4-33. MEGALOMANIA 1. 変貌
それにしても、四対一(シャルロットはクラウザーの警戒だけしていたから実質三対一だけど)で、ここまで粘られるとは思っていなかった。
確かにジュリエッタは強い。実際戦った時の印象やトンコツから聞いた話を総合して、それは間違いない。
ただ、それでも全員でかかればもっと手早く倒せるだろうと私は思っていたのだが……。
それはともかく――
「う、ぐぅ……」
全身ズタボロになったジュリエッタが、立ち上がろうとする。
体力ゲージはまだ残っているのだろう。対戦自体はまだ決着が着いていない状態だ。
……うーん、今更だけど、複数で一人を攻撃するって、やっぱりこっちが悪役っぽくて何か嫌な感じだな……アリスはそんなこと大して気にしてなさそうだけど。
「まだ……負けて、ない……!」
執念で立ち上がろうとするジュリエッタ。
立ち上がりつつどこからともなくグミを取り出して口にしようとするが……。
「……あぅ……っ」
膝が崩れ落ち再び地面にべしゃりと倒れ込んでしまう。
見た目が見た目なので余計に痛々しい。
可哀想だが、とにかく対戦は終わらせておかないと……クラウザーが何をするかわからないし、私たちの知らない『チート』で何かしてくるかもしれない。
それに――たとえここでジュリエッタが回復したとしても、もう彼女に勝ち目はないだろう。
さっきの《狂傀形態》が彼女の全力だと思う。三人掛かりとは言え、アリスたちはそれを撃破したのだ。回復しても、同じことの繰り返しになるだけだろう。
「ジュリエッタ」
アリスはすぐに魔法を撃ちこむことはせず、ジュリエッタへと近づく。
……そういえば、さっきとどめの魔法を撃つ時、一瞬だけどありすのまま魔法を使っていたような……? 私の気のせいかな?
「くっ……アリス……ッ!」
這いつくばりつつも、闘志の衰えない視線でアリスを睨みつけるジュリエッタ。
まだ負けを認めたわけではない、という意思がバリバリ伝わってくる。
「……うーむ。貴様にそこまで恨まれる覚えはないんだがなぁ……」
流石にアリスも困ったように頭をかく。
何でジュリエッタがアリスにこんなに執着しているのか、確かにその理由がわからない。
とはいえ、それを聞いたところで素直に話してくれるとは思えないし、聞いている程時間に余裕もない。
”アリス、気になるのはわかるけど――”
「ああ。わかってるさ」
ジュリエッタにとどめを刺し、そして逃げられる前にクラウザーを倒す。それが今優先すべきことだ。
クラウザーが何を考えているのかさっぱりわからないが、ここで彼を逃がしてしまう方が痛い。
アリスが『杖』を構える。
「行くぞ」
また回復されたりメタモルで逃げられる前に決着をつける。
アリスが今度こそ魔法を撃ちこみ、ジュリエッタを倒そうとするが……。
”強制命令――ジュリエッタ、移動せよ”
ここでクラウザーが動いた。
ヴィヴィアンの時にも使った強制命令でジュリエッタを移動させる。
場所は……クラウザーのすぐ近くだ。回復させる気か!
「チッ……やらせるか!」
いけない。少し油断していたかもしれない。
回復させられたところでもう一度三人の力を合わせて戦えばいいだけだが、戦闘時間が延びるのは余り好ましくない――クラウザーも動くとなると、次はどうなるかわからない。
「cl《赤・巨神剣雨》!!」
クラウザーとジュリエッタに向けてアリスが燃え盛る巨大な剣を何本も投擲する。
《赤色巨星》とかだと視界が少し遮られるためにこの魔法を選んだのだろう。その選択自体は間違いではないとは思う。
体力をほぼ失ったジュリエッタにはもちろん、たとえ魔法で武装したとしてもクラウザーが直撃すれば耐えられないはず――だった。
「なにっ!?」
二人へと向かって行った巨剣の雨が、命中する直前にその全てがバラバラに切断された。二人ともノーダメージだ。
一体どこから現れたのであろうか、まるで二人を守るように、一人のユニットの姿がそこにはあった。
……が、その姿は今まで見たことのない『異質』なものであった。
背丈はアリスと同じくらいだろうか、すらっとした体形の女性――だが、『異質』なのは彼女の姿があまりにも他の魔法少女とはかけ離れていることにある。
全身は体にぴったりとフィットした真っ黒のスーツに覆われている。ボディペイントで黒く塗りつぶしているだけ、と言われても納得出来てしまいそうなくらい、身体のラインがはっきりと浮かび上がっているのだ。
髪の色は黒。足元に届きそうな長髪ではあるが、全く整えられておらず幽鬼のような印象だ。
そして一番異様なのは『顔』……と言っていいのか悩ましいが、『仮面』を被っていることだ。それも、目も鼻も口もない、真っ白ののっぺりとした『仮面』……。もはや『仮面』というよりは顔に覆いをつけているだけ、と言った方が正確かもしれない。
右手には抜き身の刀――私の知る、いわゆる『日本刀』と同じ形をした片刃の剣だ――を持っている。あれがおそらくアリスの魔法を切断したのだろう。
「おま、えは……?」
苦しそうに呻きつつジュリエッタが問いかける。
……ジュリエッタも知らない、のか……?
「貴様……!」
「……」
さっき使った魔法、私は見たことはなかったが、消費した魔力や規模から考えると《赤・巨神壊星群》とほぼ同等……つまり神装を除いた中では最大の魔法だと思う。
それをいとも簡単に防ぎきるとは……。
”……おい、クラウザー。お前とジュリエッタだけじゃないのか?”
トンコツが言う。
確かにクラウザーは最初そう言っていたけど、やはりもう一人のユニットを出してきた、ということだろうか。それともクラウザー以外のプレイヤーがいて、そちらのユニットということか……?
”くくっ……”
クラウザーは小さく笑うだけで答えない。まぁそりゃそうか。
ともあれ、乱入対戦に参加しているのは私とトンコツ、そしてクラウザーの三者だけであると表示されている。となると、あの謎のユニットはクラウザーのもう一人のユニットということになるか。ジュリエッタも知らないみたいだけど……。
これは……状況が少し厳しくなってきたか? ジュリエッタが回復し、あの謎のユニットと一緒に襲い掛かってくるとしたらかなり厳しい。
どういう手段を取ったのかは不明だがアリスの魔法を打ち破ったことから考えても良くて防御能力特化、悪いとアリスと同等以上の攻撃魔法の使い手ということになる。そうなると流石にジェーンでは抑えきることは出来なくなるだろう。 だが、事態は私の想像とはかなり異なることとなった。
”強制命令――ジュリエッタ、てめぇの霊装を破壊しろ”
「!?」
は?
クラウザーの今の強制命令は一体……?
奴の言っていることの意味がわからず、私たちも一瞬動きが止まった。
ジュリエッタは――驚愕の表情を浮かべ、そして次には恐怖を滲ませる。
「やめ、て……クラウザー……!」
必死に抵抗しようとするジュリエッタだが、強制命令には逆らえないのだろう。頭に載せている狐の面――彼女の霊装を手に取り、それを破壊しようと意思に反して腕に力が籠められる。
何だ? 何をしようとしている……?
何をしようとしているのか全くわからないけど、このままだと拙い気がする。
”アリス!”
「おう!」
私の呼びかけに応え、アリスが再度魔法を――格闘戦に強いジュリエッタと、詳細不明だが『刀』を持つユニットに対して迂闊に接近戦を挑む気は流石にないようだ――放つ。
アリスの魔法はやはり謎のユニットが防ごうとするが、アリスに合わせてヴィヴィアンの《グリフォン》、ジェーンの霊装が投擲され三方向から同時に攻撃を仕掛ける。
――が、そのことごとくを謎のユニットの剣が順次切り裂いていく(ジェーンの霊装だけは切れず、弾かれただけだったが)。
「くそっ! 何なのだ、あいつは!」
もう間違いない。あのユニットの戦闘力はアリスやジュリエッタに匹敵する……アリスの魔法を切り裂いた時に何か向こうも魔法を使ったのか、発声が聞こえなかったのでわからないが、《グリフォン》をあっさりと切り裂いたことといい、死角から襲ってくるジェーンの霊装を簡単にはじき返したことといい、尋常ではないのは確かだ。
――そして、ついに強制命令に操られたジュリエッタが狐のお面を破壊。バキン、と乾いた音が響く。
霊装は確かに破壊されることもある、とは聞いたことはあるけど、そうそう滅多に壊れることはない。まぁ壊れても魔力を消費することで修復することは出来るんだけど……。
正直、霊装を破壊することにメリットがあるとは到底思えない。クラウザーは一体何を考えているんだ……?
”クククっ、強制命令――ジュリエッタ、メタモル!!”
「い、や……!!」
新たなクラウザーの強制命令に怯えた表情を見せるジュリエッタだが、彼女の意思とは関係なくメタモルが発動してしまう。
そして……。
「ぐ、うぅあぁぁぁぁぁっ!?」
メタモル発動の瞬間、ジュリエッタが悲鳴を上げ――その身体が異様な変化を始める。