5-77. Get over the Despair 17. 最後の敗北者
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
戦いは終わりを迎える――誰もがそれを確信していた。
アビゲイルの放った《照明弾》と《音響弾》の効果が切れ、アトラクナクアは完全にアビゲイルの動きを捉えるようになった。同じ手で目くらましが出来るのは後一度出来るかどうかだろう。
「……次で決めるわ……!!」
『シルバリオン』でアトラクナクアの周囲を巡るように駆けながら、徐々に近づいていく。
近づきつつ、牽制するように銃弾を放ち続ける――シューティングアーツ等は使わずに、本当に牽制目的だ。
アビゲイルの行動について違和感を覚えるかどうかは人に寄るだろう。
ありすと桃香が作ってくれた最後の攻撃のチャンス、凛風が命を賭けて【遮断者】を使わせた時間――それらを無駄にしているとしか思えない行動なのだ。
【遮断者】について言えば、凛風の《吹雪》によってもう少し使えないだろうが、それでももう残り時間はわずかと言ったところだろう。
アビゲイルが全く事態を理解していないわけがない……仮に彼女自身が理解していなくても、共にいるバトーの方は流石に理解しているはずだ。
だから、一見無駄に思えるアビゲイルの行動にも何かしらの意味はあるはず――なのだ。
「走れ、『シルバリオン』!」
『シルバリオン』の速度を上昇させ、アトラクナクアの周囲を高速で旋回させるように走らせながら射撃を繰り返す。
【遮断者】を使うまでもない。ただの弾丸ならば命中したところでそこまで大きなダメージにはならないし、そもそも飛べるようになっている今ならば回避も容易い。
アトラクナクアは自らは近寄らず、銃弾を回避しながら糸を使って瓦礫を投げつけ続ける。
アビゲイルは銃による攻撃が主体となるため互いに距離を取っているのはそこまで悪い状況ではない。だが、根本的に攻撃が通じないという時点で、アビゲイルにとって有利にはなっていない。
投げつけられる瓦礫を回避しながら、アトラクナクアの周囲を旋回しつつ、少しずつ距離を近づけていく。
――もう、後少し……!
ありすたちのリスポーン受付時間のタイムリミットが迫っている。残り一分を切ったところだろうとアビゲイルは予測すると、
「リローデッド《炸裂弾》!」
弾丸を一撃の威力重視の《炸裂弾》へと変更、『シルバリオン』を繰り一直線にアトラクナクア目掛けて駆けさせる。
それは無謀な突撃にしか見えなかった。
『シルバリオン』がいかに早いとは言え、目にもとまらぬ速度で動けるわけではない。
加えて、相手の本質は蜘蛛の化物――狡猾に罠を張って相手を待ち伏せすることを得意とするタイプのモンスターである。
「……糸!?」
突進していった『シルバリオン』ごと、アビゲイルの全身に糸が絡みつく。
アトラクナクアは適当に瓦礫を投げつける裏で、ひっそりと自分の周囲に向かってきた相手を捕らえるための『罠』を設置していたのだ。
《斬撃弾》であれば無理矢理糸を切り裂きながら突き進むことは出来たであろうが、《炸裂弾》に変えていたことが仇となった。
「きゃあっ!?」
凛風もジュリエッタもいない。後はアビゲイルを始末すればそれで終わりだ。
捕らえたアビゲイルに更に糸を巻き付け、自分の方へと引き寄せる。
両腕を封じられたアビゲイルはもはや銃を撃つことすら出来ない状態となってしまっている。ここから抜け出すことは彼女の能力では不可能だろう。
「……こいつ、私を喰う気……!?」
先程凛風を喰おうとした時は邪魔されてしまった。それをアトラクナクアは覚えている。
だから、邪魔者がいなくなるまでは喰うのを我慢していたのだ。
――いなくなったユニットも、時間が経てば復活できることを知っているってわけね……!
誰の入れ知恵か――十中八九離れたところで悠々と観戦しているドクター・フーの仕業だろうが――アトラクナクアはユニットについての知識がある。
急いでユニットを吸収しないでも、使い魔が残っている限りはいずれ復活することが出来る。ならば、邪魔者を排してからゆっくりと喰らえばいい……そういう考えだろう。
その第一の犠牲者が、アビゲイルとなる。
更に悪いことに、アビゲイルと一緒に彼女の使い魔であるバトーも糸に捕らわれてしまっている。
アリスとヴィヴィアンの時は使い魔が生き残っている状態でユニットが消えた。そうなると幾ら吸収済だとしてもアトラクナクアの魔法は消えてしまう。
しかし、ユニットを吸収した後に使い魔がいなくなったとしたら……?
体内に取り込んだ後、つまり他の要因でユニットがリスポーン待ちになる可能性を排除した後であれば、むしろ使い魔には消えてもらいたいのだ。
<あー……うめーもん、いただきまーす>
既に取り込み済みのミオ、そしてアビゲイル……この二人を取り込んだ後、バトーがいる必要はない。
ついでに内部に取り込んでしまえばいいのだ。
「……っ」
にんまりと嗤いながら、大きく口を開き――
――ついに最後に残っていたアビゲイルがアトラクナクアへと呑み込まれた……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
もはや、成す術はない。
ありすと桃香が作ってくれた最後のチャンスも無駄に終わった。
モンスターの群れは未だ健在だ。仮に凛風とジュリエッタをリスポーンしたとしても、アビゲイルが欠けた以上勝ち目はないだろう――代わりにジェーンが入ったとして、そうなるとラビたちの方が全滅してしまう。
『冥界』における戦いは、アトラクナクアたち妖蟲側の勝利に終わったのだ。
後は残ったユニットと使い魔を蹂躙して終わりだ。
――そのはずだった。
<あ……? あー……?>
アビゲイルを喰らい、次の獲物――ジェーンたちの方へと視線を向けたアトラクナクアだったが、その様子がおかしい。
ジェーンたちの方へと向かうことなく、その場でぶるぶると震え……。
<ぎぃ、いぎぃぃぃぃぃっ!?>
やがて苦しそうに呻き、地面へと落下。まるで死にかけのセミのように地上でジタバタと藻掻き苦しむ。
――何が起きた!?
離れて見ていたドクター・フーの顔色が変わる。
決着はついたはずだ。
唯一まともに動けるアビゲイルが使い魔ごとアトラクナクアに飲み込まれた時点で戦いは終わった。後は残り物を順番に始末していけば済むはずだった。
だというのに、アトラクナクアはなぜか苦しんでいる。
「…………まさか……」
飲み込んだアビゲイルが腹の中で抵抗しているのか? だが、それはありえない、と頭を振って自身の想像を否定する。
アトラクナクアに飲み込まれるというのは、物理的に喰われるのとは少々異なる。内部に取り込まれた時点で、ユニットならば問答無用で行動不能となって吸収されるはずなのだ――ミオがそうだったように。
アビゲイルが自らアトラクナクアの体内へと侵入し、中に捕らわれているミオを助け出そうとするのではないか、という考えは確かにあった。さっき捕まった時もそれを狙っているのではないかとドクター・フーは考えていたが、それが不可能だとわかっていたため傍観していたのだ。
しかし、現実には今目の前でアトラクナクアが苦しんでいる。
<ぎ、げ、ぐげぇぇぇぇぇっ!!>
やがて、アトラクナクアの腹が裂けた。
最初に飛び出たのは極彩色のレーザー――アビゲイルの放ったと思しき《レイダーシューティング》の光。
そしてそのすぐ後には、黄緑色の体液を撒き散らしながら白い触手のようなものが現れる。
……それは、白い触手の姿をした暴風の化身――竜巻触手であった。
「馬鹿な……」
内部から立ち上る竜巻触手がアトラクナクアの腹部を完全に破壊、そしてその中から五尾の狐が飛び出てきた。
その口には意識なくぐったりと横たわるミオを咥え、背中にはアビゲイルを乗せて……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ジュリエッタは、そもそもリスポーン待ちにはなっていなかった。
全てはこの瞬間のための策略だったのだ。
「凛風がアトラクナクアを封じた後、ジュリエッタはわざとやられる」
「わざと? 何で?」
「……やられたふりをして、ジュリエッタはバトーに化ける。そうしたら、アビゲイルはバトーをその辺に置いて、ジュリエッタを拾って」
「あ、なるほどね……そりゃ、バトーも命がけになるわけだわ」
ジュリエッタが立てた作戦はこうだ。
まず、凛風が命がけでアトラクナクアを一人で押さえつける。
これが出来なければ後が続けない。凛風には何が何でもやってもらう必要がある。
次に、ジュリエッタはわざとアトラクナクアにやられる――フリをする。【遮断者】による絶対切断で両断されたものの、あの時点ではジュリエッタはやられていなかったのだ。以前、アリスの《終焉剣・終わる神世界》から抜け出した時と同様に、大量の『肉』を犠牲にジュリエッタ本体だけ回避するという方法を使った。
タイミングはシビアではある。下手をするとそのままジュリエッタはリスポーン待ちになってしまう可能性もある方法だった。
凛風にアトラクナクアの動きを抑えてもらったのもこのためだ。アトラクナクアを追い詰め、その隙を狙ったように見せかける――ただそれだけのために、凛風には命を捨ててもらった。
アトラクナクアに余裕があってはならない。もしかしたらジュリエッタが生存していることに気付かれてしまうかもしれない。だから、追い詰め、周囲をよく見る余裕を失わせる必要があったのだ。
「……もし、凛風かあんたのどっちかがしくじったら?」
「…………その時は、皆揃って地獄に堕ちる」
勝算はあった。しかし、勝負に絶対はない。
微かに笑うジュリエッタに、アビゲイルは呆れたような表情をするが、
「……上等。そん時は、あんたたちがリスポーンするまで私一人で何とか粘ってやるわ」
この作戦が失敗した場合、ありすたちのリスポーンの方が先になる。そうなれば勝ち目は無くなるが、だからと言って足掻かない理由にはならない。
アビゲイルも応えて笑みを浮かべる。
ジュリエッタが首尾よくやられたフリをし、かつそれがアトラクナクアに気付かれなかったら作戦は最終段階に入る。
ジュリエッタはそのまま隠れつつアビゲイルの接近を待つ。
アビゲイルは《照明弾》や《音響弾》で妨害しつつ、最後の攻撃に向かうフリをしながらジュリエッタの近くへと接近する。
この時に《照明弾》等を使った本当の理由は、アトラクナクアの視覚と聴覚を封じ、ジュリエッタのディスガイズを隠すというものだったのだ。
後はバトーを『シルバリオン』から降ろし、適当な瓦礫の影に隠れてもらい、替わりにディスガイズしたジュリエッタ(バトー)をさも本物のように扱えば下準備は完了だ。
「ミオを助ける。多分、そうしないとジュリエッタたちは勝てない」
アトラクナクアを倒してミオを救う、ではダメなのだ。
ミオを救ってからアトラクナクアを倒す。この順番でなければきっと勝てない、ジュリエッタは今までの戦いからそう判断していた。
仮にありすたちのリスポーンに間に合わなかったとしても、ミオの能力が消えるだけで戦いは格段に楽になる。
逆に言えば、ミオの能力を持っている限り戦いは厳しいものになると言える。
ミオをアトラクナクアの体内から引きずり出す――全て、その一点に集中した作戦だったのだ。
バトーに化けたジュリエッタをどうにかアトラクナクアへと食わせることが出来れば作戦は完了だ。
ただ想定外だったのは、アビゲイルと一緒にアトラクナクアに食われてしまったこと。
それともう一つはアトラクナクアの体内ではユニットは思うように動けなくなってしまうことだった。
特に後者の方は問題だった――ジュリエッタかアビゲイル、どちらか一方だけが喰われた場合に限り、だが。
体内に入り込んだ後、ユニットが動けなくなることを理解したジュリエッタは、すぐさまアビゲイルを包み込むようなヴェールへとディスガイズし直し、アビゲイルを守る――ディスガイズを使っている間は、ジュリエッタは変身したものとして扱われる。つまり、その時に限りユニット扱いにならないのだ。
守られたままアビゲイルはミオを救出、すぐに《レイダーシューティング》を放って脱出……。
以上が、ジュリエッタたちの取った行動である。
どこかで一手誤っていれば、あるいは不運に見舞われていたら、きっと取り返しのつかない事態に陥っていただろう。
「ミオ……ミオ……!! ああ、やっと、貴女を助けられた……!」
「う……ア、ビー……?」
ここに至るためには、誰一人欠けてもならなかった。
一つでも不運に見舞われたら終わっていた。
「……ジュリエッタだけじゃ、きっと無理だった……」
だがそうはならなかった。
ジェーンたちが使い魔を守り、ありすと桃香が犠牲となってアトラクナクアの力を削り、そして凛風・ジュリエッタ・アビゲイルが死力を出し尽くしたがための結果だ。
『仲間との力』――陳腐な言葉ではあるが、それがなければミオを助け出すことは出来なかっただろう、とジュリエッタは思う。
この力こそがきっと、以前のジュリエッタにはなく、そして彼女が敗北した理由なのだ。




