5-74. Get over the Despair 14. ラストチャンスよもう一度
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「……」
「じゅ、ジュリエッタ……?」
ジュリエッタに近い位置にいたアビゲイルが恐る恐る声を掛ける。
ありすと桃香がモンスターにやられた後、彼女たちを包む炎が消え、《ベテルギウス》によって倒れた三人に追撃しようとして呼び出した召喚蟲や魔法等が全て消えた。
地上へと不意に落とされたアトラクナクアは、突然魔法が使えなくなったことにショックを受けているのか、それとも落下の衝撃のためかまだ起き上がってこない――が、倒したわけではないのですぐにまた復活してくるだろう。
そんな中、ジュリエッタは呆然と地面に座り込んだまま後方――ラビたちのいる方を見つめている。
何が起こったのか? アビゲイルたちにも理解は出来た。
アトラクナクアの魔法を使えなくするために、ありすと桃香が自ら犠牲になったのだろう。
アビゲイルはこの状況に至るまで全く気づいていなかったが、ジュリエッタはおそらくこの事実に気が付いていた。だから、ありすに『何もするな』と事あるごとに声を掛けていたのだろうことは想像がつく。
……結局、ありすたちは状況を打開するために身をささげてしまったわけだが……。
「……大丈夫……ジュリエッタは大丈夫……」
「ほ、本当に……?」
ぽつりぽつりとつぶやくジュリエッタだが、『大丈夫』と口にはしているもののその様子には不安が残る。
心ここにあらずといった様子で、呆然としているようにしか見えない。
だが、次の瞬間にギリ、と強く歯ぎしりをする。
「…………大丈夫、怒りすぎて逆に冷静になった」
彼女が本当に冷静であるかは不明だが、少なくともパニックに陥ったりしている様子はない。
どうやら怒りの沸点を越えすぎて、我に忘れて暴れるという段階を通り越して逆に冷静になれたようだ。
とはいえ、もちろん怒りそのものが消えたわけではない。
自分の歯を噛み砕いてしまいそうなほど食いしばった口がそれを物語っている。
「なんてこったアル……」
凛風も無事だったようだ。一旦態勢を立て直すために合流した方が得策と考えたか、ジュリエッタたちに合流した。
アトラクナクアが倒れている内に攻撃を再開する、というのも一つの手ではあるが――
「……次が本当に最後のチャンス……ありすと桃香が作ってくれた、本当の本当に、最後の」
ジュリエッタの言葉にアビゲイルたちは頷く。
本来ならばもうアトラクナクアを倒す機会は無くなっていた。《ベテルギウス》に吹き飛ばされた後に生き残っていても、また召喚蟲を呼ばれじわじわと削られて行って終わるはずだった。
しかしそうはならなかった。
ありすと桃香が体を張って作ってくれた最後の攻撃のチャンス――それを無駄にしてはならない。
そのためには、三人で打ち合わせをしておく必要がある。
「バトー、リスポーンって何分まで行けるんだっけ?」
”……三分間よ”
「ってことは――今までの時間と合わせて、ギリギリまで粘るなら……二分あるかないかってところか」
「いや――」
アビゲイルの言葉にジュリエッタは首を横に振る。
計算は間違っていない。ありすと桃香がリスポーン待ちになってから数十秒、ラビがギリギリまでリスポーン選択を待つとして時間切れの十秒前くらいまで。
相談に使える時間も長くはない――と考えれば、全力で動けるのは二分あるかどうかというところではあるが……。
「二分もいらない」
「そうアルね……」
「……ええ、そうね」
ジュリエッタが何を言いたのかわかったのか、凛風とアビゲイルが、この状況において不敵に笑う。
三人は立ち上がりアトラクナクアの方へと向かいなおり、声を揃えて宣言する。
「「「一分で片を付ける!!」」」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「凛風、アビゲイル、バトー……死ぬ覚悟、ある?」
ジュリエッタの問いかけに、迷わず凛風とアビゲイルは頷く。
「当然アル! ワタシ、今自分の不甲斐なさに腸が煮えくり返ってるアルよ」
「あんな子たちが命賭けて作ってくれたチャンス……ミオを助けるためにも、私も命なんていくらでも賭けるわよ」
だから、『秘策』があるならそれに従う、と二人の眼は語っていた。
ただバトーだけは若干渋い表情だ。
”…………いえ、ここであたしが尻込みしてるわけにもいかないわね。ミオを助けるためにも、あたしだって出来ることはやるわ”
「……うん、ありがとう。なるべく気を付ける」
一体どんな無茶をさせられることやら、とバトーもこれには苦笑いを浮かべざるをえない。
――不謹慎かもしれないが、笑える余裕がまだあることにバトー自身は驚いた。
「……じゃあ――」
アトラクナクアが起き上がろうとしているのを横目に、手短にジュリエッタは作戦の内容を説明する。
その内容は言葉通り『命を賭けた』ギャンブルめいた方法であったが、躊躇うことなく全員が頷く。
”三人とも、奴がまた飛ぶわ!”
バトーの警告と共に、地面に倒れていたアトラクナクアが羽ばたき、再び宙へと舞う。
たとえ魔法が使えなくなったとしても脅威度は変わらず高いままだ。
まだミオのギフトと魔法が残っている状態なのだから。
「……それじゃ、これが本当のラストバトル」
「ええ、行くわよ!!」
アトラクナクアへと向けてアビゲイルが銃弾を放つ。
それが合図となり、全員が一斉に行動を開始する――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――さて、彼女たちはどう対処するつもりかな?
一人離れたところで戦場の様子を見ていたドクター・フーは、まるで他人事のように内心でつぶやく。
実際、彼女にとってこの戦いは他人事にすぎない。
アトラクナクアをより完全な形にするためにそれなりに力を尽くしてきたものの、だからといってアトラクナクアを勝たせるために何か直接手を下すつもりもない。
彼女が一人加わるだけで、ジュリエッタたちは確実に壊滅するだろうことを理解しながらも、何もしようとはしないのだ。
――それにしても……。
と視線を一旦ジュリエッタたちから外して、更に離れた位置でモンスターに襲われているラビたちの方へと向ける。
ありすと桃香が自分からモンスターに殺されに行ったことは、流石のドクター・フーにとっても想定外の出来事であった。
――……『ゲーム』だと理解していても尚、無力な姿でモンスターの前に立つことは恐ろしいだろう。
――それを為した彼女たちは……何者だ?
ありすたちのことを彼女はよく知らない。
この『冥界』で初めて遭遇したのだから無理もない――というだけではなく、今の彼女には必要最低限の情報しか与えられていないためだ。
――ここで消しておくべきなのかもしれないが……。
ドクター・フー、および彼女の使い魔にはある『目的』がある。
それを達成することこそが重要なのであって、この『ゲーム』における結果そのものはどうでもいいとさえ考えている。
ただ、その『目的』においてありすたちが邪魔な存在になるのではないかという懸念を、ふとドクター・フーは覚えたのだ。
――……いや、それは止めておこう。
やろうと思えば問題なく実行できる。
アトラクナクアの戦闘力が多少減ったとて、アリスとヴィヴィアンの魔法を使いだす前の段階とそう変わりはない。となればジュリエッタたちに瞬殺されるという恐れもない。
であればアトラクナクアに集中している間にひっそりと忍び寄り、使い魔ごと全員始末してしまえばいいのだ。それが出来るだけの能力をドクター・フーは持っている。
とはいえそれをすることはしない。
もしも仕損じた場合に生じるデメリットと、この『冥界』における目的を達成するために必要な要素のことを考えると得策ではないと判断する。
何よりも――
――障害になりうる、と思うものを排除していったら……楽しくも愉快でもないからな。
彼女と彼女の使い魔の『美学』にそれは反するのだ。
それはともかくとして、ドクター・フーには気になる点がある。
アトラクナクアの戦いを観戦しつつ、そちらへと思考を巡らせる。
――ふむ……XC-10、XS-01GBの姿がないな……こちらへと向かっている最中なのか? それとも、彼女たちがここへと乗り込む前に倒したのか……。
この場へと殺到しているモンスターは数こそ多いものの、そこまで強力な個体ではない。
特にXC-10――宝石芋虫やXS-01GB――超巨大ムカデがこの場へとやってきていないのは不可解であった。
幾つかの可能性を列挙し、自ら否定し……それでもこの場における勝利はゆるぎないだろう、とドクター・フーは確信していた。
……たった一つ、彼女と全く同じ姿をした存在が別の場所で謎の存在に倒された時に気付いた『ある事実』について……。
それだけは今のドクター・フーが持っていない、極めて重要な情報を見逃していることを除いて……。




