5-84. Formidable Girls!! 3. Revenger -ミオvs煌殻太母(前編)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
暴れ回る黒死龍だったが、ミオはそれをまるで無視するかのように戦場を駆ける。
【遮断者】を使い自分に向かってくる攻撃全てを遮断している状態ならば、どれだけ敵が大量にいようとも関係ない。
彼女が狙うべきなのは、XC-10――ダイヤキャタピラとその仲間の宝石芋虫たちのみだ。
――敵は、残り五匹。
今回の原因となった仇敵・ダイヤキャタピラ。
『冥界』で見つけた謎の教会で襲ってきた時にいたサファイアキャタピラ、オブシディアンキャタピラ。
そして、巨大な目のような模様が特徴的なエメラルドキャタピラが二匹。
いずれも見たことのある相手だ。
――今度は負けない。
最初に『冥界』に来た時は、ダイヤキャタピラによってミオたちは敗北した。
今思い返すと、ダイヤキャタピラは女王へと生贄をささげるためにわざとミオたちにとどめを刺さなかったのだろう。
それはゲームオーバーにならずに済んだという幸運もあったが、それ以上に彼女たちを長く苦しめるものであった。
相棒のアビゲイルはもう戦えない。アリスたちとも共闘はしているものの、それぞれの相手で手一杯だ。他に助けを望むことも出来ない。
かつて敗北した相手に、ミオはたった一人で立ち向かわなければならないのだ。
「……貴方たちには恨みはあるけれど、それとは別に感謝することもある」
崩れゆく女王の城にて、ダイヤキャタピラたちを前に霊装『アメノムラクモ』を手にミオは微笑む。
「貴方たちに敗北したことで――あたしはもっと強くなれる」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……ミオ……」
召喚獣に担がれ、まるで荷物のように運ばれているアビゲイルは、一人戦うことになったミオを心配する。
ミオが強いことはわかっているが、それでも一度敗北した相手と戦わないとならないのだ。
その場に自分がいられないことを悔やみつつ、今は無事を祈るしかない。
”アビー、大丈夫よ。ミオなら、きっと”
アビゲイルと共に召喚獣によって運ばれているバトーがそう慰める。
バトーも本当ならばミオと共に戦うべきなのだろうが、ミオが断ったのだ。
――あたしは一人で大丈夫だから、バトーはアビーについていてあげて。
普通に考えれば戦えないアビゲイルの傍にいるよりも、これから戦うミオの傍に使い魔はついていた方がいいだろう。
そんなことは当然ミオもバトーも理解している。
だが、それでもミオは一人で戦うことを選択したのだ。
……それでも勝てると彼女は思っているのだ。
”ふむ……バトー氏。彼女は一人でも大丈夫なのかね?”
”ああ、お前さんらに聞いた話じゃ、一度あいつらにやられたんじゃねぇのか?”
「んー、アビゲイルとはさっき一緒に戦ったからわかるアルが、あの子は戦ってるのを見てないからわからないアルよ」
当然、事情を知らない他のメンバーもミオ一人で大丈夫なのか、と心配している。
もしもミオが敗北したとしたら、アリスたちの方に宝石芋虫が向かうかもしれないし、あるいはまともに戦えない状態のこちら側に向かってくる可能性もある。
そうなったら折角アトラクナクアを倒してクエストをクリアしたのに、全滅して終わりということになってしまう。それでは今までの苦労も水の泡だ――全くの無駄ではないが。
ヨームたちの心配に対し、バトーは苦笑いしつつ応える。
”ん……まぁ、大丈夫よ、きっと。なんたってあの子は――”
おそらく、この場にいるメンバーの中で――アビゲイルも含めて――ミオの本当の実力を知っているのは自分だけだろう、とバトーは思う。
だから心配する気持ちもわかるのだが……その心配はきっと杞憂に終わる、とバトーは確信している。
ミオの実力を知るが故に、バトーはこうも考えるのだ。
あのアトラクナクアは、思ったよりは弱かった、と。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アリスとジュリエッタはそれぞれの相手と離れた位置で戦っている。
黒死龍はヴィヴィアンが誘導しているのだろう、周囲を破壊しながらも徐々に離れた位置へと向かっている。
残りのモンスターは召喚獣たちが撃退している最中だ。
周囲をこれ以上気にする必要もない――残る五匹の宝石芋虫にのみミオは意識を集中させる。
ミオの【遮断者】の効果は知っているのだろう、芋虫たちは迂闊に攻撃を仕掛けてこない。
その点についてはミオの狙い通りだ。
【遮断者】の防御は一見すると完璧に見える。事実、『防ぐ』と決めた攻撃についてはいかなるものであろうとも完全に防ぎきることが可能だ。
とはいえ、無制限に攻撃が防げるわけではない。
遮断中の攻撃以外に対しては効果が全くないし、何よりも遮断した相手に対して攻撃することが出来なくなるのだ。
この欠点は防ぐ範囲を広げれば広げるほど大きくなる。
アトラクナクアもそれを理解していたのであろう、防ぐのは常に一種類の攻撃に留めていた――防いでいる攻撃に対してカウンター等は出来なくなるが、それ以外には反撃することが出来るからだ。
今ミオはあらゆる攻撃を遮断するように【遮断者】を使っている。
そのおかげで不意打ちや黒死龍によって崩れた瓦礫等を心配する必要は全くないが、逆にミオからモンスターへの攻撃も一切出来ない状態になっている。
――残り魔力は充分もつ。隠れている敵もなし……。
【遮断者】で自身の安全を確保しつつ、周囲の様子を冷静に観察。今見えている五匹以外の宝石芋虫がいないことを確認する。
一度敗北した相手と、しかも一人で戦わなければならないという状況にも関わらず、ミオは全く緊張していなかった。
ミオが鈍いわけでもないし虚勢を張っているわけでもない。
――アビーたちがあれだけ頑張ったんだもの。あたしだって……!
自分を助けるためにアトラクナクアへと挑んだアビゲイルたちのことを思えば、この程度の相手は大したことはない。ミオはそう思うのだ。
……彼女の中のアビゲイルへの評価が適切かどうかは別として、圧倒的格上のアトラクナクアと戦ったアビゲイルに比べれば宝石芋虫の五匹など物の数でもない。
敵の現在位置、自分の持っている全ての能力、そして残りキャンディの数を計算し――ミオは自分の勝つための道筋を思い描く。
「……『凶剣』のミオ、参る!」
黒死龍が完全にヴィヴィアンの方へと向かって行き、周囲の破壊が収まった瞬間、ミオは【遮断者】を解除し宝石芋虫へと向かう。
――『凶剣』。それはまだアビゲイルがバトーのユニットとして加入する前に、バトーが揶揄って付けたミオの二つ名だ。
その名の由来は、彼女の戦闘スタイルにある。
ミオが【遮断者】を解いたと同時に駆ける。
それと共に宝石芋虫たちも一斉にミオへと襲い掛かる。
最初に攻撃を仕掛けたのは全身を鋭い棘で覆ったオブシディアンだった。
オブシディアンは全身に名前が表す『黒曜石』を思わせる鋭い棘を無数に生やした巨大芋虫だ。その棘が弾丸のように射出され、ミオへと迫る。
「閃刃――《氷雨舞》」
それは、アトラクナクアが使わなかった――否、使えなかったミオの第三の魔法。
発動と同時にミオの身体が本人の意思に反して自動的に動く。
飛来する黒の棘を迎撃するかのように、ミオが霊装『アメノムラクモ』を振るう。
右手だけで握った『アメノムラクモ』――名前に反して西洋風のレイピアのような形状の剣を、棘に対して突き出す。
ガギン、ガギン!
と耳障りな金属同士が擦れる音が幾度も響いた後……。
「……うん。どうやら調子は悪くないみたいね」
まるで何事も起きなかったかのように、軽く剣を振り払いながらミオは呟く。
一体ミオが何をしたのか、仮にオブシディアンに人並みの知能や頭脳があったとしたら、わけがわからずパニックに陥っていたことだろう。
ミオへと向かって飛ばされた無数の棘……それに対してミオは剣を振るって迎撃した。起きた出来事だけを語ればそういうことだ。
だがこれはおかしい。
今のミオの動きは魔法を使ったはずだが、明らかに自分の身体を使った動作だった。
例えばジェーンのアクションであれば、魔法を使うことによって本来ならばありえない動きをすることもできる。だがそれは例えるなら格闘ゲームで必殺技コマンドを入力したような、定められた動きをするだけに過ぎない。
あえて言うのであれば今のミオの動きはジュリエッタのライズや凛風のシフトを使った時のような、魔法を使ったというのに動作自体は自分の意思で行ったような……『魔法』ではなく『技』を思わせる動きだった。
「なるほどね。少しだけ、アトラクナクアのカラクリがわかった気がするわ。
……何だかんだ言って、やっぱりアレはただの蟲だったってわけか」
微かに顔を歪め、嫌そうにミオは吐き捨てる。
ミオの第三の魔法『閃刃』――それをアトラクナクアは使わなかった。
その理由を魔法の持ち主であるミオはこう推測していた。
「貴方たちは蟲とは思えないほど知能が高いように見えるけど――やっぱり人間みたいな発想力がないのね」
魔法少女へと『ゲーム』から与えられた魔法とは、一般的なゲームの魔法のように定められた動きだけしか出来ないというわけではない。
特にアリスが顕著であるが、どのような効果を持つ魔法にするかは、ユニット本人の発想によって幾らでも増やすことが可能だ――中には発想力に依存しない固定の効果しかもたない魔法も存在はするものの。
『閃刃』は、発想力が物を言う魔法なのだ。
効果がシンプルで非常にわかりやすい『重撃』とは異なり、若干わかりづらい面があるものの魔法の効果自体は破格と言っていいほどの性能を持っている。
『閃刃』――それは、ミオの想像した通りの武術を実行する魔法だ。
ミオ自身の肉体が実現可能な動きであれば、本人の経験や才能などを全て無視して、達人の如き技を振るう魔法――それが『閃刃』なのである。
先程のオブシディアンの攻撃を残らず全て迎撃した《氷雨舞》は、全ての棘の先端を寸分違わず突いて迎撃していた。
ミオにはもちろん剣術の心得などないし、仮にアレを魔法そのもので迎撃しようとした場合には『瞬時に棘の位置を把握してその全てに対して迎撃用の魔法を使う』ということが必要になるであろう。
ところが《氷雨舞》は少々異なる。ランダムに飛んでくる棘を、一つ残らず剣を振るって叩き落している。
魔法ではなく技量、その技量を作り出す魔法――それが『閃刃』なのだ。
《氷雨舞》とは、『ある一点を正確に剣で突く』という技だ。
だから向かってくる棘に対して剣を振るうならば、必ず正確に棘を狙い撃つことが出来るようになる。
この魔法の効果は破格だが、使いこなすためには――というよりも使うためには『想像力』『発想力』が不可欠となる。
どのような技にするのか? それを考える力が必要なのだ。
故に、アトラクナクアには『閃刃』を使いこなすことは出来なかった。もしもアトラクナクアに人並みの頭脳があったのであれば、『閃刃』を使わないということはなかっただろう――それほどに強力な魔法、ミオの要となる魔法と言える。
……尤も既にアトラクナクアは斃れ、彼のものの知能について推測したところでもはや意味はないのだが。
「閃刃――《連星・八星》!」
敵の配置は、ミオの真正面にオブシディアン、その背後にダイヤキャタピラ。左右斜め前にエメラルドがそれぞれ一匹ずつ。右斜め前には更にサファイア。
同時に攻撃されても【遮断者】で防ぎつつ反撃することが可能だが、もちろん油断はしない。
たとえどんな理由があろうとも、かつてダイヤキャタピラによって敗北したのだから。
ミオが続けてすぐさま次の魔法を使う。
鋭い踏み込みで一足飛びにオブシディアンの目の前へと進むと同時に、『アメノムラクモ』を突き出す。
その数合計で八回――超高速でほぼ同時攻撃を行うのが《連星》、それを八連撃する《八星》の合わせ技である。
八回の鋭い突きがオブシディアンへと突き刺さる。
狙いは『目』だ。
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宝石芋虫たちの恐ろしいところは、見た目の華麗さに反してとてつもない防御力を持っていることにある。
オブシディアンとてそれは変わらない。黒曜石であればむしろダイヤキャタピラ等に比べればまだ柔らかい方ではあるが、甲殻を傷つけるほどより鋭い棘が生えてくるという特徴がある。
とはいえ、眼球や体節、それに内臓まで同様の硬さは持っていない。
ミオはまともに甲殻を貫くことを考えず、まず厄介な遠距離攻撃を繰り返してくるオブシディアンの目玉を潰して狙いを付けられなくすることを狙ったのだ。
他の芋虫に邪魔されるよりも早く、砲台を潰し――
「――終わりにしましょう。貴方たちとの因縁と、そしてあたしの『復讐』を」
宝石芋虫たちへと宣戦布告をするのであった。




