5-61. Get over the Despair 1. 魅王アトラクナクア
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女王の巣の最奥――そこに踏み入り、すぐさま状況を把握したジュリエッタは、ラビたちをジェーンに任せて戦闘に加わる。
敵の顔に見覚えがある。ラビが抱いた感想と同じく、ジュリエッタもミオの顔を連想したのだ。
考えられる可能性は二つ。
ミオが何らかの事情――ジュリエッタの《終極異態》の時のような――でモンスター化しているか、あるいは別の要因か……。
その判断はジュリエッタには付けられない。だが、判断できるまで待つほど時間の猶予がないことぐらいはすぐにわかる。
「ライズ《アクセラレーション》、メタモル!」
とにかくまずは動く。後のことはそれから考えればよい。
先手必勝とばかりに自身を加速、更に両腕を鋭い刃へと変化させて女王――アトラクナクアへと迫る。
アトラクナクアは壁まで吹き飛ばしたアビゲイルへと追撃を仕掛けようとしていたが、接近するジュリエッタに気付きそちらへと顔を向ける。
相手が何かするよりもジュリエッタの方が速い、彼女はそう確信していたが……。
「……っ!?」
攻撃を仕掛けようとした瞬間、ジュリエッタの身体が自らの意思に反してアトラクナクアから大きく離れる。
痛みはない――つまり何か攻撃されたわけでもない。
一体何をされたのかが全くわからないが、接近することが出来なかった。
「大丈夫!?」
「……うん」
立ち直ったアビゲイルがジュリエッタの元へと駆け寄り声を掛ける。
壁に叩きつけられはしたものの、おそらく先程のジュリエッタと同様に見えない力で飛ばされただけなのだろう、大してダメージを受けた様子はない。
”何にしても助かるわ。アビー一人じゃ流石に勝てそうになかったからね……”
バトーはアビゲイルの背中にしがみついていた。こちらも深刻なダメージを受けた様子はない。
「あれは倒していいの?」
アトラクナクアはなぜか積極的に攻撃を仕掛けてこない。
その場でゆらゆらと揺れながら、ジュリエッタの方に視線を向けているだけだ。
ならば、とこの隙に一番気がかりだったことをジュリエッタは尋ねる。
もし《終極異態》と同じであれば、下手に倒してしまうとミオの本体の生命が危うくなると考えてのことだ。
”……大丈夫だと思うわ。というより、倒さないとミオが助けられないの”
「どういうこと?」
「あいつの胸の辺り見て」
アビゲイルに促されそちらへと視線を向けてみる。
まるで人間の女性のように起伏のある胴体部分――人間でいえば胸に当たる部分の中央から腹部にかけて、わずかに『裂け目』のようなものが見えた。
「……あそこにミオがいるの……」
「……わかった」
みなまで言わずともジュリエッタはわかる、と頷く。
おそらく《終極異態》の時とは異なり、ミオがアトラクナクアになったわけではないのだろう。
アトラクナクアというモンスターが存在し、それにミオが取り込まれた状態なのだとジュリエッタは理解した。
……尤も、だとするとアトラクナクアの顔がミオそっくりだということについての理由が不明のままだが、そこは考えてもわからないし知る必要もない、とジュリエッタは割り切る。
重要なのは、アトラクナクアを倒して、中にいるミオを助け出す。そうすれば、このクエストは終わる――そのことだけだ。
後は、どう倒すか、それが問題となるが……。
「ジュリエッタが前に出る。アビゲイルは後ろから援護して」
どのみち取れる手段はそう多くない。
近づこうとしたら吹き飛ばされるという『謎の力』の正体もわからないままだが、このまま離れて様子を見ていても状況は何も変わらない。
何よりも、それはジュリエッタの性に合わない。
「……おっけ。あんたに当てないように気を付けるから、好きに動きなさい」
「うん。大丈夫、当たりそうになってもかわすから」
お互いの全能力について知っているわけではないが、一度戦ったことがあるため何となく想像はついている。
即席コンビであってもやれるだろう、と二人は互いに確信した。
”……あんたたち……任せたわよ”
バトーの言葉に二人は小さく頷き――そして、冥界を巡るクエストの最終決戦・アトラクナクアとの戦いが始まった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ジュリエッタがアトラクナクアへと再度向かうのと同時に、アビゲイルが銃弾を放ち続ける。
しかし、距離が開いているのもあるのだろう、銃弾はいずれも空中で何かに阻まれるかのようにして落とされて行く。
ジュリエッタもそれは認識してはいたが、足を止めることなく突き進む。
――さっきの一回だけじゃ、敵の『トリック』はわからなかった。
――だから、もう一回突っ込んで確かめる。
アトラクナクアを倒すためには、先程の『謎の力』をどうにかする必要がある。
さもなければダメージを与えることすら出来ないだろう。
「メタモル!」
再度、メタモルを使い自分の肉体を変化させる。
今度は左腕だけを火龍の首へと変える。
そして更にライズを使って加速、一気に距離を詰めようとしたところで――再びジュリエッタの身体が本人の意思に反して大きく横へと飛ばされる。
だが、そうなるであろうことをジュリエッタは予測していた。
「……やっぱり」
小さく呟くと同時に、左腕の火龍の口から火炎弾を吐き出す。
火炎弾は何もない空中を薙ぐのみ――と思いきや、火炎弾が通過した位置から四方八方へと炎が燃え広がってゆく。
「! 『糸』か!」
離れて見ていたアビゲイルも『謎の力』の正体を悟った。
目には見えないくらい細い糸がジュリエッタたちを阻んでいたものの正体だったのだ。
アトラクナクアは様々な蟲の特徴を掛け合わせたキメラだとは言え、大本は『蜘蛛』の化物であることは見た目からもわかる。
であれば、糸を使った攻撃を仕掛けてくるだろうとジュリエッタは予測し、糸を焼き払うために火龍の力を準備していたのだ。
加えて、吹き飛ばされる瞬間にわずかだが引っ張られているような感覚があった。
全身に糸を巻き付けて……というわけではないので非常にわかりづらかったが、わずかな違和感をジュリエッタは逃さなかった。
「なるほどね……なら、リローデッド《斬撃弾》!」
おそらくは弾丸も糸で防いでいるのだろうと理解したアビゲイルが装填する弾丸を変える。
その名の通り、銃撃でありながらも触れたものを『切断』するという性質を持った特殊弾頭だ。
「援護するわ! そのまま突っ込みなさい!」
「……言われずとも」
言いつつアビゲイル自身も前へと出ながら《斬撃弾》を発射、ジュリエッタを留めようとする糸を切断してゆく。
ジュリエッタも火炎弾を撒き散らし糸を焼き払いながらアトラクナクアへと向かう。
相変わらず胡乱な表情で向かってくるジュリエッタたちを見下ろしながら、アトラクナクアも動き出す。
「……遅い!」
鈍重な動きだ、ライズを使うまでもなくジュリエッタは糸を掻い潜り、両サイドから襲い掛かる鎌をかわし、ついにアトラクナクアの懐へと潜り込んだ。
「メタモル――吹き飛べ」
そしてメタモルを使い、彼女の持つ中で最大の威力である竜巻触手へと変化、至近距離からアトラクナクアの顔面に向けて竜巻触手を叩きつけようとする。
これ一撃では倒せないにしても、相応のダメージを与えることが出来るだろう。
あるいは怯ませる程度のことは最低でも出来るはず。
であれば、そこからジュリエッタとアビゲイルの連続攻撃を畳みかけていけば、戦いの流れをこちら側へと持ってくることが出来る。
――だが、
<……【しゃったー】>
アトラクナクアがその言葉を発した瞬間、半透明の赤黒い光の膜が展開――ジュリエッタの竜巻触手を防ぐ。
「……っ!?」
多少の防御であれば難なく引き裂くことが出来る竜巻触手であったが、それがあっさりと防がれ……それだけではなくまるで攻撃を反射したかのようにジュリエッタを吹き飛ばす。
「あ、あれは……!?」
”まさか……どうして……っ!?”
少し離れた位置から援護していたアビゲイルとバトーには、その光の膜に見覚えがあった。
「……ミオの【遮断者】……!?」
毒々しい赤黒い色へと変わってはいるものの、二人はそれをミオのギフトが発動した時と同じだと理解した。
発動すれば、あらゆる攻撃を防ぐことが可能な【遮断者】――それをミオではなくアトラクナクアが使ったのだ。
「何、あれ……?」
弾き飛ばされたジュリエッタがいつの間にか二人の元へと合流し尋ねる。ミオのギフトについては一時行動を共にしていた時から聞いてはいない。
”……マズいわ、あのモンスター……まさかミオの持っている能力も使えるってこと……!?”
「だとしたら、ギフトだけじゃなく魔法も……」
ミオの持っている全ての能力を把握している二人は顔を青くする。
なぜならば――ミオとアビゲイル、二人のうちどちらが強いかと言えば、ミオの方が圧倒的に強いからだ。
<おお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!>
突如アトラクナクアが咆哮を上げる。
その表情も今までのような胡乱げなものから一変、はっきりとした意思をもってジュリエッタたちへと敵意の視線を向ける。
「――これでキミたちに勝ち目はなくなった」
離れた位置で何もせずに戦いを見守っていたドクター・フーの言葉が聞こえてくる。
「女王は完全に目覚めた……さぁ見せておくれ、アトラクナクア。我らが実験の成果を」
【特別付録:モンスター図鑑】
■”冥界を統べるもの” 魅王アトラクナクア(第一段階)
◆分類:冥獣、妖蟲、邪神
◆属性:蟲系
◆モンスターレベル:?
◆破壊可能部位:なし
◆攻略法
・ゆっくりとした動作で、特に積極的に攻撃を仕掛けてこない。ただし、見えない糸を射出し近づくものを遠くへと放り投げたり、飛び道具を防いだりしてくるため攻撃を当てることは難しい。
・一度もダメージを与えずとも、一定時間経過で第二段階へと自動的に移行するため、放置しておくというのも一つの手だが、与えたダメージは第二段階へと引き継がれるので削れるだけ削った方が後は楽になる。
◆その他
・目覚めたてのためか、積極的に攻撃はしてこない。
・本来はアラクニド上位種「クイーン・アラクニド」というただの巨大な蜘蛛だったが……。




