4-38. MEGALOMANIA 6. 無理難題
この時私は本当に焦っていた。
焦ってはいたものの……それでも出来る限り冷静になり、何とかしてこの局面を乗り切ることを考えていた。
情報を整理しよう。
まず、私たちの勝利条件だ。
アリス、ヴィヴィアン、ジェーン、シャルロット――この四人を無事に生きて帰すこと。これはまず絶対だ。冷たいようだが、最悪ジュリエッタは助けられなくてもこの四人……もっと言えば私にとってアリスとヴィヴィアンを無事に帰すことが出来ればそれでいい。
とはいっても、これは最低限の条件だ。仮に四人が生き残り、ジュリエッタ本体が死んだとして――それは後味悪すぎるし、何よりもクラウザーに対しては敗北したも同然だろう。
だから正しい勝利条件は『ジュリエッタを無事に救出する』ことになる。
……ではその勝利条件を達成するためにはどうすればいいのか。
『ジュリエッタ(メガロマニア)の体力を魔力が尽きるよりも早く削り切る』――これだ。
でも、それを達成するためには幾つか障害があることが判明している。
①相手の攻撃を食らわずに回避し続ける必要がある
②こちらの攻撃に対して耐性を得てしまう
③与えたダメージを回復するのに魔力を消費してしまう
大きくはこの三点だ。
①については言うまでもない。幸い、アリスとジェーンは身体強化の魔法を使いさえすれば、少なくともスピードではメガロマニアを上回ることが出来ている。すぐさま相手に捕まってどうこうなることはないだろう――あまりに長時間は流石に辛いと思うが、長時間の戦闘になるとジュリエッタの魔力が尽きてしまう。
問題が②と③なのだ。特に③の問題が厄介すぎる。
こちらは体力をさっさと削り切りたいのに、与えたダメージを魔力を使って回復されるのが問題だ。体力が削れず魔力だけがどんどん削れていってしまう。
回復の隙を与えずに一撃で体力全てを削る――それが出来るのはアリスの神装しかないのが現状だけど、それも難しい。
《狂傀形態》の時でさえ、《終焉剣・終わる神世界》、《嵐捲く必滅の神槍》でとどめを刺すことが出来なかったのだ。あの時よりも更に強化されているであろうメガロマニアに使ったとしても、一撃必殺とはいかないのではないかと恐れている。
……実は後一個、攻撃力特化の神装はあることにはあるんだけど……こっちは今度は威力が強すぎるのだ。メガロマニアの肉体全てを吹っ飛ばしてしまいかねない――それで無事倒せればいいのだけど、肉体全てを吹っ飛ばしてユニット判定すらなくなりました、となったら最悪だ。なのであの神装は本当の最終手段となる。
他にある攻撃手段としては、ヴィヴィアンの《エクスカリバー》と、《エクスカリバー》に対して《滅界・無慈悲なる終焉》を掛けた《裂界魔剣・一刀殲滅》くらいか……。でもこれもあの神装と同じ問題点を抱えている。
要するに、私たちにはメガロマニアに対して『攻撃力が不足している』か『攻撃力が高すぎる』かの手段しかないのだ。これが普通の対戦やモンスター相手なら攻撃力が高ければ高いほどいいんだけど……。
”……トンコツ、『体力を削り切る』『相手がリザインする』以外にユニットを倒す方法ってないかな?”
私は魔力が残っているうちに体力を削り切る、という方法を半ばあきらめていた。
さっき分析した通り、それはおそらく今の私たちには不可能なのだ。ならば、別の手段を模索するしかない。
”む、むぅ……そうだな……”
トンコツも唸りながら必死に考えてくれている。
彼もジュリエッタの死までは望んでいない。それを防ぐために出来る限りのことはしてくれている。ありがたいことだ。
”――ユニットが戦闘不能になれば、あるいは”
”戦闘不能、か……”
単純に体力をゼロにする、という意味ではないのだろう。
魔法によって色々と無茶が出来るし、『ゲーム』のシステムが人体を正確に再現してくれていないために難しいといえば難しい手段だ。
さっきも頭を吹っ飛ばしたのにメガロマニアは止まらなかったし……。
しかし、その方向で考えてみるのは悪くない。
”……意識を失わせる、とかかな……”
気絶させる。そうすればいいのか……?
さっき頭を吹っ飛ばしてもメガロマニアが動いていたのは、意識を失うとかそんなレベルを一気に通りこしたためにシステム側で勝手に強制命令を履行できるように補正した……とかなんじゃないかと思う。
希望的観測、かもしれない。例え気絶させたとしてもシステムが無理矢理意識を覚醒させるとかさせる可能性もある。
けれど、私たちに残された手段はそれくらいしか思いつかない。
”可能性としてはそれはありだが――出来るのか、それ……?”
私の思い付きにトンコツは同意してくれはするものの……うん、そうなんだよねぇ……実現可能か? って話なんだよねぇ……。
条件は物凄く厳しい。
相手に傷一つつけず=メタモルで回復出来ない方法で、
出来れば体力を削って――これは可能であれば、
意識を刈り取る。
……自分で思いついて何だけど、マジでどうすればいいんだ、これ……?
特に最初の条件が厳しすぎる。例えばハンマーのようなもので、メガロマニアが打撃耐性を持っているところに殴りつけるということは思いつくんだけど、じゃあ今度はそれで一撃で気絶させることが出来るかっていうと……難しいんじゃないかと。
かといって神装並みの攻撃力で殴ってしまえば意識を刈り取るより前に頭部を破壊してしまい、また同じことの繰り返しになってしまいかねない。
ダメだ、全く手がない……! けど、この方向性で行かないといけない。そうでなければ私たちの勝利条件は達成できない、そんな確信がある。
”相手に傷をつけることなく、それでも意識を奪う攻撃……? どうすればいいんだ、そんなの……!?”
口に出してみても状況は変わらない。むしろ余計にそんな矛盾した方法があるのか? と思ってしまう。
”あ、ヤバい!?”
考え込む私にトンコツの焦った声が聞こえてくる。
え? 何が?
……と思う暇もなく、
「皆様、わたくしの後ろへ!!」
いつの間にかアリスたちもこちらへと合流している。
そして先頭にヴィヴィアンが立ち――こちらへとしっかりと狙いを定めているメガロマニアとばっちり目が合ってしまった。
大きくメガロマニアが息を吸い込むような仕草をするのと、
「サモン《イージスの楯》!!」
「コンビネーション《アルゴス》――《プリズムカーテン》!」
ヴィヴィアンとシャルロットの防御魔法が同時に展開される。
《イージスの楯》の前面に広がった《アルゴス》が互いに細いレーザーを発射、互いを連結して薄い膜を張る。
シャルロットのアクティベーションとは異なるもう一つの魔法、コンビネーションだ。《アルゴス》を様々な形態にして利用する魔法である――対戦フィールドの監視なんかも、実質はこのコンビネーションで行っているのだ。
……って今はそんな場合ではない。
二人が揃って防御魔法を展開すると、それより一拍だけ遅れてメガロマニアの口から激しい光が放たれる。
――そうだ、メタモルは何も体を作り替えるだけの魔法ではない。
――!!
激しい閃光と熱、そして衝撃が私たち全員を襲った……。
* * * * *
「うぐっ……」
二人の防御魔法があったというのに、まるでそんなものは関係ないとでも言うようにメガロマニアの口から放たれた『ブレス』が周囲を吹き飛ばした。
《イージスの楯》の後ろにいなかったら一撃で私たちは消滅していただろう、それだけの威力がある。その上で、シャルロットの《プリズム》――名前からして光を拡散させる効果だろう――がなければ危なかったかもしれない。
幸い私たちは衝撃は受けたものの大きくダメージを受けたわけではない。
……替わりに、《イージスの楯》の後ろ以外の大地は深く抉れている。直撃したら跡形も残らないだろう威力だ。
GRUUUUUUUUUUUUUUUAAAAAAAAAAAAAA!!!
必殺のブレスを防がれたのに苛立ったのか、メガロマニアがこちらへと突進、《イージスの楯》へと剛腕を振るう。
「うっ……!」
最初の一撃は何とか踏みとどまったヴィヴィアンだったが、
「皆様、お逃げ――!!」
――ください
とヴィヴィアンが言い切ることも出来ず、私たちは全員吹き飛ばされてしまう。
いかに《イージスの楯》が完璧な防御力を持っていると言っても、それを支えるヴィヴィアンの力はそこまで高くない。
直接殴りつけてきたメガロマニアの拳は楯で防ぐことはできたが、力任せに楯ごと殴り飛ばされてしまう。
更にヴィヴィアンを殴りつけた勢いそのままに地面へと拳を叩きつけて爆破――まるでアリスの《巨星》系の魔法を使ったかのように大地が抉れクレーターが出来上がっている。
それで満足するメガロマニアではない。倒れたヴィヴィアンへと追撃を掛けようとする。
「やらせるかよ!」
すぐさまアリスがメガロマニアへと剣を叩きつけ注意を惹こうとする。
……よもやアリスの攻撃が相手の注意を引き付けることだけに使われることになるとは思わなかった。
ジュリエッタを救助しなければならない、という制限がついているものの、それを抜きにしてもメガロマニアは強すぎる。下手をすると『嵐の支配者』にも劣らないレベルだ。
どうすればいいんだ、本当に……。
アリスとジェーンが再度メガロマニアへと接近戦を仕掛けるが、二人がかりでももはや足止めが精々だ。
向こうも完全に知能がないわけではない。少しずつアリスたちの動きに対応できるようになってきている。その上、手傷を負わせれば耐性を得てしまうと来ている。
このままだと二人を無視して後ろにいる私たちへと攻撃を集中させるということもありうる。
そうなる前に何とか手を打たないと……! 最悪なのは、私たちが全員『ゲーム』からリタイアし、かつジュリエッタの本体が死んでしまうことだ。それだけは絶対にあってはならない。
考えろ……! 相手を傷つけずに意識を奪う方法を……!! もうそれしかないんだ!
「くっ……ご主人様、こうなればわたくしも――」
アリスとジェーンだけではメガロマニアはもう抑えきれない。
二人には及ばずとも《フェニックス》辺りをインストールしたヴィヴィアンならば多少は助けになるはず。
でも、それはこちらの手札が一枚つぶれることを意味している。ただでさえ追い詰められかけているのに、ここでヴィヴィアンを使うわけには――
「シャルロット様、ご主人様をお願いいたします。
リコレクト《イージスの楯》」
こちらの返答を待たずに私をシャルロットに押し付け、《イージスの楯》を回収しインストールのための魔力を確保する。
……その時だった。
”あ……あった……”
天啓、としか言いようがない。
存在した――ダメージを与えずに意識を奪う唯一の方法が!
”ヴィヴィアン、ちょっと待った!”
「……はい?」
強制命令を使う必要もなく、私の言葉にヴィヴィアンは発動させようとしたインストールを中断する。
いや、まぁインストールしちゃってもいいんだけど、無駄に魔力を消費させるよりはいい。
この戦い――ヴィヴィアンが鍵だ。彼女の魔法こそが、活路を開く。