5-53. 冥界中枢へ
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
バトーと合流したトンコツ・ヨームの一行は、冥界最下層を『巻貝』目指して進んでいた。
不安だった進路についてはシャルロットの《アルゴス》による先導もあって迷うこともほとんどなくなっている。
一方でトンコツたちについてもアビゲイルが加わったことで、戦闘面での不安も減った。
結果として、今回の『同盟』は互いにメリットがあったと言えよう。
「……あのムカデ、来ないわね……」
大分『巻貝』へと近づいてきたところで、一向に超巨大ムカデ――XS01-GBが襲って来ないことをアビゲイルは訝る。
もちろん出てこないというのであればそれに越したことはないのだが……。
”うーん、考えてもわからないわねぇ”
「『巻貝』とあいつの縄張りが被ってないのか、それとも被ってるのは一部だけなのか……」
確実に出てくるというのであれば逆に対応しやすいのだが、出てくるかどうかが不明というのは不安をあおるだけである。
それでも彼女たちは進むしかない。
”――ちょっと待て! レーダーに……ジェーンの反応があった!”
その時だった。トンコツのレーダー内に新たな反応が現れる。
かなり離れた地点ではあるが、間違いなくジェーンの反応だった。
「ジェーンちゃん!? 師匠、どこですか!?」
見つかったと聞いてシャルロットが血相を変えてトンコツに詰め寄る。
”待て待て、慌てるな。
……これは……んん? 俺たちが向かっている先っぽいな……”
”『巻貝』ってことかしら? その子が単独で向かっているのか、ミオみたいにモンスターに連れ去られているのか、それとも――ラビちゃんに会ったのかしら?”
あり得る可能性をバトーは羅列する。
二番目については出来るだけ考えたくないが、可能性としてはありうる。
”……ジェーンが単独で動いているとはちょっと思えないな……”
トンコツは少し考えて一番目の可能性は否定する。
ジェーンは『ゲーム』については肯定的ではあるものの、一人でこの冥界を突き進んでいけるほどの実力は持っていないし、無謀でもない。
だからありうるのは二番目か三番目なのだが……。
「ジェーンちゃんならモンスターから逃げ切るのも不可能じゃありません! だから、きっとラビさんたちと合流したんだと思います!」
”……そうだな”
力説するシャルロットだが、別に無根拠にジェーンのことを信じての発言ではない。
ジェーンの持つアクションの魔法を使えば、モンスターからスピードで逃げることも、目をくらませて逃げることも可能なのだと思っているからだ。
トンコツもシャルロットの意見に最終的には同意する。
バトーからラビと共に行動していた時の話は聞いている。そして、ラビとはそれなりの付き合いである故に、何の目的もなくふらふらと適当にクエストを彷徨う性格ではないことも知っている。
であれば、ジェーンは無事にラビと合流し、ラビはバトーと話していた当初の予定通り『巻貝』を目指していると考えるのが妥当であろう。
”シャロ”
「はい、わかっています。今、《アルゴス》を飛ばしています」
指示されるまでもなく、ジェーンの反応に向かって《アルゴス》を飛ばし始めていた。
移動が遅いので時間はかかるだろうが、それでもしないよりはマシだ――妹の無事を一刻も早く確認したいという思いもある。
”良かったじゃない、見つかって。
……それじゃあ、ここで一旦分かれましょうか”
トンコツの探していた人物は見つけることが出来た。
レーダーの反応からして『巻貝』内部にはまだ入り込んでいないようだ。
対してバトーの方はと言うと、おそらくミオは『巻貝』の内部にいるのではないかと推測される――『巻貝』に入らずにどこか別のところに逸れた可能性もゼロではないが、近づくにつれてそれはないだろうと思い始めている。
やはり、あの『巻貝』こそが冥界の中心なのだろう、と思えてくるのだ。
XC-10がとどめを刺さずにわざわざ『巻貝』の方向へと連れ帰って行ったのだ。それに何の意味もないとは思えない。
”一緒に来てくれると心強いんだがな……まぁそっちのユニットも心配だろうし、仕方ないか”
”ええ。本当ならあなたたちが合流できるまでは付き合ってあげたいんだけど……”
”バトー氏、そこは気にしないでも結構ですよ。あなたたちの事情が事情ですから”
本音を言えばバトーには着いてきてもらいたいところである。
しかし、攫われたミオのことが心配なのもわかっている。
ミオを助けに行く方に同行するという選択もあるが、流石にシャルロットが納得しまい。また、ジェーン自身も無事なのかどうかトンコツも心配している。
「ま、こっちのことは気にしないでいいわよ。ミオは、私が絶対に助ける……今度こそ、必ず!」
アビゲイルの頭の中はミオのことでいっぱいのようであった。
それがわかっているのであろう、バトーは苦笑いしつつもトンコツたちに忠告する。
”話した通り、あたしたちは『巻貝』に向かうわ。あんたたちの目的地は『巻貝』の反対側――くらい? なのよね? だったら少し回り道していった方がいいと思うわ”
”ああ……例のとんでもない化物が出てくるかもってことか……”
超巨大ムカデの話は既に共有済みだ。
もし出てきたとしたら、トンコツたちではどうすることも出来ないだろう――凛風のブロウで飛んで逃げるということくらいはできるかもしれないが、正式な飛行系の魔法ではないため持続力があまりない。確実に逃げ切れるかどうかはわからない。
なので、多少遠回りでも『巻貝』の周りを迂回していくルートを取った方がよい、とバトーは言っている。
”あたしたちはこのまま直進して『巻貝』に向かうわ。超巨大ムカデが出てくるとしたら……あたしたちの方が確率が高いと思う”
”……大丈夫なのかね?”
”えぇ、ご心配なく。逃げるだけなら何とかなるわ。ね、アビー?”
「そーね。全力ダッシュで行けば大丈夫」
アビゲイルの霊装『シルバリオン』の全力疾走であればおそらくは逃げ切ることは出来るだろう、と予想しているのだ。
XC-10たちとの戦いで受けた損傷については、魔力を消費して既に修復済みである。
”……わかった。じゃあここで一旦お別れだな”
”ええ。もしラビちゃんに会えたら、あたしたちのことは気にしないで撤退しちゃっていいわよ”
ラビたちの置かれている状況を知らないため、バトーはそういう。
バトーのことを気にしてクエストに残って取り返しのつかないことになった、となったら目も当てられない。
そこまでの義理はないだろう、とバトーは思っているのだ。
”気を付けて行けよ”
”ありがと。あんたたちもね”
こうしてバトーとトンコツ・ヨーム組はそれぞれの目的を目指して分かれて行った。
ジェーンを見つけることが出来れば一安心できる――この時のトンコツはそう信じていたのだが……。
ラビたちの側に新たな問題が発生しているなど、想像だにしていないのであった。
* * * * *
”……着いた……”
「ん、到着……」
「ほんとに襲われなかったですわね……」
ジェーンと合流してから結構な時間が経った。
私たちは当初の予定通り『巻貝』を目指して移動し――そして無事にたどり着くことが出来たのだった。
ちなみに今はクエストのフィールドの最下層へと降りている。ジェーンと合流した層より一個下の層だ。
これには理由があって、『巻貝』の近くでフィールドは急に途切れ、崖のようになっていたためである。どちらにしても入口は最下層にあるみたいだったし。
「いやー、何にしても無事に済んで良かったよ!」
”ジェーンのおかげだよ。君がいなかったらこの方法は使えなかったしね”
そう、何を隠そうジェーンがいたからこそ私たちは超巨大ムカデと戦うこともなく安全に『巻貝』までたどり着くことが出来たのだ。
「……やっぱ、アタシの魔法ってジュリエッタの下位互換じゃない……?」
”そ、そんなことないって!”
……まぁ、落ち込んではいるものの、彼女がいなければというのは本当だ。もちろん、ジュリエッタの下位互換なんかじゃないというのも本音だけど。
さて、どうやって私たちがここまで戦闘しないで辿り着いたかというと……ジェーンの使っていた魔法をヒントに、ジュリエッタの魔法で切り抜けたのだ。
ジェーンは結構長い時間、《ストーンスキン》を使って隠れていたわけだけど、その間一度も敵に遭遇しなかったわけではないらしい。
まぁ隠れていた場所はいかにもな感じだったし、空を飛ぶタイプの蟲からすれば幾ら瓦礫でバリケードを作ったとしても簡単に乗り越えることができてしまう。
だというのに襲われなかったというのはなぜか?
それは、ジェーンの使った《ストーンスキン》による効果――『状態異常:石化』による副次的な効果だったんだと私たちは推測した。
「ジュリエッタのディスガイズと、同じ……だと思う」
ジェーンの隠れ家でどうやって超巨大ムカデをかわしていくかを議論していた際に、ありすはジェーンが襲われなかった理由について語った。
「《ストーンスキン》を使って『石化』になったら、モンスターからは『石』としか思われなくなる……」
「確かにそーかも。近くに寄って来たモンスターもいたんだけど、ばっちりアタシと目が合っても何事もなかったみたいに去って行ったし……」
”ふーむ……?”
ジュリエッタがディスガイズを使って他のモンスターに変身したり、石や木に変身した時も同じような反応となるのは確認済みだ。
だから、石をエサにする、なんて特殊なモンスターでもない限りは誤魔化せるはずだ。……ああ、後見境なく暴れ回るようなやつとかも除外かな。
……今私たちの中で魔法が使えるのはジュリエッタとジェーンだけ……その二人の魔法を使ってどうやって『巻貝』まで無事にたどり着くか。
”……ジュリエッタ、ジェーンが使ってた《ストーンスキン》……君も同じような魔法使えないかな? ディスガイズ以外で”
ディスガイズで石に変化するのは簡単だ。これは確実に出来る。
でもそれじゃ私の考えたプランは実行できない。
少し考えた後、
「……うん、大丈夫。出来る」
ジュリエッタは頷いた。
「ただ、使っている間は身動きできなくなる……」
”あ、やっぱり? でもそれは気にしないでも大丈夫だよ”
全身を石に変えてそれでも自由に動けるとか言ったら反則もいいところだ、ジュリエッタが動けなくなるのは想定内だ。
「ん、ラビさんどうするつもり?」
”元々ジュリエッタの魔法で相手の眼を誤魔化すつもりだったじゃない? それをもっと簡単にやれる方法を考えてみたんだ”
私の考えが正しければ、わざわざジュリエッタが蟲に変身する必要もないし、桃香たちも嫌な思いをせずに済むはず。
”まずは、ジュリエッタがメタモルで――そうだな、屋根というかテントっぽい姿に変身する”
「それは……まぁ簡単に出来る」
メタモルはモンスターに化けるだけの魔法じゃない。これは地味ながらも強力な点だと思う。
”で、変身した後に《ストーンスキン》的な魔法を使って『石』になる”
「……出来るけど、動けないよ?」
”大丈夫。ジュリエッタが石になったら、今度は私たちがそれを被ったまま移動する――移動するときは悪いけどジェーンが石になったジュリエッタを運んでね”
「……あー、わかった。要するに被り物して歩くってことね。おっけーおっけー!」
まぁ、そういうことだ。
ジュリエッタが『石の被り物』に変身して、私たちはその下に隠れて移動――変身している間はジュリエッタは動けなくなっているので、ジェーンに運んでもらうという寸法だ。
ポイントはディスガイズではなく、メタモル+ライズを使うという点だ。
ディスガイズなら簡単に石に化けることは出来るけど、姿を自由に変えることが出来ない。石に化けようとすると、本当に石の塊になったりジュリエッタの姿のまま石になったりしてしまう。
対してメタモルなら自由に姿を変えることが出来るし、その上でライズを使って石になることが出来るというわけだ。
……ディスガイズも優秀な魔法ではあるんだけどねぇ。融通の利かなさという欠点もある。
ともあれ、こうして私たちは無事に『巻貝』に辿り着くことができた。
ジェーンがいなければ《ストーンスキン》相当の魔法を使うことは思いつかなかったし、また石化したジュリエッタを運んで移動する術もなかった。
なんだかんだでやっぱりジェーンがMVPだと言えるだろう。もちろん、ジュリエッタがいなければこの作戦は実行自体が不可能だったんだけど。
”……なんだ……ここ……”
『巻貝』についた私たちだけど……なんだろう、ものすごく嫌な感じがする……。
霊感とか全くないが、何かそういう気配をビリビリと感じる。
「……殿様、絶対にジュリエッタの前に出ないで。ジェーン、殿様たちから何があっても絶対離れないで」
「う、うん……わかった!」
ジュリエッタも、ありすたちも嫌な気配を感じているのだろう。全員が緊張した面持ちだ。
遠くから見た時には『巻貝』だと思っていたけど……近くに来るとそれが間違いだとわかる。
まぁ確かにフォルムとしては『巻貝』が一番近いのは確かなんだけど……これは、やっぱり『巣』なんだと思う。
山のように盛り上がった形状だが、ところどころが段になっている。わかりやすい例えだと――ピラミッドだろうか。
材質は不明だが、謎の粘液と糸が複雑に絡み合い、かつ、かつて存在したのであろう建物の残骸やら植物やらを取り込んでいる。
ところどころ飛び出している瘤のような棘のような部分のせいで、遠目には『巻貝』に見えていたのだ。
”……『女王の巣』ってところかな……”
ボスが何かはわからないけど、蟲で一番偉いのは大体女王だったりするし、とりあえずそう呼称することとする。
この中に入ったとしてありすたちの『痣』を消す方法があるとは限らない。それどころか無駄に危険に身を晒すだけかもしれない。
けれど――
「ん、じゃあいこ」
迷うことなくありすはそう私を促す。
……そうだね。結局、私たちには進む以外の選択肢がないんだよねぇ……。
”――うん、よし。ジュリエッタ、ジェーン、二人ともよろしくね!”
トンコツたちともバトーとも合流出来ていない。
果たして私たちだけで進んで勝ち目があるのかどうか……。
考えたって仕方ない。
勝ち目のあるなしを考えてたらキリがない。今までだってそんな戦いは幾つもあったのだ。
私の号令に全員が頷き、そして『巻貝』改め『女王の巣』へと突入していった……。




