5-25. 閉ざされた世界
* * * * *
マイルームからクエストへと出発した直後――
”……えぇ!?”
私たちの体は落下していった。
「……メタモル」
私を片手で押さえつけつつ、冷静にジュリエッタはメタモルで背中に翼を生やす。
……なんだ、この状況……?
”……『ゲート』が上空にあるってことか”
上を見上げてみると、中空に『ゲート』の光が見える。
下を見るとまだまだ地上までの距離がある。
”これ、飛行系の能力がないと詰みじゃない……?”
「うん、飛べないとクリアが出来ないっぽい」
討伐対象を倒してもクエスト自体は終わらない。『ゲート』を潜らないとクエストはクリアにならないのだ。
その『ゲート』が上空にあるということは、そもそも辿り着くこと自体が難しいと思う。周囲を見渡してみても足場になるような背の高い建物等は見えないし……。
まぁクエスト脱出アイテムを使えば離脱自体は出来るんだろうけど、それすら持っていないとなると本当に詰みだ。
”あれ? トンコツたちは!?”
一緒にクエストに来たはずなのに、近くにトンコツたちの姿が見えない。
まさか一直線に地上に落下していったとかじゃないだろうなぁ……?
「むー、近くにはいないっぽい」
スタート地点がバラバラになっているというのだろうか? 今までそういうクエストはなかったような気がするけど……。
”とりあえず、ここで浮かんでても仕方ないし、一旦地上に降りよう”
「わかった」
空からなら広い範囲で見渡すことが出来るが、その分敵からも見つかりやすくなる。
ジュリエッタは飛行自体は出来るがそれほど得意というわけでもないので一旦は地上に降りた方がいいだろうと判断した。
どんなモンスターがいるかもわからないし、空を飛ぶにしても一度腰を落ち着けて状況を把握してからの方がいい。
で、降下している間に私はステータス画面を確認してみる。
”……! アリスもヴィヴィアンも無事みたい!”
ステータス画面にはしっかりと二人の状態も載っていた。
体力も魔力も減ってはいたものの、どちらもまだまだ戦闘不能にはほど遠い状態だ。
早速遠隔通話で呼びかけてみるが……。
”……ダメだ、応答がないな……”
半ば予想はしていたけど遠隔通話での反応がない。これは『嵐の支配者』戦で私とヴィヴィアンが飲み込まれてしまった時の状態に似ている。
試しに強制移動で二人を呼び寄せようともしてみたけど、こちらもやっぱり反応がない。
……うーん、クエスト自体が禁止しているのか、それとも何か別の力で妨害されているのか判断がつかないけど、二人をさっさと回収して離脱というわけにはいかないみたいだ。
「強制命令は?」
とジュリエッタが提案してくる。
”残念だけど、強制命令は『声が届く距離』じゃないと効果がないんだよねぇ……”
強制移動と強制命令、似ているようで実は大きく違う点がここだ。
一見するとユニットに対して色々とやらせることの出来る強制命令の方が強制移動よりも上のように思えるが、実は強制命令には『声が届く距離』じゃないと使えないという制約がある。
実際にユニットに声が聞こえるかどうかは余り関係ないらしいけど、とにかく思いのほか近い距離でないと強制命令は効果を発揮しないのだ。
対して強制移動はユニットがどこにいても効果を発揮する。これはおそらく、『ユニットを使い魔の近くまで呼び戻す』ということしか出来ないためだと思う。
……まぁ、今回はその強制移動も使えないわけだけど。
”仕方ない、あちこち回って探すしかないかな”
幸い、レーダーは機能している――すぐ傍にいるジュリエッタの反応はわかるのだ、おそらく範囲内にアリスたちがいれば反応するだろう。それを頼りに探すしかなさそうだ。
で問題はというと、今この場にいないトンコツたちをどうするかなんだけど……。
”……良し、ここで悩んでいても仕方ない。とにかく先に進もう!”
「うん」
トンコツたちを先に探すという手もあるのだが、こちらについてはレーダーでもわからないので探しようがないというのが現状だ。
なので一旦放置することに決めた。
というか、多分シャルロットの魔法を使ってこっちを探してもらう方が早いだろう。
一応、私とトンコツがはぐれた場合どうするか、というのは想定はしていたんだけど、まさか入り口から別々になるとは思わなかったなぁ……。
とにかく方針は決まった。私は改めてジュリエッタの頭の上に乗っかり、レーダーを注視する。
アリスたちの反応はないが、モンスターの反応はポツポツと見える。
そして周囲の状況だが……。
”……ここ、何なんだろう……?”
「……わかんない」
ジュリエッタに聞いてもわからないよねぇ……。
今私たちがいる場所、よく見るとどうも『ドーム状の建物』の内部のように見えるのだ。
不思議と空は明るいものの、曇天――のように見えるが上空が何やら奇妙な『膜』のようなもので覆われているのがわかる。高さはかなりあって、『ゲート』の光がポツリと浮かんでいる。
東京ドームとかそんな程度の広さではない。まるでSF映画にある宇宙基地……あるいは開拓惑星に作られた都市のような……とにかく街全体が謎の『膜』に覆われていると考えてもらってよい。
そして地上はというと、私たちが足を着けている場所も何というかあまり『地面』という感じがしない。苔とこちらも謎の『膜』に覆われていてはっきりとは見えないが……。
「……?」
ジュリエッタも気になったのだろう、手で地面を触ったりして首を傾げている。
さて、他にはというと……あちこちに天に向かって伸びる『柱』が見える。これも何かに覆われていてはっきりとはわからないが、どうも高層ビルのようにも思える。
更にはそれに並ぶくらい巨大な樹木と、謎の『膜』と同じ素材で出来ていると思われる『塔』があちらこちらに生えており、この謎の『塔』については遥か上空の天井にまで届いているようだ。
空気は生温く湿っている。そして薄っすらと霧が発生しているようで、障害物と相まって視界はあまり良くない。
……こりゃ、目だけでアリスたちを探すのはかなり難しいな……。
「……ここ、もしかして……建物の中? かも」
”建物?”
遠くに色々とビルっぽいのや謎の『塔』とかも見えるし視界も悪いけど、周囲が開けていないわけではない。
とても建物の中には思えないが……いや、まぁ天を覆うドームとかあるし、広い視界なら建物と言えないこともないかな?
「この床、多分地面じゃない……よくわからないけど、多分土とか木とかを『何か』で固めているだけみたい……。
下に空洞がある感じがする」
”むぅ……?”
ジュリエッタがそういうならそうなんだろう。もしかしたら、吸収したモンスターの能力でエコロケーションみたいなものがあったのかもしれないし。
となると、今いる場所は地上ではなく空中? ってことになるのか。地面っぽく見える何かが『層』となっているのかも。
……むぅ。だとするとこのフィールド、広いだけでなく複雑な構造になっている可能性が高いか。ゲーム風に言えば、ものすごく広いダンジョンになっていると考えた方がいいだろう。
”……わかった。アリスたちを探すのは結構大変そうだけど、時間もない。壊せそうな床や壁があったら、必要に応じて壊していって最短距離で突き進もう”
アリスたちがレーダーに映ったとして、一直線に進めない場合もあるということだ。
ジュリエッタの言葉が正しいならばそういうところは壁なり床なりを壊して突き進んでしまおう。
「御姫様たち、探さないで先にボスを倒すのは……?」
更にジュリエッタが提案をしてくれるが、残念ながらそれは無しかなぁ……。
”うーん、ボスがどこにいるのか――という以前に『何』がボスなのかがわからないしねぇ……。
それに倒せるものならアリスたちがとっくに倒しているんじゃないかな”
「……なるほど、わかった」
先にボスを倒してしまえば、後は『ゲート』から出てしまえばクエストクリアだ。アリスたちと合流する必要もなくなるだろう。
ただこの方法で行くには私が挙げたような問題がある。
この問題はアリスたちと合流した後も付きまとう話ではあるんだけど……最悪『ゲート』から脱出してしまえばいいから、とりあえずは考えるのは後回しにしよう。
とりあえずジュリエッタも今後の方針については納得してくれたようだ。
「じゃ、殿様、行く……」
”うん。よろしく頼むよ、ジュリエッタ”
さて、行動を開始するにしても、まずはどこへと向かえばいいか……。
私はジュリエッタの頭の上に乗っかったままぐるりと辺りを見回し――
”ジュリエッタ、まずはあっちにある『塔』を目指そう”
「うん? わかった」
当てずっぽうにあちこち回っても時間がかかるだけだと判断。
ランドマークとなりそうなものをまずは目指すこととする。
その中でも、あの謎の『塔』がちょっと気になるのだ。
ビルっぽいものや巨木はまだわからないでもないんだけど、あの『塔』はこのフィールドにおいてはかなり『異質』――もっと言えば、フィールドを覆う天井とかと同じ『異物』めいた印象を受けるのだ。
自然のものとも思えないし、かといって人工物ともちょっと思えない……その正体を確かめてみることも、このクエストを進んで行く上で重要なのではないか、そう私は直感した。
……それで何の手がかりも得られなかったとしても、それはそれで別にいい。『気にする必要もない』ということがわかる。
うーん、そうしたら次はどうするかな……アリスたちを探しがてら、この巨大な『ドーム』の端っこまで行ってみるとか、かなぁ……。
「殿様、ちょっと激しく動く」
”あ、わかった……って、モンスターか!”
レーダーにもちらほらとモンスターの姿が映り始めているが、まだ少し距離はある。
だが、ぶーんぶーんと蟲の羽音が聞こえてきている――正体はわからないが飛行するタイプの敵だとすると、接敵するまでそう時間はかかるまい。
ジュリエッタは私の指示通り一直線に『塔』を目指して駆けながら、周囲から迫るモンスターへと備える。
”どれだけ長丁場になるかわからない。ジュリエッタ、大技はなるべく控えて! 後、敵は深追いせずに追い払うだけでいいから”
「うん、わかってる」
アイテムは持ち込めるだけ持ち込んでいるが、果たしてこのクエストにどのくらいいるかわからない。節約できるところでは節約しておきたい。
ジュリエッタの魔法ならアリスみたいに派手に魔力が減っていくということはないだろうけど、今レーダーに映っている敵影だけでも結構な数だ。竜巻触手やヴォルガノフの触手、それに《狂傀形態》などの強力な魔法は切り札として取っておきたい――少なくともアリスたちと合流するまでは。
「……それじゃ、突っ切っていく」
両腕をメタモルで鋭い爪を生やした獣の腕へと変え、更にライズで機動力を強化させながらジュリエッタが真っすぐと前へと突っ込む。
そこにいたのは……巨大な蟲系モンスターの群れであった。
地上には巨大芋虫の群れ、空中からはやはり巨大な蜂……それとトンボ? のようなモンスターの群れだ。
”……うへぁ……”
モンスター戦には慣れてきたとは言えやはり虫自体は苦手だ……。
生理的な嫌悪感が堪えようもなく湧き上がってくるが、ジュリエッタは一切止まらず蟲の群れへと突っ込んで行った……。




