5-79. Get over the Despair 19. ペネトレイター
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もしかしたら、ジュリエッタは何も言わなかったがこの局面を予測していたのかもしれない。そうアビゲイルは思い返す。
凛風も加わった最後の攻撃の際に、ジュリエッタはバトーについては『命がけ』になることを告げてはいたものの、特にアビゲイルに対しては言及していない。
おそらくは、ミオを助け出した後に自分が動けなくなるということを、そしてミオを助けただけではまだアトラクナクアは動くであろうことを予測していたのだろう。
だから、アビゲイルの役割は――彼女が命を賭けて戦う場面とは、今、ここ、なのだろうと理解する。
自分以外の全てがゆっくりとスローモーションのように映る加速した世界において、アビゲイルは『シルバリオン』を走らせアトラクナクアへと迫る。
――瓦礫の鎧の隙間からは……流石に本体は狙えないか。
加速している今ならばやろうと思えば鎧の隙間を通して攻撃する、と言ったことも可能ではある。
だがそれをやったところでさしてダメージを与えることが出来るとも思えない。
正真正銘、最後のチャンスなのだ。ここで倒せませんでした、では済ませられない。
元より彼女は余り深く物事を考えない――頭が悪いという意味ではなく、感覚と本能で戦うタイプの魔法少女なのだ。その彼女が、ちまちまと攻撃をしても倒せない、と直観している。
ならばその直観に従うべきだろう。
――残り六秒……!!
一秒、すなわち加速中である彼女の主観にして十秒は様子見に費やした。
戦うためには無策で挑むのではなく、相手の様子をきちんと見定める必要がある――それをアビゲイルとて十分理解している。
そして、アビゲイルは自身の目で確認したことと直観を合わせ、残り六十秒をいかに使うかを瞬時に判断した。
「……突っ込め、『シルバリオン』!!」
敵の残り体力はわからない。わかるのは、瓦礫の鎧を身に纏ったことにより圧倒的な防御力を得ているということだ。
しかもその鎧は壊したところで時間があれば再生させることが出来る。
まともに攻撃をしたところで相手の再生力に押し負けてしまうだろう。
であれば、効果的な攻撃はただ一つ。
「シューティングアーツ――《アクセラレーテッド・シルバリオン》!!」
自らの身体そのものを『弾丸』へと変え、一撃で相手に致命傷を与えるほどの威力による速攻しかない。
アビゲイルの魔法により加速中だった『シルバリオン』が更に加速、絶対時間にしてわずか0.1秒にも満たない時間で一気にアトラクナクアへと突進――反撃も回避も許さない、絶対命中の超巨大砲弾による砲撃であった。
アトラクナクアは自分が何をされたか、理解することも出来なかっただろう。
それだけの速度で数トンはあろうかという軍馬を模した金属の塊がぶつかればどうなるか……考えるまでもなく、アトラクナクアの鎧がはじけ飛び、巨体が大きく揺らぐ。
だが、その衝撃はアトラクナクアにだけ影響があるわけではない。
同じだけの衝撃をアビゲイル、および『シルバリオン』も受けている。
「ぐ、うぅ……っ!!」
バトーを抱きかかえて庇いつつ、アビゲイルは衝突の衝撃を歯を食いしばって堪える。
――ごめん、『シルバリオン』……!
衝突した『シルバリオン』は流石に耐えきれなかったか、バラバラのパーツとなって吹き飛んでしまっていた。
心の中で謝罪しつつも、今は顧みている余裕はない。
『シルバリオン』の穿った穴に張り付き、超至近距離からの連続攻撃で決着をつける。
それしか残された方法はないのだ。
――残り五秒……!!
正確な時間を数えているわけではない。だが、大体そのくらいの時間だろうとアビゲイルは考える。
《アクセラレーテッド・セブン》で加速はしているものの、アトラクナクアが完全に無抵抗になるわけではない。わずか数秒とは言え反撃するだけの時間は充分にあるのだ。
だからここから先は加速時間内でアビゲイルがアトラクナクアを倒せるか、それともアトラクナクアがアビゲイルへと反撃するかあるいは耐えきるかの勝負だ。
互いに死に物狂いの攻防となる。
「リローデッド《爆裂弾》!!」
足を再生させる余裕はない。となると、右足を負傷しているアビゲイルはもう動くことは出来ない。
アトラクナクアの背にとりつき、そこから足を止めてひたすら射撃を繰り返すことになる。
装填する弾丸は《爆裂弾》、着弾後に大爆発を巻き起こす建築物などを破壊するのに有効な弾丸だ。
巻き起こる爆風はアビゲイル自身にも当然影響がある。
瓦礫の隙間に足を突っ込んで固定、爆風に飛ばされないように――ダメージ自体は気合で堪えながらひたすらアビゲイルはアトラクナクアへと《爆裂弾》を撃ち込み続ける。
対するアトラクナクアは、アビゲイルのスピードには当然だが全くついてこれない。
しかしそのまま何の抵抗もせずに倒されるわけにはいくまい、と滅茶苦茶に糸に結んだ瓦礫を振り回す。
「チッ……!」
本来ならば加速中なら余裕でかわせる攻撃である。
だが今は足を固定して撃ち続けている状態だ。それに、銃で瓦礫を迎撃する暇すら惜しい。
アビゲイルは自分へのダメージを顧みず、ひたすらアトラクナクア本体へ向けて銃撃を続けていく。
「ぐぅっ……!?」
非常にゆっくりとした動きの瓦礫がアビゲイルの身体を掠めていく。
それでも回避は行わず――最低限照準をつけて引き金を引くことさえ出来ればいいとさえ思っている――アビゲイルは撃ち続ける。
<ご……ど……!!>
これはアトラクナクアにとって予想外の動きだった。
如何に素早く動いているように見えたとしても、アビゲイル自身の肉体の強度は上がっていないのだ。攻撃を喰らい続ければあっという間に倒れてしまう。
だから少なからずアビゲイルの動きが止まることを期待しての攻撃だったのだが、文字通り捨て身の攻撃を仕掛けるアビゲイルは全く止まらない。
――ラスト一秒!!
全身ボロボロになりながらもアビゲイルは攻撃を続ける。
瓦礫の鎧は軒並み吹き飛び、巨大蜘蛛の腹の中に隠れていたアトラクナクアの姿は既に露出している状態だ。
だが、このまま残り一秒――アビゲイルの主観時間にして十秒間攻撃を続けてもとどめを刺すことは難しいかもしれない。
ここまでの攻撃では瓦礫の鎧を崩すことが精いっぱいで本体へはほとんど攻撃が届いていなかったのだ。
それはアビゲイルも理解している。
理解はしているが……だからと言って止まったとして状況は絶対に好転しない。
ひたすらに攻撃を続ける以外に道はないのだ。
……しかし、そんなアビゲイルを不運が襲った。
「……がっ……!?」
それはただの偶然だったが、アビゲイルにとっては不運、アトラクナクアにとっては幸運な出来事だった。
滅茶苦茶に振り回していた瓦礫だったが、そのうち糸が複雑に絡まり合いアトラクナクアにも意図しない方向へとばらけて飛んでいくようになっていた。
そのうちの一つが、アビゲイルの死角から側頭部へと命中してしまったのだ。
言うまでもなく人間にとっての急所の一つだ。そのあたりはたとえ『ゲーム』であっても違いはない。
意図した攻撃ではなく流れ弾が偶然当たっただけなので一撃で致命傷を負うということだけは避けられたものの、頭部に不意に受けた衝撃によりアビゲイルの意識が一瞬ブラックアウトする――
――それは《アクセラレーテッド・セブン》、最後の切り札を使ってしまったアビゲイルにとって、致命的な時間のロスとなる。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アビゲイルには二つの『謎』がある。
おそらく、その『謎』について認識しているのは本人を含めて誰もいないだろう。
もしもラビがアビゲイルとそれなりに長い付き合いをしていたら疑問に思っていたかもしれない、といった程度のことだ。
そのうちの一つは、彼女の持つ霊装『シルバリオン』だ。
なぜ、馬の姿の霊装なのだろうか?
霊装とはユニットの魔法を補助したり、その性能を補うためのものなのではないか?
事実、アビゲイルの『シルバリオン』以外の霊装については、いかなるユニットであってもそうした役割を持っている。
――西部劇のガンマンモチーフだし、だから馬なのかなぁ?
ラビならばそう言ったかもしれない。
その意見には一理ある……が、だとしても『シルバリオン』のもつ性能は若干物足りないものがある。
ただ大がかりな移動補助手段――そのように見える。
確かにアビゲイルは移動に関する魔法を持たない。その点では『シルバリオン』は充分『補助』としての役割を果たしていると言えるだろう。
だが、本当にそれだけなのか?
たった、それだけの能力なのに、わざわざ追加霊装として取得しなければならないものなのか?
「――――っ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
アビゲイルが吠える。
ブラックアウトする意識を無理矢理たたき起こすかのような、彼女自身が意識したものではない本能の叫びであった。
《アクセラレーテッド・セブン》が解除されるまで、残り0.5秒もない。
意識を失っていた時間はわずかだが、その時間で与えることの出来たであろうダメージ分をロスしている。そのダメージ分だけ、勝率が下がってしまった。
「……『シルバリオン』!!」
アビゲイルがバラバラに砕け散った自らの霊装の名を呼ぶ。
すると、周囲に散らばっていて霊装のかけらが動き出す。
……まるでこうなることを想定していたかのように――まるで、分解されることが前提だったように元の形を残したままバラバラに分解されていた『シルバリオン』がアビゲイルの手に集まる。
馬の首に当たる部分は変形し、巨大な銃――というよりもはや『大砲』だ――へ。
胴体部分は展開しアビゲイルの下半身を覆う鎧へ。
四本の足の蹄は先端に砲口が開く。
――……これが、あんたの本当の姿ってわけか。
馬の首が変形した巨大銃は、彼女の元々の霊装『44マグナム』に接続する追加武装だった。
それを接続し、四本の小銃、下半身を覆う鎧――幾つもの噴射口のついた移動補助用の、アリスの《神馬脚甲》のようなものだ――それらを装備し、アビゲイルはようやく理解した。
これこそが『シルバリオン』の本当の姿、役割。
すなわち、アビゲイルの攻撃能力、移動能力を強化するための追加武装――それこそが本当の『シルバリオン』なのだと。
「リローデッド!! シューティングアーツ……!!」
残り0.1秒――!
「《オールガンズブレイズ》!!!」
手にした巨大銃、および四本の小銃、その全てに弾丸装填魔法で弾丸を込め、それを全弾発射にて一斉発射。
各銃に装填できる最大数は元の霊装の6発を遥かに上回る、数百発あるだろうか。それらが一気に装填され、しかも一瞬で全弾発射されるのだ。
鼓膜が破けそうなほどの轟音――そして……。
「――ジャスト一分、よ」
《アクセラレーテッド・セブン》が解けると同時に、
<が、お……あー…………>
ボロボロと瓦礫の鎧が崩れ落ち、
瓦礫の中からアビゲイルへと手を伸ばそうとしていたアトラクナクアが……。
<…………>
ゆっくりと地面へと崩れ落ちて行った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
最後に残っている『謎』。
それはアビゲイルの持つギフトの効果についてだ。
ギフトの名は『突破者』――その説明文にはこう書かれているのみだ。
――『あなたはあらゆる困難を突破することが出来るだろう』
ヴィヴィアンのギフト『祈祷者』と同じような、説明文に何も具体的な効果が書かれていない、それだけではどんな効果を持っているのか全くわからないギフトである。
アビゲイル自身も、そして『ゲーム』についての知識をある程度は持っているであろうバトーでさえも知らないことではあるが、これらのギフトはシステム上こう呼ばれている。
事象操作系ギフトスキル
すなわち、ギフトの所持者にとってそうなるように『ゲーム』内の事象を操るという効果を持っているのだ。
アビゲイルの場合、彼女が直面した困難を突破できるように事象を操っているということになる。
しかし、だからと言って何もかもが都合よくいくわけでもないし、彼女に対して『絶対の勝利』を約束するものではない――それではゲームにならなくなるからだ。
アビゲイル自身に困難を乗り越えるための力と意思がなければ、このギフトの効果は無意味と化す。
故に、このギフトの名は『貫通する者』ではなく、自身の意志を以て困難を貫く者――『困難を突破する者』なのだ。
「……い、ってぇぇぇぇ……でも――」
アトラクナクアの崩壊に巻き込まれかけたアビゲイルであったが、脚部装甲が勢いよく噴射し彼女の身体を無理矢理飛ばして免れることが出来た。
着陸したアビゲイルは全身を襲う痛みに顔を歪めるものの、まだ立っていることが出来た。
――この程度で、寝てられないってーの!
命を賭けた凛風とジュリエッタに比べればまだまだ足りない。
自分も結構強くなったつもりであったが、上には上がいる――そのことをアビゲイルは自覚したのだった。
【特別付録:モンスター図鑑】
■”冥界を統べるもの” 魅王アトラクナクア(最終段階)
◆分類:冥獣、妖蟲、邪神
◆属性:蟲系
◆モンスターレベル:?
◆破壊可能部位:瓦礫の鎧・脚部(6本)、瓦礫の鎧・胴体部(腹部、背部、臀部)
◆攻略法
・吸収した全ての魔法少女の力を失い、苦し紛れに瓦礫の鎧を身に纏った最終形態。
第三段階と同じく鎧の肉質が硬く攻撃をなかなか通すことが出来ないが、踏みつけ、体当たり、瓦礫投げしか攻撃方法がないためひたすら攻撃を続けて鎧を崩していくことで本体にダメージを与えられる。
・無茶な方法で蜘蛛の姿を維持しているため、関節部分等の糸のつなぎ目を狙うと比較的簡単に鎧を崩せる。
◆その他
・本来のアトラクナクアの第二段階がこの姿。魔法少女の力がない場合、第一段階とこの最終段階をダメージに応じて交互に使い分けるだけであった。




