4-35. MEGALOMANIA 3. 成れの果て
”……ダメだ。ジュリエッタをユニットに出来ない……”
原因がわからないが、ジュリエッタをユニットにして強制命令で魔法を解除するという方法はどうやら今は出来ないみたいだ。
うーん、これもクラウザーが何かしているせいなのか……? それとも、別の問題なのか……どちらかはわからないけど、原因不明な以上私たちではどうすることも出来なさそうだ。
かといってジュリエッタをこのまま放置するというのは、ちょっと出来そうにない。いざという時はアリスたちの安全が優先なのは変わらないが、助けられるものなら見殺しにはしたくない。
”むぅ……”
いいアイデアだと思ったんだけどなぁ……。
トンコツも原因がわからず唸るだけだ。
……やっぱり彼はなんだかんだで『いい人』なんだろう。仲間の仇だというのに、ジュリエッタの生命に危機が迫っていることを隠さずに私に教えてくれたし、彼女が本当に死ぬのは避けたいのだろう。
さて、どうしよう……?
「おい、使い魔殿……オレたちはどうすればいいんだ?」
暴れ回るジュリエッタに見つからないように、私たちは岩陰に隠れて様子を見つつ、今後のことを考えているところだ。
アリスは話には参加せずにジュリエッタの動きを監視している。
クラウザーには逃げられるし、その前には謎のユニットに魔法を完封されてちょっと不機嫌になっている――というかストレスが溜まっているのがありありとわかる。
”ちょっと待って。今考えるから……”
長々と考えているほど時間の余裕はないだろう。
いつジュリエッタがこちらを見つけて襲い掛かってくるかわからないのだ。その前にどうすべきか決めておかないと、ジュリエッタの息の根をアリスたちで止めてしまうということになりかねない。
……そんなことだけは、絶対に避けなければ。『ゲーム』でモンスターを倒すのとはわけが違う。本当に人一人の命がかかっているかもしれないのだ。
「……よろしいでしょうか」
”ヴィヴィアン、何?”
ヴィヴィアンが発言の許可を求めてくる。
何だろう、何かいいアイデアが浮かんできたのだろうか? この子もよく観ているので、私たちが気づかないことを指摘してくれたりするし。
「疑問なのですが、わたくしの場合はなぜ助かったのでしょう?」
……え?
…………ああ! 確かに!
”そういえば、そうだね……ヴィヴィアンの時も《アングルボザ》はモンスター図鑑に登録されたし、ジュリエッタと同じ状況だ!”
通常対戦と乱入対戦、後はクラウザーがいるかいないかという差はあるけど、確かに言われて見ればあの時と今では似たようなものだと言える。
あの時は何も考えずに《アングルボザ》を倒したんだけど、もしかして実はかなり危険な状況だったのかもしれない……。
ヴィヴィアンの言葉に、トンコツが反応する。
何か閃いたのだろうか。
”……そうか……そういうこと、なのか……?”
でも思いついたことに確信が持てないのか、ぶつぶつと独り言を呟いている。
えぇい、もどかしい!
”トンコツ、とにかく思いついたことを言って! 考えるのは一緒にやろう”
”お、おう……そうだな”
一人で考えるよりも二人。二人よりも三人だ。幸い、アリスとジェーンはジュリエッタの監視をして話をあんまり聞いていないけど、ヴィヴィアンとシャルロットがいる。三人寄れば文殊の知恵とも言うし、四人もいればなおさらだ。
”前にそこのヴィヴィアンが《アングルボザ》でモンスター化したって話を聞いた後に言われたんだが――”
そこまで言って、しまった、といったように慌てて言葉を切る。
んー? 誰に言われたのかなー?
……って、そこを突っ込んでいる余裕はない。きっと『EJ団』とは別のフレンドなのだろう。いずれ話を聞かせてもらいたいところだけど、今はいい。
”それで?”
とにかく話を進めよう。私は気づかなかったフリをしてトンコツを促す。
”あ、あぁ。
それで、ヴィヴィアンが大丈夫だった理由なんだが、おそらくだが『モンスター扱い』されてはいるものの、『ユニットとしての判定も残っていた』ことが原因なんじゃないか、ってな”
”……モンスター扱い、かつユニット扱い……”
この『ゲーム』のシステムがどうなっているのかわからないけど、多分、あの時のヴィヴィアンは『モンスターフラグ』と『ユニットフラグ』という状態を管理するフラグが両方とも立っていた、ということなのだろう。
それでシステム的にはユニットフラグを先に処理しているため、あの時は大丈夫だったと……そういうことか。
うーん、でもユニットフラグが立っている状態って一体……?
「あのぅ、もしかしてですけど、『魔力が残っている』かどうかではないでしょうか?」
私の疑問に答えたのは、今までずっと沈黙していたシャルロットであった。彼女は今、《アルゴス》は解除している――ジュリエッタが《アルゴス》に気が付いて矛先が向くのを恐れてだ。
シャルロット曰く、ユニットかどうかは『体力』と『魔力』の両方を見ているのではないか、とのことだ。
モンスターっぽい姿になったとしても、どちらも残っていれば――あるいはモンスターは持っていないであろう『魔力』だけでも残っていれば、ユニットフラグが優先されるのではないか、という推測である。
……確かに《アングルボザ》の時はヴィヴィアンの魔力は残っている状態だった。変身も解けていなかったみたいだし。
「ジュリエッタの魔力が無くなれば、もしかして助かるのでは?」
ヴィヴィアンの意見も尤もだ。
なんだかんだいって《終極異態》もメタモルの一種に過ぎない。魔力が尽きればジュリエッタの姿も戻るのではないだろうか。
だが、トンコツは少し考えて首を横に振る。
”可能性としてはありうるが……危険かもしれん。確かに魔力が尽きれば変身が解けるかもしれないが、下手をするとアレはジュリエッタではなく、メガロマニアというモンスターであるとシステムが判断するかもしれない。そうなると、システムはそのままジュリエッタではなくメガロマニアの姿を無理矢理継続させるかも……”
”……むむ、確かに……”
そんなバカな、とは思わない。
現に今、アレはモンスター図鑑に登録されているれっきとしたモンスター扱いなのだ。
もし魔力が尽きたとしたら、そのまま本格的にモンスターとして扱われる可能性は充分にあるだろう。
……となると、ますます時間がないことになる。
「であれば――方法はただ一つでございます」
うっすらと笑みを浮かべ――ちょっと怖い笑顔だ――ヴィヴィアンは言った。
「ジュリエッタの魔力が尽きるよりも早く、体力を全て削り切って倒してしまいましょう」
――それしかないか。
《アングルボザ》の時は体力まで完全に削り切ったわけではないので全く同じというわけではない。今回はジュリエッタ自身の体力をゼロにして完全に『戦闘不能』の状態にする必要がある。
で、今ジュリエッタは誰のユニットでもない野良状態なのでリスポーン待ちになるかどうかはわからないけど、おそらくそこまで追い込めばクラウザーのかけた強制命令も解除されるはずだ。それなら私のユニットにすることもおそらく出来ると思う。
もし体力を削り切っても《終極異態》が解除されないようなら、私のユニットとして強制命令でメタモルを解除させる――それすら出来なかったら……いや、考えるのはよそう。どのみち何もしなければ、確実にジュリエッタの命はないのだ。
「決まったか?」
監視しつつ話を聞いていた――聞き流していたのだろう、アリスが聞いてくる。
とにかく全力でメガロマニアを倒す……シンプルで、アリスにとっては一番わかりやすい展開だろう。
……もし、この作戦が失敗してジュリエッタの元となった子の命が失われることになったら……その時は、アリスとヴィヴィアンのユニットを解除して忘れさせよう。少なくとも彼女たちに罪悪感を覚えさせたくない。それにどれだけの意味があるのかはわからないけど。
”……よし、やろう!
アリス、ヴィヴィアン、ジェーン、シャロちゃん!”
私の呼び声に、四人は一斉に頷き、メガロマニアへと向き直る。
メガロマニアも姿を隠していたこちらが出てきたのを見て捕捉、無軌道に暴れていたのを止め、こちらへと向く。
「ふん、何とも中途半端な結末になりそうだが――まぁいい。
今度こそ決着だ!」
――モンスター図鑑の説明にはこう書いてあった。
『地上最強であることを夢見た者の成れの果て――メガロマニア』
と。
……それにしたって、いくら何でも誇大妄想狂とは酷い言い草だ。
ジュリエッタ自身がどう思っているのかまではわからないけど、彼女はこんなこと望んでいなかったと思う。幾ら強くなったとはいえ、モンスターとなってしまうことなんて望みはしないだろう。
彼女を助けてあげよう。仲間の仇とか、アリスにやけに執着しているところとか、後で解決しなければならない問題は山積みだけど、ここでジュリエッタを助けられなかったら私も、アリスたちもきっと一生後悔することになる。
私たちとジュリエッタとの戦い――その最終幕となるメガロマニアとの決戦の火蓋は切って落とされた。