4-32. All out to struggle 7. 決着、再度
《レーヴァテイン》の炎がジュリエッタの全身を包み込む。
「ぐ、があああああああああっ!!」
如何に《狂傀形態》で全身を強化していても、炎防御で耐性を上げていたとしても、神をも焼き殺す終焉の炎は防ぐことは出来ない。
この魔法の恐ろしいところは、アリスの魔力が続く限りは絶対に消えないところだ。そして、いかに炎に対する防御を行っても、それを貫通してしまうところである。
あの『嵐の支配者』の巨体を焼き尽くしたことから考えても、魔法少女が食らえば文字通りの一撃必殺となるだろう。
ジュリエッタも悲鳴を上げつつ、炎の中でまるで踊るようにもがいている。
……正直見るに堪えない姿ではあるが、だからと言って最後まで油断することは出来ない。目を離した隙に、炎から逃れることは出来なくても何かしら反撃をしてくる可能性はあるのだ。
「……!?」
同じく様子を見守っていたアリスが表情を変える。
炎の中で蠢いていたジュリエッタの姿が一瞬掻き消え――次の瞬間、炎の外へと転がり落ちてきたのだ。
「マジか。どうやって……!?」
《レーヴァテイン》の炎はまだ消えていない。そして、炎の中で確かに燃えている物があるのが見えるのだが……。
炎の外へと転がって来たジュリエッタの姿は、《狂傀形態》が解除され元通りの体格となっているが、元々着ていた濃紺の甚平や下駄――霊装だろう――は既になく、胸にサラシを巻いただけの姿となっている。下半身は……パンツ? と思ったら褌一丁だ。
「はぁっ、はぁっ……」
苦しそうに喘ぎながらも、それでもまだ体力は削り切っていない。
……そうか。おそらくジュリエッタは炎の中で自分の体を分離したのだ。身体の大半を炎の中に残し、《レーヴァテイン》の炎をそちらへと押し付けて脱出した……ということなのだろう。
無茶苦茶な回避方法だが、メタモルによって元の体の質量を無視した変形が出来るジュリエッタなら、そういうことも出来るのかもしれない。
とはいえ、大ダメージを与えたのには変わりない。ここが勝負の決め所だ。
”アリス!”
「おう、わかってる!!」
《レーヴァテイン》を使ったことによりアリスの魔力は枯渇寸前。私はすぐさまアリスにキャンディを与えて魔力を回復させる。
ここで追撃を掛けなければチャンスが無くなる、というのはアリスもわかっている。魔力回復と同時に再度神装を展開する。
「ext《嵐捲く必滅の神槍》!!」
今度使うのは《グングニル》だ。《レーヴァテイン》だとさっきみたいに回避されてしまう可能性がある。
「……メタモル!!」
神装で畳みかけるアリスに対抗し、ジュリエッタはそれを防ごうとする。
メタモルで変化させたのは右腕――鋭い『剣』のように右腕を変化させる。
それで《グングニル》を防げるのか? と思ったのも束の間。ジュリエッタは変化させていない左腕を前へと突き出し《グングニル》を受ける。
「……こいつ!?」
流石のアリスも驚きを隠せない。
何とジュリエッタは左腕に《グングニル》を当てさせて、《グングニル》の持つ特性『絶対命中』の効果を使わせたのだ。
そして、槍が腕を砕き、胴体へと到達する前に――タイミング的には命中とほぼ同時に、先程変化させた右腕で自分の左腕を切り落とし、《グングニル》から逃げ切った。
……いや、理屈としてはわからないわけでもないけど、致命傷となる攻撃を敢えて受け、腕一本切り落として回避するとか……常人では不可能な回避方法だ。
いくらメタモルで肉体を自由に変えられるとはいっても、痛覚がないわけではないだろう。だというのにそれをやるとは……しかも《グングニル》が発動して命中するまでの間は数秒もない。文字通りの一瞬しかないというのに、咄嗟にその判断をしたというのだから驚く他ない。
咄嗟の判断力、そしてそれがどんなに危険で苦痛を伴うものであっても実行することの出来る勇気と決断力……戦闘における総合能力という点では、アリスに匹敵するか、あるいは超えているかもしれない。
《影分身》を利用した不意打ちで《狂傀形態》を打ち破ることは出来たものの、勝敗はまだどちらに転ぶかわからない状態だ。
「舐めるな!
ext――《嵐捲く必滅の神槍》!!」
一発目の《グングニル》はかわされたものの、すぐさまアリスは二発目を撃とうとする。
投げつけた『杖』を回収する間も惜しいのだろう、『杖』ではなく『麗装』――ブーツへと《グングニル》を掛け、ジュリエッタへと蹴りを放つ。
「ライズ《アクセラレーション》!!」
だが、アリスのヴィクトリー・キックがジュリエッタを捉えるよりも早く、ライズでスピードを上げたジュリエッタがアリスへと接近。蹴りをかわして今度こそ右腕の刃でアリスの胸を貫こうとする。
……本当に恐るべき敵だった。食らえば一撃必殺となるであろう神装を三発放たれたにも関わらず、そのことごとくを防ぎ、あるいはかわしてアリスの命へと迫ったのだから。
それも、こちらは四人がかりであったのに対してジュリエッタは一人で立ち向かったのだ。称賛する他ない。
――でも、それが彼女の限界なのだ。
「ぐっ……あっ!?」
悲鳴を上げたのはジュリエッタの方であった。
伸ばした右腕はアリスの胸の中心を狙ったいたが逸れ、脇を深く切り付けるだけに留まった――もちろん生身だとしたらこれも十分致命傷になるような傷なのだが。
アリスがどうにかして逸らしたりかわした……わけではない。
見れば、ジュリエッタの顔面――目の位置に深々と突き刺さっているものが見える。
「間に合いましたか、《グリフォン》」
ジュリエッタの目玉を潰したのは、後ろからヴィヴィアンが放った《グリフォン》であった。
二匹がそれぞれジュリエッタの目を狙い、残り一匹が踏み込みに使った右足、アキレス腱に当たる場所を抉っている。
ヴィヴィアンは一発目の《グングニル》をアリスが放つのとほぼ同時に、《グリフォン》を召喚しておいたのだ。
《グングニル》でとどめを刺せれば良し。ダメであってもアリスが回復する間を作れるように、と。
「ぐ、がぁっ!!」
両目を潰されてもジュリエッタは止まらない。
アリスはすぐ目の前にいるのだ。後ほんの少しで倒せるのだから、ここでジュリエッタが退くわけがない。
見えなくても腕を振るえばそれで当てることが出来る。ジュリエッタは右腕を思いっきり横――アリスの胴体があるであろう位置へと向かって振り抜いた!
「……!?」
……しかし、その腕はアリスへと触れることはなく虚しく宙を薙ぐだけであった。
それもそのはず――
「ん、ヴィヴィアン。動き止めて」
「畏まりました。ありす様」
ヴィクトリー・キックを撃った時点でアリスの魔力は切れ、ありすの姿へと戻っている。
……後ほんの少しヴィヴィアンの追撃が遅れていたら、アリスではなくありすの胸が切り裂かれていたことだろう。本当に危ないところだった。
変身が解けたありすはすぐさま地面へと身を投げ出して横たわり、ジュリエッタの攻撃をやりすごした。そのまま立ち尽くしていたらありすの体が両断されるというスプラッタな場面を目にする羽目になっただろう……そんなことにならなくて本当に良かった……。
ありすの言葉がなくても、ヴィヴィアンはすぐに次の召喚を行っていた。
呼び出したのは《ナーガ》――ジュリエッタの動きを封じることの出来る小型召喚獣だ。流石に《ヒュドラ》や《コロッサス》では近くにいるありすが危ない。
「こんな、もの……!!」
再び《ナーガ》に巻き付かれたジュリエッタは力ずくで逃げ出そうとする。
――スライム状に変身してしまえば簡単に抜け出せるはずなのだが、頭に血が上っているのかそれとも《ナーガ》にも《天魔禁鎖》のような拘束特化の能力があるのかわからないが、ジュリエッタは無理矢理 《ナーガ》を引きちぎって逃れようとする。
……まぁ、仮令ここでスライム状になったとしても、アリスを倒せなかったこと、そしてヴィヴィアンに捕まった時点で詰みなんだけどね。
「ジェーン、後は任せた」
「……っ!!」
いつまでもジュリエッタの足元で寝転んでいては危ない。
《ナーガ》が巻き付くと同時にさっさとジュリエッタの足元から離れたありすが、キャンディとグミを口にしながらそう言う。
……そう、この戦い、ジュリエッタの相手はアリスとヴィヴィアンだけではないのだ。
「アクション……《デッドリー――」
ジュリエッタは強い。
一対一で戦ったとしたら、それこそアリスもヴィヴィアンも敵わなかったかもしれない。
それでもジュリエッタが結局敗北したその一番大きな理由は――
「ブレェェェェェェェェェイク》ッ!!!」
《狂傀形態》のジュリエッタにノックダウンされていたはずのジェーンは、幸い体力自体は尽きていなかった。
アリスとヴィヴィアンがジュリエッタと戦っている間に回復したのだろう。それでも乱入するタイミングを見計らい、ずっと堪えていたのだ。
ジェーンの最大攻撃魔法致命の一撃――その特性は『腐食』。生きとし生けるものを強制的に死へと至らしめる黄泉の力を自身に付与するものである。
単純な攻撃力であれば、拳に『腐食』の力を収束した《デッドリー・ナックル》というものもあると聞いているが、この局面では拳だけではなく全身に『腐食』の力を付与している方が都合がいい。
なぜならば……。
「くっ……メタモル!」
遅まきながらジュリエッタがスライム状に全身を変化させその場から逃れようとする。
だが、もう遅い。
「逃がすかぁぁぁぁぁぁっ!!」
気合の雄たけびを上げ、ジェーンがスライムとなったジュリエッタへと全身で突っ込む。
拳だけに『腐食』の力を宿していたのではこうはいかない。相手を逃がさず、とにかく触れさえすれば『腐食』の力が伝わるのだ。下手に殴り掛かってかわされたり反撃をされてしまうくらいなら、捨て身の体当たりでも効果の出る《デッドリー・ブレイク》の方がよいというわけだ。
「ぐあぁぁぁぁぁっ!?」
スライム状になっていたことが仇となった。
身体中を『腐食』の力に侵され、悲鳴を上げるジュリエッタ。
「メ……タ、モル!!」
人型へと戻ったジュリエッタが右腕を巨大な腕へと変化させ、『腐食』されることも厭わず――右腕一本なら何とでもなると瞬時に判断したのだろう――ジェーンを叩き伏せる。
「ふぎゃっ!」
ジェーンも既にフラフラの状態だった。最後の力を振り絞った《デッドリー・ブレイク》だったのだろう。ジュリエッタの剛腕によってなすすべもなく吹っ飛ばされてしまう。
今度こそ、ありすを倒そうとするジュリエッタだが、さっきも言ったように彼女はもう『詰み』だ。
「……こーる」
ありすはジェーンが動くと同時に、油断などすることなくキャンディとグミを口にしている。
――全く。『後は任せた』と言っておきながら抜け目がないというか……。
「――《赤・巨神壊星群》!!」
魔力の回復と共に至近距離から最大攻撃魔法である《赤・巨神壊星群》をジュリエッタへと向けて放つ。
悲鳴すら上げることなく、ジュリエッタは降り注ぐ巨星の群れの中へと消えていった……。
彼女の『強さ』を求める姿勢は否定できない。
『ゲーム』のクリアが私たちの目的なわけだが、その達成のためにはどうしても『強さ』というのは必要になってくる。
けれども、結局のところ『強さ』は私たちにとって『必要な手段』の一つでしかない。
肝心なのは、アリスが言ったように『勝つこと』なのだ。
だからアリスは他人の力を借りることを躊躇わない――それが『勝つこと』につながるのであれば。
ジュリエッタの敗因は、たった一つだ。
彼女は『強くなるために勝つ』ことを目的とし、アリスたちは『勝つために強くなること』を目的とした。
だから、仲間と協力して戦うことを厭わない。
……四対一であることを卑怯などとは全く思わない。《影分身》を使っての騙し討ちも、伏兵による不意打ちも厭わない。
雑な言い方をすれば、勝てればいいのだ。
…………うん。何か『正義の味方』とは遠くかけ離れているような気もしなくはないけど、負けたら意味がないのだから。
「フッ……オレたちの」
「か、勝ち……だにゃ~……」
無数の巨星が穿った跡に、力なく横たわるジュリエッタを見つつ、アリスたちは宣言したのだった。