4-41. MEGALOMANIA 9. 眠れる森の……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――これでダメなら諦めるしかないな。
ラビが何をやろうとしているのかはわからないが、おそらくはこれが最後の攻防となるだろうとトンコツは思っていた。
四人の持つ魔法を全て使い、それでもメガロマニアをどうにかすることが出来ないのであれば、きっと他のどのユニットであっても不可能だということだろうと諦めもつく。
「……師匠……」
”ああ、わかってる”
不安そうに語り掛けるシャルロットにトンコツは頷く。
ラビとアリスが姿を消し、その間ヴィヴィアンとジェーンがメガロマニアを抑え込もうとしているが……徐々に分が悪くなっているのは誰の目にも明らかだ。
このままではラビが何かをするよりも早く、メガロマニアが暴れ出してしまう。
……ならば、ここが『切り札』の使いどころだ。
”シャロ、許す。やれ!”
「は、はい!」
ここまでシャルロットの魔法を温存してきたのには理由がある。そして、出来ればこの局面にあっても温存を続けたいところではあったが……それでジュリエッタの生命が失われてしまったとあっては意味がない。
彼には彼なりの目的はあったし、『ゲーム』を生き残るためにはシャルロットの魔法を温存しておく必要はある。
だが、だからといってジュリエッタを犠牲にすることを彼は良しとしない。
ラビが思う通り、彼は結局のところ『いい人』なのだ。『お人よし』とも言うが。
トンコツの『許可』を得、一度大きく深呼吸をし、シャルロットが封印していた魔法を使用する。
「インキュベーション――《アルゴス》!!」
シャルロットには戦闘能力がない――というのは間違いである。
『ゲーム』の性質上、どのユニットであっても単独でモンスターと戦える程度の最低限の戦闘力は備わっている。それが高いか低いかの差はあるものの。
シャルロットの使ったインキュベーション――孵化魔法、その効果は……。
――あー、ったく……これでまたやり直ししなきゃなぁ……。
シャルロットの周囲に集まる無数の光の粒――《アルゴス》の欠片を見つつ、内心でトンコツはため息を吐く。
《アルゴス》とは、そもそも魔法の名前ではない。
ラビの世界で言ういわゆるギリシア神話に登場する『百の眼を持つ巨人』の名である。
シャルロットの魔法は、三つ。
一つは『アクティベーション』。《アルゴス》の欠片である『眼』を配置し、その『眼』を通して見た情報を並列で受け取ることが出来るようになるもの。この魔法の本質は、『情報の並列処理』を行えるようにするところにあり、《アルゴス》そのものを呼び出しているわけではない。
二つ目は『コンビネーション』。これは《アルゴス》の欠片を操作し、様々な魔法を実行するものだ。アリスやジェーンの使う魔法と同じような感覚で使う、一般的な魔法と言えるだろう。
最後の三つ目が『インキュベーション』。この魔法の効果はわかりやすい。すなわち、『《アルゴス》を作り出す』というものである。
――集まった全ての《アルゴス》の欠片がシャルロットの肉体へと吸い込まれて行く。
それと同時にシャルロットの表情から感情や意思の全てが抜け落ち、まるでロボットのように変化する。
孵化した《アルゴス》――『天眼巨人』は、シャルロットの肉体を仮初の体として使用する。
ヴィヴィアンのインストールに似てはいるが、シャルロットのインキュベーションの場合はあちらとは異なり、シャルロット自身の意思すらも《アルゴス》へと明け渡すこととなる。
自動で様々な魔法を使い、相手へと応戦するロボット……それがシャルロットの切り札であるインキュベーションなのだ。
”よし、《アルゴス》……メガロマニアを拘束しろ!”
「了解。《アルゴス》起動――目標捕捉、《麻痺の邪眼》を行使します」
孵化した《アルゴス》は使い魔の命令通りに動く。
この間シャルロットの意識は消えはしないものの、自分の意思で肉体を動かすことは出来なくなってしまう。
出来れば使いたくないという理由の一つだ。トンコツはシャルロットもジェーンも、『駒』として扱うことを良しとしない。それなりに大切に思っているからだ。
……尤も、インキュベーションを温存する最大の理由は、あちこちに配置した全ての《アルゴス》の欠片もシャルロットに集まってしまうため、今までのように監視が出来なくなるというところにあるのだが。監視によって得られる情報こそが生命線となるトンコツにとっては余り使いたくない魔法である。
”……ああ、畜生め。けど、こうするしかなかったか……”
シャルロットに抱かれたまま、トンコツがため息を吐く。
また《アルゴス》を配置しなおす必要がある。時間はかかるが仕方ない――今はジュリエッタ救出のために動くことの方が重要だ。
”くそ、この借り必ず返してもらうからな……ラビ!”
ようやくラビが動きだしたらしいことをトンコツは悟る。
上空から一直線にメガロマニアへと向けて落下してくる『流星』――それこそがラビの仕掛けた最後の攻撃だと、トンコツは理解した。
* * * * *
……地面に投げ出された私とアリス……いや、変身が解けたのでもうありすか。
こちらには然程のダメージはない。まぁ、相変わらずヴィクトリー・キックの衝撃はキツイけど。
”メガロマニアは……?”
のんびりしている余裕はない。
私たちはすぐさまメガロマニアへと目を向ける。
すると、そこには……。
「ん……効いてる……!」
ありすの言葉通り、虚ろな表情――モンスターの顔なのでわかりにくいけど、白目を剥いているように見える――でふらふらとしているメガロマニアがいた。
ダメか……?
これでダメならもうお手上げだ。もう一発くらいなら同じ手を使えるかもしれないけど……。
「……《アルゴス》最大出力……《昏睡の邪眼》起動」
……何からしくない口調でシャルロットがそう言うと……。
GA……
ついにメガロマニアの巨体が崩れ落ち、地面へと伏せて動かなくなる。
何をしたのかはよくわからないけど、名前からしてメガロマニアを眠らせたということかな? そんな手が使えるならもっと早くに……とも思うけど、トンコツが今まで使わなかったことを考えると、《イージスの楯》をぶつけてふらふらにでもしないと通じなさそうとでも判断したのだろう。
「……やったの……?」
不安そうにつぶやくありす。
とりあえずメガロマニアにダメージを与えずに意識を奪う、という作戦は成功した。
システムで無理矢理メガロマニアを目覚めさせたりはしないようだ。となれば……。
”! よし、行ける!”
メガロマニアがまた動き出す前にユニットとして選択しようとし、今度は成功した!
これなら大丈夫だろう。
”強制命令――ジュリエッタ、魔法を停止して!”
本人が昏睡しているのに強制命令が効くのかどうかわからないけど、とにかく動き出す前に強制命令を使ってみる。
……初めての強制命令がこれっていうのもなんだかなぁとは思うが、まぁいい。
私の強制命令が発動すると同時に、メガロマニアの体がびくん、と一回大きく震える。
そして……。
「……うわぁ……」
「こ、これは……」
嫌そうにジェーンとヴィヴィアンが顔をしかめ、メガロマニアから離れてこちらへと寄ってくる。
無理もない。メガロマニアの肉体が急速に腐敗し、辺りにものすごい悪臭を放っているのだ。
ていうか、こっちにまで臭ってくるよ、これ……。
”うへぁ……”
トンコツも嫌そうな顔をするが、彼を抱きかかえているシャルロットは相変わらずの無表情のままピクリとも動いてくれないため、トンコツは悪臭から逃れることも出来ない。
「んー……! ラビさん、ジュリエッタは……?」
流石のありすもこの臭いはキツイのだろう。手で鼻と口を覆って涙目になっている。
っと、そうだ。ジュリエッタは無事だろうか?
私のユニットになったことでステータスも確認可能だ。ちょっと見てみると……。
”うん、大丈夫みたい。体力も魔力もなぜかゼロになっちゃってるけど……”
先程の戦闘中はゼロになっていないはずだったが、どういうことだろう?
……もしかして、この悪臭、ダメージ判定になってたりするのだろうか。だとすると、臭いの中心――あのメガロマニアの残骸の中にいるであろうジュリエッタは溜まったものではないだろう。
さて――ここで私は一つ残酷なことをしなければならない。
”えーっと、ありすと……ジェーン”
「ん……?」
「なに……?」
さっさとここから離れよう、と言いたげな眼差しを向ける二人に残念なお知らせがあります。
”……ジュリエッタをあの中から引きずりだしてあげよう”
私の言葉に、二人は顔を真っ青にするのであった。
* * * * *
ジュリエッタ救出作業は難航極まりなかった。
まぁ、主に悪臭のせいなんだけど。
ありすも魔力を回復し変身、ジェーンと協力して腐肉をかき分けジュリエッタを救出しようとする。
……切れたアリスが魔法で全部吹き飛ばそうとしたけど、それは止めておいた。
私のユニットになっているのだからフレンドリーファイアはないとは思うけど、ジュリエッタの体力・魔力が尽きていることを考えて念のためだ。
結局、二人はアリスの魔法で作ったマスクを(気休め程度だけど)して、ジュリエッタを探している。
「……おぇ」
本当に気持ち悪いのだろう、えづいているのがわかる。
……いや、本当にごめん。でもジュリエッタをあのまま中に放置していたら、目を覚ましてもそのまままた気絶しちゃいそうだし……。
近寄ってくるモンスターをヴィヴィアンが撃退しつつ――モンスターは悪臭は平気らしい。今回ばかりは羨ましい……――救出作業をすること数十分。
「あ、いた」
ようやく二人は腐肉に埋もれたジュリエッタを発見したようだが……あれ? 何か様子がおかしい?
”どうしたの?”
とにかくジュリエッタを引きずり出して腐肉を処理したい。
何が起こったのか二人に聞いてみると、戸惑いながらアリスが腐肉の中から『それ』を担ぎ上げる。
”え……?”
”何……?”
「あ、あら……?」
「ふぇ?」
遠くから見ていた私たち四人もそれぞれ戸惑いの言葉を口にする。
なぜならば、ジュリエッタ――魔力が尽きているため本体の姿にもう戻っているが――の姿が予想もしなかったものだったからだ。
やはり悪臭でやられたのだろう、真っ青な顔で苦し気に呻いているのは……少年だったのだ……。
小野山です。
次回より第4章のちょっと長めのエピローグ(4節)になります。




