4-39. MEGALOMANIA 7. オーバーロード
2019/4/21 本文を微修正
時間がない。
ジュリエッタの魔力が枯渇するまでというだけではない。もはやアリスたちでメガロマニアを押さえ続けることも難しくなってきている。二つの意味で時間がないのだ。
もうこれで決めるしかない。二度目の機会はないだろう。
……本当にこの作戦でいいのか? 自問自答するほどの余裕もない。失敗したところで私には責任が取れない……人一人の命を背負っているという自覚はあるけど、一体どのように報いればいいのかもわからない。
けど悩んでいる時間もない。やらなければならないのだ。
『”アリス、ヴィヴィアン!”』
二人に向けて遠隔通話で語り掛ける。
メガロマニアにはまだ知能が残っている。下手に言葉に出して聞かれて対策を練られても困るため、あえての遠隔通話だ。
トンコツには……仕方ない。細かい説明は出来ないけど、巧く合わせてくれることを願おう。
二人には手短にやるべきことを伝える――もはや説明というよりは『指示』だな、これ。時間ないから仕方ないけど。
『わかった!』
『かしこまりました、ご主人様』
私からの一方的な指示に二人は一切反論することなく了解を返す。
……信頼されていると思っていいのだろうか。二人の信頼を裏切りたくない。これで確実に決めないと。
”トンコツ……これからちょっと無茶するし無茶させるけど、巧く合わせてね!”
”は? ……わかった”
”最後に……シャロちゃん、コンビネーションでメガロマニアに目つぶしをお願い! その後はトンコツに任せた!”
私がシャルロットに指示するのはこれがおそらく最後だ。
アリスたちが動くための布石として、メガロマニアに目つぶしを仕掛けてもらう――『EJ団』との戦いの時にそれが出来ることを聞いている。
「コンビネーション《アルゴス》……《ハレーション》!!」
アリスとジェーンに襲い掛かるメガロマニアの顔面に向けて《アルゴス》の作り出したレンズから眩い光が照射される。
如何に耐性を上げたとしても、強烈な光による目つぶしは有効だろう。まぁ二度目は通じなくなる可能性が高いけど。
目つぶしを食らったメガロマニアの攻撃が止まり、目を覆って苦悶する。
だがこれもほんのわずかな時間の足止めにしかならない。すぐにメタモルで新しい目を作り出してしまうことはわかっている。
――このわずかな時間こそ、私たちの最後の作戦を実行するための準備時間なのだ……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ラビの予想通り、メガロマニアの視界を封じられたのはわずかな時間であった。
すぐさまメガロマニアは新たな目を作り出し反撃へと転じる。
――愚かなことに、視界を封じている間に攻撃しようとしたのだろう、アリスが飛び掛かって来たところであった。
――殺す! アリスは絶対に殺す!!
それはメガロマニアの中にわずかに残っていたジュリエッタの意識なのだろうか。
ともあれ、自分に飛び掛かり剣を振るおうとしたアリスへと顔を向け――大きく開いた口から『ブレス』を吐き出す。
火龍だけではない。他にも何体かのドラゴンを倒して吸収したものや、『嵐の支配者』の配下である巨大触手の持つ竜巻をも混ぜた破壊のブレスだ。
先程は《イージスの楯》によって防がれたが、今ヴィヴィアンはアリスよりも後方に控えている。アリスに防ぐ術はない。
ゴウッ、と耳をつんざく轟音と共に光が放たれてアリスの体を呑み込む。
……光が消えたその後にはアリスの姿は欠片も残されていなかった。
「うにゃぁっ!!」
アリスに続いて今度はジェーンがやってくる。
散発的な攻撃だ。二人同時に来たとしてもメガロマニアはもはや揺るぎはしないが、それでも二人がかりでなければ手も足もでないだろう。
――後は、残った虫を一匹ずつ潰すだけ。
誇大妄想狂は確信している。
もはや自分を倒せるものはこの世にはいないと。
自分こそが地上最強なのだと。
GAAAAAAAAAAAAAA!!
自らの勝利を確信し、メガロマニアは咆哮を上げジェーンへと襲い掛かる。
もはやブレスも必要ない。拳で真正面から叩き潰せばそれで終わりだ。残りは召喚獣しかとりえのないヴィヴィアンと、多少厄介な能力は持っているが手傷を負わせることすら出来ないシャルロットしかいない。
ジェーンを潰せばそれで終わりである。
……だが、ジェーンへと向けて振るった拳に違和感があった。
違和感の正体を突き止めるよりも早くジェーンは動き拳を回避、更にメガロマニアの右ひざへと全力のキックを放ち膝をつかせる。
メガロマニアの知るところではないが、ジェーンのギフト【狩猟者】の効果が効いているのだ。メガロマニアがモンスターに近づけば近づくほど、彼女の攻撃力は増していく。
とはいってももはや各種耐性を得たメガロマニアを傷つけるほどではない。せいぜいが関節を狙って動きを一瞬止めるのが限界である。
これは先程の違和感とは関係ない。
では一体何が……?
「……ジュリエッタ」
静かにメガロマニアへと語り掛けるのは――ヴィヴィアン。
だがその姿は普段の彼女とは大きく異なる。
メガロマニアの中にわずかに残ったジュリエッタの記憶がそれを覚えている。
《メデューサ》をインストールしているのだ。
――なるほど、先程の違和感の正体がわかった。ヴィヴィアンは《メデューサ》をインストールし、石化の魔眼の力でメガロマニアの動きを封じようとしたのだ。そのせいで拳が遅れ、ジェーンは回避できたということだろう。
――でも、それがどうした?
石化の魔力は厄介だが、即時全身が石になるようなものではない。
多少動きずらくなってはいるがそれだけの話だ。
それはヴィヴィアンもわかっているのだろう。
「貴女に対して思うところは色々とありますが――」
魔眼を外すことなくメガロマニアへと向けてゆっくりとヴィヴィアンが前進する。
そして――
「容赦は致しません。ここで、確実に引導を渡します」
――笑わせる。
メガロマニアが馬鹿にするように小さく笑う――笑う機能がメガロマニアにあるのかはわからないが、少なくとも横から見ていたジェーンにはそう思えた。
たとえインストールをしたところでヴィヴィアンの能力はアリスには及ばない。インストールする召喚獣の種類によっては、一部の能力では超えることは出来るかもしれないが、総合的にはどう足掻いてもヴィヴィアンはアリス以上の脅威とはなりえない。
ヴィヴィアン自身もそれはわかっているはずだ。だというのに、この自信は一体何なのか?
……メガロマニアはそのことについて深く考えることはしない。知能が残っているとしても、それは『獲物』を追い詰めるための手段についての知能であって、深く相手に対して洞察するものではないのだ。
と、ヴィヴィアンはインストールしたままアイテムホルダーからキャンディを取り出し自身の魔力を回復させる。
インストールした状態だと新たなサモンを使うことは出来ない。それに、召喚獣の能力を魔力消費なしで使用することが可能なはずだ。本来ならば回復などする必要などない――メガロマニアの知るところではないが。
では一体何をしようとしているのか。ヴィヴィアンの能力について知らないジェーンたちもわからない。
一つ、ヴィヴィアンは大きく深呼吸をし――そして、叫ぶ。
「オーバーロード――《フェニックス》!!」
瞬間、ヴィヴィアンの肉体が更に変化する。
背中からは巨大な一対の翼が生え、手足の爪が更に伸び、全身が炎に包まれる。
鱗の鎧も変化――肩や腿、尻尾等の大部分の鱗が『羽毛』へと変わる。
これこそが、『嵐の支配者』戦の後にヴィヴィアンが取得した6つ目の魔法――『オーバーロード』である。
効果はヴィヴィアンが今実践した通り、召喚獣を多重召喚することだ。
『絶対君主』の意味ではなく、多重定義の方の意味が近い。
ヴィヴィアンの召喚獣は、本人が理解しているかは別として、一つの召喚獣を呼び出す際には『枠』が定義される。例えば、《ペガサス》を呼び出すとしたらその分の『枠』――プログラムで言えばその分の『容量』が確保され、そこに《ペガサス》という内容が作られる。
オーバーロードは、その作られた『枠』に対して別の召喚獣を更に突っ込むものだ。
もう一つの魔法『オーバーライド』は『枠』に対して新しい召喚獣を『上書き』する点が異なる。
一つの『枠』に対して複数の召喚獣を宛がうこと……そうすることで、一つの『枠』に対して複数の召喚獣の能力を発揮させることになる。
要するに――オーバーロードとは、召喚獣を合成する魔法なのだ。
当然、その効果はインストールにも有効だ。ヴィヴィアンの肉体そのものという『枠』に対して、無理矢理複数の召喚獣を召喚することになる。
その分負荷は高いし、魔力の消費量も多くはなるが――
「もう一度言います。
――ジュリエッタ、ここで貴女を倒します」
宣言と同時にヴィヴィアンが動く。
彼女の動いた軌跡をなぞる様に炎が流れ――
GAAAAAAAAAAA!!
一瞬でメガロマニアの懐まで飛び込んだヴィヴィアンが鳩尾付近へと拳を叩きつける。
それだけで、メガロマニアの巨体が後方へと吹っ飛んだ。
「……マジで? ……すげー……」
【狩猟者】でメガロマニアに対しての攻撃力を増幅させているジェーン以上の威力をヴィヴィアンが発揮している。
もしかしたらアリスよりも今のヴィヴィアンは強いかもしれない。《メデューサ》に加え《フェニックス》もインストールしているため、ヴィヴィアンのステータスは爆発的に上昇しているのだ。
――これは、ヴィヴィアンにとっては《エクスカリバー》に並ぶ切り札だ。
大きな魔力消費量と肉体への負荷と引き換えに、絶大な戦闘力を得ることが出来る。その上、召喚獣の持つ能力は使い放題な上に時間制限もない。
「ジェーン様、石化の魔眼を都度使いますので、なるべくわたくしの視界に入らないようにお気を付けください」
「う、うん、わかった!」
殴り飛ばされたメガロマニアだが、大してダメージは受けていない。既に打撃に対する耐性を獲得している上に、今の一撃で炎に対する耐性も獲得しただろう。
石化も動きを鈍らせるだけで中々完全に石化させるには至らない。もしかしたら石化への耐性も得てしまうかもしれない。
それでも、メガロマニアの暴力の嵐に耐えられるだけの力を得ることは出来た。
後は――
「さぁ、決着をつけましょう、ジュリエッタ」
後は、とどめの一撃まで時間稼ぎをすればよい。
優雅に微笑み、ヴィヴィアンは立ち上がったメガロマニアへと向けて追撃を行う――




