5-51. 猫と和解せよ
さて、残された私たちは彼女が帰ってくるまでじっと待っているしかない。
時間はあまりかけられないと言っていたし、そんなには待たされないとは思うけど……ただ待っているだけっていうのはちょっと辛いなぁ。
「……ジュリエッタ、いいな……」
”ん? どうしたの、ありす?”
ジュリエッタが出ていってしばらく経った後、ありすが羨ましそうにぽつりとつぶやく。
「ん、ジュリエッタは全力で暴れられて羨ましい」
……何を言い出すのかと思いきや、このバーサーカーめ……。
私と合流するまで散々戦ってただろうに、この発言か……まぁほっとして軽口の一つも叩いているのだろう。多分。
”……んもー、ありすは充分戦ったでしょ。また怖い思いしたいの?”
「んー、魔力節約しながらだったから戦った気がしないのー」
暴れん坊だなぁ、本当に……。
でも心細い思いしただろうに全くそんな様子は見えないのは、良かったと言えば良かったかな。
桃香の方はどうだろう。
”桃香は大丈夫?”
「あ、はい。わたくしも魔力さえ回復すれば戦えますわ。ただ……」
”ただ?”
「……む、蟲ばかりで嫌になってますわ……」
ですよねー。
こればっかりはどうしようもない。
”それは仕方ないよ……というか、何でこんなに蟲系ばっかりなんだろうね、このクエスト”
昆虫も節足動物もとりあえずまとめて『蟲』呼ばわりしているが、まぁ多分ゲームとかだとこの辺りはひとまとめにされてるだろうし細かいことはいいか。
気になるのはやたらと広いフィールドだというのに、モンスターが蟲系しかいないというところだ。
……一つ考えられるのは、この世界は『蟲』に侵蝕された世界なんだろう、ということかな。
モンスター図鑑を見てわかったことだけど、このクエストに出て来るモンスターは全て『冥獣』と分類されているのだ。
テスカトリポカの時に推測したが、世界を丸ごと侵蝕――作り変えてしまうようなモンスターが冥獣なのではないかと私は思っている。
「……わたしたちがいる場所、多分ボスの『巣』の中なんだと思う」
”このフィールド全体がってこと?”
「ん。空も見えないし、何か……閉じ込められているって感じがする」
「確かに、わたくしたちが自由に動けていた時もあちこち回りましたが、常に天井がありましたわね……」
最初にこのクエストに来た時に確かにドームのような形状をしているのは見えた。
ありすたちもそれは気づいていたらしい。
……なるほど、ありすの言うことは合ってそうな気がする。私たちがいるこのフィールド全体がボス――暫定『蜘蛛型』モンスターの巣なのかもしれない。
蜘蛛型と言っても、アラクニドの例もあるし糸で作られたいかにもな『蜘蛛の巣』の形状とは限らない。
ボスもあくまで蜘蛛がベースとなっているだけで全然違う生き物の可能性だってある。テスカトリポカも植物のような軟体動物のような奇妙な生き物だったし……あれは生態的には植物っぽかったけど、明らかに普通の植物ではないしねぇ。
”うーん、蟲型モンスターのボスの巣の中かぁ……”
巣の中に別のモンスターの巣があるっていう状態か。
……それとも、私たちが勝手に別の種類だと思っているだけで、本当はあの蟲たちは全て同一の種なのかもしれない。
合成獣めいた姿といい、普通に生まれてくる生き物とは思えないし、案外この想像は当たっているのかも。
となると、やっぱり最終的にはボスを倒さないといけない気がしてくる。ありすたちに痣を付けたXC-10とかは女王蟻にエサを運ぶ働きアリたちみたいなもので、根本原因たる女王蟻を倒さないとダメってことはありえそうだ。
「……このクエストに来た時点で、わたくしたちは敵の掌の上――いえ、ほとんどお腹の中ってことですのね……うぅ、気持ち悪いですわ」
「ん……あの『幽霊団地』も罠だったのかもしれない」
”確かにそうかもね。もしかしたら、私たちが知らないだけで『幽霊団地』以外にも似たような場所がどこかにあったのかもしれないね”
ユニットだけをどうやってクエストに引き込んでいるのかまではわからないけど、この予想は当たってそうだと思った。
『ゲーム』に関係ない一般人だったら、アラクニドの時みたいに生命力のようなものを吸い取って、ユニットだったらどういう手段かはわからないけどクエストに引き込む――そんな罠。
……やっぱり『蜘蛛の巣』に獲物が引っかかるのを待つような、そんな印象がある。
――さて、ちょうどいい機会だ。ジュリエッタが戻ってくるまでの間、少しありすたちと話をしよう。
ここ最近ちゃんと話出来てなかったしね……その点は私も悪かったと反省している。
”ところでさ……二人はジュリエッタのことどう思う?”
別にジュリエッタのせいではないんだけど、ここのところはジュリエッタとアンジェリカのことにかかりっきりだったし、この際二人がどう思っているかについて聞いておきたい。
「ん? ジュリエッタは……頼りになる。今回もジュリエッタがいなかったら、わたしたち危なかった……」
「むー、不本意ですがありすさんの意見に同じですわ。それに……非常に、非っっっ常に不本意ですが、持っている魔法の相性も良いかと思いますわ」
そ、そこまで不本意なのか……。
言い方はアレだけど、少なくとも一緒のチームとして行動することに関しては特に異論はないらしい。むしろ、戦力的にはジュリエッタの参加は喜ばしいと思ってるくらいだろう。
でも聞きたいのはそういうことじゃないんだよなぁ……。
”んーとさ……ほら、ここのところずっとジュリエッタにかかりきりだったじゃない? それについて二人はどう思ってるのかな、って気になっててさ”
回りくどい聞き方をした私が悪かった。二人には直球で尋ねた方がいいだろう。
直球で聞いたからといって必ずしも本音を話してくれるとは限らないんだけどさ……大人だと特にねぇ。『仕事大丈夫? 辛くない?』とか聞かれても『全然平気っす! 問題ないっす!』って答えちゃったりね。
……いや、この点に関しては二人にはまだ関係ないか。
私の言葉に二人は顔を見合わせ――そして、
「……ジュリエッタのことは別に気にしてない」
「そうですわ。むしろ、アンジェリカさんのことが気になりますし、アレは必要なことだとわかっています――ラビ様もヨーム様とそうお話されていたではありませんか」
”う、そうなんだけど……”
最初にジュリエッタとアンジェリカが対戦した時、私はヨームにある『お願い』をされそれを承諾した。
その内容とは、『アンジェリカに復讐を諦めさせること』――である。
ヨームはあの時言った。
”私はね、何も復讐は何も生まない、だとかプリンとヒルダはそんなことは望んでいない、とかそんなおためごかしでアンジェリカを誤魔化すつもりはないのですよ。
でも、ジュリエッタに復讐することに固執し続けることがいいこととは思いませんし、今更ジュリエッタを倒したところでアンジェリカが得るものは何もないと思っています。
この『ゲーム』に参加してユニットの子が得られるものは――『経験』であると私は考えます。現実世界で生きているだけでは決して得られない貴重な経験……その折角の機会を復讐というものに費やしてしまうこと、それは私には見過ごすことが出来ません”
故に、ヨームはアンジェリカ本人の意思で復讐を諦めさせたい、と考えたのだという。
この『ゲーム』で得られるもの云々については、正直私には『ゲーム』の正体自体がわからないので何とも言えないが、大筋では同意だ。
私とありす、そして桃香の目的は『ゲーム』のクリアではあるけど、『ゲーム』自体に対して恨みや憎しみは持っていない――美鈴との別れは確かに辛かったし、桃香もクラウザーに酷い目に遭わされはしたものの、だからと言って『復讐しよう』とは考えていない。……ま、クラウザーについては色々と見過ごせないので倒すつもりだけど、決して復讐心からではない。
所詮『ゲーム』はゲームなのだ。後ろ向きな気持ちで続けるよりは、ゲームとして楽しめるところは楽しんでもらいたい。これは私がありすたちに対してもずっと思っていることである。
アンジェリカについては、本人がどう思っているのかまではわからないけど、このままジュリエッタに拘り続けていていいことは何もない、と私もヨームも思った。
とはいえ、ヨームも言っている通り説得したところでどうなるものでもない。
だからどうすべきか私たちは考え――結論として、『しばらくはアンジェリカの気のすむまでジュリエッタと戦わせる』ということとなった。
ぶっちゃけ、最初の対戦の結果から見てもアンジェリカがジュリエッタを倒せる可能性はゼロだろう。将来的に成長すれば可能性はあるだろうけど、それにはかなり長い時間がかかると見た。
なので変な話だけど安心して戦わせることが出来た、という事情がある。
この『ゲーム』のメインはユニット同士の対戦ではない……はずだけど、思いっきり身体を動かして相手にぶつかっていけば、そのうちアンジェリカの気持ちも晴れるんじゃないかなぁ、という実にアバウトな方針で私とヨームは動いていた。
で、結果はと言うと、割といい方向に進んでいたんじゃないかと思う。少なくともこのクエストに来る前までは、アンジェリカの中でジュリエッタの立ち位置が随分と変わったことは傍から見ていてもわかった。
後は対戦の辞め時をどうするか、というのをヨームと詰めていくつもりだったんだけど……その話をする前にありすたちがクエストに囚われてしまったのでまだ話せていない。
”ごめんね……気にしてないって言っても、やっぱり放っておいてたのは事実だし……。
で、でももう少しだと思うんだ。アンジェリカも大分いい感じになってきたし……”
うぅーん、言い訳にしかなっていない。でも私にはそう言うしかない。
私の言葉に二人――特にありすは渋い表情になる。桃香はどこか呆れたような表情だ。
……え? 何、その顔……?
「んー……! ラビさんは全然わかってないー」
「いえ、まぁ……何となくそんな感じはしていましたけど……」
”え? ん?”
今度は私の方が二人が言いたいことがわからない。
ありすが私の両耳を掴んで持ち上げる。
痛……くはないけど、この持ち方止めて……。
「ジュリエッタのことは別にいいの! ラビさんがわたしたちと遊んでくれないことが嫌なの!」
”え? えー……?”
「ありすさんの仰る通りですわ。確かに『ゲーム』にはわたくしたちも同行しておりますが……それ以外でのお話です」
”……『ゲーム』以外の……?”
言われてみて、実はちょっとだけ思い当たる節があった。
というか、私自身も薄々気づいていたけど見ないフリをしていたことだ。
”……ごめんなさい……”
これはもう私が全面的に悪い。素直に私は謝る。謝ることしか出来ない。
不満そうに頬を膨らませつつ、ありすは耳を掴んだまま私の身体をぶらぶらと揺さぶる。
……私が悪いから別にいいけど、こんなの本当に小動物にやらかさないだろうな、この子……?
「んー、ラビさん、何か隠し事してるー」
「そうですわ! あやめお姉ちゃんも何事かコソコソとしてるし……ラビ様も一枚噛んでますよね?」
ぐっ……私単独のことならともかく、あやめのことにも気づいていたか……。
どうしよう、素直に話すべきだろうか……?
……い、いやこの件に関しては私一人の問題じゃないし、話すわけにもいかない……!
”う、うー……だ、大丈夫! もう少ししたらちゃんとありすたちにも話すから!”
「……今じゃダメなの……?」
”だ、ダメなんだ……”
「……どうしてですの……?」
”そ、それは……”
ダメな理由を話すこと自体がネタ晴らしになっちゃうし……。
”その――美奈子さんとあやめにも許可貰わないと! 私だけで決められないよ!”
悩んだ末に出した結論は、とりあえず美奈子さんたちに振るだった。
流石にこの二人の名前を出したところでありすも私を振るのを止めてくれる。
「……お母さんと」
「あやめお姉ちゃんに……」
今ありすたちの頭の中で何を考えているのか想像してみる。
ここで私の口を強引に割ったとして、それがバレたら美奈子さんとあやめに怒られる可能性がある。
かといって素直に聞いたとして答えてくれるかどうかもわからない。
――詰みだ。
”ごめんね……でも、後一週間もしたら絶対話すから、ね?”
これは嘘でも何でもない。本当に後一週間後にはネタ晴らしする予定だったのだ。
……もしかしたら二人もこれで勘づいてしまうかもしれないけど、仕方ない。
「…………絶対?」
”うん、絶対”
「…………約束ですよ?」
”うんうん、約束する”
しばらく黙りこんでいた二人だったが、やがて顔を見合わせ大きくため息を吐くと、
「……ん、ラビさんを信じる」
そう言ってようやく私を解放してくれた。
の、乗り切った……。
解放された私も安堵のため息を吐く。
ちょうどその時、建物の入り口から糸をかき分けてジュリエッタが戻ってくる。
「……何してるの、三人とも?」
「ん、おかえりジュリエッタ」
「何でもありませんわよ? ほほほ」
”あー、おかえり、ジュリエッタ。うん、別に大したことじゃないよ”
首を傾げるジュリエッタに三人揃って答える。
ジュリエッタを巻き込んでこれ以上事態をややこしくしたくないや……。
それはともかく、戻って来たってことは……。
”ムカデ型、見つけられた?”
然程時間はかかっていないので期待薄かなぁとは思ってたけど、やはりジュリエッタは首を横に振る。
「近くにはいないみたい。これ以上探すのは時間がもったいない、と思う……」
”そっか……じゃあ仕方ない。別のモンスターに化けて進もうか”
超巨大ムカデがモンスターであろうとお構いなしに縄張りに入ったものを襲ってくるというのであればもうどうしようもない。
その時はジュリエッタがライズを使って全力で逃げるしかないだろう。
そんな覚悟を決めた私だったが、ジュリエッタは更に続ける。
「でも、他に変なのがあるのを見つけた……」
”変なの?”
「うん。近くまで行ってないから何なのかわからないから、殿様に聞こうと思って戻って来た」
あれか、メタモルを使ってエコロケーションみたいなことをして何か妙なものを見つけた、けどモンスターとかではなさそうだし私の指示を仰ぎに戻って来たってところかな?
ふーむ……無視しちゃってもいいんだけど、気になるっちゃ気になるな……。
「ラビさん、いこ」
”ありす?”
「モンスターじゃなくて何か気になるものなら、きっと何かイベントが起こると思う」
えー? この『ゲーム』にそんな普通のゲームみたいなイベントトリガーあるかなぁ?
”うーん……わかった。ジュリエッタ、案内して”
「うん」
何もなければ何もないでいい。
もし放っておいて背後から襲われる、なんてことになる方が厄介だ。
見つけたものは調べておいた方がいいだろう。
そう判断した私は、ありすたちを伴いジュリエッタの見つけた『何か』の元へと向かうのだった。




