5-24. 冥界の死闘
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「うおりゃあぁぁぁぁぁっ!!」
裂帛の気合と共にアリスが振り下ろした《竜殺大剣》が迫りくる白芋虫――大蚕を両断する。
緑色の薄気味悪い体液をまき散らして息絶える大蚕だったが、その後ろから更に新しい個体が向かってくる。
一体、ではない。複数体――否、無数に、だ。
「くそっ、キリがねぇ!」
毒づきながら今度は横に大剣を一閃、飛び掛かって来た大蚕を纏めて薙ぎ払う。
……が、すぐに後ろから次の群れが襲い掛かってくる。
「姫様、一旦退きましょう」
アリスの背後を守っていたヴィヴィアンがそう提案する。
チッ、と悔しそうに舌打ちしつつも、アリスも頷く。
「仕方ねぇ……飛ぶぞ、ヴィヴィアン!」
「はい、姫様!」
既に《神馬脚甲》を装着していたアリスと、《ペガサス》を呼び出したヴィヴィアンがその場から上空へと離脱する。
それを追うように今度は空中から無数の虫――人間の子供くらいはあろうかという巨大な『蜂』が群がろうとしてくる。
「くそっ……cl《赤爆巨星》!」
「サモン《ワイヴァーン》!」
まともに戦闘をしていてはじり貧に陥る。
そう判断した二人はそれぞれ蟲の群れ目掛けて魔法を放ち『穴』をあけると、全速力でそこから離脱しようとする。
空中の蜂たちも、地上を這う大蚕たちもアリスたちを追う。
……しかし、流石に全速力を出した《神馬脚甲》と《ペガサス》の速度には追い付けないのか次第に距離は開いていく。
「……何とか切り抜けられた、か?」
不快な羽音が遠ざかっていき、周辺に敵の姿が見えなくなったところでアリスが呟く。
普段ならばラビがレーダーで敵の動きを監視してくれているのだが、今のこの場にはいない。そのためアリスたちは自分の目で敵の姿を確認しなければならない。
見えない場所から襲撃してくる可能性もある。姿が見えないからといって油断は全く出来ない状況だ。
「いかがいたしましょう。一度地上に戻りますか?」
「……そうだな。地上の芋虫共も面倒だが、空中で蜂共に絡まれる方が面倒だ」
ヴィヴィアンの問いに少し考えアリスはそう判断する。
敵は芋虫と蜂だけではないが、一番数が多くて厄介なのがこの二種なのだ。そして、両者のうちどちらが厄介かというと、今のところは空中から攻撃してくる蜂の方である、と考えている。
元はコンクリート製の建物だったのであろう今は苔や謎の植物に覆われた建造物の屋上に二人は降り立つ。
「はぁっ……流石に疲れた」
「ええ……」
「ヴィヴィアン、貴様、キャンディは残りどれくらいだ?」
「……まだ7個残っております」
「そうか。オレの方は……後5つか。むぅ……もう少し節約しなければならんが、そうも言ってられない状況だしな……」
使い魔がいない現状、二人は手持ちのアイテムだけで凌ぐしかない。
リコレクトを使えばサモンを実質消費なしで使えるヴィヴィアンはともかく、アリスの方は何をするにも魔力の消費が付きまとう。
忘れかけているが、時間経過でもわずかに魔力は回復するのだ。それも上手く使っていくしかない。
「……大体8時間ってところか」
懐から時計を取り出して時刻を確認。アリスはそう呟く。
――もちろんユニットに時計などというアイテムは存在しない。これはヴィヴィアンのサモンで作り出したものだ。
「であれば、おそらくそろそろかと」
アリスの呟きを受け、ヴィヴィアンが返す。
「だな。
よし、しんどいがもうひと頑張りと行くか、ヴィヴィアン」
「はい。参りましょう、姫様」
さっき振り切った蜂か、あるいは別の新手か――不愉快な羽音が近づいてきている。
この場所も安全ではない。二人は重い腰を上げて更なる逃避行へと向かう。
アリスとヴィヴィアンが合流したのが今からおよそ8時間程前。
同じクエストにいるという確証はなかったが、アリスの推測が正しければきっとヴィヴィアンとジェーンもこのクエストにいるはずだ、と魔力の消費を度外視で《赤爆巨星》等の派手な魔法を使い続けた。
まるで花火のように薄暗いフィールドに炸裂するアリスの魔法を離れた位置で見つけたヴィヴィアンが合流。その後、二人でモンスターを振り払いながらフィールドをさ迷っていたのだ。
残念ながらジェーンの姿は見えなかった――アリスの推測が間違っておりジェーンは来ていないのか、それとも合流するに出来ない状況にあるか、最悪既にモンスターに倒されてしまったのか……二人には判断する術はない。
ともあれ、今は生き残ることが優先だ。
なぜいきなりクエストに放り込まれたのかの原因もわからず、どうやったらクリアできるのかも不明。加えて、クエストをリタイアするために『ゲート』に行きたくとも『ゲート』の位置すらわからないという状況だ。
それでもパニックにならずに冷静に行動出来たのは、アリスもヴィヴィアンも『嵐の支配者』戦のような『ゲーム』における修羅場を幾つも潜って来たためだろう。
合流後、アリスはヴィヴィアンに『時計』を出すことを指示した。
同じことをヴィヴィアンも考えていたのだろう、言われると同時にサモンで《クロック》を作り出しアリスへと手渡す――ヴィヴィアンが持っているとサモンの邪魔になる可能性もあるし、何よりインストールが使えなくなってしまうからだ。
そして二人はジェーンと『ゲート』を探す傍ら、《クロック》で時間を見つつモンスターの群れから逃げ回っていた。
なぜ『時計』を作ったのか?
その答えは簡単だ。
「……やれやれ、貴様の家に泊まったので正解だったのやら何なのやら……」
「この場合は正解だったかと。
あやめ様であれば、朝の9時前には必ずお気づきになられるはずです」
――そう、二人はある仮定の元、『時計』を作って行動していた。
「そこから使い魔殿に連絡して、ジュリエッタの準備が整うまで2~3時間ってところか? いや、もう少しかかるかもしれんな……」
「はい。現実世界でわたくしたちが眠った直後にこのクエストが開始したのだとすると、そこから更に2時間程かと」
「むぅ……となると、長く見積もってでようやっと半分ってところか……」
「そうなりますね。
しかし姫様。姫様とわたくしであれば――」
「ああ、何とかなるだろう」
二人の仮定とは、すなわち『現実世界とこのクエスト内の時間が連動しているのではないか』ということだった。
そうであるならば、朝になればまずあやめが異常に気が付くはず。そこからラビ、あるいはトンコツに連絡がいくのにそう時間はかからない。
使い魔たちが異常に気が付いたのであれば何かしらの手を打つはずだ。少なくとも、クエストに加勢に駆けつけてくれるはずだ。
あやめが日曜の朝に桃香を起こしにくるのが大体8時~9時の間。無理矢理起こすことはしないため、一度8時に様子を見に来て寝ているようであればその後9時頃までは放置される――となると、異常事態が起きていることが判明するのが9時頃と予想出来る。
その予想を踏まえて、アリスとヴィヴィアンが合流してから『時計』で時間を計っていたのだ。
二人が合流してから約8時間――二人が合流するまでは正確な時間は計れていないので不明だが、とりあえず仮に1時間としておく。
ここまでで合計9時間。
……なのだが、ここで問題となるのが『クエスト開始時刻がいつか?』というのが不明な点である。
アリスたちが現実世界に眠った直後だとすると、大体夜の22時前後――布団に入った後も中々眠れず、三人で色々と話したり考え込んでたりしていたため大体そのくらいの時間になったと思える――となるが、寝てすぐにクエストになったかどうかは怪しい、とアリスたちは思っている。
根拠は特にないが、敢えて言うのであれば『クエストは比較的キリのいい時間帯に更新される』というものがある。週末にだけ現れるレイドクエストなどが代表的だが、他のクエストも例えば『13時~20時まで』のようにキリのいい時間帯に出現~消滅していることが多い。
アリスたちが今いるクエストが『レイドクエスト』なのか普通のクエストかはわからない。もしかしたら高難度クエストなのかもしれない。
だとすると、23時……あるいは0時丁度に更新されて出現したクエストなのではないかと推測できるのだ。
そこを前提に時間を計算すると、おそらくもうそろそろあやめが気付くはず、と推測しているのだ。
……もしもこの仮定が間違っていたならば、具体的には現実世界とクエスト内の時間が連動していない――クエスト内の時間で1時間が現実世界での1分という場合等にはアリスたちの計算は全て崩れることになる。
だがその最悪のケースは考えない。
仮に最悪のケースだったとしても、いずれラビたちが気付くことを信じて行動することしかできない。
「目標は――最優先は使い魔殿たちが来るまで生き残る!」
「次いで脱出路……『ゲート』の捜索ですね」
「うむ。後はジェーンもこちらにいるかどうか、か……」
流石にこの状況でクエストのクリアを考える程、アリスたちは無謀ではない。
一番の目的はラビたちの救助が来るまで持ちこたえること。
次の目的は『ゲート』を探すことだ。『ゲート』さえ見つかれば、ラビたちとの合流を待たずに現実世界に帰還することが可能となる――ラビたちと入れ違いになってしまうことだけが不安要素ではあるが。
残る懸念はジェーンもこのクエスト内にいるのかどうか、という点だ。
アリスたちはこのクエストと『幽霊団地』で見たあのモンスターたちが無関係ではない、と確信している。
だというのであれば、ジェーンもまたこのクエストに来ている可能性は高い。
……のだが、ここに至るまでジェーンとは合流出来ていない。
このクエストに来ていないのか、合流するに出来ない事情があるのか、それとも……既に――
「――いや、悪いことばかり考えていても仕方ない。
よし、ヴィヴィアン、行くぞ!」
「はい、姫様」
悪い想像は今するべきではない。
二人は迫りくる蟲を切り抜けつつ、生き残るために再び行動し始めるのであった。




