5-13. 復讐戦 8. ラビの戦闘講座二コマ目
「約束守ってください!」
「むー、殿様、アドバイスー……」
対戦フィールドへと入るなり、ちびっ子二人に纏わりつかれる私。
あー、そっか……そういえば二人にそれぞれ約束してたっけ……。
二人は私にそれぞれ詰め寄り、そして互いに睨み合う。
「あ、あなたにアドバイスなんて要らないじゃないですか!」
「……殿様はジュリエッタの殿様。アンジェリカの殿様じゃない……」
……何だこの状況。
「ははっ、モテモテじゃないか、使い魔殿」
「誇らしく思う反面、複雑な気持ちでございます」
完全に傍観者モードのアリスとヴィヴィアン。ダメだ、頼りにならん!
うーむ、仕方がない……。
”はいはい、二人とも落ち着いて”
私が自分で言ったことだ。何とか二人を満足させる言葉を捻りだそう。
二人がにらみ合うのを止めこちらへと視線を向ける。
……考えろー、考えろー。必死に考えろー。
”……うん、よし”
考えた。私、頑張った!
戦闘の時よりも頭を使ったかもしれないけど、意外といい『答え』が見つかったと思う。
”ちゃんと二人にアドバイスするから喧嘩しないの”
「……わかりました」
「……むー、わかった」
よしよし。二人とも聞き分けが良くて何より。
ジュリエッタにしても、アンジェリカにだけアドバイスをして自分にはしてくれない、というのが不満なだけで別にアドバイス自体は構わないのだろう。
さて、じゃあしっかりと『アドバイス』をするとしましょうか。
”えーっと、まずアンジェリカちゃんの方ね”
「はい! ジュリエッタの弱点を教えてください!」
……本人目の前にしてよくもまぁはっきりと……いや、いいか。
ジュリエッタの表情が流石にピクリと動く。自分の弱点を自分の使い魔から他のユニットに教えられる、というのはいい気分ではあるまい。
でも話さないわけにはいかない。アンジェリカとの約束を守るため、というのはもちろんあるのだけど、ジュリエッタへのアドバイスにもこれは関連していることなのだから。
”ジュリエッタの弱点だけど――”
「……」
ごくり、と二人がそれぞれ違った方向でだが期待を込めているのがわかる。
”弱点は、ない”
「……はい?」
うん、期待させといてなんだけど、そうなんだ。
これは私がジュリエッタを――敵として戦っていた頃も含めて――見ていて、能力や本人の戦闘力を加味して色々と分析した結果に出した結論である。
ぶっちゃけ、ジュリエッタには言葉通り『弱点』は存在しない。敢えて言うなら超遠距離から延々と狙撃され続けるのは辛いかな、という程度だ。
というのもまず持っている魔法が強い。効果そのものが強いというのもあるけど、とにかくアリスやヴィヴィアンとは違った方向で汎用性が高い。
変幻自在に自分の姿を変え、かつモンスターの特殊能力までコピーするメタモルに、瞬間的ではあるがステータスを強化したり攻撃に属性を付与できるライズ。モンスターだけではなく他のユニットや障害物にまで完璧に化けることで相手を幻惑するディスガイズ、と実に便利な魔法が揃っている。ギフトに関してはユニットの対戦に効果を及ぼすことはないので除外――まぁ効果がないということは使いどころに悩む必要がない、ということでもあるが。
これに加えて、体力こそ低めなものの近接戦闘に非常に有利となるステータスの高さもある。
更には魔法を使わないでも素の格闘能力が高いときた。
正直、これと戦う相手に同情してしまうくらいだ――まぁ実際に私たちも戦った時は散々苦戦させられたし。
「だ、騙したんですか!?」
私の言う通りに戦ったらジュリエッタの弱点を教えてもらえる、と思っていたアンジェリカは裏切られたと思って激高しかける。
……あの時、私はジュリエッタの弱点を教えるとは言ってないんだけどなぁ……『対ジュリエッタ戦で役に立つことを教える』とは言ったんだけど。
まぁ騙されたと思われるのも何だし、私は話を続ける。
”まぁまぁ、話はここから。
――確かに弱点はないんだけど、だからと言って『無敵』というわけじゃない”
「……」
変わらず疑いの視線を向けてくるが、構わない。
”ジュリエッタの持っている魔法に格闘能力を考えれば、君たちが近づいて戦うっていうのは分が悪すぎる。
凛風ちゃんのシフトで抑え込めるかもしれないけど、知っての通り時間がかかるからなかなか難しいでしょう”
シフトで最大までギアを上げれば、もしかしたらステータスの暴力で抑え込むことは出来るかもしれない。
……まぁ私の見立てでは、今のところギアを上げ切る前にジュリエッタにやられると思うけど。彼女の魔法、とにかく時間がかかるというのが欠点だ。まぁ、その分強化量と持続時間に比べて魔力消費量が低めという利点もあるんだけど。
”だから、ジュリエッタと戦う時の方針は大きく分けて二つある”
「む……」
おっと、ジュリエッタ自身も興味深々のご様子。まぁ自分のことを話されているのだから興味がわかないわけもないか。
”まず一つは、遠距離攻撃をメインにすること。ジュリエッタも一応離れた位置に対して攻撃することは出来るけど、あくまで『出来る』というだけでそこまで得意というわけじゃない。
試したことはないけどヴィヴィアン辺りの召喚獣を遠距離から連発されて、ヴィヴィアン自身が《ペガサス》で逃げ回るとかすると結構辛いんじゃないかな”
今後の【捕食者】次第ではあるんだけどね。まぁ今のところ強力な遠距離攻撃特化のモンスターは出てきたことないし、すぐにジュリエッタがそういう能力を獲得できる見込みはないけど。
現時点では火龍とかのブレスを真似してみるくらいか。竜巻触手は実は射程はそこまで長くない。せいぜいが中距離攻撃といったところだろう。
だからジュリエッタは基本的には相手へと近づいて攻撃を仕掛けることを目指すことになる。で、相手は近距離戦特化のジュリエッタに近づかれないように距離を保ちつつ攻撃を仕掛ける必要がある。
”とはいっても、ジュリエッタは結構素早いしライズでスピードを強化したり、ディスガイズで姿を隠して近づいてくる可能性もある。単純に離れるようにすればいいってわけでもない”
「それじゃ、どうすればいいんですか?」
お、ちょっとは聞く耳持ってくれるようになったかな。
”うん。それが二つ目の方針。ジュリエッタと正攻法で渡り合えるようになる、だね”
「ジュリエッタと……」
「正攻法……」
難しいことはわかっているけど、ジュリエッタに勝とうとするなら避けては通れない道なのだ。
実際にアリスたちと戦った時も数の暴力というのもあったが、結局のところ真正面からジュリエッタを打ち倒す必要があった。まぁ、《邪竜鎧甲》だの《ベルゼルガー》だの使ってようやく互角になったものの、《狂傀形態》を使われたらひっくり返されてしまうため難しすぎる問題なんだけど。
とにかく接近戦でジュリエッタに瞬殺されない程度には鍛えないとお話にならない。
”殴り合いで勝つ必要はないけど、殴り合いになったらあっさり負けました、じゃどうしようもないからね。
基本的には距離を取って攻撃をするように心がけて、ジュリエッタに近づかれても瞬殺されないように迎撃、そしてまた距離を取る……これがアンジェリカちゃんたちがジュリエッタと戦えるようになる方法かな”
前回、前々回のアンジェリカたちの戦い方を見て色々と言いたいことはあったのだが、その中でも一番気になったのは彼女たちの戦い方には大分無駄があったということだ。
各々が得意なことをしようとしてはいるのだけど連携が全く取れていないし、相手に対して何も考えずに突っ込んでいるようにしか見えなかった――特にアンジェリカが。
相手が格下、または同格であれば数で勝っている方がごり押しで勝てないわけではない。対モンスター戦であれば結構何とかなったと思う。
ただ今回は相手が悪すぎる。ジュリエッタは以前も『EJ団』全員を同時に相手にしてそれを下すくらいなのだから、当然アンジェリカたちよりもずっと格上の相手なのだ。
そんな相手に何も考えずにごり押しをしたって勝てるわけがない。
というわけで、私からアンジェリカへの『ジュリエッタ戦で役に立つこと』とは、今後の方針についてだ。
私の言うことが絶対正しいというわけではないけど、そう的外れな意見ではないはず。
……まぁ、これですぐにアンジェリカたちがジュリエッタといい勝負が出来るようになるとも思えないけど、少なくとも回数を重ねて試行錯誤していけば瞬殺されるということはなくなるはずだ。
”今日のところはアンジェリカちゃんだけだけど、後で凛風ちゃんやフォルテとも良く相談してみて。
んで、ジュリエッタの方だけど――”
「……うん、大丈夫。今のでわかった」
察しが良くて助かる。
今のアンジェリカへのアドバイス、そっくりそのままジュリエッタへのアドバイスにもなっていたのだ。
対ジュリエッタ戦で有効な戦法は裏を返せばジュリエッタがいかにそれに対策するかということに繋がっている。
……千夏君、結構鋭いのでそれは聞いててわかったみたいだ。
”近づくことを考えるか、遠距離攻撃に対応するかはジュリエッタに任せるよ。色々考えてみて”
「うん」
正直なところジュリエッタは持っている魔法の性質上、どんな進化を遂げるか未知数な部分が多い。それに本人の戦闘に関する思考が優れている。
今後の進化を含め、下手に私が口を出すよりはジュリエッタに任せた方がいいだろう。
”それじゃ、後は実戦でってことで。
そろそろ対戦を開始しようか”
「……はい」
「わかった」
ふぅ、どうやら二人とも納得してくれたようだ。
……口八丁で誤魔化した感は拭えないけど……。




