4-42. ロメオがジュリエッタ
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とにもかくにも、ジュリエッタ本体と思しき『少年』は救出出来たのだ。
腐肉の山をこのまま置いておく必要もない。
アリスが炎の魔法で腐肉を焼き払おうとしたのだが……。
「うぎゃー!?」
「より酷くなったにゃー!?」
炎に巻かれたせいなのかなんなのか、悪臭がより広範囲に広がるという悲惨な状況となってしまった。
こんな場所で話なんてしていられない、ということで未だ目の覚めない少年を抱えたまま、一旦私たちはその場から離れる。
……運ぶ時も少年に臭いが染みついているのか、ものすごく悪臭に苦しめられたが……。とりあえず《ペガサス》に載せて運んでもらった。流石に《ペガサス》なら臭いは大丈夫だろうと思ったけど、何か微妙に嫌がっていたように見えたのは気のせいだろうか……?
「……サモン《ウンディーネ》」
腐肉の山から相当離れた、見晴らしのいい場所でようやく腰を落ち着けた私たち。
まずは少年の眼を覚まさせて話をしたい。
……と言ったところで、ヴィヴィアンが新しい召喚獣を呼び出す。
人間の膝丈くらいまでの小さな人魚を模した、青いポリゴンのような召喚獣――水の精霊だ。
冷水を浴びせて目を覚まされるというだけではない。彼の身体に纏わりついている腐肉の滓とかを洗い流す目的もある――火山フィールドだから探せば温泉みたいなのもあるかもしれないけど、まぁ入ったら大火傷確実の源泉には流石に放り込めないか。
《ウンディーネ》召喚で気づいたけど、今のメンバーで『水』を出したり出来るのってヴィヴィアンくらいしかいないんだよね。アリスの魔法だとマジックマテリアルを液状にすることが出来ない。やろうと思ったら一度『氷』の塊を作ってそれを炎で溶かす……という面倒な作業になる。
ジェーンのアクションでも多分難しいだろうし、シャルロットの魔法でも無理だ。
「え、嘘……?」
そのシャルロットだが、少年の顔を見て呆然とし何事か呟いている。
ん……? もしかして見知った顔だったりするのかな?
「それでは《ウンディーネ》」
ヴィヴィアンの指示と共に、《ウンディーネ》から巨大な水の塊――水弾が発生し、倒れたままの少年へと容赦なく叩き込まれる。
……いや、ここはあんまり容赦なくしてほしくない場面なんだけど……まぁいいか。
「っ!? げほっ……」
お、目を覚ましたみたい。
まだ気分が悪いのか、何度かえづいていたけど、次第に意識がはっきりしてきたらしい。
ずぶ濡れのままキョロキョロと辺りを見回し……やっと私たちの存在に気付いた。
……ああ、うん、まぁ……まだ臭いが彼に残っていたし、ちょっと私たちは離れたところにいたんだよね……。
「……そうか、俺は……」
やっとさっきまでの戦いを思い出したようだ。ヴィヴィアンの《アングルボザ》の時もそうだったけど、もしかしたらメガロマニアになっていた時のことは覚えていないのかもしれない。
”ふむ……”
状況は呑み込めたようだが――否、呑み込めたが故にか、呆然としている少年を観察してみる。
何と言うか……特徴と言えるほどの特徴もない、至って普通の男の子、という感じだ。
短髪の黒髪に、きりっとした太い眉毛……美少年とは到底言い難いけど、健康的な「ザ・男子」と言える。
地面にへたり込んでいるので身長はよくわからないけど、そこまで高くもないし低くもなさそう。きっと部屋着なのだろう上下黒いジャージを着ている。
年齢は……中学生くらいかな? 小学生にしては少し大きい気もするし、高校生にしては幼く見える。
”えーっと……君がジュリエッタ、でいいんだよね?”
向こうが完全に状況を把握するまで待ってあげてもいいんだけど、向こうも向こうで話しづらいだろう――さっきまで死闘を演じていたわけだし――私の方から声をかける。
私の言葉に、彼は小さく頷き答える。
「……っす」
見た目の割にはしっかりとした太い声だった。やっぱり中学生くらいかな。
うーん、でも、そっかー……やっぱり彼がジュリエッタの正体だったのかー……。
まぁ実は魔法少女が男子でもありうる、ということ自体は知ってはいたんだけどね。前にヴィヴィアン捜索の時に色々な子を見ていた時、男子でもユニット選択可能な子がいたのを知っていたから。
実際に男子のユニットを見るのは今回が初めてだったけど……。
「……蛮堂、先輩……?」
恐る恐ると言ったように彼に声をかけたのはシャルロット。
……うん? もしかして知り合いだったりするのかな?
シャルロットに声をかけられ、怪訝そうに彼も視線を向ける。
「あ、この姿じゃわからないですよね……」
そう言うなりシャルロットは自らの意思で変身を解き、和芽ちゃんの姿に戻る。
「…………あ。美藤妹か!?」
最初誰かわからなかったのだろう、首を傾げていたものの、ようやく思い出したらしい。
美藤妹――って言うと美々香の方もそうなんだけど。そういえば和芽ちゃんの上にお兄さんがいるんだっけ。
「ぐあ……マジか……」
『あちゃー』と言わんばかりに顔を覆う少年。
って、知り合いなら話が早いか?
”えーっと、ごめんね。まず自己紹介と、それと状況の説明からね”
「……あ、すんません」
とっとと話を進めてしまおう。ジュリエッタが私のユニットとなったことで当面の危機は去ったものの、一応私たちはまだクエストにいるのだ。不測の事態が起きないとも限らない。
”私たちの方は……知ってるかな?”
「っす。クラウザーから一通りは――っつっても、本体の方はそこまで詳しくは知らないっすけど」
まぁクラウザーから説明できるとしても、桃香くらいか。ありすのことも精々が桃香の同級生くらいしかクラウザーは知らないだろう。
”じゃあ私たちの方は省略ね。クエストが終わったら改めてじっくり自己紹介するということで。
……君の名前を教えてくれるかな?”
私のユニットになったとは言え、見える情報はジュリエッタの方だけだ。本体の方のパーソナルデータは直接聞くしかない。
彼は少し躊躇っていたようだがやがて諦めたように一度息を吐くと、名乗った。
「……蛮堂……千夏っす」
蛮堂千夏――それがジュリエッタの正体の少年の名前か。
千夏で男の子ってのも珍しいと言えば珍しいかも? ちょっと躊躇う素振りをみせたのはそのせいかな。中性的な名前なので別に変ではないけど。
「あ、あの……私の道場での先輩です……」
和芽ちゃんが補足してくれる。
道場って言うと……桃園の敷地でやってる『剣心会』のことかな? 確か美鈴とあやめも通ってた。
「……ん?」
と、ここでアリスが千夏君の顔を見て怪訝そうに首を傾げる。
そして、変身解除――って、何でアリスまで?
「んー……?」
「……あ!? お前!」
アリスの情報は聞かされてはいたものの、実際に顔を見るのは初めてだろうに、なぜか千夏君もありすの顔をまじまじと眺め……やがて、二人が同時に何かを思い出したようだ。
「……すず姉に会いに行ったときのお兄さん……!」
「ホーリーに会いに来たちびっ子か!」
「ん、この間剣道の見学の時にもいた……」
「あぁ、あの時何か見学してたちびっ子か!?」
何とありすも面識があるらしい。
最初の美鈴と会いに行ったときというのは……多分、テュランスネイル戦後にありすが一人で中学校へと美鈴の安否を確認しに行った時のことだろう。
剣道の見学の時とは、トンコツとの飲み会の時のことかな? そういえば、あの時、一人だけ大人に混じって稽古している男子がいたっけ……それが千夏君か。
……驚いた。意外と近いところにいたんだ……。
”……とりあえず、簡単に状況を説明すると――千夏君、君は私のユニットとして登録しなおしたよ。もうクラウザーとは関係ないし、ありすと戦おうとしてもダメだからね”
何やら頭を抱えている千夏君にそのことだけは告げておく。
……アリスにやけに執着していたことが気になる。今この場で端的に説明する内容はこれだけでいいだろう。
後はクエストから出て安全な場所で話せばいい。
「……わかったっす」
向こうも私の短い説明で大体理解したのか、神妙に頷く。
うん、理解が早くて助かる。
”じゃあ、ここで話し込むのもアレだし、一度クエストから抜けてマイルームで話そう。
トンコツたちもチャットで参加する?”
”……そうだな。カナも知り合いのようだし、俺からも言いたいことあるしな……”
よし、じゃあ話は決まった。
”それじゃ、ゲートから外に出よう。クエストは……もう失敗でもいいや”
とにかく疲れた。肉体的にも精神的にも。
どうせクエストをクリアしたところで得られるものは大してないし、それよりも千夏君としっかり話をしておきたい。
本当は直接顔を合わせておきたいところではあるんだけど、流石に中学生男子だ。ありすの部屋にも桃香の部屋にも連れてくるわけにはいかないし、外で話すには少し落ち着かない。マイルームでトンコツとチャットしつつというのが今は丁度いいだろう。
それに……今後の話の展開次第では――まぁそれは後で考えよう。
私の言葉に全員が頷き――私たちはクエストから脱出した。
小野山です。
というわけで、実は第1章から登場していたりします、ジュリエッタこと蛮堂千夏君です。
…使い魔除いて、名前ありかつ台詞ありの初の男キャラですね、よく考えてみると。




