5-33. 黒き死よ来たれ 3. 蟲人間?
2020/03/14 名前間違い修正、他微修正
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
時は少し遡る。
ラビたちがバトーたちと遭遇するよりも少し前――
”ふぅ……一時はどうなることかと思ったが、ヨームたちと合流できたのは幸運だったな”
”ええ。合流出来なければ、トンコツ氏たちが危ないところでした”
周囲に遮るもののない広い平原で、トンコツたちとヨームたちは合流していた。
ラビとバトーが出会った時同様に乱入対戦が自動で始まったことには驚いたが、彼らの場合はお互いに戦う理由がないことを知っていたため、すぐにクエストがおかしいだけだという結論をつけた。
付近にはモンスターの姿はなく、不意打ちを恐れる必要もない。
ないが、凛風とアンジェリカが周囲を警戒し、シャルロットは《アルゴス》を広範囲に撒いて警戒を続けている。
”こういう時、シャロの魔法がアレで本当に良かったと思うぜ……”
普段の戦闘には中々使いづらいんだけどな、という言葉は飲み込んで。
経緯としては複雑なことではない。
トンコツとシャルロットはラビたちとは異なる地点からクエストスタートとなったことに戸惑ったものの、すぐに思考を切り替える。
クエスト出発前にラビと相談していた中で、離れ離れになってしまうシチュエーションは想定済みだ。
もしそうなったらランドマークを目指しつつシャルロットの《アルゴス》で捜索する……という手を考えていたのだ。
計算外だったのは、クエストのフィールドがかつてない程広く、かつランドマークとなりえそうなものが幾つもあったということ。
そして、《アルゴス》でラビよりも先にヨームたちを見つけられたことだ――こちらは嬉しい計算外ではあるが。
”さて、今後のことを考えましょうか”
”おう。差し当たっては、やっぱりラビを探すか……あいつらのことだ、まぁそう簡単にやられたりはしてねぇだろ”
”ですねぇ……”
最終目標はもちろんジェーンたちの救出である。
先にジェーンたちを発見出来ればそれに越したことはないが、見つけたこと自体をラビたちに伝える必要がある。
遠隔通話や強制移動が使えないことは確認済みだ。仮にアリスかヴィヴィアンと合流できても、それをラビに伝える術がない。
なので、ラビとは結局合流しなければならないのだ。
”シャロ、どうだ?”
広範囲に《アルゴス》を撒き、それをゆっくりと広げていきながら監視を続けているシャルロットに声を掛けてみるが……。
「うーん……見つからないですぅ……」
残念ながらまだ成果は上がっていない。
とにかくフィールドが広い上に《アルゴス》自身が移動するスピードはそれほど速くない。それなりの時間は経ったとは言っても、まだまだ《アルゴス》の監視網の範囲外の方が広いのだ。
「うぷっ、それよりも……気持ち悪いです……」
”す、すまん、シャロ。それは我慢してくれ……”
「はいぃ……」
シャルロットの顔色はあまり良くない。
魔法の使い過ぎで気分が悪くなった、といわけではない。
《アルゴス》を通じて監視している中でモンスターの姿も当然見ているのだが、その悉くが『蟲』ということがシャルロットの精神に大きな負荷を与えているのだ。
和芽は虫が好きなわけではない。むしろ、出来ればこの世から絶滅して欲しいと願う程度には苦手だ。
だというのに、その虫系モンスターが大群で蠢いている――それだけでなく《アルゴス》で見なければならないという苦行を課せられている。しかも、タイミングによっては虫のアップを見せられることもあり……。
「が、がんばります……! ジェーンちゃん、待ってて……!」
それでも折れずに頑張れているのは、ひとえに妹を助けなければ、という思いのおかげである。
”頼む”
シャルロットの原動力はトンコツもわかっている。辛いのはわかるが、今はシャルロットの《アルゴス》だけが頼りなのだ。
「師父、どうするアル? 移動するアルか?」
今のところモンスターは近くに寄ってくる気配はない。
かといってこの場が安全地帯であるとも思えない。たまたま今はモンスターが近くにいないだけで、もし襲い掛かってこられると厳しい場所である。
今更ではあるが、各魔法少女は能力によって有利な戦場、不利な戦場というものがある。
この場にいるメンバーはそもそもの戦闘力が低めというのもあるし、能力的にはある程度の遮蔽物がある方が戦いやすい――そして身を守りやすい。逆にアリスであれば障害物のない広い場所は戦いやすいし、ジュリエッタはどちらでも問題ないが障害物のある方がディスガイズによる不意打ち等も使いやすくなるため得意と言える。
いざという時の移動方法が凛風のブロウによる『吹き飛ばし』しかないため、敵に取り囲まれやすい広い場所というのは出来れば避けておきたいところだ。
それにラビとの合流を目指すのであれば、一か所に留まってシャルロットの魔法で探すだけではなく自分たちも移動した方が合流の可能性は高くなるだろうという考えもある。
”ふむ……そうですね……”
凛風の言葉を受けてヨームは少し考え込む。
開けた場所の方にいればラビたちの方も気づきやすいというメリットはあるが、シャルロットの監視網に引っかからないということはかなり離れた場所――あるいは入り組んだ場所にいるという可能性が高い。
メリットとデメリットを天秤にかけて考えた結果――
”トンコツ氏、一度どこかに移動しないかね?”
”……ああ。そうだな……ふん、あのビルっぽいところに行ってみるか”
少し離れた位置――と言ってもあまりにフィールドが広大で遠近感が若干狂っているのだが――にあるビルの残骸を指し示す。
他にも背の高い建物や謎の『塔』があるため見晴らしが良くなるというわけではないが、平地に身を晒しているよりはマシだろうという判断だ。
特に他から反論はなかったため、一向はビルへと移動しようとする。
――この時、彼らはもう少し注意深く考えておくべきだった。
なぜ、こんな開けた場所だというのにモンスターが襲って来なかったのか、ということを――
移動を開始してまもなくのことだった。
「……!? 何か来ます!」
最初に気付いたのは《アルゴス》で監視を行っていたシャルロットだ。
『何か』が高速で監視網の内部――トンコツたちのいる場所へと向かって来ている。
”なんだ!?”
シャルロットの警告からほんの数秒後、彼らの目の前に一つの影が舞い降りた。
”……レーダーに反応なし……ユニット……? い、いや、これは……!?”
その場にいる全員が、『それ』が何なのかわからず困惑する。
現れたのは人間――ではない。人型はしているものの、ユニットでももちろん使い魔でもない存在だ。
「……蟲人間……」
そう呟いたのはフォルテか、凛風か、あるいは二人ともか。
『蟲人間』――その表現がその存在をこれ以上なく的確に表している。
身長は大柄な成人男性くらいか、小柄な少女の姿が多い魔法少女からしてみれば頭一つ分どころか二つ分以上大きい。
全身はまるで鎧のような黒い甲殻に覆われてはいるが人間と同じフォルムだ。背中には甲虫のような羽がある――今は閉じられているが、おそらくこの羽で空を高速で飛びこの場へと降り立ったのだろう。
尻尾も幾つもの節が連なったものが生えている。先端にはサソリのような針が生えており、ゆらゆらと揺れている。
そして顔は――額からは長く伸びた二本の触覚、目に当たる部分には大きな緑色の複眼、口は人間のように縦にではなく横に開くようになっているようだ。一番近い虫は――飛蝗、であろうか。
もしもこの場にラビがいたとしたら、『昔の仮面何某っぽい』と言ったかもしれない。
”……何なんだ、こいつは……!?”
突如現れた蟲人間は襲い掛かってくるでもなく、ただ立ってトンコツたちの方をじっと見ている。
だが、これが到底味方とは思えず、凛風とアンジェリカが前へと出て他のメンバーを庇う。
その間もトンコツとヨームは蟲人間が何者なのか見極めようとしていたが……レーダーに反応もせず、何よりも一言も発しないため会話が通じるかもわからず判断できない。
先制攻撃を仕掛けるべきか? それとも向こうに敵対する意思がなければ放っておくか?
彼らが警戒しつつ判断に迷っている間に、蟲人間は行動を開始する。
「! 凛風さん!」
「わかってるアル!」
蟲人間の複眼が数度点滅したかと思うと、ゆっくりと右腕を上げて掌を開きアンジェリカたちへと向ける。
その掌の中央には『穴』が開いていた。
二人がそれに気づくと同時に、『穴』から大量の白い糸が発射される。
「攻撃してきた!?」
蟲人間との距離は10メートル以上は開いている。
アンジェリカたちを捕らえようとするする糸だが、反応は充分可能な距離だ。アンジェリカはイグニッションの炎で糸を燃やし、凛風は横に跳んでかわす。
……これを友好的な態度と捉えることは無理だろう。二人は蟲人間が『敵』だという認識をした。
「シフト《3rdギア》!」
凛風はシフトでギアの段階を上げると同時に蟲人間へと殴り掛かる。
クエストに来てから《2ndギア》までは上げていたのだが、それ以上はモンスターとの戦いが来るまで保留にしておいたためすぐにギアを上げることが出来た。凛風の魔法は一度使えば魔力消費なしで強化が続くのは利点なのだが、逆に一度上昇したステータスを下げることが出来なくなる。つまり、力加減が難しくなってしまうのだ。それもあってモンスター戦まで《2ndギア》でとどめておいたのだが……。
もし蟲人間が襲ってくることがわかっていたのであれば、《3rdギア》まで事前に上げておき今|《4thギア》になれれば良かった、そう凛風はすぐに後悔することになる。
「うりゃぁぁぁぁっ!!」
加速した凛風が蟲人間へと接近、拳を振るう。
まともに命中すればいかに強力なモンスターであろうともある程度のダメージを与えられるはずだった凛風の攻撃は……。
「なっ……!?」
拳を突き出した姿勢のまま凛風が驚きで硬直する。
確かに凛風の攻撃は命中した。右腕を前に向けたまま棒立ちしている蟲人間の無防備な胴体へと当たったのだが、全く蟲人間は揺らがない。
直前で受け止められたりしたわけではない。しっかりと命中したにも関わらずダメージを与えられていないのだ。
まるで壁――いや、固定されたサンドバッグを殴りつけたような、硬く、重い異様な感触だった。ただ硬いだけではない、内部にみっしりと『肉』が詰まっている……そんな嫌な手応えを凛風は感じた。
何ら痛痒も与えられなかった凛風の打撃だが、しかし何も感じなかったわけではないらしい。蟲人間がゆっくりと凛風へと視線を向け――
「うわっと!?」
無造作に左肘を凛風の顔面に叩きつけようとする。
間一髪、凛風はそれをかわすことは出来たが、もしそのまま食らっていたら顔面に大きな穴が開いたことだろう。
――こりゃあ、全身あちこちに『武器』を隠し持ってるアルね……!
蟲人間の左肘からは刺突用の鋭い棘がいつの間にか生えていたのだ。
掌に空いている『穴』同様、身体の各所にそういった『武器』を収納しているのは想像に難くない。
《3rdギア》でも全くダメージを与えることも出来ない防御力だけが特徴ならばいいのだが、おそらくそんなことはないだろうと全員が思う。
モンスターではないはずだが、モンスターよりも危険な敵――蟲人間の脅威へとラビたちを抜かしてトンコツたちは立ち向かわなければならないのだった。




