4-30. All out to struggle 5. ヴィヴィアンvsジュリエッタ
《イージスの楯》、《グリフォン》、そして《ペガサス》と立て続けに召喚をしたためにヴィヴィアンの魔力はもちろん底をついている。
当然、《イージスの楯》を使った段階でキャンディで回復はしているが。普段以上のペースで魔法を使っていることには変わりない。
《イージスの楯》を回収する時間さえ惜しい。《ペガサス》にまたがると同時にジュリエッタへと突進する。
彼女の狙いはおそらく倒れたままのアリスだ。理由は全く分からないけど、なぜかジュリエッタはアリスに固執しているように思える……最初の敗北が効いたというわけでもないと思うけど……。むしろそれならヴィヴィアンの方に執着しそうな気もするし。戦術的には、まぁ確かにアリスを真っ先に仕留めることが出来たらジュリエッタの勝率はかなり上がるのはそうなんだけど。
それはともかく、《ナイチンゲール》によって傷の回復はしたもののアリスの体力ゲージは減ったままだ。無防備な状態で今のジュリエッタの攻撃を受けたら一溜まりもない。
アリスを守るために、ヴィヴィアンは《ペガサス》によってジュリエッタへと突進する。
「……ふんっ!!」
が、あの『嵐の支配者』ですら大きく揺らいだ《ペガサス》の全力の突進を、ジュリエッタは何と片手一本で受け止めてみせた!
……つくづくとんでもない化物だと実感させられる。
「リコレクト《ペガサス》――インストール《フェニックス》!!」
《ペガサス》が受け止められることは想定内だったのか、それとも一秒でも早くジュリエッタへと接近することが目的だったのか、すぐさま《ペガサス》をリコレクト、代わりに《フェニックス》をインストールする。
インストール完了と共に、炎の翼でジュリエッタへと一撃を食らわせるとそのまま今度は上空へと上昇する。
流石にインストールでステータスが上昇しているとは言っても、今のジュリエッタと格闘戦をする気はヴィヴィアンにはないようだ。したところで勝てる見込みはないし、下手をすると私へと攻撃が飛んでくる恐れがある。
上空へと昇ると、今度は眼下のジュリエッタへと向けて――いや、その周囲一帯へと無差別に炎をまき散らす。
味方へはダメージが入らないとは言え無茶をする……まぁ、ジュリエッタの動きを止めるには、周辺を火の海に変えるくらいでないと効果が薄いと言えばそうなんだけどさ。
「ご主人様、回復をお願いいたします」
”うん”
炎で一時足止めが出来るかと言われると、それも実は怪しい。
さっき電撃を防御するライズを使ったことから、当然炎についても防ぐライズがあると簡単に予想がつく。
だからこの炎は足止めが出来ればラッキーくらいのものだ。本命は、目くらましである。
キャンディを使って魔力を回復させたヴィヴィアンが上空を旋回、そしてジュリエッタへと向けて急降下する。
「……邪魔!」
私の予想通り炎防御を使ったのだろう、燃え盛る炎はジュリエッタへとダメージを与えることは出来ていない。
ラッキーヒットは起こらなかったけど、それはまぁいい。
ジュリエッタへと急降下――そして、そのまま激突……はせず、ギリギリのところで再度急上昇。
「アンインストール……サモン《ペガサス》!」
今度は《フェニックス》をアンインストールし、再び《ペガサス》を召喚する。
それだけでは止まらない。
「リコレクト《イージスの楯》、サモン《コロッサス》!」
放置しておいた《イージスの楯》を回収することで魔力を回復させ、今度は《コロッサス》を召喚。
《コロッサス》は巨体を誇る召喚獣ではあるが、戦闘力では《ペガサス》や《ペルセウス》には劣る。それでもここで呼び出したのは、先程まき散らした炎とほぼ同じ……。
「ぬぐっ!?」
突如現れた巨人に圧し掛かられ、ジュリエッタの動きが止まる。
真正面から殴り合えばもちろんジュリエッタによって《コロッサス》は破壊されたであろうが、《ペガサス》に気を取られた一瞬に不意打ち気味に召喚されたため対応が遅れた。
殴り飛ばすことも出来ず、《コロッサス》によってジュリエッタが押しつぶされる――ということもなく、ジュリエッタは《コロッサス》に押しつぶされまいと堪えている。
うーん、単純なパワーだけなら質量と合わさって相当なはずの《コロッサス》と力比べをして拮抗するとは……。
でも――
”……なるほどね”
「? ご主人様?」
《コロッサス》に押しつぶされまいと踏ん張っているジュリエッタを見て、私はあることに気付いた。
今のジュリエッタが使用しているメタモル……《狂傀形態》と言ったか、この形態についてわかったのだ。
おそらくは、メタモルを二語で使用するこの魔法、アリスのextと同じようなものなのだと思う。
幾つものメタモル、そしてライズをひとまとめにして特定の形態へと変化する……それがメタモルの二語魔法なのだろう。
で、この魔法、幾つもの魔法を重ね掛けしていることから効果は抜群なのは確かなのだが……多分、一度使うと今度は普通のメタモルを使っての形態変化は出来ないのだと思う。
もしメタモルが使えるのであれば、《コロッサス》と素直に力勝負なんてしないで、前みたいにスライム状に変化するなりしてさっさと抜け出してしまえばいいのだ――まぁ周囲が火の海だからスライム化は危ない、という判断もあるのかもしれないけど。
メタモルを都度使うことによって変幻自在な動きをすることが出来るのが、ジュリエッタの強みの一つだ。
《狂傀形態》は圧倒的な戦闘力を手に入れる代わりに、柔軟さを失ってしまうという諸刃の剣というわけか。
”いや、何でもないよ。
それよりヴィヴィアン、このままジュリエッタを抑え込める? 出来れば、アリスからも遠ざけておきたい”
「お任せください、ご主人様」
穏やかに微笑みヴィヴィアンは自身たっぷりに請け負った。
……本当に頼もしい仲間に育ったものだ。
とにかく、アリスが目覚めるまで時間を稼ぐ――ヴィヴィアン一人で勝てるならそれに越したことはないけど――ジェーンもまだ復帰出来ていないようだし、もしものことを考えてジュリエッタをアリスたちから離しておきたい。
私のオーダーにいかにヴィヴィアンは応えるのか……?
「リコレクト《ペガサス》、サモン《ナーガ》!」
ヴィヴィアンが呼び出したのは今まで使ったことのない新しい召喚獣――半人半蛇の怪物である。
濁ったグレーの、相変わらずかくかくとしたポリゴンのような姿のそれは、大きさとしては普通の人間と同じ程度ではあるが、全長はかなりある。上半身の人間部分は普通だが、下半身の蛇部分の長さだけ5メートル程はあろうか。
《ナーガ》は呼び出されると同時にすぐさまジュリエッタへと向かい、その長い胴体を巻きつけようとする。
蛇っぽく、巻き付いて絞め殺すつもりか? ……いや、これは……。
「くっ……こんなもの……!?」
上からは《コロッサス》の全体重を乗せた押し付けが、胴体は《ナーガ》によって締め付けられ流石にジュリエッタも苦しそうに息を吐くが、どちらも致命傷には至らなさそうだ。
でも、ヴィヴィアンの狙いは――
「《コロッサス》、お願いいたします!」
ヴィヴィアンの指示に従い、《コロッサス》がほんの一瞬だけジュリエッタを押し付ける力を緩める。
そのチャンスを逃さずにジュリエッタはすぐさま《ナーガ》の胴体を力任せに引きちぎって逃れようとするが、
「……っ!?」
《コロッサス》がジュリエッタへと巻き付いた《ナーガ》に向けて、巨大な柱の如き足で蹴りつける。
――召喚獣同士は接触しようとすると互いに弾かれてしまう、という性質がある。ということは……。
《コロッサス》の巨体が大きく吹き飛び地面に仰向けに倒れるのと同時に、《ナーガ》が巻き付いたジュリエッタごと遠くへと吹き飛んでいく。
”……なるほどねぇ……”
如何にジュリエッタが踏ん張ろうとも、巻き付いている方の《ナーガ》自体が吹き飛んでいくのは抑えることは出来ない。どうもこの召喚獣同士の接触による弾き飛ばされる事象は、他の魔法と同じく物理法則を全く無視したものらしい。
乱暴なやり方だが、これである程度は時間は稼げるだろう。
”よし、今のうちにアリスを!”
《ナイチンゲール》で傷の回復自体は終わっている。そろそろ目覚めてもおかしくない。
《ナーガ》以外の召喚獣を一旦リコレクトし、倒れているアリスの元へと急ぐ。
周辺は相変わらず炎の海で視界は悪いが、どこにいるのかはわかる――この炎に紛れてジュリエッタやクラウザーが襲ってくる方がむしろ怖いくらいだ。
「姫様!」
「う、ぐっ……」
アリスは苦しそうに呻きながらも、何とか立ち上がろうとしているところであった。
良かった。彼女が目覚めてくれたのであればどうにかなる。
「あぶねー……これ、もし生身だったら、肋骨が全部バキバキに折れてたとか、そんなダメージだったぜ……」
自分の胸元をさすりながらアリスはそう言う。
肉体の再現に関しては割といい加減な『ゲーム』のおかげ、と言えるか。
「状況は?」
”うん。今ジュリエッタは――”
手短にアリスが気を失っている間の出来事を話す。
ジェーンもまだ体力ゲージは残っている状態だが、ノックアウトされて以降動きがない。余裕があったらこちらも回復させてあげたいところだけど……。
「ご主人様、《ナーガ》が倒されました! ジュリエッタ、来ます!」
余り時間の余裕はなさそうだ。
アリスも復活したことだし、そろそろ勝負を決めないと危ないか。長期戦になれば、全身超強化の魔法を使っているジュリエッタに次第に追い込まれていくことになりかねない。
「よし――ヴィヴィアン、使い魔殿を連れて少し離れてろ」
グミを口にして体力ゲージも回復させたアリスが言いながら『杖』を構える。
私がわかる程度の状況、アリスにだってわかりきっているだろう。
――次で決める気だ。
「かしこまりました。支援は必要でしょうか?」
「ああ。タイミングは任せる」
「はい」
すんなりとヴィヴィアンの支援を受け入れるアリス。
……彼女一人ではとどめを刺しきれない、と考えているのだろう。それにしても素直に手助けを受け入れるとは、ちょっと意外と言えば意外だ。
私のそんな思いを読んだか、苦笑いしつつアリスは言った。
「……幾らオレでも、助けがいるかいらないかなんてわかるって。
それに――」
そして私たちから視線を外し、炎の海の向こう――ジュリエッタが迫りくる方向へと顔を向け、いつもの狂暴な笑みを見せる。
「オレは、別に強くなりたいわけじゃない……。オレは、勝ちたいんだ」
その言葉には妙に説得力があった。
そして私はようやく気付いた――アリスとジュリエッタ、二人はどちらも好戦的で似ているように思えたものだが、何か違和感があったことを……その違和感の『正体』が何であったのかを。