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5-20. Welcome to the horror show

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 その日、誰からともなく今日は解散せずに一緒に過ごそう、という流れとなった。

 ありすと美々香は自分の親へと連絡――少し怒られたものの桃香の家に泊まるという了承は得られた。桃香の家はむしろ歓迎であったが。

 一度家に帰って荷物を持ってくるか? とも相談したのだが、三人のいずれも今は一人になりたくない、という思いがありそのまま泊まることとなった。着替え等を気にすることも出来ないほど、『幽霊団地』での恐怖が染みついている。

 幸い桃香の家には予備の着替えがあったので、それを使わせてもらうことになる。




 そして時は過ぎ、就寝の時間がやって来た。

 流石に三人は狭いだろうから、とあやめが持ってきてくれた布団だが……。


「き、今日くらいは皆で一緒に寝たいんです!」


 と強硬に主張する桃香とそれに同意するありすと美々香の勢いに押され、ベッドがあるにも関わらず三組の布団が桃香の部屋へと並べられている。


「はぁ……まぁいいですが。

 それではおやすみなさいませ。私は少し野暮用がありますので、今日は自宅の方にいますので」


 そう言い残しあやめも去って行った。

 あやめが桜邸にいないというのは想定外の事態ではあったが、深夜には桃香の両親も帰ってくるだろう。尚、桃香の兄は今日は泊まりでどこかに遊びに行っているらしく不在である。

 つまり、今桜邸には小学生三人しかいないということになるのだ。

 尤も、防犯という意味では軍の駐屯地の一角にある桜邸はかなり安全な方ともいえるし、あやめにしても建物内部が繋がっている上に内線で連絡することも出来る。問題はない……はずだ。

 だというのに三人は不安が止まらない。

 その理由は――やはり『幽霊団地』で()()()()によるのだろう。

 大量の巨大な蟲も気持ちが悪いというのはある――ありすも多少は虫は平気とは言っても、完全に大丈夫というわけではないのだ――だが、やはり蟲よりも悍ましいのは、あの『巫女の幽霊』の正体と思われる存在だ。

 もしも見た目が『人間っぽく見える』だけで全体的には『やっぱり蟲』だとわかるのであれば、ここまで気味悪さを感じることはなかったろう。

 だが、あの『巫女の幽霊』はそうではない。『人間っぽく見え』、そして各パーツ自体もやはり人間と同じものであるにもかかわらず、『各パーツの配置が蟲のそれ』であるところが不気味なのだ。

 表現の方法として生理的嫌悪を齎す怪物(クリーチャー)を造形するに当たり、意図的に人体のパーツを()()()配置するというものがある。例えば人間の『歯』をずらりと並べただけの怪物の口や、目玉を模様とする等だ。

 『巫女の幽霊』は正にそれに当たる。特にインパクトが強いのが、顔面に並べられた歪な配置の六つの目だろう。


「……も、もっと近くに寄って寝ませんか……?」


 既に消灯済みの部屋で、布団に包まりつつも尚不安は消えないという桃香がそう提案する。

 ちなみに配置としては、ありす、桃香、美々香の順だ。


「……そ、そーだね……」

「ん……異議なし」


 桃香の提案に二人も頷き中央の桃香の布団へと体を寄せる。

 ――それでも不安が消えない。

 目を閉じると、あの不気味な六つの目が瞼の裏に浮かんできてしまう。

 まるで『幽霊団地』から抜け出した『巫女の幽霊』が間近で見つめてきているような気がするのだ――実際にそんなことがあるはずがない、と思いつつも……。


「……明日、ラビさんにお願いしてクエスト行こう」

「そ、そうですわね……」


 『ゲーム』に関連しているのは間違いない、と三人の中では一致してはいたものの、今日はクエストへと行く気になれなかった。

 単純に気持ちの悪いものを目撃して気分が悪かったというのもあるが、それよりもラビとあやめの言いつけを破って三人だけで『幽霊団地』へと近づいたことが後ろめたかったためだ。

 とはいえそんなことも言っていられない。

 怒られることは覚悟の上で、ありすと桃香は正直にラビに話して該当のクエストを探してもらおうと決意した。

 ――ジュリエッタとアンジェリカの件はあるものの、現実世界へ侵蝕してくるモンスターの方がこの場合は優先だろう。流石にラビも渋るまい。


「あたしも、明日師匠に聞いてみる」


 美々香もまたトンコツへとクエストを探してもらうように頼むつもりだ。

 『幽霊団地』の様子を見るに、敵はおそらく大群であるはず。となると、ラビだけ、あるいはトンコツだけというのは厳しい戦いになると予想される。

 ここは協力して事に当たるべきだ、と三人の意見は一致した。


「……寝ましょうか……」

「ん……」


 もう普段の就寝時間はとうに過ぎている。

 恐怖はあるが、それ以上に眠気が勝って来た。


「ふわぁ……そうだね……おやすみぃ……」

「ん、おやすみ」

「おやすみなさい……」


 そして三人は今度こそ眠る――あの『巫女の幽霊』の顔を夢の中でまで見ないように祈りながら――




*  *  *  *  *




 さてと、今日はありすは桃香の家に泊まるっていうことだし……いつものようにこそこそとする必要もない。

 堂々と私は『作業部屋』へと入っていく。




 今更だけど、恋墨家の二階にはありすの部屋だけがあるわけではない。

 ありすの部屋の隣に、実はもう一部屋存在しているのだ。

 今は誰も使っていない空き部屋なのだが――もしかしたら本当はもう一人子供を作る予定があったのかもしれない。流石に詳しい事情を尋ねるわけにもいかないので知らないけど――美奈子さんの許可を得て、私の『作業部屋』として使わせてもらっている。

 いつもはありすが眠った後にこっそり抜け出し、朝起きる前にまたこっそり戻る……ということをしていたのだけど、今日はありすはいないしこそこそする必要はない。堂々と作業部屋へと入る。


”後一週間かー……まぁ、間に合う、かな?”


 昼間もあやめと話していたが、()()は残り一週間しかない。

 あやめの方も放置できないしアンジェリカの件もある。

 そして何よりありすと桃香のことも……。

 ……何度も思うけど、ほんと課題が山盛りだ。


”うん、よし! 今日で()()()は終わらせるくらいのつもりでやっちゃおう!”


 一つずつ解決していくしかないことは変わりない。

 だったら、片づけやすいところから片づけて行こう。

 今夜は時間がたっぷりある。ありすも泊まりということは朝一で帰ってくるわけじゃないだろうし、昼ぐらいまでは時間に余裕はあるだろう。

 ――あ、そういえば明日は『マスカレイダー フィオーレ』の放送日だ。ありす、ビデオの録画予約してたっけ? 忘れてたら何だし、録画予約は確認しておこう……まぁ私も作業してて見る暇ないだろうし。

 まずは()()()()を今日中に終わらせる――仮に終わらなくてもあとちょっと、ってところまで進める――で、明日はヨームたちとの件もあるけど、その前にありすたちとしっかりと話しておきたい。

 後のことは……もうちょっとアンジェリカの件の目途が付いたら考えよう。


”よーし、やるぞー!”


 自分を鼓舞するように声を上げ、私は徹夜での作業に挑む……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「ん……ここ、どこ……?」


 ありすが意識を取り戻した時、自分がどこにいるのかが全くわからない状態だった。

 桃香の部屋で布団に入り、皆で揃って寝たところまでは覚えているのだが、そこから先がわからない。

 普通に考えればそこで眠ったのだろうが――

 辺りを見渡してみると、薄暗く視界は非常に悪いものの、そこが『ドーム』状の何かに囲まれた場所であるとわかる。

 天は何かに覆われ空は見えないが、ところどころで薄らと何やら光が瞬いており地上を照らしている。

 地上は苔のようなもので覆われているが鉄やコンクリートなどではなく、普通の土の感触だ。

 周辺には崩れた建物らしき残骸や朽ち果てた植物が転がり、それらもやはり苔等で覆われている。だが、よく見ると苔以外にも何か『膜』のようなものにも覆われていることがわかった。


「……夢……?」


 ぼんやりとした頭でこれが夢なのではないか、と考える。

 以前にも何か似たような夢を見たことを思い出すが……。

 がさっ、がさっと周囲で何かが動く音が聞こえる。


「……誰?」


 声を掛けてみるものの返事はなく、代わりに何かが動く音が四方八方から聞こえ始める。

 事ここに至り、ありすはこれが夢かどうかはともかく、何か危険が迫っていることに気付く。


「――っ!?」


 やがて音が間近に迫ったところで、音の正体がわかった。

 ――それは、巨大な『芋虫』であった。

 高さだけで言えばありすの膝程度までしかないが、それだけでどれだけ巨大な蟲なのかはわかるだろう。

 色は白一色。『芋虫』や『毛虫』というよりは『蚕』がそのまま巨大化したように見える。

 それがあちらこちらからありすへと向かって這いずってきているのだ。


「……まさか……?」


 ありすはあることに思い至る。

 そして――


「……エクストランス!!」


 まだ半分眠っているかのような半端な意識を無理矢理覚醒へと引き戻し――自らを変身させるためのキーワードを叫ぶ。


「……お、変身できた」


 ありすの身体が光に包まれた一瞬後、そこには白い魔法少女アリスの姿が現れた。

 夢の中でなら自由に変身は出来るかもしれない。

 しかし、アリスはこれをもう『夢』だとは思っていなかった。


「わけわかんねー……ここ、()()()()()()じゃねぇか!?」


 手に持つ『(ザ・ロッド)』の感触も、頭の中に思い浮かぶ魔法の数々も、慣れ親しんだクエスト内でのものに相違ない。

 唯一違いがあるとすれば、彼女のすぐ傍に必ずいるはずの存在がいない、ということだ。


 ――何となくわかる……()()に使い魔殿はいない……。


 『ゲーム』の機能としてユニットと使い魔の間に特別な感知能力があるわけではない。

 しかし、アリスはなぜかそうだと感じたのだ。

 以前『嵐の支配者』との戦いの時に、ラビとヴィヴィアンが敵に飲み込まれて遠隔通話も何も出来なくなった時と同じだ、と直感でわかる。

 ここにラビはいない。しかし、なぜかクエストの中へとアリスはやってきている。

 わかることはこれだけだ。そして、それも確実なわけではない。


「……ふん、上等だ」


 地面を這いずる『芋虫』の音だけではない。

 ぶーん、ぶーん、と耳障りな羽音も聞こえてきた。

 どうやら敵の大群がアリスへと向かって来ているらしい。

 レーダーがないので数は不明だが、音から判断するに言葉通りの『大群』だというのだけはわかる。

 ラビもヴィヴィアンも、もちろんジュリエッタも近くには姿は見えない。

 たった一人でどれほどの大群を相手にしなければならないのか……にも関わらず、アリスはいつものように狂暴な笑みを浮かべ『杖』を構える。


「これがクエストだってーんなら、クリアしてやるだけだ!」


 アリスは叫び、一人敵の大群へと向かって行った……。




 ――これがアリスたちを襲う最大の危機――『冥界』との戦いの幕明けとなるのである。


小野山です。

第5章の第1節はこれにて終了です。

次話から本格的なクエスト――『冥界』攻略へと移ります。

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