って私たちの話を聞いている。
「……う、うーん……」
でも海斗君はすぐには答えられないみたいだ。
”……聞き方を変えようか。海斗君、タマサブローはオーキッドたちがあの島に執着しているって言ってたけど……本当は、君の方があの島に執着しているんじゃないかな? だから――ムスペルヘイムを倒したいんじゃなくて、あの島を守りたいんでしょ、違うかな?”
ちょっと誘導尋問じみた聞き方になってしまったけど、仕方ない。
結局のところムスペルヘイムを倒す、という目的には変わりがないんだから同じじゃないかとも思えるかもしれない。
けれど私としては、『なぜ』という動機は重要だと思うのだ――特に今回は『嵐の支配者』と並ぶであろう災害の化身と戦う必要があるのだから。
「…………いや、違わないよ。ラビの言う通りだ……」
散々迷った挙句、海斗君は私の言うことを肯定した。
もしかしたら今までも海斗君の中では動機がはっきりとしていなかったのかもしれない。だから、答えにくいではなく答えられなかったのかな。
「そうか……そうだね。やっと自分の気持ちに納得がいった気がする。
俺は――あの島を守りたいんだ、きっと」
自分の気持ちを確かめるように目を閉じ、海斗君は誰にともなく呟くように言った。
やがて目を開き、私の方を真っすぐに向いて続けて言った。
「……今日会ったばかりのラビに言うのも変に思われるかもしれないけど、聞いてくれるかな? どうして俺があの島を守りたい、って思ったのか――その理由を」
どうやら海斗君の中で、気持ちに一区切りがついたようだ。
私としては彼の『本音』がわかればそれでいいと思っていたけど……どうも何か悩んでいたような気配があるし、この際それを吐き出してもらっても全然構わない。
……まぁ、私は話を聞いてあげるくらいしか出来ないけど、吐き出せばそれだけですっきりするだろうしね。
それから海斗君は話始める――彼が何を考え、何を思い、そしてあの島をムスペルヘイムから守ろうとした、その本当の理由を……。
 




