5-22. 救援要請(中編)
『……む、やはりか……』
私の見たものを伝えると、トンコツは難しそうな顔で唸りつつそう言った。
”ねぇ、三人はクエストにいるってことなの?”
『まぁ、そうなるな……』
でも私たち使い魔はクエストに行っていないのに、そんなことあるのだろうか?
私の内心の疑問を読み取ったか、呆れたようにトンコツは続ける。
『忘れたのか? 使い魔がいなくても、ユニットだけでクエストに参加できる機能が開放されていただろう?』
……あ、そういえば。『嵐の支配者』戦の前くらいだったか、確か全使い魔が複数ユニットを持ったことでそんな機能が開放されていたはずだ。私自身が使うことがなかったから忘れていた……。
んん? じゃあ三人は私たち使い魔に内緒でこっそりとクエストに行ったってこと?
”……何やってんの、ありすたち……”
じゃあ心配する必要もないってことなのかな?
クエストをクリアするなり途中で撤退するなりすれば、自然と目が覚めるってことなんだよね……? それならあんまり心配する必要もない、ってこと?
だが、少し安心しかけた私に対してトンコツは難しい顔を崩さないままだ。
『安心するのはまだ早い。ミミたちが起きなくなって、どれだけ経ったんだ?』
”そ、それは……詳しい時間はわからないけど……って、そうか、もう一時間以上は経っているのか!”
トンコツの言わんとしていることがわかった。
私があやめから最初に連絡を受けてから一時間程度。だが、あやめはその前から三人が眠っているのを見ているため少なく見積もっても一時間以上はクエストに行っているということになる。
大体のクエストはそんなに長時間はかからない。『嵐の支配者』戦の時くらいだろうか、数時間もかかったのは。後は……天空遺跡のクエストか、まぁあれは何かクエストと現実世界での時間経過がズレ過ぎててよくわからないんだけど。
で、ありす、桃香、美々香の三人がクエストに行ったとしてそんな一時間以上もかかるようなクエストがあるのかという疑問がまず一つ。
次にこの三人が一緒のクエストに行くためには『COOP可能』なクエストを選択する必要があるのだが、ユニットの視点からは『COOP可能』かどうかの判別はつけられないはずなのだ。なのに、三人が同時にどうやってクエストに行ったというのか……当てずっぽうでクエストを選んでという可能性もないことはないが……。
――いや、それよりなにより、ありすたちが私に黙ってクエストに行くなんてことはしない、と私は信じている。
そりゃ、確かに最近ありすが不機嫌だったとは言え、クエストでは何が起こるかわからないというのは理解しているはずだ。
『嵐の支配者』みたいな強敵でなくても、モンスターによっては苦戦は免れないし回復だってままならないことになってしまう。
『……むぅ、ということは考えられる可能性としては二つ。
一つは実は寝たふりをしているだけで何度もクエストに行っている』
……絶対にない、とは言い切れない。
ユニット捜索モードでずっと見ているわけではないんだから、そういうことも出来ないわけではない。
でも――
”そ、それは多分……ない、と思う。
仮に私に黙ってクエストに行くとしたって、それならそれであやめには必ず一声かけると思うんだ”
そう、もし仮にありすの不満がマックスまで溜まって私に黙ってクエストに行くとしても、それであればあやめに声を掛けないわけがないのだ。
あやめに声さえかけておけば、少なくとも三人が目を覚まさない、と慌てて私に連絡してくることもなかった。まぁ私が『遠隔通話』をするなりで気づくということはあったかもしれないが、気づくのはもっと遅くなっていたのは間違いない。
トンコツもこの可能性はまずありえないとは思っていたのだろう。やや言いにくそうにもう一つの可能性について述べる。
『であれば……二つ目の可能性。
三人は今クエストですぐには終わらない程、苦戦中。あるいは――』
”……戻るに戻れない状態にある、か……”
……ということなんだろう。あんまり考えたくない可能性だけど……。
『嵐の支配者』の時みたいな長丁場になっているだけならまだいい。
けど、戻るに戻れない状態、という場合だと問題だ。
例えば、迷路のように入り組んだ地形でゲートの位置がわからないという場合――これならまだマシな方だが、敵が強すぎて進むも退くも出来ない状態、あるいは……考えたくもないけど、モンスターに何らかの手段で拘束されて脱出も出来ないという状態だ。
”……助けに行かないと!!”
三人が今どんな状態なのかもわからない。
なぜ私たちに黙ってクエストに行っているのかもわからないけど、放置だけは絶対に出来ない。
私はクエストボードを見て三人が参加しているクエストを探そうとする。
”……え? 何、このクエスト……?”
クエストはすぐに見つかった。
いつものように並んでいるクエストの一覧の中、横に『現在ユニットが参加中』という記載のあるクエストがあったのだ。
そのクエストを選択し、内容を確認しようとして私は戸惑いの声を上げる。
なぜならばそのクエストは……今まで見たことのない、異様なクエストだったからだ。
『高難度クエスト:救援要請
報酬:350000TY$NN/M?N
制限事項:
・N?NNR@N@T?/N/K@/N?N/N/M/N/S$T/M/M/M/NNN@N@K@T/N/T?/M/N?T/N/T?N/
・/M/N?T/K@N@K@N@N@T#T/, N?NNR@N@T?/N/N/S/R@N@K$N@N?T/』
……わけがわからない……というか、読めない……?
『ラビ、やっぱり「救援要請」とかいうクエストか?』
”う、うん……でも何が書いてあるんだか全然読めない……”
見たことのない言語、というよりは文字化けしているような印象だ。まぁ文字化けはこんなわけのわからない文字列にはならないとは思うけど……。
私の言葉を聞いてトンコツも唸り声を上げる。
『むぅ……お前の方もか……』
”え? トンコツの方もわけがわからない文字が表示されているってこと?”
『ああ。こんなクエストは初めてだ……』
うーん……今まで私の方で読めない文字とかはあったんだけど、トンコツの方でも読めないとなると……どういうことなんだろう?
ただわかることは、これが普通のクエストではないということくらいだ。
――嫌な予感がする……一刻も早くありすたちを助けに行かないと!
”……でも悩んでいる余裕もないと思う。
トンコツ、私は行くよ!”
『ちょっと待てって、落ち着け!』
これが落ち着いていられるかっていうの!
『お前一人でクエスト行ってもどうしようもないだろうが!』
”う……”
そ、そっか……確かに。
私がクエストに行ったところで、すぐにありすたちと合流できる保証はない。
前にアラクニドのクエストに行った時はバラバラの位置でスタートしてたし、あの時ホーリー・ベルが来てくれなかったらゲームオーバーになっていたかもしれないのだ。
今回も同じことになってしまう可能性はある。
だからと言ってありすたちを見殺しにするわけにはいかないし……。
私がわたわたとしているのを見て、呆れたようにトンコツはため息を吐く。
『おまえ……案外パニックに弱いのな……』
”だ、だって……このままじゃありすたちが……”
『ちょっと冷静になれ。
よく考えろよ。お前にはまだ一人ユニットがいるだろ?』
”…………あ”
決して忘れていたわけではない――と言いたいところだけど、慌てすぎてて頭から抜け落ちていた。
そうだ、まだ千夏君がいる!
『まずはジュリエッタ……あの坊主に連絡してみろ。もしあの坊主までクエストに行っているようなら……いや、それはその時考えた方がいいな。
とにかく連絡からだ』
”う、うん。ちょっと待ってて!”
ユニットへの遠隔通話ならわざわざ現実世界に戻るまでもない。
マイルームから千夏君へと向けて遠隔通話で語り掛けてみる。
『…………――はい? アニキ?』
”千夏君! 無事!?”
『はい? 無事って……うおっ!?』
”千夏君!?”
遠隔通話から千夏君の焦ったような声が聞こえてきて思わず大きな声を上げてしまうが……。
『……あ、大丈夫っす。今、部の内部試合をやってて……ちょっ!?』
……どうやら千夏君はクエストには参加していないようだ。
部内で試合をしていて、しかも丁度千夏君の番だったらしい。
…………流石に中断は出来ないか……確か剣道の試合って一試合はそんなに長くないはず。
”ごめん、出番が終わったら連絡して!”
『りょ、了解っす!』
彼は部長ということだし、小学校から道場に通って剣道の練習をしていたのだ。
迂闊に負けるわけにはいかないだろう。
邪魔してはならないと私は一旦遠隔通話を切る。
……時間にしてほんの数分だけど、私には何時間にも感じられる時間を経て――
『お待たせっす。
で、何すか、急に?』
怒っているわけではなく、唐突に連絡してきたことを訝っているようだ。そりゃそうだ。千夏君が午前は部活中だって私は知っているし、部活中に連絡なんて普通はしない。
……でも、その普通ではないことが今起こっているのだ……。
私は手短に、だが要点を外さないように今起きていることを千夏君に伝えた。
彼はまだ部活中……おそらく、試合の待ち時間といったところだろう。もしかしたら試合の審判をしているかもしれないし、あんまり説明している時間はない――もちろん今すぐクエストに出発するわけにもいくまい。
特に口を挟まず千夏君は黙って私の話を聞いてくれた。
そして――
『……とりあえず、後30~40分くらいで部活が終わりっす。で、その後着替えとかして……1時間後くらい? には余裕が出来るんで、そこで改めてってことで。
そこで俺たちがどうするか決めましょう』
”で、でも……”
一刻を争う事態なのかもしれない。というよりはむしろもう手遅れになりかけているかもしれないというのだ。
千夏君に事情があるのはわかるけれどもここで『待つ』というのは、なかなか辛い選択肢である。
『あー、大丈夫っすよ。まだありんこもお嬢もクエストに挑んでる最中なんすよね? あの二人と……後、美藤妹の妹なら今まで大丈夫だったんなら、もうしばらくは大丈夫だと思います』
”う……確かに……”
慌てる私の内心を見透かしてか、千夏君はそう言って宥めてくる。
……情けない。確かに彼の言う通りだ。
こう言っては何だけど、最低1時間以上ありすたちはクエストに挑んでいる状態なのだ。ここまで長丁場なクエストであれば、そう簡単に状況は動かないとは思う――じり貧に陥ってじわじわ削られていて……となると話は別だがそこまでは外から見て判断できないし……。
”――わかった。千夏君、部活が終わって余裕が出来たら連絡して。で、その後に今後のことを決めよう”
『了解っす。
……こりゃあ、今日の午後はアンジェリカのことはキャンセルになりそうっすね』
”だねぇ……”
千夏君と謎のクエストに向かって即解決するなら問題はないけど……ありすと桃香、美々香の三人が使い魔なしとは言え参加している状況で長丁場になっている以上、そんなあっさり片が付くとは到底思えないしね。
辛いけど今は我慢の時だ。
トンコツに事情を説明した後一旦マイルームから退出、今度はあやめに事情を説明する。
その後は……もしかしたら三人が目覚めないか様子を見つつ、千夏君からの連絡を待つこととなった……。




