5-56. Who are you? 3. フランシーヌvsドクター・フー
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「ブラッディアーツ――《ブラッドエッジ》!」
フランシーヌが自らの魔法を解き放つ。
彼女の右手からどろり、と赤い鮮血が溢れ出し、腕を伝い槍へ。そして槍の先端に纏わりついた血液が硬化し刃と化す。
鮮血操作魔法――アビゲイルのシューティングアーツが『射撃』に関する魔法であるのに対し、フランシーヌのそれはその名の通り『血液』を操る魔法なのである。
「ほう、アーツ系の使い手か。……惜しいな、キミがリュウセイのユニットでなければ、是非とも欲しい人材であったのだが」
「はぁ!? 何言ってんのよ、あんた!」
ドクター・フーの言っていることの意味がわからないが、問いかけたところで答えも返ってこないだろう。
鮮血の槍を持ったフランシーヌは、しかしすぐさま飛び掛からずゼラの後ろへと隠れるように移動する。
「……?」
てっきり攻撃してくるのかと思いきや隠れるという予想外の動きをしたフランシーヌに、ドクター・フーはわずかに片眉を上げて反応するが……。
フランシーヌの行動の意味を知るよりも早く、ゼラがドクター・フーへと襲い掛かる。
「……遅いな」
人間とは思えないフォルムではあるが巨体だ。振り下ろされる腕がまともに当たれば、大ダメージは避けられないだろう。
しかし、ジュリエッタの時と同じくドクター・フーの掲げた腕であっさりとゼラの振り下ろしは止められる。
間髪入れずにゼラは更に左腕を横薙ぎに払うが、そちらも片手で止められてしまう。
「ふぅむ、こちらの方はよくわからないな……」
ドクター・フーであってもゼラのようなユニットを見たのは初めてらしい。
今まで一言も発していないし魔法を使っている様子も見えない。
……もしかしてフランシーヌと共に行動はしているものの、ユニットではないのかもしれない、とさえ思えてくる。
「貫け、『ゲイボルグ』!!」
そこでフランシーヌが動く。
――なるほど、黒い泥が私の動きを止めている間に攻撃する腹積もりだったか。
ドクター・フーは相手の作戦をそう読んだ。
予想外だったのは、フランシーヌが回り込んで攻撃してくるだろうと予想していた――のでゼラを跳ねのけて逃げることも容易だとドクター・フーは思っていたのだが、
「……なにっ!?」
フランシーヌはゼラの後ろから、ゼラごと貫くように槍を突き出してきたことだった。
かわす間もなく、フランシーヌの槍がドクター・フーへと突き刺さろうとした――
* * * * *
フランシーヌがフーを止めている間に私たちは先へと進まなければならない。
彼女が一体どのくらいの強さなのかは全くわからないけど、あのフーの得体の知れなさを考えると油断は出来ない――近くに使い魔の姿も見えなかったし、ユニットだけで女王の巣までたどり着くだけの実力はあることだし、ジュリエッタと同等以上はあるとは思うんだけど……。
”それにしても、あのドクター・フー……厄介だね……”
「ん、戦うとしてもかなり面倒くさい相手……」
一体どんな能力を持っているのかもわからなかった。
魔法を使っている様子も見えなかったというのに、ジュリエッタをあっさりとあしらっていたことから相当な強さなのは間違いないが。
「……能力は、多分わかった」
”え!? ほんとに!? すごいね、ジュリエッタ……”
走りながらジュリエッタが言う。
実際に戦ったのはジュリエッタだし、何か気付いたことがあったのだろう。
……横で見ていた私にはさっぱりわからなかったけど……。
「全部がわかったわけじゃない、けど……攻撃が通じない理由はわかった。
でも……どうすればいいのかわからない……」
ふむ。メタモルで殴り掛かったりしても受け止められたりして攻撃が通じなかったけど、その理由だけはわかったみたいだ。
理由がわかってもどう対抗すればいいのかがわからない状態ってことか……。
「え、マジで!? アタシさっぱりわかんなかった!」
「わたくしもですわ……」
ジェーンと桃香は私と同じらしい。
「ん……多分、あれは――『重力』だと思う」
”……重力?”
「ジュリエッタもそう思う。殴った時とか、投げ飛ばされた時とか、何か手応えがおかしかった……」
――そういうことか。
二人の言わんとしていることが私にもわかった。
おそらく、あのフーの能力は重力操作――あるいは、重さを変えるものなのだろう。
いくらジュリエッタの攻撃力が高くても、重さがゼロであれば相手にダメージを与えることは出来ない。羽毛を投げつけられたようなものにしかならない。
片手で攻撃を受け止めたのも、その後にものすごい勢いで放り投げたのも、ジュリエッタの重さだけをゼロあるいは極端に低くしたのだとしたら頷ける。
……無重力状態とは似てるけどちょっと違うか。それに重さゼロならちょっとした風でジュリエッタが浮かび上がってしまいそうだけどそうならなかったというのはちょっと気になる――まぁその辺は『魔法だから』で済ませるしかなさそうだけど。
「……でも、多分、それだけじゃない」
もしフーの持つ能力――魔法かギフトか、はたまた霊装なのかはわからない――が『重さを変える』だけではないとしたら……。
いや、もしかしたら『重さを変える』こと自体が本当の能力の一端に過ぎないとしたら……。
”……フランシーヌの方も心配だね……”
さっき出会ったばかりで味方とは言い切れないけど、少なくともこの場においては積極的に敵視する必要はないだろう。
心配するのも筋違いかもしれないが、戦力が不足している今となっては彼女に期待せざるを得ない。
「……でも、ジュリエッタたちは先を急ぐ……今大事なのは、ここのボスを倒すこと」
「ん、早くわたしたちも戦えるようにして」
”……んもー……”
仮にボスを倒した後にフーに襲われたとしても、アリスとヴィヴィアンが戦える状態ならまだ何とかなるかもしれない。
今はフーのことはフランシーヌに任せて、私たちはボスに全力を尽くすしかないだろう。
”ボスの反応までもう少し……ジュリエッタ、ジェーン、気を付けて!”
うねうねと捻じれた道を進みながらも、徐々にボスの反応が近づいてきていた……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「くっ……こいつ……!?」
突き立てたはずの槍の穂先は、ドクター・フーの目前で停止していた。
……正確にはドクター・フーの胸目掛けて確かに槍は突き出されているのだが、表面で止まり突き刺さっていない。
「ゼラ、離れるわよ!」
ゼラを目くらましに使った攻撃が失敗したことを悟ると、瞬時にフランシーヌは頭を切り替える。
フランシーヌがそのまま後ろへと下がると共にゼラが地面へと溶けて消える。
「判断が速いな」
ドクター・フーはフランシーヌの判断の速さを素直に称賛する。
もしあのまま攻撃を続行しようとしたり、あるいは攻撃が通らなかったことにその場で戸惑っていたのであれば――おそらく危険な目に遭っただろう、とフランシーヌは思う。
具体的にドクター・フーが何をしているのかはわからないが、そう簡単に突破できるようなものではないことだけはわかる。
「……何となくは何されたかわかったけど……」
「ほう、わかるのかね」
「まぁね。これでも、漫画とか結構読むから」
口にまで出さないものの、フランシーヌもまたジュリエッタたちと同じくドクター・フーの能力が『重力』あるいは『重量変化』にあることを推測していた。
そして同様に、それだけの能力でもないだろうということも。
迂闊に動けば謎の能力に囚われ、そのままやられてしまうかもしれない――かといってこのままここで時間を喰うわけにもいかない。
次はどうするか――フランシーヌは表情に出さず内心で必死に次の手を考える。
が、ドクター・フーは今度は近寄らず、そのままの位置で詰まらなそうな表情で言い放つ。
「やれやれ……盛り上がっているところ悪いが、キミたちと長々と戦うつもりもない。早々にご退場願おうか」
――ドクター・フーから動く!
何をしてくるのか全く読めないが、黙って攻撃されるわけにはいかない。
フランシーヌも槍を構え魔法を使おうとするが……。
「【■■者】――オブジェクト《4-0-3》、強制帰還」
「ブラッディアーツ《アイアン・メイデン》!!」
二人の魔法はほぼ同時に発動した。
だが、一瞬だけドクター・フーの方が速い。
フランシーヌの全身のいたるところから血が噴出――普通の人間ならば間違いなく失血死に至る量だ――それに合わせてゼラが再び人型となりドクター・フーへと飛び掛かろうとする。
そこでドクター・フーの魔法が発動。
「!? これは……!」
フランシーヌとゼラの身体を七色の光が包み込む。
この光には見覚えがある――クエストから脱出する際に必ず利用する『ゲート』の光だ。
「……キミたちが使い魔と共に来なかったことは、幸運半分、不運半分と言ったところかな。では、さらばだ」
「こ、のぉぉぉぉっ!!」
ドクター・フーの魔法は、ユニットを強制的にクエストから追い出す魔法だ。自身を取り巻く七色の光は、きっとそういうことなのだろうとフランシーヌは理解する。
そんな魔法が存在しうるのか、フランシーヌにはわからない。
重要なのは実際にドクター・フーがそれを使おうとしていること、そして――使い魔なしでクエストに来ているフランシーヌたちは、一度クエストをリタイアしてしまったら二度と同じクエストに挑めないということだ。
七色の疑似ゲートの光に包まれて強制送還される直前、フランシーヌは槍を投げようとするが……。
「……ふむ、送り返せたか。リュウセイのユニットでなければ、この場で倒してしまいたかったが……」
唐突に光が消えた跡には、フランシーヌとゼラの姿は残っていなかった。
倒したわけではない。しかし、前述の通り彼女たちは二度とこのクエストに参加することは出来ない――この『冥界』へと立ち入ることは出来なくなった。
不満はあるが、とりあえずはそれでいいかと考え、ドクター・フーは新しいタバコを取り出そうとする。
「……何……?」
懐からタバコを取り出そうとした右手が、手首から切断される。
全く攻撃を予測していなかったため防御が遅れてしまった。
そもそも今この場にはドクター・フーしかいないはず……攻撃を受ける道理もないはずなのだ。
ありえない攻撃を受けたことによりドクター・フーの判断が遅れた。
そのわずかな間が命取りとなった。
「ぐ、はっ……!?」
次の瞬間、ドクター・フーの胴体へと衝撃が走る――いや、衝撃などと生温いものではない。
腹部を突き破る赤い『杭』が見えた。
それだけではない。四方八方からドクター・フーへと向けて殺到する無数の『杭』が……。
――彼女が最後に使った魔法か……!
通常、ユニットが使った魔法は魔力がなくなれば消える。アリスの神装のように惰性である程度残るものもあるが、それでもいずれは消える。
ただし例外はある。
シャルロットの《アルゴス》を使った遠隔監視魔法のように、最初から『魔力がない状態』の存在を想定した魔法がまず一つ。
そしてもう一つは、魔法が発動した時点で魔力を消費し、その後は定められた動作を終了するまで起動し続ける、いわば『自動操縦』の機能を持つ魔法だ。
フランシーヌが最後に使った魔法、ブラッディアーツの《アイアンメイデン》は後者に当たる。
「ふ、ふふっ……お見事……」
最初の一撃で体内に侵入したフランシーヌの血液は、内部からドクター・フーの肉体をズタズタに引き裂く。
続けて飛来してくる無数の『杭』も同様の効果を持っているだろう。
残りの『杭』を防いでも、最初の一本を受けてしまった時点でドクター・フーの『詰み』である。
――これだから、この『ゲーム』は面白い……!
己の最期にも関わらず、実に楽しそうな笑顔を浮かべるドクター・フーへと『杭』は殺到し――やがてその姿が消えて行った……。




