5-23. 救援要請(後編)
時刻は11時30分。
部活が終わってすぐ、というわけにもいかずこの時間となってしまった。
『お待たせしました』
『”うん、ありがとう千夏君”』
部活の帰り道、同じ方向に帰る部活仲間と別れた後に千夏君から連絡が来る。
早速千夏君に状況を説明する。
『……うーん? ありんこたちが勝手にクエストに行った……ってわけでもないんすよね?』
『”多分……”』
可能性はゼロではないけど、かなり低いというのはさっき考えた通りだ。
いくら何でも私にはともかくあやめに何も言わずに、とはちょっと考えにくい。
じゃあ一体何が起こっているんだと言われると……それもわからない。
『……あいつらの意思とか関係なく、強引にクエストに呼ばれたとか?』
『”そんなことがあるのかなぁ……?”』
『わかんないっすけど、「ありえないことも起きる」って俺たちはわかってるはずっすよね?』
『”う、確かに……”』
『ゲーム』ではこうなっているはずだ、という前提が覆ったのを私たちは何度か体験している。
直近では千夏君――ジュリエッタの《終極異態》という例外があった。
あそこまでの例外というわけでなければ、そもそもクラウザーの使う『いんちき』だって本来は『ありえない』ことなのだ。
本人の意思に関係なくクエストに引きずり込まれる、そういうことだってあるかもしれない。それが誰かの『チート』とかによるものなのか、それともモンスターの何か特殊能力によるものなのか、あるいは『ゲーム』自体の不具合なのかはわからないけど……。
『とりあえず、もうすぐ家着くんで昼飯喰ったら部屋に籠もります』
『”う、うん。そしたらクエストに行こうか”』
『ええ。今日はうちの親も仕事でいないんで、カップ麺でもささっと食ってすぐ行きます』
『”ごめんね、よろしく頼むよ”』
焦ってはいけない。流石に部活をやった後に飲まず食わずでクエストに行ってもらうというわけにはいかないだろう――クエスト中なら問題ないかもしれないけど、眠ったままの肉体には影響するはずだろうし。
『”それじゃ、準備が出来たら連絡して”』
『了解っす』
後一時間するかしないかでクエストには挑めるはずだ。
それまでにありすたちが目覚めてくれればいいんだけど……まぁおそらくは無理だろう。
待っている間に何もしないのも落ち着かない。
私は再びマイルームへと戻りトンコツと話し合う。
『”そうか、わかった。こっちもカナと一緒に参加する。準備はさせておこう”』
”和芽ちゃん……シャルロット、大丈夫?”
手助けしてくれるのはありがたいが、シャルロットにはほとんど戦闘力がない。インキュベーションを使えばいいかというと、あの魔法はあの魔法で完全無欠というわけでもない。
『”戦闘力は確かに期待できないが、《アルゴス》を使って三人を探すことは出来るだろう?”』
”そ、そっか。確かに”
いかんいかん……まだ私は冷静になれていないようだ。
トンコツの言う通り、シャルロットの《アルゴス》を使えば広範囲を捜査することが出来る。
レーダーを使って探すことも出来るんだろうけど、複雑に入り組んだ地形のフィールドだとマップを見てもよくわからないこともある。《アルゴス》で探す方が確実かもしれない。
……正直、クエストに入ったところで『強制移動』を使う等すればもしかしたら安全に三人と合流出来るかもしれない、という思いはあるんだけど……もし強制移動が無効化されているようなことがあった場合は、自分の足で探さなければならなくなる。想像しうる最悪のことを考えて備えておくべきだ。
”あ、そうだ。トンコツ、悪いんだけどヨームさんに今日の予定はキャンセルだって伝えておいてくれないかな?”
忘れるところだった。
私からヨームに直接連絡することが出来ないので、これはトンコツにお願いするしかない。未来の家まで直接行ってもいいんだけど、道中で千夏君の準備が整った場合にすぐクエストに向かえなくなるかもしれないし。
『”ああ、わかった。流石に今回ばかりはアンジェリカのことよりもこっちの方が優先だしな”』
仮に文句を言われたとしたって、無視してクエストに行くつもりだけどね。
さて、後は千夏君を待つだけかな……? いや、もう少しトンコツと話を詰めておこう。
”トンコツ、クエストに行った後のことについてもうちょっと話しておこう。何が起こるかわからないしね”
『”そうだな。こんな異常なクエストは初めてだ……おそらく、俺たちが今までに経験したことのないことが起こると思う。
……備えられることは備えておこう”』
その後、私たちはクエストに行った際に起こりうることを幾つか想定し、どう動くかを相談。
後はアイテムの補充等をして万全の準備を整えた。
そして、千夏君の準備が整ったとの連絡が来た。
私たちは既にマイルームでいつでもクエストに行ける態勢を整えている。
後はトンコツたちの方が準備出来ればクエストに出発となる。
『”わりぃ、待たせた”』
ジュリエッタに色々とクエストに入った後のことを説明している間に、トンコツの方の準備も整ったらしい。
『”それと、ヨームたちの方にも伝えておいた。もしかしたら、ヨームたちも参加するかもしれない”』
”ヨームさんたちも? んー、でも……”
何が起こるのかわからないので巻き込みたくない、という気持ちと、何が起こるのかわからないので少しでも戦力が増えて欲しい、という思いがある。
まぁ今はどちらかというと、ヨームを待っていられない――もうすぐにでもクエストに出発したい、という思いが一番強い。
『”ああ、わかってる。時間が惜しいから俺たちは先に行くと伝えてある”』
”そっか。了解”
後からクエストに参加したとしても、まぁヨームたちなら多分大丈夫だろう。むしろシャルロット一人しかいないトンコツが一番危険だ。
”よし、じゃあ行くよ!”
「……うん」
『”ああ!”』
『は、はいぃ!』
前回のように私はジュリエッタの頭の上に乗っかり、トンコツはシャルロットが抱えて準備は完了。
私の号令の下、私たちは謎のクエストへと向かって行った……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
穏やかな平原に建てられた木造のロッジ――を模したヨームのマイルームにて。
”ふむ……どうやら彼女たちは厄介な問題に巻き込まれてしまったようですねぇ……”
いつものようにベンチに腰掛けたフォルテの膝の上で、ヨームは感情の窺いにくい声でつぶやく。
彼らはつい先ほど、トンコツから今日のラビとの予定をキャンセルして欲しいと聞いたところだ。
ヨームたちの方はというと、ラビたちと合流する前に『作戦会議』をしていたところである。今日はバイトが休みということで、凛風も参加している。
「んー、どうするアルか、師父?」
凛風の『どうする』には意味が何通りか考えられる。
”さて……私たちに助けなければならない義務はありませんが……”
『どうする』をラビとトンコツの問題に介入するか否か、という意味に受け取ったのだろう、ヨームは思案する。
確かにヨームの言う通り、彼らにはラビたちを助ける『義務』はない。
ラビたちからも手伝って欲しいとは言われていないし、助けに行かずとも文句は言われないだろう。
だが――
「まー、そりゃ義務はないけど、義理はあるアルよ!」
”ふむ……”
助けなければならない『義務』はないが、『義理』はある。
「そ、そうですよ! それに、何か危険なクエストっぽいですし……私の知らないところでジュリエッタがやられたりされたら……!」
凛風の意見に乗ってアンジェリカが捲し立てるのを、他の三人は微笑ましく生温い笑みで見守る。
彼女が口で言うほどジュリエッタのことを悪く思っていないのはもはや周知の事実だ――本人だけがそれに気づいていないが。
”……フォルテ、どう思うかね?”
ヨームは自分を抱きかかえるフォルテを見上げ問う。
「そうですね……『予言者』は何も語りませんが、少し占ってみましょう……」
そう言うと彼女は一旦マイルームから退出。現実世界で得意の占いを行う。
――マイルームでも占いが出来ればいいのに、とフォルテも含め全員が思うがこればかりは仕方ない。マイルーム機能の改修で、もしかしたら何かしらのアイテムの持ち込みが可能になることを期待するしかない。
待つこと数分、フォルテが再びマイルームへと姿を現す。
……が、その表情はベールに包まれわかり辛いが、やや浮かないものであった。
”どうかね?”
「はい……」
やや言い淀んだものの、やがてフォルテは意を決したように占った結果を全員に伝える。
「私たちに待つものは、『大いなる苦難』『避けてはならない試練』……そして『新たなる飛躍』、と出ました」
「うーん……? 何か良いような悪いような……?」
フォルテの占いの結果に一同は首を傾げる。
前半の二つは余り良いイメージがない。反面、後半についてはプラスのイメージの結果だ。
所詮占いは占い、と切り捨てることは出来るのだが……少なくともヨームチームについてはそうすることはない。
未来視のギフト『予言者』を抜きにしても、未来自身の占いはかなりの確率で当たる。それを知っているからだ。
「で、でも『新たなる飛躍』っていうのが気になります!」
「そうアルな……それに『避けてはならない試練』ってのも気になるアル」
クエストに参加すべきかすべきでないか。
占いだけで決めるべきではないが、それでも迷った時の指針にはなる。
あーでもないこーでもない、と凛風とアンジェリカが意見を戦わせているのを横目に、ヨームとフォルテも行くべきか行かざるべきかを考える。
議論の時間はそう長くはない。
全員の意見を出し合い検討した結果、クエストに救援に向かうべきだということで一致した。
ただし、いざとなればクエストからの撤退――アリスたちの救出が出来なくてもだ――はする、という条件付きではあるが。流石にヨームたちにも『義理』は合っても、自分たちを危機に晒してまで助ける程のものではないと判断した。
尤も、ヨームたちが危険に晒されることについてはラビも良しとはしないだろうが。
「決まりましたね! それじゃ、行きましょう!」
アイテムの準備も整い、後はクエストへと向かうだけだ。
”ふむ……しかし不気味なクエストですね……”
トンコツから聞いた対象クエストはヨームの方からでも見えている。
ヨームの視点であってもやはり内容はまともに読むことが出来ないのは同じだ。
報酬はともかく『特記事項』が読めないのが痛い。
特に今回のクエストは高難度クエスト――特記事項にはおそらく『制限事項』が記載されていたはずだ。
一体どのような内容が制限されているのか、それを知らないということはかなり不利になると思ってよいだろう。いや、むしろ致命的と言えるかもしれない。
更には今回のクエスト……何をどうすればクリアになるのか条件が一切不明だ。
普段であってもクリア条件が明示されていることは少ないといえばそうなのだが、少なくともクエスト名から判断することは可能なことが多い。
だが、今回のクエスト名は『救援要請』――ここからクリア条件を推測するのは難しい。
何を救助すればよいのか?
――話の流れで考えれば、おそらく強制的にクエストに飛ばされた子供たち……なんでしょうがねぇ……。
ヨームは口に出さずに考える。
ありすたちを救出することが目的。確かにクエスト名だけ見ればそう思えないこともない。
だが、そんなことがありえるのだろうか? とヨームは訝る。
順序がおかしい。
クエスト『救援要請』がありすたちの救出を目的としているのであれば、そもそもありすたちは何のクエストに参加したというのか? 何か別のクエストに参加した結果、『救援要請』の対象となった――そんなことがありえるか? もしそうだとしたら、2つのクエストが同時に進行していることとなってしまう。
――何か想定外のことが起きている、と思った方がいいでしょうねぇ……。
――さて、一体何が待っていることやら……。
不安要素については口にしない。全て推測にもなっていない予測だ、話したところで不安を与えるだけだろう。
結局のところ行ってみなければわからないのだ。
――それに、フォルテの占いに示された言葉が正しければ……おそらく私たちはこのクエストに向かうべきなのでしょう。
『避けてはならない試練』――ヨームが注目しているのはこのキーワードだ。
避けられない試練ではない。避けてはならない、だ。
すなわち、このクエストにはいかなければならないのだ。
そしておそらくこの試練を乗り越えることによって『新たなる飛躍』が得られるはず。
『新たな飛躍』という名の成果を得るか、それを諦めて安全策を取るか……この二択を迫られているのだとヨームは判断した。
結果、選んだのは前者というわけだ。
”……我々も向かいましょう。準備はよろしいかね?”
ヨームも覚悟を決めた。
彼のユニットは三人とも頷き――彼らも謎のクエストへと向かうのだった。




