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5-60. Who are you? 7. 立ち塞がる絶望

*  *  *  *  *




”……長いね……”


 突如立ちはだかったドクター・フーを、これまた唐突に現れたフランシーヌへと任せて先へと進んでいた私たちだったが、結構な時間が経ったにも関わらず未だにボスのいる場所に辿り着けないでいた。


「まるで、ラストダンジョン……」


 ありすが言う。

 確かにRPGのラストダンジョンと言っても過言ではない規模の迷宮だ――まぁラストダンジョンの割にはモンスターは一切出てこないんだけど。


「むー、壁が壊れればいいんだけど……」


 ジュリエッタが不満そうに壁を叩きながら言う――ちなみに彼女は既に《災獣形態(ビースト)》は解いて普段の姿に戻っている。

 壁を壊して直線で進んでいけば確かに速いのだけど、彼女の言葉通り壊すことがなぜか出来ないのだ。

 密林遺跡の時みたいなオブジェクト破壊不能……というのとは違う。攻撃して崩しても、違う場所が崩れてきて危なくなってしまったり、謎の粘液が壊した壁を修復してしまったりで壊してもあまり意味がないといった感じだ。

 下手に壁を壊しながら進もうとすると、ジュリエッタやジェーンはともかく、ありすたちが壁に取り込まれて生き埋めになってしまいかねない。


「仕方ないよ。まー、他にモンスターいないみたいだし、あのおっかないやつも追いかけてこないみたいだし、地道に行こう!」

”そうだね……”


 ジェーンの言う通りだ。

 フランシーヌが上手くドクター・フーを抑えてくれているのか、今のところ追いかけて来る気配はない。

 複雑な作りの迷宮は気が滅入ってくるが、まぁモンスターもいないし安全と言えば安全か。

 あまりのんびりとはしていられないけどいつ襲われるかわからず……と常に気を張っているよりは楽だとは言える。

 もちろん油断なんてしないが。


”でも大分ボスの反応に近づいてきている。もうすぐだと思う”

「わかった」

「ありすと桃香はアタシに任せて! ……もし本当に他にモンスターがいなければ、アタシも前に出て戦ってもいいけど……」


 正直、レーダーの反応から見るに、ボスは『嵐の支配者』クラスの化物だとは思う。

 いくらなんでもジュリエッタ一人で戦うには辛い相手だ、ジェーンも加わってくれれば心強い――特に彼女の場合は対モンスター戦特化のギフト【狩猟者(ハンター)】を持っている、多少の実力不足くらいならギフトで補うことが出来るだろう。

 ただなぁ……。


”うーん、様子見つつ……かなぁ……。トンコツがいないと回復も出来ないしね……”

「……にゃあ……」


 彼女の持つ魔法はアリスみたいに魔力をドカ食いするようなものではないので、それなりの時間は手持ちのキャンディだけで戦うことは出来る。

 けど、一人でモンスターから逃げ回っていた時に大分消費してしまったらしくかなり心もとない数しか残っていないのだとか。

 それにレーダーに映ってないからといって他にモンスターがいないとは限らないのだ――何度も痛い目に遭った通り、レーダーさんのポンコツ具合は信頼したくないけど信頼できる。ほんと信頼したくないんだけど!

 ボスが雑魚モンスターを呼び出し続けるタイプの場合だってある。

 戦力をケチって負けました、じゃお話にならないが色々と制限のある今回の場合は安全策を取っておきたいところだ。

 ……最悪、今回は撤退してしまうことも私は考え始めている。ありすと桃香の『痣』を消す手段がなくなってしまうけれど……二人が抵抗できないままモンスターにやられるなんてことにはならないようにしたい。


「大丈夫……ジュリエッタ、一人でもボスと戦える。だから、殿様たちをお願い」

「…………わかった」


 決してジェーンが戦力にならない、と言っているわけではない。ジュリエッタも私と同じことを考えている――と思いたい。

 まぁジュリエッタにも一人で無茶はして欲しくはないんだけどさ……。

 そんなこんなで話しつつ、迷宮(ラストダンジョン)を進んでいた時だった。


”! ボスが動き出した!”


 今まで全く動いていなかったボスの反応が明確に動き出した。


「……急ぐ」

「ん、誰かがボス部屋に着いたのかもしれない」


 なるほど、私たち以外にも既にここに入っていて、先にボスの元へとたどり着いたという可能性が高いか。

 心当たりがあるのはバトーたちか、トンコツたちだが……バトーたちならともかく、トンコツたちだと結構危ないかもしれない。

 急いだ方が良さそうだ。

 流石にまた《災獣形態》で行くのはスピードはともかく魔力がもったいない――ジュリエッタのアイテムホルダーは満タンのままだけど、節約するに越したことはない。それに《災獣形態》は素早すぎて迷宮内を走るのにはあまり向いていない。

 結果、ジュリエッタとジェーンがそれぞれありすと桃香をおんぶしてダッシュで駆け抜けることとなった。


”――もうすぐそこ! その先の角を曲がったところ!”


 近づくにつれ、何やら大きな音が聞こえてきた。

 これは――銃声? ということは、ボス部屋に先に辿り着いたのはバトーたちか。

 更にしばらく走った後、ようやく私たちはボスの反応のある場所へとたどり着く。


”!! アビゲイル!?”


 辿り着いた場所は他に障害物のない、相当な広さを持つ大広間――野球場くらいもありそうな、円形のコロシアムのような場所だった。

 私たちが来た入口以外にも、幾つか『穴』が開いているのがわかる。多分、女王の巣の入口は幾つかあり、それが繋がっているのだろう。

 それはともかく、私たちが目にしたものは――『敵』の攻撃を受けて、吹き飛ばされ壁に叩きつけられたアビゲイルの姿であった。


「殿様、ジュリエッタ行く!」


 私の返答を待たずにジュリエッタが広間の中央へと向けて駆けだす。


”気を付けて、ジュリエッタ!”


 迷っている暇はない。既にボスは動き出しているのだ。

 ライズを使ってジュリエッタが敵へと駆け出す。


「ん……!」

「あ、あれは……」

「うげぇっ、ここのボスだったんだ……!」


 ありすたちが揃って嫌そうに顔を顰め――桃香に至っては顔を青くして怯えてすらいるように見える――ボスの姿を見る。

 ……事前にありすたちに話を聞いていなければ私も同じような顔をしていたかもしれない。




 そこにいたのは、このクエストの最終ボス――冥界の女王だった。

 その姿は悍ましいの一言に尽きる。

 全体的な形状は、かつて戦ったアラクニドと似たようなものだ。下半身が蜘蛛の形状をしており、蜘蛛の頭に当たる部分から更に上半身が伸びているという蟲のキメラである。

 ただし、全くアラクニドには似ていない。大きさも桁外れ――体長は10メートルほどもあろうか、このクエストで出会ったモンスターの中ではあの超巨大ムカデに次ぐ大きさだ。

 ありすたちが『幽霊団地』で目撃した『巫女の幽霊』の正体――それがきっとあのボスなのだろう。

 遠目から見ると確かに巫女のように見える。

 頭部にあたる部分からは長い黒髪のようなパーツが、胴体部分は真っ白な白衣(びゃくえ)を着ているように見え、下半身は緋袴のように紅く染まっている。

 でもそれは、()()()()()()()()だけだ。


”……こいつは……!?”


 黒髪のように見える部分は、てらてらと黒光りする甲虫の羽のようなもの。

 真っ白な胴体は人間の女性に似た起伏をしてはいるが、服を着ているわけではなくただただひたすら真っ白に染まっているだけ。下半身も同様。

 上半身から生えている腕は四本。これも人間の腕に似た形状をしているが、そのうち二本は先端が巨大な鎌の形状をしている。

 下半身の足は八本。アラクニドと同様、足の先は鋭い槍のようになっているようだ。

 尾部からはサソリのような針を備えた尻尾が伸びている。これはアラクニドにはない器官だが――まぁそれはいい。


”まさか――”


 でも、一番の問題点――というか目に付くのは『顔』だ。

 アラクニドのような蟻に近いものではなく――より不気味なことに――人間と同じような顔をしている。

 『幽霊団地』でありすたちが目撃した巫女の幽霊とは異なり、目が幾つもあるような気色悪い配置にはなっておらず、人間同様に二つの眼に鼻、口といった作りにはなっている。

 ……ただし、どちらの目も瞳に当たる部分は四つずつの眼球がある。まるで昆虫の複眼のように、眼孔に四つの眼球が詰まっているのだ。

 そこさえ除けば、人間と同じ顔に見える……。

 そして見えてしまうが故に、私は気づいてしまったのだ。おそらく、ジュリエッタも同じだったのだろう。

 ……私たちはその顔に見覚えがあった。


”……ミオ、なの……!?”


 ボスの顔は、私たちが以前出会ったユニット――敵の攻撃によりクエスト間を跨って継続的なダメージを受けるようになってしまった、とバトーが言っていた無口な巫女……ミオそっくりだったのだ。


「! ラビさん、あそこ……!」


 ありすが何かに気付き、指さす。

 ボスの更に奥――広間で一番奥の方に、何者かの影があった。

 ……え? 嘘でしょ……!?


”ドクター・フー!?”


 ボサボサの髪に白衣を着た姿……間違いない、女王の巣で最初に出会った謎のユニット、ドクター・フーの姿がそこにあった。

 何でこんなところにいるんだ……? 確かに迷宮めいていたけど、入り口からここまで分岐とかは何もなかったはず。仮にフランシーヌを倒してこちらに来たのだとしても、私たちを追い抜いていけるわけがない。

 ……それとも隠し通路とかがあったとか? だとしたら、私たちを追わずに先にこの広間へとやってくる意図がわからない……。

 何にしろ、ドクター・フーはあのボスに襲われている様子はないし、もちろん戦っている気配もない。

 やっぱり彼女は理屈はわからないけど、このクエストのモンスターを支配――あるいは襲われないようになっているようだ。


”拙い……戦力が足りなすぎる……!”


 ここでジェーンが加わったとしても絶望的な戦力は覆らないだろう。

 今はドクター・フーは観戦しているだけのようだが、もし彼女が加わったとしたらほぼ確実にこちらが敗北するだろう。

 果敢にボスに立ち向かうジュリエッタ、そして復活したアビゲイルが今もボスと戦っているが……()()()()()()()()()()()()()()()!!

 二人が手を抜いているわけではない。横から見てても全力で攻撃しているのがわかる。

 にもかかわらず、相手に有効打を一切与えることが出来ていないのだ……ボス単体で既にこちらの戦力を上回っていると思っていいだろう。




 ――モンスター図鑑上の表記では、ボスは『冥界を統べるもの:魅王アトラクナクア』とされていた。

 アリスもヴィヴィアンも欠けた状態で、私たちはこの圧倒的な冥界の支配者に挑まなければならないのだ……!


小野山です。

第5章3節は今回で終了です。

次回より第5章4節、ラストバトル編に入ります。

更新は1週間お休みをいただきます。8/5より開始します。

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