5-59. Who are you? 6. アンジェリカ強襲
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ドクター・フーの言葉を凛風は信じない。
信じたくない。
だが、ここに来るまでに凛風自身が感じた『冥界』の異様な空気に、バトーから聞いた話を加味して考えると……否定出来る要素もない。
何よりもドクター・フーの異様さがそれに説得力を持たせている。
「……お前、一体何者アルか……いや、何が目的アルか!?」
ユニットでありながらモンスターの闊歩する『冥界』を、まるで支配しているかのような振る舞いをしている。
敵であることは間違いない――フォルテを倒した時点で敵か味方かを論じる必要もない――のだが、どこか『違和感』がある。
以前、ジュリエッタに襲われた時とも違う。
あの時はジュリエッタは明確に敵として襲ってきたが、それはあくまで『ゲーム』の趣旨に則ったものであることは疑いようはなかった。
しかし、このドクター・フーはそれとはどこか異なるのだ。
それは彼女の発言の内容からも何となくわかるのだが……だからと言って結局のところ『何』を目的としているのかまではわからない。それが『ゲーム』の趣旨とは無関係のように思えるのが『違和感』の正体なのだろうとは思えるが……。
凛風の問いかけに、ドクター・フーはわずかに首を傾げつつ答える。
「なかなか愉快な問いかけだ。ふむ、そうだな……我がパトロンの言葉を借りれば、この『ゲーム』を楽しく愉快にするために動いている」
「そのために、他人を傷つけるアルか……!」
「そういう『ゲーム』だろう、これは。遊ばれたくなければ、キミ自身が強くなるしかないだろう?」
――弱ければ弄ばれるだけ。
ドクター・フーはそう言っているのだろう。
ある意味でそれは真実である、凛風もわかっている。
強くなければこの『ゲーム』では生き残ることは出来ない。
理不尽な強さの敵から仲間を守ることも出来ない。
「……そんなこと、わかってるアル……!!」
――それでも……!
「お前がやろうとしていることはわからないアルが――ワタシはお前を認めない!!」
ドクター・フーの言っていることは間違いではない。
けれども、絶対に正しいことでもない。
弱者が蹂躙されるのはその通りなのだろうが、だからと言って蹂躙されていいわけがない。
「キミがどう思おうが、現実は何も変わらない。
――さて、そろそろ終わりにしようか。キミたちの運命は変わらないにしても、この先で全滅されるのは少々もったいないのでね」
相変わらず何を言っているのかわからないが、本気で凛風を仕留めにかかろうとしていることだけはわかる。
全力で抵抗しなければならない。
果たして《5thギア》でも通じるかどうか……最終段階へとギアを上げるためにはまだ時間がかかる。
こんなことなら、もっと早くに《5thギア》まで上げておけば良かったと後悔するが、こんなことになるとは夢にも思わなかったので仕方がない。
今は《5thギア》でドクター・フーに対抗しなければならない。
ドクター・フーを倒せないまでも、せめてヨームたちが安全な場所へと逃げ延び、フォルテをリスポーンする時間は稼ぐ――そう凛風は思う。
「ブロウ《鎌鼬》!」
先手必勝とばかりに凛風から動く。
ドクター・フーへと真空の刃を放つと同時に、凛風自身は横から回り込み接近。更に素早く霊装を外して素手で殴り掛かる。
彼女のギフト【格闘者】の効果は、霊装を使わずに素手で攻撃した場合の威力を増加させるものだ。
以前、ラビからはギアを最大に上げた時くらいにしか今のところは使い道がない、とは言われていたものの、《5thギア》まで上げれば魔法による攻撃力より上回ることはわかっている。
……何よりも、ブロウを使っても無効化魔法によってかき消されてしまうのだ。攻撃するならば魔法を使わずに素手で行くしかない。
「ふぅ……」
――それでも、凛風の攻撃はドクター・フーへと届かない。
《鎌鼬》はヴォイドで無効化され、回り込んだはずなのにいつのまにかドクター・フーは凛風の方へと向き直っている。
明らかにおかしな動きをしているのだが、その正体がわからない。仮に分かったとしてもどうにかする術があるかもわからない。
「終わりだ」
「くっ……!?」
凛風の拳を片手で受け止め、もう片方の手を伸ばそうとする。
逃げようにも拳を掴まれているため離れることが出来ない――いっそのこと掴まれている方の腕を自分で切断して逃げるか、と判断するもそれすら間に合わず……。
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
振り絞るような咆哮を上げ、何者かがドクター・フーへと突進してくる。
「!? 何だ……!?」
ドクター・フーがそちらに気を取られた一瞬、凛風は相手の腕を振り解き何とか脱出する。
「ちっ!」
咆哮の主はそのままドクター・フーへと迫り――手にした巨大な武器を振るう。
それは、大鎌だった。
「……アンジェリカ……アルか……?」
幾度も大鎌を振りかざしドクター・フーへと切りかかるその姿を見て、自信なさげに凛風は問いかける。
振るっているものは確かにアンジェリカの持っている霊装なのだが、容姿がまるで異なっているからだ。
小柄な、十歳前後だったはずだったアンジェリカだが、今は大きく成長した姿になっている。十代の後半――凛風の姿よりも成長した、大人の女性としか思えない姿となっている。
ただし、トレードマークだった『赤ずきん』だけでなく服は全てズタボロになっており、ボロ布で辛うじて身体を隠しているといった様相だ。
「キミは一体……何だ?」
ドクター・フーの表情から余裕が消えた。
アンジェリカの正体がわからずに戸惑っているのがわかる。
しかしそれ以上にアンジェリカの猛攻に焦っているのだろう、明らかに凛風の攻撃を捌いていた時のような余裕がなくなっている。
――どうするアル!? チャンスと言えばチャンスアルが……。
今ならドクター・フーを振り切って先へと進んだヨームたちを追うことが出来るだろう。
しかしアンジェリカを放置していっていいのかがわからない。アンジェリカがドクター・フーに敗北した場合、ヨームが復活させられるのかどうかもわからないのだ。
それに、自分たちがアンジェリカに襲われないとも限らないのだ。現に前にアンジェリカはバトーたちに襲い掛かっていたのを目にしている。ヨームが近くにいれば強制命令で押さえることは出来るだろうが、ヨームと合流する前に凛風が襲われたとしたら、戦うしかない。
今のアンジェリカに敵味方を判断することが出来るとは到底思えない。協力してドクター・フーを倒したくても、アンジェリカの矛先が凛風に向かってくる可能性があるし、仮にドクター・フーを倒せても今度は凛風に襲われるだろう。
――くっ、一旦師父たちと合流するしかないアルね!
アンジェリカを助ける方法はわからない。今凛風に出来ることはヨームたちと合流し、このことを伝えることくらいしかない。
己の非力さをかみしめつつ、凛風はその場から急いで脱出することしか出来なかった……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――逃がしたか。まぁいい。
ドクター・フーは逃げる凛風を追わなかった。
追おうと思えば、アンジェリカに襲われているとは言え出来ないことはない。追うというよりは、逃げる前にとどめを刺すという意味だが。
それだけの力がドクター・フーにはある。
追わなかったのは、襲い掛かって来るアンジェリカの方が興味深かったからだ。
「ふむ、女王へと捧げたあのユニットと似てはいるが、異なる部分も多いな……XC-10からは報告を受けていないし、他にアバターに対して干渉できる能力を持った妖蟲もいないはず――」
ぶつぶつと呟きながらアンジェリカの様子を観察するドクター・フー。
彼女の興味は完全に凛風たちからアンジェリカへと移っていた。
「……イグニッション――」
大鎌を振り回しても当たらないと判断したか――そもそもどの程度まで今のアンジェリカに判断力があるのかは定かではないが――アンジェリカは魔法を使おうとする。
アンジェリカの魔法は三つ。点火魔法、固定化魔法、溶解魔法だ。
そのいずれの効果もドクター・フーは見抜いている。
彼女は使い魔ではなく正真正銘ユニットではあるが、『スカウター』と同等の能力があるのだろう、今までに対峙してきたユニットについてはほぼ完全に把握していると言ってよい。
更に能力以外についても色々と見抜ける能力があるようだが――なぜドクター・フーがそのようなことが出来るのかは不明だ。
「――《エンタングルフレイム》!」
「ヴォイド!」
周囲の大気に点火することで、まるで炎を操っているかのように見せるのがイグニッションだ。
その名の通り、大蛇の如くのたうつ炎の鞭がドクター・フーへと襲い掛かるものの、それをヴォイドで無効化する。
「フィクスト!」
だが、すぐさまアンジェリカはフィクストを使う――対象は自身の魔法ではなく、ドクター・フーの使ったヴォイドの方だ。
「!? ほう……!」
アンジェリカはドクター・フーの魔法を知っていたわけではないだろう。しかし、咄嗟の判断でフィクストを使ってヴォイドを封じ込めたのだ。
まるで海中に漂う海藻のような、あちこちへと不気味に触手を伸ばす黒い影が空中に固定化される。
ヴォイドの『魔法無効化空間』とでも言うのだろうか、とにかく相手の魔法を無効化するものがフィクストによって可視化・固定化される。
――なるほど、ユニークな魔法だ。
皮肉にもヴォイドを無効化されたことに対して、驚きこそあるものの焦りはない。
――スキル同士の『矛盾』が発生した場合のいいサンプルだな。
相反する二つの魔法がぶつかりあった場合、どのような結果となるのか?
今回の場合だと、『魔法を無効化する』ヴォイドと、『魔法を固定化する』フィクストがぶつかり合った結果――フィクストの効果が勝ったと言える。
厳密には固定化されたヴォイドの効果自体は継続している。今見えているヴォイドに対して別の魔法を使ったとして、今まで通り無効化されるのには変わりはないだろう。
ただ、もしフィクストの方が先に使用されていた場合だと結果は異なっていたかもしれない。
その点には興味はあるものの、ゆっくりと検証している余裕は流石のドクター・フーにもないだろう。
「実に珍しいサンプルだ。逃げたレアものは諦めるとして……是非キミは欲しいな」
「……」
大鎌の間合いより少し離れた位置にて二人は対峙する。
フィクストによって固定化されたヴォイドはそのまま二人の間の空中に浮かんだままだ。
――ヴォイドはこれで封じられたか。まぁいい。
フィクストが同時に幾つの魔法を固定できるのかまではわからないが、ドクター・フーにとってわかっているのはフィクストで固められている状態が解除されない限りはヴォイドは使えないということだ。
ヴォイドは魔法の無効化という強力な効果を持っているものの、同時に複数の魔法を無効化することは出来ないのだ。だから、同時に複数の魔法で狙われた場合、ヴォイドでは防ぎきれないこともある。
それはともかく、どうもフィクストで固められるということは、強制的に魔法を使い続けるのと同じ意味になるらしいことをドクター・フーは悟った。
フィクストが解除されない限り、ドクター・フーは『ヴォイドを使い続けている』状態に強制的にさせられているらしい。
これは思わぬ罠であった。
尤も、ドクター・フーにはヴォイド以外にも魔法はいくらでもある。使いやすく、そしてわかりやすく相手の心を折りやすい魔法がヴォイドというだけの話だ。
「キミの素性も気になるところだし、ここで確実に――」
言いかけたところで、ドクター・フーは言葉を切る。
本人の意思で切ったわけではない。
「が、は……っ!?」
自分の胸から生えてきた『腕』を見て、ようやく自分が背後から攻撃を受けたことをドクター・フーは悟る。
――馬鹿な……他にユニットなどいなかったはず……!?
先程逃げたユニット――凛風が戻ってきて背後から攻撃した、というわけではない。
胸を貫いた手刀、それは人間の腕ではなかった。
「うぐっ……」
手刀が引き抜かれ、ドクター・フーが地面に崩れ落ちる。
背後からの強襲者を振り返ろうとし――そしてドクター・フーは彼女にとって信じられないものを目にした。
「ばか、な……!?」
――なぜ、おまえがここにいる……!?
――おまえは死んだはずだ……!!
「N?N/T?T/M?T/K/T/N?R@M/R@K@/N/S/R@S//T?N/M/N@T#T/N?/K/T/M/T/N/M/R@T#T/T#T/N?T/K@K@/N/S$N@
S/T/K/T/, N?N/T?T/M?T/M/R@N?N/R@N?N@T#R@K$R@M/M/K@T/N/K$/K@R@K$T/M/M//N/T?T/T?/S$N@M/R@M/N/K$T/T$N/N?T/M/M/K/T/K$N/K@N@NNR@N@M/T/K$T/T$N@S/T/」
ドクター・フーを襲ったのは、■界の■王であった。
倒れたドクター・フーを見下ろし、何事かを語り掛ける■王だったが、その言葉が何を意味しているのかはドクター・フーにもわからなかった。
だが、相手が■王だということを知り――ドクター・フーはようやく悟った。
――そういうことか……! XC-10はともかく、XS-01GBをどうやって潜り抜けてきたのかと思っていたが……こいつの仕業だったか……。
――だとすると拙いな……折角整えた新たな女王のための舞台がひっくり返される恐れが……。
ドクター・フーにはとある目的がある。
そのための舞台として、ユニットでありながら妖蟲たちを操り、『冥界』を造り上げたのだ。
■王はそれを根本から崩してしまいかねない、他のユニットたちとは比べ物にならないほどの危険な存在だ。
それがわかっていながらも、もはやドクター・フーにはどうすることも出来なかった。
――ふふ、ふ……それでも、やはり楽しいなぁ……計画通りにいかずとも、私の予想を超えて来る…………!
フランシーヌに倒された時と同じように、笑いながらドクター・フーはその姿を消していった……。
後に残されたのは、■王とそれに付き従うかのようなアンジェリカの二人だけ。
「T?T/R/T/N/K@N@T#T/S$N/M/R@T$NNR@R@N@T#R@K$R@N@M?N@S$N/M/N/M?T/N/S$R@N@N?T/, T?N/M/M/M/R@T$NNR@R@N@NNR@」
「……はい……」
ゆっくりと、二人が巣の奥へと歩みを進めていった。




