5-26. 遭遇戦 1. 黄泉路を征く
* * * * *
”うーん……見事に虫系モンスターばっかりだね……”
謎の『塔』を目指して突き進んでいた私たちだったが、途中何度もモンスターの群れに遭遇していた。
そのモンスターのことごとくが虫系のモンスターばかりだったのだ。
芋虫系――蚕みたいな真っ白で糸を吐き出してくるタイプと、かつて戦ったリビングメイルの強化版、更に全身が鋭い棘に覆われた毛虫タイプの群れが地上から。
空中からは巨大な蜂型とトンボ型、後は余り数は多くなかったが蠅型が襲い掛かって来た。
他には数は少なかったが蟷螂型――ただし腕が四本あった――と、カブトムシとクワガタを合成したような甲虫型がいたかな?
何にしろ、モンスターの分類としてはいわゆる虫系モンスターとなるものばかりが出現している。
「数は多い、けど別に強くない……」
さらっとジュリエッタは言ってのけるが、それはジュリエッタだから言えるセリフだと思う。
数で押してくるというのはその通りなのだけど、一匹ずつが結構な強さなのだ。流石に一匹で火龍に勝てる、という程ではないんだけどそれでも余りステータスを伸ばしていないような初期状態に近いユニットだと苦戦は免れないほどの強さである。
まぁ確かにジュリエッタやアリスたちからしてみれば数が多いだけの雑魚なんだろうけどさ……。
”この数がひっきりなしに襲い掛かってくるとしたら、アリスたちが本当に心配だよ”
「……御姫様とヴィヴィアンなら、多分問題ない、と思う……」
”……このレベルのモンスターしかいないなら、ね……”
アリスの魔法はとにかく魔力消費量が大きいものが多い。
敵を蹴散らすことは出来るだろうけどその分どんどん魔力が減っていってしまうのだ。キャンディに限りはあるし、魔力が枯渇してしまったらアリスはほとんど何も出来なくなってしまう。
ヴィヴィアンについては上手くやりくりしていけば長期戦でも耐えられる。ただ、彼女の場合はアリスとは逆に数で押されると少し弱い。強力な召喚獣を呼び出すためにはキャンディを使わざるを得ないし、対大群に向いている召喚獣もそう数は多くない。
あまりのんびりしていられる状況ではない――とは思うものの、私たちがクエストに来てからもアリスたちのステータスは大きく変動はしていない。敵から隠れているのかもしれないけど、とりあえず今はまだ上手く切り抜けているようだ。
……一向に彼女たちの反応がレーダーに現れないのが気になるけど……。
「殿様、もうすぐ『塔』に着く」
私が色々と思い悩んでいる間にもジュリエッタは進み続け――途中に立ちはだかるモンスターを薙ぎ払いつつ――最初の目標であった謎の『塔』へと近づいてきていた。
不思議なことに、『塔』に近づくにつれてモンスターの襲撃が減っているように思える。
気のせいか? それとも何か理由があるのだろうか……?
”ジュリエッタ、ここで一旦ストップ!”
「……? うん」
『塔』の近く、ただし余り間近まで近づかない位置で止まってもらう。
幸いモンスターは私の感じていた通り『塔』の近くには現れてこない。
……正確には『塔』の周辺まで追いかけてきた虫たちが、ある一定のラインから追いかけてこずに遠巻きにしているといった感じだ。
何だろう、襲い掛かってこないのは楽でいいんだけど、それはそれで何か嫌な予感がするけど……。
「殿様?」
”あ、ごめんごめん。ちょっとこの位置から『塔』を見てみたかったんだ”
近づきすぎるのは何かそれはそれで嫌な予感もする。
離れた位置から私は『塔』を観察してみる――レーダーでモンスターが近づいて来ないかは警戒しつつ。
”……んん? 何か、どこかで見たような……?”
天を貫くような……実際に天を覆う『ドーム』へと伸びている巨大な『塔』だが、何かどこかで見たことがあるような気がした。
うーん? こんな巨大なもの、少なくとも現実世界では見たことはないし、前世でも多分ないし……敢えて言うなら東京スカイツリーとかかなぁ? でも、この『塔』は一本ではなくあちこちにあるようだし……?
『塔』の表面は白い謎の『膜』に覆われているが、覆われているだけでそれだけで形作られているわけではない。もうちょっと近くで見ないとわからないけど、土か石か……何かそのあたりで作られているように思える。
”うーむ、ちょっと危険かもしれないけど……ジュリエッタ、もう少し近づいてみよう”
「わかった。いっそのこと、登ってみる?」
あの『塔』を登るのも一苦労しそうだけど……って、そうか。ジュリエッタなら魔法で一応飛べるか。
他にも背の高いオブジェクトがいっぱいあるから視界はそこまでよくならないかもしれないけど、天辺まで登れば『ドーム』内全体を見渡すことも出来るかもしれない。
”そうだね……それも考えておこう”
必要があるかどうかはこの『塔』が何なのか見極めてからでもいいだろう。
私たちは『塔』へと近づく。
なぜ私がこの『塔』を気にしているのか、その理由は二つある。
一つは単純に『塔』の高さが他のビルや巨木よりもあるため、ランドマークとして機能することを期待してのこと。アリスたちやトンコツももしかしたら目指してくるかもしれないし。
もう一つは、明らかにこの『塔』とフィールド全体を覆っている『ドーム』にかかわりがありそうだったからだ。
『ドーム』をまるで支える柱のように思える。到底無関係とは思えない。
このクエスト、アリスたちの救出が第一目標であることは言うまでもないが、状況によってはクリアもしなければならないということを頭の片隅に置いてはいる。
けれど、マイルームで読んだクエストの説明文からでは『クリア条件が不明』というのが引っかかる。
そして実際にクエストに来て疑いを強めていることだけど、クエストの討伐対象がいるとすると『嵐の支配者』やテスカトリポカと同じく無数の配下を引き連れているタイプなのではないかと推測している――具体的には、虫系の親玉、例えば女王蟻とか女王蜂みたいなのが大ボスとして控えていて、今まで戦ってきたのはその子分だという感じだ。
そうなると、ボスがどこにいるのか? というのが問題となってくる。今のところボスらしき反応は見えないし、ボスがいそうな場所の見当もつかない。
ただ、この異様なフィールドとボスは無関係ではないんじゃないか、とは思う。テスカトリポカと密林遺跡が密接な関係があったように。
”……あれ……?”
『塔』を見ていて私は気づいた。
この『塔』……あちこちに何か『穴』が開いているような……?
頭の片隅で何かが引っかかる。もう少しで思い出せそうなんだけど……。
思い出そうと記憶の中をひっくり返そうとしていたその時だった。
「! 殿様!!」
”わかってる! モンスターが来るよ!”
ジュリエッタの警告と同時にレーダーに反応が現れる。
モンスターが現れたのは『塔』に空いた『穴』からだ。
……んもー、本当にレーダーはポンコツだな!! 多分、あの『塔』の内部と外部では別マップ扱いなのだろう。
だとするとちょっと拙いかも。アリスたちが別マップにいるとなると、レーダーが反応してくれない可能性が非常に高い。
いや、今はそれを考えていても仕方ない。
”――思い出した!!”
遅きに失した感はあるが、私はようやく思い出した。というか、這い出てきたモンスターを見て気が付いた。
『穴』の中から現れたのは――『蜘蛛』だった。大人の胴体程もある、普通ならありえないくらい巨大な蜘蛛……。背中にはまるで髑髏のような白い模様のある黒い蜘蛛だ。
私はあれに見覚えがある。
”この『塔』……あのアラクニドの巣だ!”
そう、かつてホーリー・ベルと出会った時のあのクエストで見た、アラクニドの巣……それが更に巨大化したものがこの『塔』なのだ。
っていうことは、このクエストのボスはアラクニド……? いや、そんなはずはない。アラクニドは確かに強力なモンスターだったけど、このクエストの他のモンスターの強さを見る限り大ボスとして登場するには少々荷が勝ちすぎていると思う。
となると――アラクニドの更に進化したモンスターとか、あるいは虫系モンスターを統べる『何か』が敵となるのか……?
”ジュリエッタ、『塔』から離れよう。
次は……とりあえずあっちのビルを目指して!”
「中は見なくていいの?」
”いや、いいよ。ちょっとあの中に入っちゃうと面倒なことになっちゃうし”
あの『塔』の中にアリスたちがいないとも限らないが、逆に考えればアラクニドくらいなら今のアリスたちならば問題なく撃破出来るはず。
そう考えるとアリスたちは少なくとも目の前の『塔』の中にはいないと思うのだ。
『塔』も複数あることだし、アラクニドがこのクエストの大ボスとは考えにくいし……まぁ全てのアラクニドを討伐、というケースもないことはないが。
とにかく、今は目の前の『塔』だけに拘っている場合ではない。
「じゃあ、行く……」
ジュリエッタは私の指示通りに湧き出てくる蜘蛛を無視してビルの方を目指す。
あっちに行ったところで状況は変わらないかもしれないけど……。
……本当にこのクエスト、一体何なんだろう……?
* * * * *
『塔』から遠ざかり、更に次のビルへと進んでいる時だった。
再度芋虫型や蜂型が私たちへと襲い掛かってくるが、ジュリエッタはさっきと同様に適当に捌いて先へと進んで行く。
「……殿様、何かいる」
”え?”
走りながらジュリエッタが何かに気付いた。
レーダーには……特に変わった反応はないけど……。
……っていうことは、もしかして他のユニットとか、だろうか? このレーダー、他のユニットは映してくれないからなぁ。
ビルへと続くなだらかな平地――まぁ足場は普通の地面じゃないけど――だが、障害物がないわけではない。間隔自体はそれなりに空いているので視界は悪くはないが、地面を貫くように巨木やビル、それに何だかよくわからないオブジェが生えている。このオブジェ、何となくだけど『塔』の小型版って気もする。
それはともかく、私のレーダーではわからないけど『何か』がいるのをジュリエッタは感じ取ったようだ。
足を止めずに先へと進みながらも油断なく周囲を警戒していると、
”……虫の死骸が転がっている……?”
ジュリエッタが倒したものではない虫の死骸があちこちに転がっていることに気付いた。
その死骸を乗り越えて次々と虫が迫ってくるため気付きにくかったが、他の誰かが倒した……のだろうか? それとも寿命とかで死んだ?
”……! ジュリエッタ!”
「うん、殿様」
その時、私たちの耳に『銃声』が聞こえた。
――もちろん本物の銃声なんて私も、多分ジュリエッタも聞いたことなんてない。テレビとか映画で聞いたことしかない。
でも、それは疑いようもなく銃声だと私たちは判断した。
バァン! と辺りの空気が破裂したかのような大きな音――それが立て続けに6回。同時にレーダーからモンスターの反応が消失する。
間違いない、別のユニットがここにいるのだ。
”……ジュリエッタ、行ってみよう”
「わかった」
アリスたちではないとは思うが、他のユニットだとしたら接触する価値はあるだろう。
……流石にここでクラウザーと遭遇、なんてことは勘弁だが会ってみなければわからない。もしかしたらアリスたちかトンコツとどこかで会っているのかもしれないし。
虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。
危険もあることを承知で私たちは銃声のする方向へと進路を変更する。
――そこで私たちは、このクエストにおけるもう一人の主役である『彼女』と出会うのだった……。




