5-62. Get over the Despair 2. 冥界胎動
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
魔法少女・ミオ――
巫女を模した姿をし、一見しただけでは攻撃能力に乏しく、またギフト【遮断者】が防御よりの効果であるため、補助系の魔法少女であるように思える。
だが、実態は全く逆である。
彼女の持つ能力、ステータス……その全てが近接戦闘に特化した、いわゆる『ガチの武闘派』なのである。
<"めざめ">
”!? ヤバい……気を付けて、二人とも!”
アトラクナクアが人語を話すこと自体、もはや是非は問わない――肝心なことは、アトラクナクアがユニットと同等に話し、そして魔法を使うという点である。
ジュリエッタに能力を説明している時間もない、アトラクナクアが動き出すと同時にバトーは注意を促す。
すぐさまアビゲイルはその場から離れ、ジュリエッタも理由はわからずともバトーの言葉を疑うことなしにアビゲイルと反対側へと走る。
――今この場で戦えるのはジュリエッタとアビゲイルだけだ(ジェーンはいざとなったらラビたちを連れて逃げてもらわなければならないため、ジュリエッタは戦力に数えていない)。その二人が固まっていて同時に倒されるという事態だけは避けねばならないという判断だったが、それは結果的には正解だった。
メキメキ……と何かが軋み、裂けてゆく音が辺りに響く。
<おおおおおおおあああああああああああああああ>
まるで苦痛に喘ぐかのような咆哮――そして、その背から新たに二本の新しい腕が生える。
腕の先端は槍のような鋭い穂先が生えており、生物とは到底思えない金属質な輝きを放っている。
最初から生えていた腕の鎌も二回りほど巨大化している。
<"かさね"――《さんだん》>
”よ、避けてぇぇぇぇぇっ!!”
アトラクナクアの更なる魔法と、バトーの悲鳴――
そして、鎌と槍を接近しつつあったジュリエッタへと向けて振り回す。
――速い、けどかわせない攻撃じゃない……。
理解を超えた存在であるアトラクナクアではあるが、結局のところジュリエッタにとっては『巨大なモンスター』の一種でしかない。
であればいつも通り相手の動きを見極め、攻撃を叩き込んで倒すだけだ。唯一、【遮断者】による防御だけは気を付けなければならないが。
「ライズ《アクセラレーション》」
ジュリエッタは自分が『最強』だとは微塵も思ってはいない。そこまで自惚れるほどこの『ゲーム』で経験を積んだわけでもないし、実際にアリスたちに敗北している。
だから相手が誰であろうとも油断も慢心もしない――もとよりアトラクナクアは明らかに『格上』の相手だ。かつて戦ったどのモンスターよりも強敵なのは理解しているのだからなおさらだ。
油断も慢心もなく、自惚れもないが……決して自分が『弱い』とも思っていない。
いかなる攻撃が来ようとも対処できる、そう思っていた。
「あ、馬鹿! 逃げなさい!!」
アトラクナクアへと向かって行くジュリエッタを見てアビゲイルが警告するが――遅かった。
「……え……?」
加速し、アトラクナクアの鎌と槍の連撃をかわして接近していたはずだった。
が、気が付いたらジュリエッタは地面に倒れ伏していた。
「ぐ、うああああああああああっ!?」
そして自分が倒れていることを理解した瞬間、全身に激痛が走る。
――何が起きた……!? 攻撃は全部かわしたはず……!
少なくとも直撃は受けていないはず。確実に攻撃はかわし、危ういところでもギリギリで回避していたはずだった。
だというのに、ジュリエッタの右腕は肘の上から無残に千切れ飛び、右わき腹が深く抉り取られている。
もしも後少し位置がずれていれば、間違いなく胴体中央を貫かれていただろう。そうであったならば、体力が低めのジュリエッタは一撃で倒されていたに違いない。
<おおおうううううあおおおおおううううううううううおおおおおおおおおお>
自分の足元に転がるジュリエッタに対してアトラクナクアはそのまま足を振り下ろし、串刺しにしてとどめを刺そうとしてくる。
「ぐっ……!」
グミでの回復もメタモルでの修復も間に合わない。痛みを堪えてその場から逃れようとするジュリエッタだったが、アトラクナクアの方が速い。
「やらせるか!」
そこへ『シルバリオン』を呼び出したアビゲイルが駆けつけジュリエッタを拾い上げる。
ずん、と重いものが落ちる音と共に、先程までジュリエッタが倒れていた場所にアトラクナクアの足が突き刺さり――地面に大きな穴を開けていた。
”危なかったわね……あんなのに刺されたら一溜まりもないわ”
「ごめん、もっと早くにミオの能力について言っておくべきだったわ……」
アトラクナクアから距離を取りつつ、部屋の隅で様子を見ているラビたちから注意を反らすように離れないで動く。
幸いにもアトラクナクアはアビゲイルたちの方を向きつつも自ら接近しようとはしていない。
その隙にジュリエッタは自分の回復と修復を、アビゲイルは簡単にミオの持っていた能力について説明する。
「さっきの攻撃は『重撃』って魔法を使ったためよ。ぶっちゃけ、あいつが持っている能力では多分一番厄介なやつね」
”味方の時はあれほど頼もしい能力はないって思ってたけど……敵になると最悪ね”
ミオの持つ魔法『重撃』――その効果は単純にして凶悪。この魔法を使った直後のあらゆる攻撃を多重化させる魔法である。
先程ジュリエッタがやられたのもそのせいだ。鎌や槍はかわせたものの、多重化された方がかわしきれなかったためだ。
ゲーム的に言うならば、攻撃の当たり判定に対する拡張と持続時間の延長と言ったところだろう。
「……む、厄介……」
シンプルだが、実に強力な魔法なのをジュリエッタもすぐに理解した。
ジュリエッタ自身の魔法についても言えることだが、シンプルであるが故にこれといって有効な対策がない。
せいぜいが多重化された攻撃に巻き込まれないように十分な距離を取って回避する、攻撃そのものをさせないように速攻で片を付ける、くらいだろう。前者はともかく後者は今回は使うことは出来ないが。
「あんたもあんたで、何か凄い魔法ねぇ」
「そう?」
アトラクナクアの警戒をしつつ簡単に話をしながらジュリエッタは自分の回復を行っていた。
人間ならばよくて重傷、普通に考えれば即死してもおかしくないほど肉体を損傷していたにも関わらず、メタモルを使うことであっさりと修復を行っている。
それを目の当たりにしてアビゲイルは呆れ半分にため息をつく。
――もし、最初の戦闘時にあのまま戦い続けていたら一体結末はどうなったことか……。
簡単に負けると思うほどアビゲイルは自分に自信がないわけではないが、ジュリエッタの魔法の柔軟性は彼女の想像を遥かに超えていた。
”……さて、ここからどうするかかしらね……あちらさんはまだ動かないみたいだけど……”
ミオの能力全てについて語ったわけではないが、とりあえずはギフトと重撃の二つに関して知っておけば問題ない、とバトーは考え二人の注意をアトラクナクアの方へと向けさせる。
細かい作戦について相談する時間はあるだろうか? いや、ないだろう――バトーは自問自答する。
というよりも立てるべき作戦がない。
【遮断者】については発動されるとどうしようもない、絶対防御と言っても過言ではない能力だ。唯一の救いは、『一種類の攻撃しか防げない』という点であろう。
後は重撃による攻撃多重化を、いわゆる『気合避け』で回避しつつアビゲイルとジュリエッタで多方面から連続攻撃を仕掛けていけば何とかなるのではないか――そんな風にバトーは考えていた。
……それの考えについてバトーが責められる謂れはない。離れていた位置から見ていたラビですらそう思っていたくらいだ。
だが、アトラクナクアは彼女たちの甘い予想をはるかに超えるバケモノであったのだ。
――最初に気付いたのはジュリエッタだった。
「……!! 拙い、来る!!」
「え!? ちょっ……!?」
どうして敵が何もしないで様子を見てくれているなどと無邪気に信じられたというのだろう。
今までにそんな甘いモンスターがいた試しがないというのに!
ドームのそこかしこから、ずず、ごご、と何かが擦れる音が響いてくる。
「全力で退避して! ……ジュリエッタは殿様たちのところへ――」
「い、いや! シルバリオンで行かないと間に合わない――!」
続いてアビゲイルも何が起きようとしているのか気付く。
言うと同時にシルバリオンから飛び降りようとするジュリエッタを押しとどめ、全速力で広場の入口付近に固まるラビたちの方へと走らせようとする。
それでもアトラクナクアの攻撃の方が早かった。
<うぬるおるるるおおおおあのぬらぁぁぁあああああああぁぁぁぁぉぉぉぉおおおおおおおおお!!>
解読不能の雄たけびを上げながら、アトラクナクアは先端が鎌や槍になっていない、人間を模した腕を胸元で交差するように引く。
その指先からは、目には見えないほど細い蜘蛛の糸が生えており、糸の先端がドームのあちらこちらへと伸びていた。
アトラクナクアの糸に引かれ、四方八方から女王の巣を構築していたと思しき建材――崩壊したかつての都市の残骸が降り注ぐ!
「くっ……迎撃する……っ!」
「この数は……っ!」
シルバリオンで駆けつつ、飛んでくる残骸を撃ち落そうとする二人であったが、
<"かさね"――《さんだん》>
糸で引き寄せた残骸に対してアトラクナクアは重撃を使う。
更には残骸は全てジュリエッタたちの方向へと向かって来ていたのだ――
――ジュリエッタたちの姿は、押し寄せる残骸の津波の中に消えて行った……。
【特別付録:モンスター図鑑】
■”冥界を統べるもの” 魅王アトラクナクア(第二段階)
◆分類:冥獣、妖蟲、邪神
◆属性:蟲系
◆モンスターレベル:?
◆破壊可能部位:足(計8本)、胴体部(蜘蛛)、胴体部(女体)、顔面、腕(計6本)
◆攻略法
・移動速度はゆっくりのままだが、積極的に攻撃を仕掛けてくるようになる。主な攻撃方法は、6本の腕の振り回し、足による串刺し、尻尾による薙ぎ払い、糸による瓦礫・岩投げ。
・とにかく手数が多い上に攻撃範囲が広いため、防御に回らずひたすら動きながら攻撃を仕掛けていく方がよい。腕を破壊すると、糸による投げつけ攻撃の頻度が下がり回避しやすくなる。
また、足を破壊時に大ダウン、更に計3本の足を破壊で長時間身動きを取れなくなるので積極的に狙うべき。
・【遮断者】による防御は頻度が高く、攻撃が中々通らない。防御する攻撃を選ばずに使ってくるため、わざと弱い攻撃を仕掛けて【遮断者】を使わせてから本命の攻撃をするなど工夫が必要。
◆その他
・ミオの持つ魔法、ギフトを使ってくる。ユニットと異なり魔力は無尽蔵なのか、幾らでも魔法を使ってくる。




