4-43. 後始末 ~ジュリエッタ
「ほんと、迷惑かけてすんませんっしたー!!」
――何とも美事な土下座である。発言は軽いけど。
場所はマイルーム。ありすと桃香も変身を解いた状態だ。
壁に架けられたウィンドウの向こう側には、トンコツ、美々香、和芽ちゃんの姿もある。
とりあえず千夏君の自己紹介自体はもう終わっているし、改めて状況を説明し終わったところでこの土下座である。
まぁ……暴走した挙句に命の危機に陥って、それを『敵』だった私たちに助けてもらったのだ。そのことについて素直に頭を下げられるということを考えると、どうも彼はクラウザーに自分の意思で従ってはいたものの、ヤツのような『悪者』というわけではないみたいだ。
その後、彼について色々と話を聞いてみた――彼自身のことも気になるし、何よりクラウザーのことについて情報が得られれば儲けものだ。
* * * * *
蛮堂千夏。実畑中学校2年、14歳。剣道部部長。魔法少女時の名前はジュリエッタ。
クラウザーとの出会いは意外なことに本当に最近で、『嵐の支配者』戦の少し前だという。
……信じられないことに、彼は初期ステータスのままずっと戦っていたのだ。密林遺跡で私たちと戦った時も、その後の『EJ団』との戦いもそうだったのだとか。
密林遺跡の時に桃香がジュリエッタの体力が低い気がした、と言っていたけど正にその通りだったのだ。そりゃ初期ステータスだったら《フェニックス》の直撃を受けたら一溜まりもないよね……。
クラウザーが私に背負わされた『借金』を返し終わったのは『EJ団』との戦いの後だという。使い魔プリンを倒したことで彼女の持っていたジェムやアイテムを取得し、ようやく借金返済が終わったとのことだ。
プリンさんの話が出たところでトンコツが苦々し気に息を吐いたが、特に何も言わなかった。彼も色々言いたいことはあるだろうけど、ちょっと待っていてもらいたい。
で、さっきの戦闘中に現れた謎のユニットについては何も知らず、現在クラウザーがどこにいるかもわからないそうだ――まぁクラウザーの居場所がわかったところで、闇討ちするわけでもなし私にはどうすることも出来ないんだけどさ。
”……大体わかったよ”
今後のクラウザーとの戦う上で役に立つ情報はなかったけど、それはまぁいい。
というよりも、おそらくクラウザーの本当の『切り札』は、あの謎のユニットの方だったんじゃないかと思う。そのためにジュリエッタを使って『借金』を減らし、私たちの現在の戦力の様子見をした……そしてあわよくばメガロマニアで叩き潰そうとした、そんなところじゃないかと思う。
実際、もしトンコツたちがいなければクラウザーの狙い通り、私たちは全滅していた可能性がある。全滅しないまでも千夏君の命が失われてしまい、それを忘れさせるためにありすたちを『ゲーム』から離脱させたという可能性もあった。
そんなことにならなくて何よりだったけど……うーん、この分だと次にクラウザーが仕掛けてきた時が怖いな……。
ま、今そんなことを考えても仕方ないか。
”そういえば、千夏君。何かやたらとアリスにこだわってたけど、何だったの、あれ?”
「う……」
そうそう、これだけが全く分からないんだった。
私のユニットとなったことだし、早々揉めることもないとは思うけど、変に遺恨を残しておきたくもない。
私の問いかけに対して、千夏君は気まずそうに口ごもる。
……そんなに話しづらい事情があるのだろうか。でも、ありすと千夏君は顔は見たことある程度の、知り合いとすら呼べないような間柄のはずだ。だというのに、やけに執着するという理由は気になる。
「うー……えっと……」
視線がうろうろと彷徨う。
……けど、よく見るとチラチラとディスプレイの向こう側を気にしているのがわかる。
もしかして、和芽ちゃんのことを気にしているのかな?
”えっと、和芽ちゃん、ちょっと耳塞いでいてもらっていい?”
千夏君と和芽ちゃんは知り合いだし、聞かれたくない事情があるのかもしれない。
だが、私の提案と同時に、千夏君は大きくため息を吐く。
「いえ……別にいいっす……話します……」
やがて意を決したかのような悲壮感溢れる表情で彼は語った。
「その……クラウザーからアリスが女子小学生だって聞いてて……」
尚も口調は重いままだったが……。
「俺、『嵐の支配者』の時にもクエストに参加してて……んで、アリスの戦いっぷりも見てて……」
私とヴィヴィアンが『嵐の支配者』に飲み込まれてアリスが孤軍奮闘していた時のことだろう。
後になって美々香から伝え聞いただけだが、あの時のアリスは本当に凄かったらしい。風竜なんて鎧袖一触で薙ぎ払い、竜巻の化身である巨大触手を一人で相手にしていたという。
その時のジュリエッタはまだ初期ステータスだし、そこまで無茶することは出来なかったのだろう――これも後で聞いたけど、それでも巨大触手を一本倒し、更にヴォルガノフも一匹倒しているというのだから相当すごいことだとは思うけど。
「……絶対に負けたくない、って思ってたんす……」
えーっと……。
”……それは、えーと、男子として女子には負けられない、とかそういう話?”
私の言葉に千夏君はがっくりと項垂れるように頷く。
「「「……くだらない」」」
ありす、桃香、美々香の女子小学生ズがばっさりと切り捨てた。
それを聞いて今度は本当にがっくりと項垂れてしまう千夏君。
……あー、うん……まぁ、彼女たちから見たらそうかもね……。
でも、千夏君が何思っていたのかはわからないでもないんだよね。千夏君くらいの年の男の子なら、そういう――何というか、女子に負けたくないって思う感情があっても全然おかしくないと思うんだよね。それに相手が同年代じゃなくて年下だというのだからなおさらか。
加えて比較しているのが勉強とかスポーツでもなく、対モンスター戦という現実には到底ありえないもので、しかもそれはどちらかというと『男子向き』の内容であって……。
……ごめん、理解はできないことはないんだけど、やっぱりくだらないや……。
『で、でもでも! 違うんですよ!』
と、どうしようもない感じになってしまった空気を払しょくするように発言したのは、意外にも和芽ちゃんであった。
『蛮堂先輩は、その……負けず嫌いで、えっと……えっと……』
必死に擁護しようとしているのはわかるんだけど、言葉が続かない。
負けず嫌いっていうのはわかるけどさ……。
「ん……なつ兄とわたしじゃ、キャリアが違う……」
無慈悲な連撃やめーや。
確かにありすと千夏君では『ゲーム』におけるキャリアが違う。二か月くらいの差とは言っても、その間に潜った修羅場の数は比較にならない。
それに、『ゲーム』は本人の身体能力とかは一切関係ない。本体の方の年齢や性別なんて何の影響も与えてないだろう――そりゃ、戦いに向かない性格とかは関係してくるかもしれないけど。
でもまぁ、千夏君がこのまま『ゲーム』を続けていけばありすとの差もどんどん埋まっていくんじゃないかなとは思う。実際、初期ステータスでも密林遺跡ではアリス・ヴィヴィアンの二人と互角に戦っていたし、ステータスをある程度成長させたであろうさっきまでの戦いでは四人がかりでようやく倒せたわけだし。
”……ま、まぁ、気にすることはないんじゃないかな……? ゲームの話なんだし”
「うぐ……」
ふ、フォローしづらい……。
それに、アリスはちょっと規格外というか色々と性能がおかしいしね……。
『わ、私知ってます! 蛮堂先輩が一人で頑張って、実畑中の剣道部を建て直したって!』
「……まぁ、それでも地区大会万年三位なんだけどな……」
『はわわわ……』
一生懸命フォローしようとする和芽ちゃんだったけど、あんまりフォローになってないみたいだ。
……うーん、まぁ彼がどうしようもない『悪人』ではないってことは伝わってくるんだけどね。
…………悩ましいな……彼がクラウザーと同じように、わかりやすい『敵』であればこんなに悩むことはなかったんだけど……。
『”……んで、結局どうするんだ、ラビ”』
このまま千夏君の精神的処刑を続けていても仕方ない。
沈黙を保っていたトンコツが話を進めようとする。
……そう、これからが本番なのだ。
「迷うことなんてありませんわ。元々、この方の命が危ないということで一時的にユニットにしただけなのですから、もう解除してもいいのではないですか?」
トンコツの言葉が何を意味しているのかはわかっているのだろう。桃香は迷うことなく断ずる。
これが、私の悩みなのだ。
すなわち、千夏君をこの後どうするのか?
桃香の言う通り、私が千夏君を自分のユニットとしたのはあくまで緊急避難としてだ。千夏君の命が助かったのであれば、別に解除しても問題ないと思う――『ゲーム』に関する記憶を失うだけ、という話だし。美鈴のように状況がよくわからないけど復活してくるという可能性はゼロではないけど、トンコツ曰く普通はありえないみたいだし……。
”うーん……”
正直、私はどちらでもいい。
戦力として見るのであれば、ジュリエッタは相当魅力的だ。今後のクラウザーとの戦いだけでなく、『ゲーム』クリアのためにも活躍してくれるだろうと確信できる。
反面、感情的にはどうかと言われると……私自身はプリンさんのことは全く知らないし、彼が本当に『人殺し』をしたわけでもない。正直なところ私自身の感情としては特に思うことはない。
問題なのは私のフレンドであるトンコツの方だ。
トンコツとプリンさんは『EJ団』での仲間だったというし、色々と思うところはあるだろう。それに、プリンさんのユニットのうち一人は生き残り、ヨームとかいう使い魔のユニットとなっているとか。
……所詮ゲームだ。そこまで深く考える必要はない、と言う気はない。この『ゲーム』の裏側にどんな事情が隠されているのかわからない私が迂闊に発言は出来ないだろう。
「ほんと、迷惑かけてすんませんっしたー!!」
――と、ここで千夏君が勢い良く土下座し、話は冒頭へと戻るのだった。




