4-26. All out to struggle 1. 決戦のはじまり
2019/4/21 本文を微修正
”――ラビ”
と、声をかけてきたのはトンコツ……ではない。
”クラウザー! どこにいる!?”
どこからともなく聞こえてきた声。
随分と久しぶりではあるが決して忘れることなど出来ない声だ。
”くくっ、そう慌てるな……”
そういうと共に、岩の陰からクラウザーが姿を現す。
……逆に不気味だ。普通に姿を見せるとは思わなかった……。
まぁ、不意打ちに使えそうな岩とかはあるけど、見晴らしが悪いわけではなかったから用をなさないと言えばそうなんだけど……。
”よう、久しぶりだな”
”……そうだね、クラウザー”
こうして直接顔を合わせるのは、ヴィヴィアン救出作戦の時以来だ。
特に和やかに会話を交わすような仲ではない。互いに笑顔もなく、静かににらみ合っている。
”……ジュリエッタは?”
こうして会話をしているのはこちらの注意を引き付け、ジュリエッタに不意打ちをさせるためかもしれない。
言われずともわかっているのだろう、アリスたちはクラウザーの方を見つつも周囲の警戒を怠らない。
だが、私たちの心配は杞憂に終わる。
「……ここにいる」
クラウザーの後から続いて、小さな、頭に狐のお面を乗せた少女――ジュリエッタも現れる。
……ますます意外だ。真正面から正々堂々戦うことを好むとも言いにくいけど、不意打ちを躊躇うようなキャラではなかったはずだ。
一度しか戦ったことはないし、言葉数が少なくてどんな性格なのかもよくわからないものの、『勝つためには手段を選ばない』タイプだとは何となく思う。少なくとも、そうでなければ密林遺跡での戦い方は説明がつかないし。
だというのに、今回は姿を隠すことなくクラウザー共々、目の前に堂々と姿を現すとは……不可解だ。
「何企んでやがる?」
『杖』を構えつつアリスが問いかける。
この場に既にクラウザーもジュリエッタもいる。モンスターの反応もちらほらとレーダーに映ってはいるけど、協調して襲い掛かってくる気配はないし距離もまだ離れている。
……クラウザーが複数のユニットを持っていることは確実だ。そのもう一人――あるいはそれ以上の伏兵がいる、と言う可能性もあるか? もしくは、クラウザーにもフレンドがいるとか……?
”くくくっ……そう警戒すんじゃねぇよ。この場にはオレとジュリエッタしかいねぇよ”
『この場には』、か……。いや、今はそれはいい。
本当に、何か企んでいるわけではないのだろうか……?
クラウザーの言葉の後、ジュリエッタが前へと出てくる。
「ジュリエッタ、一人で戦う。
……アリス、今度はジュリエッタが勝つ」
――そうか、ジュリエッタ一人で私たち全員に勝つ。そういう自信があるが故の行動か!
舐められている、とは思わない。実際、密林遺跡でのジュリエッタは強かったし、その後の『EJ団』との戦いでは数の不利をものともしていなかったという。
ジュリエッタの言葉に反応したのは、アリスではなくジェーンの方であった。
「アタシもいるよ!
ヒルダの仇、討つからね!」
「……お前じゃ、無理」
ばっさりとジュリエッタは切り捨てる。
どうやら彼女にはアリスしか見えてないようだ。密林遺跡ではアリスとヴィヴィアン二人での勝利、と私たちは思っているが……ジュリエッタは『アリスに負けた』と思っているのかな。
彼女がどう思おうとも、私たちのやることは変わりない。
”……何かすんなり行ってて気持ち悪いけど……”
”ふん、予定通りって言うんなら好都合だ! プリンの仇、きっちり取らせてもらうぜ!”
向こうが本当は何かを企んでいるとしても私たちにそれを知ることは出来ない。
ならば、とにかくまずは目の前に現れたジュリエッタとクラウザーと戦い、そして倒すことを考えよう。
”とにかく、作戦通りいこう!
アリス、ジェーンと一緒にジュリエッタを!”
「おう!」
「うん!」
戦闘力の高いアリスとジェーンがジュリエッタとメインに戦う。
”ヴィヴィアンは適宜召喚獣で援護、シャロは《アルゴス》で周囲を警戒!”
「かしこまりました」
「は、はいぃ!」
本当ならクラウザーも狙いたいところだけど、正直ジュリエッタはまだ底知れない。
迂闊にクラウザーへと攻撃を仕掛けようとして防御が手薄になったところを――なんてことになりかねない。
『”……ヴィヴィアン、大丈夫かい?”』
それ以外にも理由はある。私は遠隔通話でヴィヴィアンにだけ話しかけた。
『……はい。大丈夫です、ご主人様。わたくしは、戦えます』
ヴィヴィアンの前の使い魔に対する恐れ――それが不安要素と言えば不安要素だ。
もちろん、ヴィヴィアンのことを疑ったりするわけではない。どちらかと言えば、彼女の『心』の方に強い負荷がかからないか、それが心配なのだ。
でも、私の声に答えると共にきゅっと強く抱きしめるその腕は、震えてはいなかった。
……うん、きっとヴィヴィアンは大丈夫だ。彼女の『強さ』を信じよう。
「よし、それじゃ――行くぜ、ジュリエッタ!!」
アリスが『杖』の先端を『槍』へと変え、ジェーンが霊装を手にジュリエッタへと接近する。
”くくっ、やれ、ジュリエッタ!”
「……言われなくても」
ジュリエッタも二人を迎え撃つべく前へと踏み出す。
こうして私たちとジュリエッタの第2戦にして、最後の戦いは始まった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ラビとトンコツがクラウザーとの戦いを始めたのと時を同じくして――
「……ヨームさん、私をユニットにしてくれたことは感謝しています。
でも……!」
羊の姿をした使い魔ヨームのマイルーム――木造のロッジをイメージした小さな小屋と、その周囲に広がる穏やかな草原を模した空間に、彼女たちはいた。
ロッジ傍に置かれたベンチの上に優雅に腰かけたフォルテと、その膝の上に抱かれたヨーム。
彼女たちに対峙するかのように、赤ずきんを被った少女――アンジェリカが向き合っていた。
「……」
フォルテからは何も話さず、膝の上のヨームが話すのを静かに待っている。
ヴェールに隠されているため表情は全くわからない。
「あうぅ……あ、アンジェリカ、落ち着くアル……」
アンジェリカとヨームたちの間でおろおろとしている凛風。
二人とも今は凛風に構っている暇はない。
”……アンジェリカ氏”
静かにヨームはアンジェリカに向かって語り掛ける。
”君の気持はわからないでもない。プリンとヒルダ氏を倒したジュリエッタ氏へと『復讐』をしたい、という気持ちは――”
「な、ならどうして私たちも参加しないんですか!?」
……トンコツはラビに対して、ヨームは事情があって参加できないというように説明していた。それは嘘ではない――トンコツもヨームからそう聞いていたままを説明しただけなのだ。
だが、現実は違う。
ヨームは自らの意思でジュリエッタ討伐作戦に参加しなかったのだ。
それを知ったアンジェリカは、なぜ自分たちも参加しないのかと詰め寄っていた場面である。
「――私のギフトが告げたのです。
今日、ジュリエッタと戦うのは私たちにとって『凶』である、と」
ヨームの代わりに答えたのはフォルテだ。
フォルテの持つギフト――その名は『予言者』。効果は、『未来の予知』である。
彼女の魔法と同様、そう遠くない未来について知る能力だ。ただし、他のユニットのギフトと違って完全にコントロール不能であり、いつ、どんな内容での『予知』となるかは全くわからない。また、予知の対象となるのは、オラクルと同じで基本的にはフォルテたちを中心としている。
「今回の予知は……私たちがクエストへと赴くことにより、『逃れられない死』が迫る、と出ています」
”……というわけなんだ。だから、私たちがトンコツたちと一緒に行くと、とても良くないことが起こってしまう――彼らの邪魔をしないためにも、私たちは動くわけにはいくまいよ”
「そ、そんな……!」
これが現実世界ならば一笑に付すべき話だったかもしれない。
しかしアンジェリカもわかっているように、『ゲーム』の力は底が知れない。
未来予知などという、どんな理屈があれば実現できるのかわからないバカげた力でも、本当に出来てしまうであろうこともわかっている。
フォルテが『危険』だと言えば、本当に危険なのだろう。
「せ、せめて私だけでも……!」
”それは出来ない。
……確かに君一人をクエストに送ることは出来るけど、それで一体何が出来る? 彼らの足手まといになってしまうんじゃないかね?”
「……」
言葉遣いは優しいが、言っている内容は冷酷だ。
使い魔なしにクエストに挑むことは可能だ。だが、回復等制限は多い。
ましてやアンジェリカは単独ではそこまで戦闘力を発揮できるわけではないのだ。ヨームの言う通り、たとえ一人で対戦に参加したとしても、トンコツたちの邪魔になってしまう可能性の方が高い――クエスト出発前にありすが思った通りに。
ヨームの言っていることはアンジェリカにも理解できるのだろう。反論したくとも出来ず、悔しそうに唇をかみしめてうつむいてしまう。
「……ふぅ」
そんなアンジェリカの様子を見かね、フォルテがため息を吐くと共に言う。
「アンジェリカさん……そんなに『復讐』がしたいですか?」
「わ、私は……ジュリエッタを、倒したい、です」
一瞬だけ言葉に詰まるものの、アンジェリカはそう答えた。
ふぅむ、とヨームは少し考え込む。
”……言うべきかどうか迷いましたが……アンジェリカ氏がそこまでジュリエッタ氏に対して『復讐』したいというのであれば、教えましょう。
――今日、ジュリエッタ氏は倒されない。そう、フォルテの占いに出ています”
「……え?」
一瞬、ヨームの言っていることの意味がわからずアンジェリカは呆けた表情を返す。
構わずヨームは続ける。
”あくまで『占い』ですけどね。彼女の占いはよく当たるんですよ”
「……ええ。流石に将来の結婚相手とか、そういうものは占えませんが」
話の流れから、どうやらフォルテの持つ魔法やギフトではなく、本当に『占い』をした結果らしいことがわかる。
実際のところはどうなのかはアンジェリカにはわからないことではあるが。
「それに――貴女について占ってみたところ、『貴女の願いが叶うのは少し先』と出ています。
……ジュリエッタと戦う機会は、今日ではありません。いずれ、きっと来るはずです」
”……というわけでね。尚のこと、私たちは今日ジュリエッタ氏に挑むわけにはいかないんだよ”
「え? ちょっと待つアル師父!? それって……ジェーンたちが負けるってことなんじゃないアルか!?」
黙って話を聞いていた凛風が驚いたように言う。
確かにフォルテの占いが当たるのであれば、アンジェリカは後日ジュリエッタと戦う機会を得られるはず――ということは、今日ジュリエッタと戦っている相手は負けるということになってしまうのではないか。
それを知っててクエストに参加しなかったのでは……まるでトンコツたちを見殺しにしたも同然ではないか、凛風はそう思ったのだ。
”さて……そういうわけでもないと、私は思うのだがね”
「……?」
言い訳をしている様子にも見えず、凛風は困惑する。
ジュリエッタを倒すことは出来ても、クラウザーを取り逃すのでジュリエッタは生き残る、というケースもありうるが……。
”それよりアンジェリカ氏”
「……はい」
”もし君が本気でジュリエッタ氏に勝ちたいというのなら、今のままでは不可能だ。わかるね?”
「…………はい」
悔しそうにアンジェリカは頷く。
ジェーン、凛風の二人がかりでも敵わず、アンジェリカ自身も一蹴されてしまうのはこの前の戦いでわかっていた。
どれだけ再戦を望み、そして叶ったとしても、負けるのは目に見えている――それこそ奇跡でも起きない限り、アンジェリカはジュリエッタには勝てない。
”なら、今君がしなければならないことは――”
「……強くなる、しかない……」
そうだ、と言わんばかりにヨームは頷く。
「……そうアル。アンジェリカ、ワタシも強くなるアルよ!
フォルテの言うことなら、きっとその通りになるアル! ワタシ、フォルテの言うこと聞かないで痛い目見たこと、一度や二度じゃないからよく知ってるアル!」
「……貴女はいい加減懲りて欲しいのですが」
フォルテの小声での呟きを華麗に無視し、凛風はアンジェリカの手を取る。
「ジェーンたちもきっと無事アル!
だから――ワタシたち強くなってジュリエッタともう一度戦うアルよ!」
凛風の励ましの言葉に、アンジェリカはやがて小さく頷いた。
――プリンから引き継がれ、新たにヨームのユニットとなったアンジェリカ。
彼女の持つギフトの名は【復讐者】……。
『復讐』という名の災禍の種は、この時から静かに成長の時を待つのであったが、そのことをジュリエッタも、ジュリエッタと戦っているラビたちも知る由はないのであった。