4-27. All out to struggle 2. 決戦・ジュリエッタ
* * * * *
ジュリエッタ――彼女の持つ能力は、ほぼ全てが判明している。
『スカウター』をジュリエッタと対戦した全プレイヤーが持っていたためだ。私がジュリエッタを見た時にはディスガイズのことはわからなかったが、同様に他のプレイヤーたちも少しずつ見えているものと見えていないものが異なっていたことを知った。
どうも『スカウター』は全部の能力は見せてくれないらしい。ランダムではあるが、一部の能力は隠されてしまうものらしい。
……で、ジュリエッタのことを『スカウター』で見たのは、私、トンコツ、そして『EJ団』の残り二人の合計四人。
この四人がそれぞれ異なる情報を得ていたのだ。
今日、ジュリエッタとの戦いに臨むにあたって、トンコツとそのあたりの情報は共有してある。残念ながら、ジュリエッタに倒されてしまったプリンという使い魔が見た情報についてはわからなかったが、もう一人のヨームが見たものについては、トンコツが聞いてくれておいた。
完全に暴き切ったわけではないけれど、大体はわかったと言っていいだろう。
「ライズ《アクセラレーション》」
「ext《神馬脚甲》!」
戦闘開始と同時にジュリエッタはライズを、アリスは《神馬脚甲》を使う。
どちらも最初に『機動力』の強化を選んだというわけだ。
まずは、ライズ――かつてヴィヴィアン救出作戦の時にクラウザーも使っていた『ステータス強化魔法』だ。
効果は単純明快。ステータスを一時的に強化する魔法だ。《アクセラレーション》ならばスピード、《ストレングス》ならば攻撃力といった具合に、ステータスのどれかを上昇させるという効果がある。
上昇量は具体的には流石に私たちからはわからないけど、かなり大きいということは確実だ。
魔力の消費量はおそらく余り多くはないものの、反面効果時間はかなり短い。一撃くらいが精々だろう。
このライズによるステータス強化から繰り出される超高速、高威力の攻撃をいかに凌ぐかが、ジュリエッタ戦の肝の一つとなる。
「メタモル」
《アクセラレーション》でアリスたちの側面へと一瞬で回り込むと同時に、右腕を巨大な『猿』――ゴリラだろうか?――のものへと変化させる。
これがもう一つの魔法、メタモル。肉体を『変化』させる魔法だ。他の魔法とは異なり、一語でも発動することが特徴だ。どうも制御自体は彼女の霊装が補っているらしい。だからやろうと思えば二語以上使っての発動も可能なのだろう……それをする意味は余りないように思えるけど。
『変化』させる箇所・内容についてはほとんど制限はないようだ。気体や液体みたいに『変化』させた結果、身体が無くなってしまうようなものには『変化』できないくらいか。
消費魔力量は、『変化』させた内容や範囲によって上下するらしい。密林遺跡で私たちと戦った時にやったような全身をスライムに変えたり、『EJ団』の時に見せた『嵐の支配者』の一部分に変化させるようなものは大きな魔力消費を伴うが、今しているように右腕だけを巨大化させたりと言った部分変化に関しては大した消費量ではないようだ。
このメタモル、厄介なことに『今身体にないもの』をも作り出すことが出来るようだ。単純な上位互換とは言えないけど、ジェーンの持つボロウとアクションを合わせたような効果を持っていると言える。
おまけに『変化』した元の特殊能力まで再現可能と来ている。例えば、密林遺跡では毒液を吐いてきたりしたし、『EJ団』との戦いでは腕を火龍の首に変化させた炎を吐いたらしい。
これとライズを組み合わせることで、たった二つの魔法であるにもかかわらず多種多様な攻撃が行える、というのがジュリエッタの強みであると言えるだろう。
尚、もう一つの魔法ディスガイズだが、これは全身を丸ごと別のものに『変装』させる魔法であるという。見た目だけを変えるのであって、能力とかは流石に真似することは出来ないらしい。また、同時にライズ・メタモルを使うことも出来ないのだとか。不意打ちに使うには絶好の魔法だが、目の前で殴り合っている状況ではそこまで警戒する必要はないだろう。
ただ、化けられるのはモンスターだけではないのは密林遺跡での戦いでわかっている。こちらの意表を突くための手段として、何かしら活用してくる可能性はある。
「cl《雷星》!」
回り込んだジュリエッタの動きを予め予測していたのか、すぐさまアリスが魔法を放つ。
電撃を纏った流星が一直線にジュリエッタへと向かうが、
「ライズ《サンダーコート》」
ジュリエッタが魔法を使うと、一瞬彼女の体が青く輝き――
「えい」
あっさりとアリスの《雷星》が叩き落される。
あの魔法、触れたら電撃のダメージを受けるはずなのだが、その様子はない。
初めて見るライズだったが、名前からして電撃防御の効果だったようだ。
……うーむ、ステータス強化と言っても、単純な数値上の上昇だけではないようだ。防御系も出来るとは、なかなかに万能な魔法なのかもしれない。
「ふん、流石にこの程度は効かんか」
《雷星》をあっさりと防がれたことに気を落とすことなく、アリスは向かってきたジュリエッタの攻撃をかわす。
いかにライズで強化しているとは言え、巨大化させた腕での攻撃は大振りでそこまで早いというわけではない。《神馬脚甲》でスピードを強化しているアリスにとっては簡単にかわせる攻撃だ。
「アリス、援護するよ! アクション《トルネードショット》!」
ジュリエッタがアリスへと接近して腕を振り回しているのより少し離れた位置にジェーンはいる。
どうもジュリエッタ的にはジェーンは眼中にないらしい。まぁ確かにアリスに比べれば全体的にステータスは低いし、対ユニットに優れたギフトや魔法を持っているというわけではない。
だが、その油断のツケは手痛いダメージとなってジュリエッタへと返ることとなるだろう。
ジェーンの魔法を付与されたブーメラン型の霊装『牙神』があらぬ方向へと飛ぶ。当然、ジュリエッタはそれを気にすることはない。
「よくわからんが、任せるぞ!」
アリスもブーメランがあらぬ方向に飛んだことはちらりと見て確認したが、ジェーンが何をする気なのかはさっぱりわからないらしく、彼女に全て任せるつもりのようだ。
……信頼している、と思っていいのだろうか、悩ましいところだ。
二人が協力して戦うのは『嵐の支配者』戦の時以来、今回が二回目だ。果たして上手く連携できるかどうか……事前に多少の相談はしているものの、実際に戦うのはぶっつけ本番だ。
いやいや、私がアリスたちを信頼しないでどうする。私はクラウザーの動向に注意しつつ、二人が気付けない罠とかに気を配ろう。
さて、アリスとジュリエッタが激しく切り結んでいる周囲を、ジェーンの投げたブーメランが旋回している。普通に考えたらありえない軌道なんだけど、これがジェーンの魔法なのだ。彼女が『そうあれ』と望んだ通りに、様々な属性を付与したりブーメランにありえない動きをさせたりすることが出来る。
……よくよく考えると、彼女の魔法もなかなか大概だ。発想次第でアリスのような万能性を発揮できると思う。
「……よし、アリス、行くよ!」
「? おう!」
ブーメランの飛行速度が段々と上がって来た。
やがて轟轟とすさまじい音を上げながら、ブーメランは二人の周囲を旋回し――そしてついには視認できない程の速度となり巨大な風の渦、小型の竜巻を幾つもその軌跡に放ち始める。
そして、小型の竜巻が不規則な軌道でジュリエッタに向かって襲い掛かっていく。それでも尚ブーメランの勢いは止まらず、次々と竜巻を生み出し続けている。
いや……うん、本当に何か彼女の魔法、すごくなってない? 『嵐の支配者』戦の時に比べたら雲泥の差だ。
魔法そのものが強化されている、ってわけでもない。彼女の魔法の使い方が巧くなっていると言った方がいいか。
「アリス!」
「おう!」
竜巻でジュリエッタの動きを制限しつつ、アリスが魔法を次々と撃ち込んでいく。
「……っ!!」
強引に突破することも出来ず、ジュリエッタは滅多打ちにされるが――
「――マジか」
「うぇっ、効いてないの!?」
アリスの《流星》系列の魔法の乱舞に加え、ジェーンの《トルネードショット》が生み出した竜巻を浴び続けたにも関わらず、ジュリエッタはまだ普通に立っていた。
流石に両腕をクロスして顔とかは守っていたようだけど、それでも致命傷にはほど遠いダメージだ。
おそらく防御アップのライズか、硬い甲殻を持つモンスターへのメタモルも併せていたのだろう……そうでないとしたら恐ろしすぎる。
「……以前に戦った時よりも体力が上がっている……?」
二人の戦いの様子を離れて見守っていたヴィヴィアンがポツリと呟いた。
そういえば、密林遺跡の時に彼女はジュリエッタの体力が思った以上に『低い』ということを気にしていたけど……。
『EJ団』との戦いの後、クラウザーがレベル上げをしてきたということだろうか。だとすると、一筋縄ではいかないか――まぁそんなこと最初からわかっていたけどさ。
”ヴィヴィアン、君の言う通りジュリエッタは前に戦った時よりパワーアップしてるみたいだ。
クラウザーを直接攻撃するのは悪いけど今回は避けて、回復の妨害に専念して!”
「承知いたしましたわ」
クラウザーを倒すというのは私たちの目標の一つであるし、ヴィヴィアンを迎え入れる時の約束でもあるけど、すぐにとはいかなさそうだ。
ヴィヴィアンには悪いけど、まずはジュリエッタを倒すことに集中しないとこの人数でも負ける可能性がある。
アイテムホルダーでの回復は防げないがクラウザーからの回復は阻止可能だ。神装みたいな一撃必殺の魔法を当てることが出来ればいいけど、回避されたり耐えられたら一気にこちらが不利になる。
少しずつでも確実にダメージを与え、相手に回復させない――そして出来れば回復前に倒してしまいたい。
まぁ、クラウザーを取り逃さないようにすることも大事なんだけど……そうも言ってられない相手だ。
「……これじゃ、ジュリエッタは倒せない。ジュリエッタ、前より強くなった」
アリスたちがそれほど強い魔法を使っていないのは前に戦ってわかっているだろう。
それでは自分は倒せない、とジュリエッタは言ってのける。実際、《流星》系魔法の直撃を受けてもジュリエッタは全く揺るがない。これは《巨星》系ですら耐えてしまうのではないかとさえ思える。
だが、ジュリエッタ自身もわかっている通り、アリスたち――ジェーンはわからないけど――はまだまだ本気を出していない。
「ふーむ、なるほど、確かに以前よりは強くなっているようだな。二人がかりでも『楽勝』とまではいかなくなったか?」
アリスは余裕の態度を崩さない。
……うーん、彼女の性格的に遊んでいるわけではないとは思うけど、あんまり様子見ばかりしていてある時いきなりやられました、じゃお話にならない。
”アリス!”
注意を呼び掛けるつもりでアリスへと声をかける。
こちらに背を向けたままなので表情はわからないが、心配いらないとでも言うようにアリスは手を振って応えた。
本当に大丈夫なのかなぁ……今までとは勝手が違う相手だし、心配にもなる。
「……ま、うちの心配症の使い魔殿のためにも」
「うん、そろそろ『本気』だそうか!」
アリスとジェーンが互いに頷き合う。
二人もわかっているはずだ。ジュリエッタは余裕をもって勝てる相手ではないということを。
「ジェーン、貴様あいつ相手にやれるのか?」
確認するアリスに対してジェーンは力強く頷く。
「当然! アタシだって、いつまでも弱いままじゃないよ!」
「そうか。
んじゃ――全力で行くぜ!」
宣言通り、アリスとジェーンが本気を出す。
「……来い。ジュリエッタ、負けない!」
そして対するジュリエッタもまた、本気を出そうとする。
ここからが本番か――