5-83. Formidable Girls!! 2. 大神雷霆 -ヴィヴィアンvs黒死龍
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最初に動いたのはXS-GB01――超巨大ムカデ『黒死龍』だった。
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ムカデに鳴き声があるのか定かではないが、文字通りの『山』のような巨体が空気を裂き、まるで鳴き声のような音を上げる。
「散れ!!」
アリスの号令と共に魔法少女たちがそれぞれ動き出す。
「ext《神馬脚甲》!」
「サモン《ペガサス》!」
アリスとヴィヴィアンはそれぞれ得意とする飛行の魔法でその場から飛び上がり、ジュリエッタとミオは空を飛ばずに地上を走ってそれぞれの相手へと向かう。
彼女たちの背後で召喚獣に守られていたメンバーは、近くの召喚獣が背負い、あるいは抱きかかえてその場から退避させる。
――黒死龍の巨体が元・女王の間を完全に粉砕していた。
周囲に広がっていた無数のモンスターたちも黒死龍の突撃に巻き込まれて無残に潰されている……が、一向に構わずひたすら突撃を繰り返す。
アトラクナクアと戦っていた時のように、時折殺意の高い個体が紛れ込んでいる、ではない。
無数の妖蟲その全てが殺意に満ち溢れ、この場に集った使い魔と魔法少女たちを殺害せんと殺到してきている。
黒死龍の蹂躙は止まらない。
頭を女王の間へと叩きつけた後、そのまま建物を壊しながら周囲を這いずり回ろうとする。
黒死龍の巨体が動くだけで周囲には甚大な被害がもたらされる。比喩抜きで、『動く災害』と言えよう。
「……これ、ヴィヴィアンの召喚獣がいなかったら、アタシたちヤバかったんじゃ……?」
”……だな。あんなの、どうやって倒すっていうんだ……?”
召喚獣に抱きかかえられ退避していたジェーンたちが黒死龍の暴威を目にし、呆然と呟く。
特殊な能力を持っているのかどうかまではわからないが、単純な物理攻撃力という点では今までに出会ったモンスターの中では間違いなくトップであろう。
何しろ、とにかく体が大きい。胴体部分の太さだけで大きなビル程もあり、その上未だ全長も見えない。
特殊な攻撃をしてこなくても、ただ動くだけで危険なのだ。
ジェーンの言うように、もし召喚獣がこの場に複数存在しなかったとしたら……力尽き果てて動けなくなったアビゲイルやジェーン、それにリスポーンしたてで強化が全て解除されてしまっている凛風では逃げることはできずに巻き込まれて潰されてしまっていただろう。
大きさに見合った生命力も持ち合わせていることは疑う余地はない。
果たして、それをヴィヴィアンは一人でどのようにして倒すつもりなのか――ヴィヴィアンの能力についてある程度は知っているジェーンたちにも見当がつかなかった。
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――姫様は当然のこととして、ジュリエッタも、あのミオという方も……わたくしの方で気にする必要はなさそうですね。
《ペガサス》に乗り黒死龍の突撃を回避、その後の突進を自分の方へと向かわせるようにヴィヴィアンは黒死龍の前を飛び続ける。
召喚獣に守らせているジェーンたちはとりあえずは大丈夫だろうとは思いつつも、相手が相手だ。流れ弾、ならぬ流れ体当たりを受けてしまう恐れはある。
故に、ヴィヴィアンは他三人の戦闘を邪魔しないようにするためにも、黒死龍を引き付けながら少し離れた位置――元・女王の城の外へと黒死龍を誘導しようとしていた。
■■■■■ーーーーーーッ!!
ヴィヴィアンの狙い通り、顔の前をちょこまかと動くのが鬱陶しいのか黒死龍はヴィヴィアンを追いかけて来る。
「……さて、気分も悪いことですし、片づけるとしましょう」
ヴィヴィアンは蟲全般が嫌いだ。
その中でも特に蜘蛛やムカデなどの『足が一杯わちゃわちゃとしている』蟲は嫌いを通り越して恐怖を覚えるレベルと言ってよい。
とはいえ今はそのようなことを言っている場合ではないし、
「……ふふっ」
この局面において、ヴィヴィアンは微かに笑う。
彼女はかつて自身の使い魔の言っていた言葉を思い出していた。
――私も虫は苦手だけど……何か、あのくらい大きいともう何とも思わないようになっちゃったよ。
この言葉を聞いた時は『そんなバカな』と思ったものだが、いざ黒死龍を目の前にすると理解できた。
余りにも巨大すぎて全体像が見えないが故に、パーツだけ見ればそれが『蟲』だと理解しづらいのだ。
だから蟲が苦手なヴィヴィアンでも耐えられる――今まで戦ってきた蟲はなんだかんだで全体像が見えていたために気持ち悪いと感じてしまっていたが、黒死龍はそれに比べて大分マシと言える。
尤も、ヴィヴィアンが気持ち悪さを堪えてでも黒死龍を相手にすることが出来る本当の理由は別にあるのだが。
「《ペガサス》、お願いしますね。
――一撃で決めます」
ヴィヴィアンにはある想いがあった。
一つは『怒り』――それは自分の力を奪った蟲たちに対する怒りでもあり、また奪われた不甲斐ない自分に対する怒りであろう。
彼女にしては珍しく、『怒って』いるのだ。
そしてもう一つは感情ではなく理性、今後の自分自身に対しての考えによるものだ。
女王の城へと突入する前にラビたちとも話していたが、黒死龍に対抗するためにはアリスの魔法が必須となる。
対集団・対大型に対して有効な魔法を持つのがアリスしかいないためだ。ジュリエッタもやろうと思えば出来ないことはないが、アリスに比べるとやはり黒死龍のような超大型に対する決定打には欠ける――尤も、アリスの神装のような魔法が例外とも言えるのだが。
今後、黒死龍ほどではないにしても『嵐の支配者』のような大型の敵はきっと出て来ることだろう。
そうした時に『アリスがいないのでどうにもなりません』では話にならない、ヴィヴィアンはそう考える。
――姫様の後ろではなく、姫様の隣で戦う……そのためには、この程度の相手、わたくし一人でお掃除できるようにならなければ……!
桃香にとってありすは大切で、頼りになる仲間だ。恋愛的な意味では(おそらく)なく、大好きな友達である。
しかし、ヴィヴィアンにとってアリスはそれだけではない。共に『ゲーム』クリアを目指す仲間として戦うのであれば、絶対に頼りきりになってはいけない、そう思っているのだ。
アリスを後ろからサポートするだけでは足りない。
アリスと並び立ち、強敵と戦えるようにならなければならない。
「……貴方に悪い、とは全く思いませんが――不運でしたわね。貴方には実験台となっていただきましょう」
まるでアリスのような――慣れていないため少々ぎこちないが――笑みを浮かべ、ヴィヴィアンは黒死龍へと宣告する。
召喚獣を通して避難させているメンバーの様子を一度見てみる。
……どうやらそちらへと黒死龍の被害は及んでいないようだ、ということを確認した後、ヴィヴィアンは召喚獣たちに黒死龍から少し離れながら戦うように指示を出す。
そうしなければ危ないからだ。
「《ペガサス》!」
長々と時間はかけられない。かけても意味がないし、ヴィヴィアン曰く『この程度』の相手に時間をかけたとあっては面目もない。
《ペガサス》に指示し、上空――上の階層ギリギリまで急上昇させる。
それを追いかけて黒死龍が大きく頭をもたげるのを確認、ヴィヴィアンはその場で《ペガサス》から飛び降りる。
落下してゆくヴィヴィアン。そのままならば当然地面に叩きつけられ、落下ダメージでリスポーンする羽目になってしまうだろう。
横で彼女の戦いを見ているものがいたとすれば、改めて《ペガサス》を呼び出すか《ワイヴァーン》などの別の飛行可能な召喚獣を呼び出すかすると思うだろうが、そのどちらもヴィヴィアンは呼び出さなかった。
「サモン――《ケラウノス》!!」
落下しながら新たな召喚獣を呼び出す。
ヴィヴィアンの両手に、巨大な『銃』が出現する。
対物ライフル、が一番近いだろうか。ただし、その大きさは実物より更に大きい。銃身は成人男性ほどもある。華奢で小柄なヴィヴィアンが持つにはあまりに大きすぎる銃だ。
それを落下しながら構え、照準を黒死龍の頭部へと合わせる。
「……発射!」
銃口を向けられたことに気付いた黒死龍が頭を下げて回避しょうとするのとほぼ同時にヴィヴィアンが引き金を引く。
――次の瞬間、周囲が白い光に包まれた。
ゼウスの雷霆の名を持つ召喚獣は、その名の通りまるで雷鳴の如き轟音と共に弾丸を発射――その反動はヴィヴィアンの身体を空中で更に別の方向へと投げ出すほどだ。
《ペガサス》はそれを予測していたか、ヴィヴィアンの方へと高速で飛翔する。
――
一方で、《ケラウノス》の弾丸を受けた黒死龍はというと……。
「……むぅ、一発限り、ですか……流石にそう都合よくはいきませんね」
ため息をつきつつヴィヴィアンは《ケラウノス》を投げ捨て、飛んできた《ペガサス》に再度乗る。
どうやら《ケラウノス》は一度限りしか弾丸を発射することが出来ないようだ。発射後はリコレクトも出来ず、捨てる以外にない――下手に持っていても召喚獣同士が接触した時の反動を考えれば無用の長物だろう。
《ペガサス》に乗り込み、のたうつ黒死龍を眺めながらヴィヴィアンは《ケラウノス》は切り札の一つにはなるが、まだまだ改良の余地があると思い返す。
……既に決着はついた。ヴィヴィアンの意識から黒死龍は消え去ろうとしていた。
《ケラウノス》の放った弾丸は轟音と烈光を撒き散らしながら回避しようとした黒死龍の頭部へと向かい、通過していった。
外れた、のではない。
文字通り命中した弾丸はそのまま黒死龍の頭部を吹き飛ばした後、勢い止まらず通過していったのだ。
弾丸は『冥界』の空を引き裂き、上層の床を貫通し、更にその先まで飛んで行っている――どこまで飛んでいったのかはヴィヴィアン自身も把握していない。
頭部を吹き飛ばされた黒死龍はその後反射的に体をのたうち回らせていたが、やがて動かなくなった。
銃型の召喚獣――その実態は、大質量の弾丸を名前の通り『雷光』の速度で撃ち出し、進路上のもの全てを吹き飛ばしていく『亜光速レールガン』とでも言うべきものであった。
その破壊力は硬い甲殻に覆われた黒死龍の頭部ですら容易く貫通、どころか一撃で粉々に砕き、それでも尚衰えず直進し続け『冥界』の階層を吹き飛ばすほどのものだ。
攻撃力だけ見れば、アリスの神装に匹敵するどころか凌駕している可能性さえある。
ただし、幾つかの欠点はある。
まず魔力消費が膨大すぎる。今までのヴィヴィアンの召喚獣の中では《イージスの楯》が消費が最大だったのだが、《ケラウノス》はそれを上回る。一回召喚してしまうと、それだけで魔力がほぼ底をついてしまうのだ――ステータスを成長させる前のヴィヴィアンならば、そもそも召喚することすら出来ない消費量である。
そして一発限り、という制約がある。その上、サモンを使っているにも関わらずリコレクトすることが出来ないという、ヴィヴィアンにとってはかなり致命的な欠点があるのだ。
あまりに強力な攻撃力の代償、とヴィヴィアンは考えている。《エクスカリバー》と同じ理屈であろう。おそらく霊装の力を使ってもこの辺りは編集できないはずだ。
ヴィヴィアンの考えは単純明快だった。
黒死龍はまともに戦えば苦戦必至の相手ではあったが、どれだけ巨体であろうとも頭部は一つしかない。
そして、頭部がなくなればどんな化物であろうとも生き残ることは出来ない――一部の生き物は頭部がなくてもある条件が揃えば生き永らえることが出来る、ということもありうるがあまり考慮する必要のないレアケースだろう。
だからヴィヴィアンは、一撃で黒死龍の頭を潰して戦いを終わらせる、という方法を取ったのだ。
《ケラウノス》の火力ならばそれが出来ると確信、《ペガサス》を使って相手を誘導した後に飛び降りてから攻撃――迂闊に《ペガサス》に乗ったままだと《ケラウノス》との接触で弾かれてしまう可能性があったためだ――後は《ペガサス》に回収してもらう、というだけの作戦だ。
……もし《ケラウノス》一発で決着がつかなかった場合どうするつもりだったのか? 失敗した時のことを考えなかったのか? 他のものが見ていたら突っ込みを入れるところだろう。
「それでは戻りますよ、《ペガサス》。姫様たちの方が片付くまで、わたくしたちは皆さまをお守りしましょう」
……敗北など万に一つもありえない、と確信した笑みを浮かべヴィヴィアンは《ペガサス》と共に元・女王の城跡地へと戻っていくのであった。
【特別付録:モンスター図鑑】
■”黒死龍” XS01-GB(超巨大ムカデ)
◆分類:冥獣、妖蟲、怪獣
◆属性:蟲系
◆モンスターレベル:6
◆破壊可能部位:鎌(前脚、合計2本)、急所(合計8か所)
◆攻略法
・特殊戦闘となる。本体への攻撃は全て無効化されてしまい、ダメージを与えるためには背中にある『急所』を順番に破壊していく必要がある。
『急所』を一つ破壊するたびに大ダウン。大ダウン中に顔面へと攻撃をすることでダメージを与えることが可能。
・すべての『急所』を破壊した後、最終形態となり胴体部にも攻撃が通るようになる。
◆その他
・特殊能力を持たない、ただの巨大なムカデ。ただし、その巨体は移動するだけで周囲に甚大な被害を齎す、『生きた災害』。
・莫大な体力を持ってはいるが、これといった特殊能力を持たない&魔法少女側の特殊攻撃への耐性を持たないため、モンスターレベルは控えめとなっている。




