6-10. 華と緑の魔法少女
* * * * *
ジュリエッタとシオちゃんの対戦は、ジュリエッタの勝利に終わった。
途中、ものすごい爆発音が聞こえた時にはどうなることかと思ったけど、その直後に更にものすごい落雷の音――ヴォルガノフの雷だ――が聞こえてきてジュリエッタが勝ったと思ったのだ。
私の予想通り、シオちゃんの体力がそれで削られ切り、タマサブローが『降参』を選択して乱入対戦は終了した。
途中でプラムが何かするということもなく、私たちはまったりとしていただけだったけど……。
「はぁ~……おちつくでしゅ~……」
対戦終了後、ジュリエッタと復帰したシオちゃんもこちらへと戻ってきて、改めて私たちは四阿でのんびりとしていた。
シオちゃんは最初泣きじゃくってプラムに抱き着いていたが、そのうち対戦のことなんて忘れたようにまたプラムの膝枕で機嫌良さそうに寝転がっている。
……この子も、何て言うか変わってるな……。『ゲーム』のシステムで発言内容とかはフィルターがかかっているとは言っても、動きとか態度はそういうわけでもないんだし、本人の意思でプラムに甘えているんだろうけど……。もしかしたら、変身後の見た目と同様に本体も幼い子供なのかもしれない。ま、流石に詮索はしないけれど。
「皆様、お茶がはいりました」
ジュリエッタも対戦が終わってクールダウンしたのか、今は大人しい。
そんなまったりムードとなったところで、ヴィヴィアンが何と『お茶』を用意してくれた。
サモンを使って何の変哲もないポットとグラスを作り、プラムが用意してくれた茶葉を使って作ったお茶である。
……そんなことのために魔法使うのか、とか思うところがないわけではないが、モンスターや他のユニットと戦ったりとか、そういう殺伐としたこと以外にも魔法が使えるというのであれば、それはそれでいいだろう。
何も戦うだけが魔法少女ではないはずだ。というか、そういう方がむしろ本来の魔法少女なんじゃないかな、と思ったりもする。
まぁとにかく、私たちは今や完全にお茶飲みモードとなっていた。
「……渋い……」
「……にがいでしゅ……」
(見た目)おこちゃまの二人には不評だが、意外と悪くない。
変身した後に……というか、『ゲーム』内で飲み食いするのって初めてのことだ。
『冥界』の時に長時間アリスたちはクエスト内にいたわけだけど、特にお腹が減ったとかはなかった。だから『ゲーム』内で飲み食いする機能ってないんじゃないかと思ってたんだけど……。
特に空腹を感じなくても、飲み食いは出来るようだ。現実世界における私と同じってことかな? 食べなくてもいいんだけど、食べることは出来るっていう感じで。
”ふぅー……それにしても、ヴィヴィアンの魔法ってこんなことも出来るんだね”
「はい。今まではクエスト内でも忙しないことが多かったため使う機会はありませんでしたが、いつかこんな日が来るのではないかと思い、用意しておきました」
お、おう……。まぁ無駄にならなくて良かった。
”えっと、プラム。聞いてもいい?”
「どう、ぞ……答えられる、こと、なら……」
ヴィヴィアンの召喚魔法にも驚かされたんだけど、それ以上にちょっと不可解なのはプラムの方だ。
”このお茶葉って、どうやって用意したの?”
そう、疑問なのは茶葉をどうやって用意したのか、という点だ。
茶器についてはヴィヴィアンの召喚獣なのでわかるのだけど、茶葉はどうしたんだろう? その辺に偶然生えていたのを持っていたとでも言うのだろうか?
「…………そう、ね……説明、しましょう、か」
”あら、いいの?”
「ええ……構わない、わ……」
む、タマサブローがそうやって確認したということは……ひょっとして、この茶葉ってプラムの魔法が関係している?
私の疑問に応えるように、プラムが虚空から自分の霊装を呼び出す。
……普通の藤の篭っぽい、小さな手提げの鞄の形をしている。まぁジュリエッタの狐のお面とか、フォルテの水晶玉とかみたいに必ずしも武器の形をした霊装ばかりってわけじゃないのは知っていたけど……。
「これ、が、私の、霊装……」
そう言いながら鞄の中に手を入れると、中から何やら小さな石――いや、『種』? のようなものを取り出す。
「……グロウアップ……《茶ノ木》」
手に取った種に何やら魔法を使うと共に地面へと適当に放る。
すると……。
”うわぁ、すごい……!”
地面に落ちた種が、一瞬で成長したのだ。
それだけではない。続けて植物に向けてプラムは手を翳す。
「【収穫者】」
彼女のギフトか……。
【収穫者】を使うと共に、翳した手から柔らかな緑の光が発せられ、成長した『茶ノ木』へと降り注ぐ。
光を浴びた茶ノ木は一瞬緑の光に包まれ――次の瞬間、そこには何と茶葉の完成品……ご丁寧にも葉以外の部分を使って容器まで作られたものが出現したのだ。
「これ、が……私の魔法と、ギフト……」
”す、すごい……!”
語彙力がないので『すごい』としか言えないけど、そうとしか言いようがない能力だった。
彼女の魔法――グロウアップ……これがまずとんでもない。
霊装から取り出した『種』を一瞬で成長させ、立派な植物に変えてしまったのだ。
多分だけど、あの『種』自体は『何にでもなる』ものなんだと思う。それを彼女の魔法が望んだ通りの植物へと成長させる――そんな連携があるんだろう。霊装が完全に魔法の補助として成り立っている。
そしてギフトの【収穫者】。こちらは詳細は不明だけど、名前からすると植物やらを『収穫』するんだと思う。
でも、ただ収穫するだけではないみたいだ。これも魔法と同じように、プラムが『望んだ状態』にまで一気にもっていくことができるのだろう。
先程作った茶葉だけど、しっかりと発酵済ですぐにでも使うことが出来るようになっている。普通、お茶の葉っぱを摘んだとてそのままお茶には出来ないのだが、【収穫者】を使った場合一気に加工まで済ませてしまうのだ。
「……面白い魔法」
興味を惹かれたのであろうジュリエッタが、作られたお茶っ葉の缶を弄繰り回しながらつぶやく。
……ジュリエッタの場合、『面白い』という言葉に色々と含みがありそうで怖いな……。
ともあれ、今までに見たことのないタイプの魔法なのは間違いない。あえて言うのであれば、自分の思い描いた通りのものを作るという点で、ヴィヴィアンの召喚魔法が一番近いかもしれない。
ただプラムの魔法は霊装から取り出す『種』が必須の条件となっているため、きっと『植物』限定の魔法なんじゃないかなとは思うけど。
なるほど。私が前に感じた通り、プラムは植物関係の魔法を持っているということか。
”ということは……もしかしてこの花畑も?”
「えぇ……」
彼女たちが『作った』と散々言っていたし、やはりこの花畑に咲く花も全てプラムの魔法によって植えられたものみたいだ。
……となると、シオちゃんがその後も花畑の世話をしているという言葉からわかる通り、ヴィヴィアンの魔法とは違い成長した植物は魔力が無くなろうがプラムが変身を解こうが残り続ける、というわけか。
うーむ、『持続性』という一点に関して、私の知る中では一番かもしれないな……。
「それだけじゃないでしゅよ? あっちの森も、そっちの森も、むこうの草原も……ぜーんぶプラムしゃまの魔法でつくったんでしゅ!」
”へ?”
すごいなぁ、と感心していた私たちに、更にシオちゃんが衝撃的な内容を告げる。
え? 森とかも全部?
思わずプラムの顔を見上げてしまうが、彼女はふいっと私から顔を背けてしまう。
”元々、この島って草木一本生えていない島だったのよねぇ。
ほらあっちのあの高い山あるでしょ? あれ、火山なのよ”
”ああ、やっぱり?”
島を上空から見下ろした時に抱いた感想は当たっていたらしい。
タマサブローの話によれば、この島はあの火山しかない荒れ果てた島だったようだ。
……でも、私たちが来た時点で、火山付近以外は結構緑色になっていたし……。
”じゃあ、この島を今みたいな島に変えたのは……”
”そ。全部プラムの魔法ってわけ”
「……大したこと、してない、わ……」
”ふふっ、謙遜しなさんなって”
思った以上にプラムの魔法はとてつもない魔法のようだ。
私はあんまり植物とかに詳しいわけではないけど、元々植物が生えないような土地に木を植えたり育てたりするのって、とても大変な作業なはずだ。
けれどもプラムの魔法を使えば、どんな荒れ地でも成長させることのできる植物を作ることが出来る――
もしもプラムの力を現実でも使えるとすれば、砂漠だって緑の絨毯に変えることが出来るのかもしれない。
何とも夢の溢れる魔法である。
「…………プラム。ここに来る前の話、覚えてる?」
と、缶を弄ぶのを止めたジュリエッタがプラムへと話しかける。
ここに来る前――っていうと、現実世界でのことか。
「わたくしがプラム様の要望に従う替わりに、こちらの要求を叶えて欲しい、ということですね」
ああ、桃香が付けた条件のことか。
あの時は具体的に何を要求するかは決めず、後で決まったら……ということになっていて保留になっていたんだっけ。
……どんな無茶苦茶な要求するつもりなのか戦々恐々としていたんだけど……。
「もちろん、よ」
「ジュリエッタ、欲しいものが決まった」
……あ、なんか嫌な予感……。
「プラム、ジュリエッタと戦って」
ほら来た……。
「……私、と……?」
「うん。ジュリエッタ、プラムと戦いたい――全力で」
プラムの魔法を聞いてなぜかジュリエッタの闘争心に火が点いたらしい。
どうなんだろう? 確かにプラムの持っている魔法やギフトは凄いけど、ジュリエッタが戦いたい――それも全力で、と言うほどのものがあるのだろうか。
「ふふっ、わたくしはまだ保留ということで」
「…………お願い、は、皆で一つ……だと、思ってたけど」
「いえ? そのようなことは一言も申し上げておりませんが?」
しれっとヴィヴィアンは言い返す。
確かに、一人一つ、とも全員で一つ、とも桃香は言ってないんだよね……あくまで、海斗君が叶えられる範囲でこちら側のお願いをきく、という条件しか桃香は言っていないのだ。
別にプラムを騙したわけではないんだけど、結果的にそういう感じになってしまったが……。
「……仕方ない、わね……」
やがて諦めたようにプラムがため息を吐きつつ承諾してくれた。
「ご心配なく。プラム様に叶えられないような無茶な願いは致しませんとも」
ヴィヴィアンも先程プラムの思惑に嵌められたことのお返し、とばかりに悪戯っぽい笑みを浮かべる。
うーん、まぁ私自身のお願いもきいてくれるっていうんであれば、私としては嬉しいからいいんだけど……。
「で、も……ジュリエッタと戦うのは、ライドウたちの件が片付いてから……ね?」
「うん、それでいい」
何にしても今日はもう乱入対戦も出来ないし、それだけのためにわざわざ『ポータブルゲート』を使って入りなおすのももったいない。
ジュリエッタとプラムが対戦するのはまた後日ということになった――タマサブローと私の位置が近ければ、現実世界で通常対戦も出来るんだけど……。
その後、お茶しながら世間話をしていた私たちだったが……。
「……おや? 何かがこの島に近づいてきているようです」
ヴィヴィアンがそんなことを言い出した。
”何か?”
「はい。まだ少し距離があるので見えませんが……召喚獣を近づけさせましょうか?」
実はヴィヴィアンは既に《グリフォン》や《ハルピュイア》といった小型の飛行能力を持つ召喚獣を呼び出し、島の周囲に放っていたのだ。
目的はライドウたちが来たらすぐにわかるように、という監視――だけでなくこの島全体の偵察である。
偵察していた召喚獣が、何かこの島に接近してくるものを見つけたというのだ。
「……来た、わね……」
「はぁ~、またきたでしゅか……」
やれやれ、と言った様子でプラムとシオちゃんが椅子から立ち上がる。
この様子だと――きっとライドウたち、なのだろう。
”ヴィヴィアン、一番近い召喚獣を一匹だけ寄せてみよう。残りは待機で。
ジュリエッタ、私たちも行くよ”
「畏まりました」
「うん」
海から来る――ということはライドウたちは『ポータブルゲート』を使わず、私たちと同じ方法、つまり海を渡ってやってきているということだろうか。
あるいは、もしかしたら海に棲む巨大モンスターが島に近づいてきているという可能性だってある。
いずれにしても何が近づいてきているのか見極めておくに越したことはない。
偵察に出していた召喚獣のうち、一匹だけを島に近づいてくる『何者か』に差し向けて様子を見つつ、私たちもプラムたちに着いていくことにする。
目的地は砂浜だ。ジュリエッタとシオちゃんが対戦した森を抜けた先にある、ちょっとしたビーチっぽいところだ。
”さて……何が出て来ることやら……”
ここでやってくるのがライドウで、話し合ってあっさり解決、というのが一番理想的なんだけど……。
――ま、きっとそんなことにはならないんだろうなぁ……。
なんて、そんなことを私は思うのだった。




