5-37. ミオ 2. 極めて不都合な、隠された事実
2019/8/10 ミオの霊装の名称を『クサナギノツルギ』→『アメノムラクモ』に変更
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
建物内部は意外なほど綺麗であった。
「……うわ」
天井を見上げてアビゲイルが顔を顰める。
建物にとりつくようにして死んでいた蜘蛛が天井を壊していたのだろう、生気のない8つの目がまるで監視するかのようにアビゲイルたちを見下ろしている。
崩れた天井の残骸が転がっていることを除けば、それ以外にはこれといって荒らされたような形跡はない……ように見える。
”あんまり落ち着けないかしらねぇ”
レーダーも反応していないし死んでいることは間違いないのだが、巨大蜘蛛の死骸に見つめられたままでは気も休まらない。
ならば休憩などせずにさっさと先を急ぐか、というとそうでもない。
「……バトー!」
建物内――入口からすぐが大きなホールとなっていた――を散策していたアビゲイルがバトーを呼ぶ。
バトーとミオがアビゲイルの傍へと行くと……なぜ彼女が呼んだのか理由がわかった。
「隠し通路……かしらね?」
”まるでテレビゲームねぇ……”
ホールの奥、おそらくは演説――あるいは説教か――をするのに使うであろう台座が崩れた天井によって壊されている。
その台の下に地下へと通じる階段が見えた。本来は隠し通路だったのであろうが、床ごと壊れているため今は露わになってしまっていた。
「……行ってみる?」
もしかしたら隠し通路を通って行けばボスのところに辿り着く、ということも考えてアビゲイルは尋ねる。
一見意味のなさそうな通路や仕掛けを越えていった場所に、ボス部屋へのショートカットや強力なアイテムが隠されている、というのはテレビゲームではよくあることだという考えもある。
”そうね……。行くだけ行ってみましょ。何もなかったら戻ればいいんだし”
「おっけ。決まりね。
……ミオ、大丈夫?」
浮かない表情をしているミオを気遣うアビゲイルだったが、
「あ、ううん。大丈夫……何でもないわ」
「そう? 何か気がかりなことでもある?」
「いえ、ちょっと……その、歩き疲れただけだから」
ミオは軽く笑顔を浮かべて誤魔化す。
釈然としないアビゲイルであったが、本人がそういうのであれば、とそれ以上強くは問い詰められなかった。
「じゃ、休憩がてら地下通路の探検と行きましょうか」
気にはなるものの、隠された地下の探索という心ときめくシチュエーションに、アビゲイルは惹かれていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……何だかあっさりしたもんだったわねぇ……」
詰まらなそうにアビゲイルが呟くのを、バトーとミオは苦笑いで応える。
謎の隠し通路探検だ、と喜び勇んで地下へと降りたものの、探索はあっさりと終わってしまった。
細い階段を下りた後には短い廊下があり、すぐに行き止まり――地下室の扉へとたどり着いた。
その扉を開けてみたら、小さな部屋があるだけでそれ以上先には進めないようになっていたのだ。小部屋のどこかに更に隠し通路があるのかと調べてみたものの、特に何もなさそうだった――少なくともアビゲイルたちに見つけられるような仕掛けは存在しなかった。
「バトー、このキャビネット……何か入ってるみたい」
部屋の隅には小さな机とキャビネット、それと本棚があるだけであった。
本棚の中には書物の残骸があるだけで一体どのような本が並んでいたのかもわからない。比較的形の残っている本を手に取ろうとしたら、ボロボロと崩れ落ちてしまった。
アビゲイルが壁を触って隠し通路がないか諦め悪く探している間、ミオはキャビネットの方に注目していた。
キャビネットには鍵がかかっているが、そこまで頑丈なものではない――もとい、魔法少女にしてみれば普通の鍵などあってないようなものだ。
”折角だから調べてみましょ”
「ええ」
バトーの賛同を得て、ミオは自らの霊装『アメノムラクモ』をどこからともなく呼び出す。
巫女の見た目とは裏腹に、彼女の霊装は西洋風のレイピア……細長い刺突剣の形状をしている。
ただ、だからと言って切れ味が悪いわけではない。
「――フッ!」
短く息を吐きつつ霊装を振るう。
キャビネットの鍵の部分だけをあっさりとミオの剣は切り落としていた。
”……腕は錆びついていないようね”
「……こんな程度で褒められても嬉しくないわよ」
用の済んだ霊装を消しつつ、それでもまんざらでもなさそうにミオは返す。
――意外なことに、ミオは見た目とは裏腹に戦闘スタイルは近接型なのである。ラビも思っていたことであるが、巫女装束を纏っていることから一見すると後方支援や味方の援護が主たる能力のように思えるが、剣型の霊装を持っていることかもわかる通り、実際には近接攻撃型の魔法少女なのである。
近距離のミオ、遠距離のアビゲイル、とバトーのユニットはどちらも攻撃型となっている。バランス的には悪くはないのだが、補助能力も欲しいなぁ、とバトーは思ってもいるのだが。
「あら? ノート?」
”レトロねぇ……”
キャビネットの中には一冊のノートが入っているだけであった。
本棚の本とは違って外気にあまり晒されていなかったせいか、多少色褪せてはいるものの崩れたりはしない。
手に取ってパラパラと中を捲ってみるが……。
「……何が書いてあるのかさっぱりわからないわ……」
少なくともミオの――本体の方の母国語ではないし、見知った外国語でもない。流石に古代遺跡の壁画のような文字なのか絵なのかもわからないような言語ではないが、どちらにしても読めるものではない。
それにしてもこういう小道具にまで凝っているなんて変なクエストね……とミオは思いながらノートを戻そうとしたのだが……。
”ま、待ってミオ! そのノートちょっと見せて!”
「バトー? いいけど……」
ミオの横からノートを覗き込んでいたバトーがストップをかける。
不思議に思いつつも、言われた通りノートを机の上に広げ、バトーも机の上に置く。
「んー? どうしたの?」
「アビー……何かノートがあったんだけど、バトーが気になるんだって」
「ノート?」
アビゲイルに状況を説明するミオ。
そんな二人を後目にバトーは問題のノートを食い入るように読み進める。
彼――いや、彼女?――はこの謎の文字が読める……読めてしまうのだ。
――嘘でしょ? 何でこの文字が使われているの……?
クエストの舞台となっている都市は既に滅びているが、高層ビルの存在等を考えると高度に発展していたことは想像に難くない。おそらくはアビゲイルやミオの本体の住む現実世界と同等以上の文明ではあったろう。
であればコンピュータの類もあるはずだが、記録者はあえてノートに手書きで記録を残したらしいことが書かれている。
文明が滅びた後、何百年、あるいは何千年か先の世代が閲覧できるように、というつもりらしい。流石に石板に文字を刻むのは労力の関係で無理があったようだ。
そんな言い訳から始まったノートであったが、書かれている内容はバトーにとって衝撃そのものであった。
”……そんな馬鹿な……この■■がクエストに使われるはずが……!?”
「バトー?」
”ありえない……ここに書かれている内容が本当なら、あのモンスターたちは禁忌外来種……? そんなものがクエストに出て来るはずは……い、いえそれ以前に禁忌外来種をこの規模でばら撒かれたって……正気なの……!?”
ノートをざっと読み終わり、ぶつぶつと『信じられない』と独り言を呟くバトー。
様子が明らかにおかしい。アビゲイルとミオは互いに顔を見合わせると、自分たちの使い魔を強引に抱え上げる。
「ちょっとバトー! 何なの? 何がおかしいの?」
「バトー……もし何かわかったのなら、あたしたちにも教えて?」
責めるつもりはないが、バトーのおかしな様子からつい語調が強くなってしまう。
バトーは何かに気が付いた。そのせいで混乱しているように思える。
”……い、言えない……”
「ちょ、バトー!?」
伝えなければならないことはあるのだが、全部を伝えることは出来ない。
「待って、アビー。
……バトー。もしかして、『ゲーム』そのものに関わる何か、ってことなの?」
”……そう、ね……”
ミオたちも『ゲーム』そのものについてバトーからは聞くことが出来ない――バトーが話してはならないことがある、ということは知っている。
おそらくノートの内容を話すということは、『ゲーム』について何かミオたちに話してはならない事項に触れてしまうということなのだろう。
バトーの返事を聞いてミオは納得した。
が、アビゲイルの方はそうはいかない。
「えー? 気になるじゃない! 全部じゃなくてもいいから話せることだけ教えてよ!」
”う、うーん……”
正直なところバトーもノートの内容があまりに衝撃的すぎて自分の中で情報の整理が出来ていない。
伝えようにもどれが話せてどれが話せないのか、整理できていないのだ。
それでも自分のユニットに対して隠してはならない――かなり『絶望的』な内容をバトーは話すことに決めた。
”……このクエスト、というか出て来るモンスター……かなりヤバいわ”
「? それはわかってるわよ。でも――」
倒さないとダメでしょ? そう続けようとするアビゲイルだったが、先にバトーが言葉を被せてくる。
”強さがどうとか、そういう問題じゃないのよ。
……いや、そりゃ強さも問題なんだけどさ……”
「……わかんないわねぇ……」
”今あたしに言えることは――ヤバいわ、あたしたち、詰んだかもしれない”
「…………はぁ?」
詰み――ゲームにおいては進むことも戻ることも出来ない、行き止まりに辿り着いたことを示す。『ゲーム』においても同様であろう。
普通のゲームならばリセットするか、セーブデータを消して最初からやり直すという手もあるのだが、『ゲーム』ではそういうわけにもいかない。
なぜバトーがそう判断したのか、その理由を問い詰めようとした時であった。
”……待って! モンスターが来る!!”
「チッ、こんな時に……!」
バトーのレーダーがモンスターの接近を検知した。
三人のいる建物の外から無数のモンスターが内部へと侵入していることがわかる。
今いる小部屋には入口以外に出るところはない――袋のネズミとなってしまっている。
「仕方ない……切り抜けるわ!
ミオ、バトーをお願い!」
「う、うん……」
”! ダメ! 上からも来る!?”
部屋の入口から侵入して来ようとするモンスターを迎撃しようとアビゲイルが銃を構えた時、彼女の頭上の天井が崩れ落ちる。
「うっ!?」
「アビー!」
天井全てが崩れ落ちたわけではなく、板一枚分が割れただけのためアビゲイルにそれほどのダメージはない。
だが、天井に空いた穴からモンスターが侵入してきてしまう。
「……赤い芋虫……」
”ああ、マズい! こいつ、あの『XC-10』と同じタイプよ!”
現れたのは紅い宝石のような煌めきの甲殻を持った『芋虫』だった。
大きさは今まで戦ってきた芋虫型よりもやや小型――それゆえ天井の小さな穴から潜り込むことが出来たのだろう。
モンスター図鑑上での名称は『XC-01』……明らかに『XC-10』、ダイヤキャタピラの同類である。
「くそっ!?」
部屋の入口の方からはわさわさと何かが這ってくる音が聞こえてきた。
おそらくは『XC-01』――ルビーキャタピラと同様の芋虫型が殺到してきているのだろう。
そして部屋の中にはルビーキャタピラが居座っている。
入口から来るモンスターを蹴散らしていけば脱出できる、という状況ですらない。
アビゲイルたちは突如として絶体絶命のピンチへと追い込まれてしまっていた……。




