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6-09. ジュリエッタvsシオちゃん

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ――しまった、頭に血が上りすぎた……。


 ジュリエッタは森へと移動している間に完全に冷静さを取り戻し、自分の失態を反省していた。

 そして冷静になって振り返ると、この状態は相手の思うつぼだったのではないかとも思っている。この辺りはヴィヴィアンが想像したのと同じだ。

 ……まぁプラムの思惑に沿ってシオが動いた、ともちょっと思えないのだが……。

 それはそれとして、この状況に至ったのでは仕方ない。

 ラビの身が心配だからやっぱり無し、とは今更言うことも出来ないし、シオに『逃げた』と思われるのも癪だ。


 ――さっさと終わらせる……。


 ならばやることはただ一つ。対戦を速攻で終わらせることだ。

 もちろん、すぐに相手の攻撃を受けて終わるということも可能だが、ジュリエッタはそれをすることはない。

 負けても取られるのはジェムだけだしそれも今のラビたちにとってはそこまで高額というわけでもない。たとえ払うにしてもラビは嫌な顔をすることはないだろう。

 だが、自分の失態で対戦をする羽目になった上に負けてジェムも取られた、という事態になるのをジュリエッタは到底許容できない。


 以前にラビが美鈴から千夏(ジュリエッタ)について色々と話を聞いた際に、『よく言えば向上心というか野心がある、悪く言えば僻みっぽい』という感想を持ったことがあるが……。

 もっと端的に表現するのであれば、千夏(ジュリエッタ)は『非常にプライドが高い』と言えるだろう。

 先程のシオの言動、行動その全てがジュリエッタのプライドを逆撫でするものだったのは言うまでもない。

 特に『強さ』という点に関して、かつて美鈴が語った通り若干劣等感(コンプレックス)を抱いているため、あのようなことを言われて瞬間的に頭に血が上ってしまったのだ。


 ――……そ、それに、あのチビ……皆の前で、あ、あんなこと……!


 加えてもう一つ、ジュリエッタとして許容できないことをされている。

 ……もちろん、口で挑発される前にされた、股間をわしづかみにされたことである。

 千夏(ジュリエッタ)とて年ごろの男子である。別に性的な話に興味がないわけではない――友人たちと()()()()話をすることもあるし、この前ラビが家に来た時には隠し通したが()()()()本も隠し持っている。

 だが、だからと言っていつでも、誰とでもそういう話をするわけではない。

 意外に潔癖なところがあるため話す時と場、そして相手は選んでいる。特に女性や家族の前では絶対にそういう話はしないつもりでいるのだ。

 だと言うのに、ラビやヴィヴィアンの目の前であの仕打ち――ジュリエッタの感覚としては、あれはもはや『辱めを受けた』としか言いようがないものだった。


 ……尚、千夏が初めてジュリエッタに変身した時のことであるが、物珍しさから自分の身体を色々と触ったことがある。

 …………ひとしきり驚いたり恥ずかしがったり興奮したりしたその後、猛烈な嫌悪感というか罪悪感に襲われたという経験も、シオのしたことが許せない――激昂した理由の一つであろう。




 それはともかく。

 プラムの指定した、花畑から少し離れたところにある防風林のような場所へとジュリエッタとシオはたどり着いた。

 森に着くなりシオはジュリエッタから離れ、木々の奥へと姿を隠す。


 ――……やっぱりプラムの思惑通り、か……。


 単に花畑が荒れるからという理由ではないだろう。

 きっと、シオが戦いやすい場所が、この森――あるいは障害物が多い場所なのだろうとジュリエッタは推測する。

 相手にとって有利な場所へと半ば勝手に送り込まれたわけだが……。


 ――……上等!


 生憎とその程度で怯むジュリエッタではない。

 むしろ、相手の得意なフィールドで、正面から撃破する。そうジュリエッタは思うのだ。


『殿様、ジュリエッタ、着いた。準備できてる』


 後は対戦が始まるのを待つだけだ。

 シオの方も準備が出来ていたのだろう、すぐさまラビから対戦開始する、との連絡が来た。


「……ジュリエッタ、負けない……」


 シオがいかなる能力を持っているのかはわからないが、初見だから戦えないということなどない。

 顔見知りでもなければ能力がわからない方が当たり前なのだ。

 『視界共有』をラビが行えば調べることは出来るだろうが、仮にそうしたとしてもジュリエッタは聞くつもりはない。

 自分で蒔いた種だ。これ以上ラビを煩わせたくはない。

 ――尤も、シオたちの戦力分析をラビにさせることで労力を使わせたくないという思いと、負けないために相手の能力を知るべきだという思いは矛盾しているのだが……。


 ともあれ対戦がスタートした。

 色々と考えてしまうのは一旦止めにして、シオへと集中する。

 森の中へと姿を消したシオは今どこにいるかわからない。

 薄暗い森の中でもきっと目立つであろう衣装だが……少なくとも見える範囲にはいないようだ。


 ――相手の得意なフィールドでも構わない……正面から打ち破る。


 ジュリエッタも変装魔法(ディスガイズ)などで相手を待ち構えて不意打ちするという手は取れるが、今回はそれをしない。

 というよりも、森に着いた後にさっさとシオが動いてしまったため出遅れてしまったという方が正解か。

 意外とシオもしたたかなのかもしれない、とシオへの認識を緩めることなくジュリエッタは警戒しつつも正面から森へと入っていく。


「ライズ《アクセラレーション》」


 ……ただし、悠長に相手の出方を窺う、などという真似はしない。

 ライズでスピードを強化、一気に森へと踏み入りシオを追う。

 時間はかけない――速攻で倒す、その戦い方に変更はない。


「メタモル……」


 走りながらメタモルで自身に音響探査(エコーロケーション)能力を付与し、シオの位置を探る。

 たとえ姿を消す魔法を持っていたとしても、異次元に潜むかディスガイズのようにそのものになりきるかしない限り、ジュリエッタのエコーロケーションから逃れることは出来ない。

 予想通り、すぐさまシオの位置はわかった。

 だが……。


 ――? 動きがおかしい……何かを狙っている……?


 一見するとジュリエッタから逃げ回っているようにも見えるのだが、無目的にうろついているだけのようにも見える。

 向こうがこちらの位置を把握できているかどうかも怪しい。

 そのくらい出鱈目な動きをしているようなのだ。

 単に対戦に慣れていないだけ、ならばこのまま追い詰めていけばいいだけの話だが……こと戦闘に関してジュリエッタは微塵も油断しない。

 何か狙いがあるのだろう、そう判断する。


「……ライズ《ストレングス》、ライズ《アクセラレーション》」


 最初の《アクセラレーション》の効果が切れるのに合わせて新たにライズを重ね掛けし、一気にシオとの距離を詰めようと森を駆ける。

 邪魔な木を薙ぎ倒すなどという派手な真似はせずに、木を足場にするように蹴ってまるでボールが跳ねるように移動していく。

 シオの動きは変わらない。相変わらずうろうろと出鱈目に移動しているだけだ。

 このままなら接敵までほんの数秒――ジュリエッタがそう判断した時だった。


「っ!? ぐっ……!?」


 勢いをつけて木を蹴った瞬間、ジュリエッタの蹴り足に激痛が走る。

 シオはまだ離れた位置にいるし、魔法の発声も聞こえなかったが……。


 ――とらばさみ!?


 ジュリエッタの右足首に噛みついていたのは、金属のとらばさみだった。

 先程足場にしようとした木から生えてきたとしか思えないが、それらしきものは見えなかったしエコーロケーションでも全く存在を感知していなかった。見落としていたとは到底思えない。森の中にとらばさみのようなものがあれば、エコーロケーションで見逃すはずもない。

 一体どこから現れた!? それを思い悩む間も惜しい。

 なぜならば、うろうろとしていたシオの反応が一直線に、躊躇いなくジュリエッタの方へと向かってきたからだ。


 ――間違いない、これはあいつの魔法……!


 どういう魔法なのかは全くの不明だが、とらばさみとシオが無関係とは思えない。

 これがシオの能力――その一端なのだろう。

 足を怪我したことで止まってしまったが、戦闘には支障はない。メタモルで十分補える範囲のダメージだ。

 向こうから来るというのならば好都合、迎撃するのみ……そうジュリエッタは思ったが、


「いくでしゅ!」


 木立の奥から舌足らずな声と共に――


「……げ」


 一体どのような手段を用いたのか、無数の切り倒された木がジュリエッタへと向けて投擲されてくる。

 到底シオの小柄な体格で投げつけられるような大きさではない。これもきっと魔法なのだろうが……。

 ジュリエッタに投げつけてきたということはただの木ではないだろう。まともに食らえば何かしら悪い効果があると見て間違いない。

 咄嗟に横へと跳んで逃げようとしたジュリエッタだったが、今度は足にどこからか現れたワイヤーが絡みつきその場へと彼女を繋ぎ止めようとする。


「……この、能力は……!?」


 先程のとらばさみに引き続き、今度はワイヤー……どちらも突如何もない場所から現れたとしか思えない。

 罠設置魔法――おそらくはそういうタイプの魔法なのだろう。

 だとすれば、シオが無目的にうろついていた動きにも理由が見えて来る。

 ただうろついていたのではなく、あちこちに『罠』を仕掛けていたのだろう。そして、ジュリエッタがどこかの罠に引っかかったらシオの方からも動いて攻撃――どうやってかは不明だが調達した木材を投げつけて――という計画なのだと思う。

 最大の問題は、飛んでくる木材をジュリエッタが今かわすことが出来ないということだ。


「……メタモル!」


 全身をスライムにして逃げる、という手を使うか一瞬悩んだもののジュリエッタはそれをしなかった。

 もし他にも罠が仕掛けてあった場合――特にそれが地雷のようなものだと、全身をスライム化していたら吹き飛ばされてしまう恐れがある。

 右腕を竜巻触手へと変え、飛んでくる木材を纏めて薙ぎ払おうとする。

 山のような木材であろうとも、竜巻触手ならば一撃で薙ぎ払える……それは間違いない。


 ――あ、ヤバい……!?


 だが、竜巻触手が木材を薙ぎ払おうとした瞬間、ジュリエッタの背筋に悪寒が走る。

 ()()()()()()()()()()

 ジュリエッタのその予感は正しく――




 ――竜巻触手が木材へと触れた途端、木材が激しい爆風を巻き起こしながら()()()を起こしたのだった……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「にししっ、やったでしゅ!」


 爆風が止んだ後、ジュリエッタがいた付近は周囲の樹木ごと吹き飛ばされ、大きなクレーター状に抉れていた。

 それを少し離れた位置から確認したシオがにやにやと笑いつつ、自身の勝利を確信する。




 シオの魔法――設置魔法(セット)を使い、ジュリエッタの動きを鈍らせ、あるいは拘束する罠を仕掛ける。

 そしてもう一つの魔法投擲魔法(ジャグリング)で木材を投げつけ押しつぶす――だけではきっと足りない。そう判断したシオは更に木材に対してギフトを使用する。

 彼女のギフト、その名は【爆破者(ボマー)】。派手で陽気な見た目の印象にそぐわず――ある意味では沿っているのかもしれないが――シンプル、かつかなり物騒なギフトである。

 効果は単純明快で、『ギフトを使った対象を爆弾に変える』というものだ。

 爆弾となった大量の木材はジュリエッタを押し潰そうとする。仮にジュリエッタが潰れなかったとしても、今度は至近距離から大量の爆弾が爆発する……その上ジュリエッタは罠によって逃げることも出来ない状態となっている。

 ラビが見たら『うわぁ……すっごいエグい能力……』と言いそうな能力である。


「はーっ、やっぱりあんなチビっ子じゃたよりにならないでしゅ。

 シオちゃんのほーがつよいでしゅ! もどってプラムしゃまにほめてもらうでしゅー♪」


 対戦は終わった、とばかりにるんるん気分でプラムの元へと戻ろうとするシオ。

 しかし――彼女はまだまだ甘かった。

 勝手に終わった気になっているが、()()()()()()()()()()のだ。そのことにシオはまだ気が付いていない。


「…………メタモル《雷獣形態(ヴォルガノフ)》!」

「ほえ?」


 シオは、ジュリエッタがどういう魔法少女なのかを知らない。

 彼女が勝つためならば、平気で自分の手足を切り捨ててまで回避するという、普通ならば忌避するような手段を厭わないということを。

 ジュリエッタのメタモルの声はシオの足元から聞こえてきた。

 その言葉の意味を知る前に――


「ふぎゃああああああっ!?」


 足元から伸びてきた二本の触手――雷精竜ヴォルガノフの電撃触手がシオへと巻き付き、容赦なく電撃を浴びせかけてきたのだった。




 ――危ないところだった……。


 シオとは違い、完全に相手を倒したことを確認したジュリエッタはほっと一息つく。

 木材が爆発した瞬間、ジュリエッタはそのままではやられると思った。

 ……直前にそれに気づけたことが幸いした。

 ジュリエッタは竜巻触手とした右腕を()()、左腕をメタモルで変化――ワイヤーを切る間も惜しんでその場から地下へと潜ったのだ。

 以前倒した砂漠ミミズ(サンドウォーム)の能力だ。爆発のダメージを完全に無効化することは出来なかったが、地下深くへと逃げたために一撃でやられるということだけは回避できた。

 後はそのまま地中を掘り進めてシオの足元まで移動。

 勝ったと思って油断していたシオへと《雷獣形態》のフルパワーの電撃を浴びせたというわけだ。


「むー……」


 逆転勝利を収めたとは言え、ジュリエッタの表情は硬い。

 もし右腕を諦める判断が一瞬でも遅れていたら、爆発に巻き込まれて一撃でやられていたか、良くても致命傷を負っていたことは間違いない。

 あるいは、更に二重三重の罠に引っかかって魔法すら使えない状態にされていたら……。

 『たられば』で語ることに意味はないが、自分の勝利がある程度『運』によって決まったものだろうという思いのジュリエッタにとって、『負けたかもしれない可能性』について考えるのは当然のことだった。

 ……『負けたかもしれない可能性』を一つずつ潰し、『絶対に負けない』にまで自分を高めなければならない。そう思っているのだ。


「……ジュリエッタの、勝ち」


 とはいえ、勝ちは勝ちだ。

 内心の複雑な思いを見せることもなく、ジュリエッタはそう呟いて小さくガッツポーズをするのであった。


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