4-45. 恋するJCは切なくて以下略(前編)
「で? 二人はどういう関係なんだっけ?」
氷点下まで下がった冷たい声音に、『誤魔化してもわかんだかんね?』と言わんばかりに圧の籠った視線でそう言う彼女に対し、並んで座っているありすと千夏君がびくりと身を竦ませる。
彼女――美鈴はどうも本気で怒っている? ように思える。ぬいぐるみのフリをしている私にまでその圧が及んでいるように思えるのは勘違いではないだろう。
何でこんなことに……?
* * * * *
千夏君が私のユニットとして加わった週の週末――日曜日の午後。
私、ありす、千夏君の三名でいつものマックスフーズに集まっていた。
話をするだけならマイルームででも遠隔通話でも出来るのだけど、私としてはやっぱり直接顔を合わせておくことは必要だと思ったのでマックに集まることとしたのだ。
幸い、ありすも千夏君も直接顔を合わせることに異存はなく、むしろ顔合わせは必要だろうと積極的に同意してくれた。
……桃香だけは渋ってはいたものの。ちなみに今日に関してはへそを曲げて参加しない、というわけではなく家の方でどうしても外せない用事があるということで不参加なだけである。
「これを機に、なつ兄もドラハンやるべき」
「あー……まぁ考えておくわ」
周りに疑われにくいように携帯ゲーム機を持ちつつの話だ。
そこでありすがドラハンをやろうとしたのだが、千夏君はゲーム機は持っているもののドラハンはやっていないということが判明した。私の周りではありすを筆頭に女子がやっているためついつい忘れがちだが、ドラハンはどちらかと言えば男子向けだし、対象年齢ももう少し高めのゲームだ。中学生男子くらいだとやっていてもおかしくはないけど、全員が全員やっているとは限らないか。
……ほんの数日前までは敵同士だったにもかかわらず、まるでそんなことなどなかったかのようにありすは千夏君に馴染んでいる。
普段の言葉数が少ないから一見コミュ症っぽい印象があるけど、ありすは意外と順応力が高い。人見知りはあまりしない子のようだ。
千夏君の方も最初こそぎこちなかったものの、今は普通にありすと喋れるようになっている。
「あ、俺、小学生の兄弟がいるんで」
とのことだ。ありすよりは少し年上らしいけど、同じ小学生の兄弟がいるのであまり大きな違和感がなかったのだろう。特にありすは見た目はともかく中身がやや男子寄りの好みだし、千夏君としては話しやすいのだろう。
ともかく、二人はゲームをしているフリをしつつ、色々と話をしている。私は声を出せないので二人には遠隔通話で話かけているが。
主に話は千夏君自身の事情についての説明となった。
小学生と違って中学生だ、部活や学校の期末試験なんかもある。クエストに一緒に行ける機会というのはそこまで多くないのだという。
平日は放課後に部活、土日も毎週ではないけど部活もある――今日も午前中は部活をし、午後から時間が出来るというので集まれたのだ――上に、彼は学習塾にも通っている。塾は週四日だそうで、塾のある日は流石にクエストに挑む余裕はない。
クラウザーの時はどうしてたのかというと、塾が終わって帰宅してからクエストに挑んでいたらしい。そうなると夜の九時を過ぎてしまうことが多くなるので、私たちの場合は無しだ。それは彼も納得してくれた……まぁ千夏君一人でクエストに行くという手もあるんだけど、そうするとありすの機嫌が急降下してしまうし素直に寝てくれなくなりそうだしね……。
そんなこんなで千夏君と会話すること一時間弱……。彼自身の話も聞いたし、私たちの事情についてもある程度説明していたらそれなりの時間が過ぎてしまった。
……私が異世界から生まれ変わった、という点については、
『異世界転生したのに無双できないって、何か詰まんないっすね』
と悪気なく言われ、受け流されてしまった。
無双はしてるよ? アリスの方が。
「……千夏ちゃん? ……ありす!?」
時刻は午後四時くらい。そろそろ帰って『ゲーム』でもしようか、と言ったところで私たちに意外な人物が声をかけてきた。
「うげ、ホーリー」
「……すず姉?」
まさかの美鈴の登場である。鞄を持っているところを見ると、テスト勉強をしようとでも思って来たのかもしれない――今が11月の末なので、中学校では来週か再来週あたりからは期末試験だろうし。
まぁ彼女も桃園台在住だし、この付近で軽く飲み食いしつつ勉強出来るようなお店はこのマックしかないから、こうなる可能性は高かったか。今更だけど。
美鈴は驚いたようにありすと千夏君の顔を交互に見ている。
……そりゃそうだ。『ゲーム』のことを知らなければ、全く接点なさそうな二人だし……。知らない人が見たら、まぁ兄妹と思ってくれるかもしれないけど。
「……何で二人が一緒にいるの?」
――一瞬、もの凄い形相になったような気がする……。しかも、ちらっと私にも視線を向けたような……。
こ、これは、何か拙いことが起きている予感がひしひしと……。
美鈴が(暫定)ケイオス・ロアとして『ゲーム』に復帰しているということをありすは知らない。なので、私が間に入って話すのも厳しい。
どう誤魔化せばいいんだ、これ……?
* * * * *
四人席に移動させられ、ありすと千夏君(それとついでに私)が隣り合わせに、向かいの席に美鈴が座る。
……で、冒頭のセリフというわけだ。
何だろう、この……何て言うか、『浮気を問い詰められている』的な空気は。それだとありすが間女になっちゃうけど。
『”な、何とか誤魔化して、二人とも!”』
とりあえずこの場をうまく切り抜けられるかは二人にかかっている。適宜遠隔通話で補助くらいは出来るけど、基本的には会話する二人に任せるしかない。
『ん……わかった』
『えー……?』
微妙に不安は残るが仕方ない。
「……知り合いだよ、知り合い」
かなり投げやりな態度でぞんざいに言い放つ千夏君。
……あ、それダメなやつだ。
私の懸念通り、ひくっ、と美鈴の口元が一瞬ひきつる。
「だ・か・ら! どういう知り合いかって聞いてんの!」
「うるせーな! おめーには関係ねーだろ!」
思わず大きな声を出してしまった美鈴に対して、千夏君も怒鳴り返す。
『”ちょっと! 千夏君!”』
このままだと拙い。
二人が大声を上げたのに反応して、ありすがびくっと身を竦ませている。
私の声を聞いてありすの様子に気付いた千夏君が「しまった」と言ったように顔を顰め――
「……ネットゲーで知り合ったんだよ。たまたま同じ町に住んでるって知って……あれだ、オフ会ってやつだ」
少しクールダウンしてくれたようだ。
美鈴もありすに気付き、こちらも少し落ち着きを取り戻してくれている。
「ご、ごめんね、ありす。大きな声出しちゃって……」
「ん……すず姉、ごめんなさい……」
しょんぼりした様子でありすが謝るが……。
「い、いやありすに怒ってるわけじゃなくて……あたしが悪かったわ。ごめん」
……うーむ……。
ここまで冷静さを失う美鈴も初めて見たかも。敢えて言うなら、前にあやめと偶然遭遇した時くらいか――あれも取り乱したりしたわけではないけど。
「はぁ……。
そういやお前もちびっ子と知り合いなんだっけか」
「う、うん……あたしたちもゲーム繋がりで……」
どうしようもなくなってきた空気を入れ替えようと、千夏君が話題を変えようとする。
美鈴もこれ以上追求しようとすると泥沼にはまるとわかっているのか、一旦千夏君の説明で納得したようだ。また別の機会に追求されそうな気もするが、まぁありすのいないところで存分にやっていただきたい。
「すず姉となつ兄は――恋人なの? だからすず姉はわたしのこと怒った……?」
――と、ありすが爆弾を放り込む。
あー……そっか。なるほど。そういうこと?
まぁ中学生ともなれば、誰それが付き合ってるとか付き合ってないとか、そういう話も出てくる年ごろだよねぇ。
ありす自身は今のところは全く恋愛について興味も関心もないようだけど、こちらも来年は小学校高学年だ。ませた子なんかもいるだろうし多少の知識はあるか。
「え!? え……!? い、いやありすに対して怒ってなんかないわよ!?」
本当にありすに対して思うところがないのかどうかはわからないけど、慌てて美鈴は弁明する。
……ただ、ちょっとだけ顔が嬉しそうに緩んでいるのと顔が赤くなっているけど……。
対して千夏君はというと、何だか嫌そうな顔をしている。
「は? 俺とホーリーが付き合うとか……ないわー」
意外。どうも千夏君は美鈴のことを異性として全く見てないっぽい。
うーん、美鈴は私の眼から見てもかなりの美人だし、性格だって別に悪いわけではないと思うんだけど……。
千夏君の言葉を受けて、今度は美鈴がしょんぼりと肩を落とす。
……これは、もしかしてアレか? 美鈴は千夏君のことが好き、でも千夏君は全く相手にしてない、とかそういう感じなのかな……?
と、ふと思い出した。
そういえばさっき美鈴が私たちに声をかけてきた時に、千夏君のことを「ちっかちゃん」と呼んでいたな。
そして、以前ありすとよく話をしていた頃に彼女が話題に上げていたのも「ちっかちゃん」だったはず。
当時は「ちっかちゃん」が女の子だとばっかり思ってたけど……あ、そういうこと?
「んー……?」
じゃあ二人の関係は一体何なのか、とありすが首を傾げる。果たして彼女は千夏君=「ちっかちゃん」だと気づいているのかどうか……。
「えーっと……あたしたちは――」
「腐れ縁だ。昔っからの」
何か言おうとした美鈴の言葉を遮り千夏君がばっさりと切り捨てる。
そうか。千夏君も桃園台南小の出身か。で、美鈴と小学校のころから同じクラスだったとかかな。更に言えば、確か二人とも桃園でやってる『剣心会』にも通ってたし、今も同じ中学で剣道部に所属している。
腐れ縁と言えばそうなんだけど……そうばっさり言っちゃうのも美鈴が可哀想な気もする。
「ん、そっか……」
ありすは納得した、というように頷いた。いや、納得しちゃったら美鈴が可哀想なんだけど……まぁいいか。




