4-21. 凶獣の咆哮 4. EJ団vsジュリエッタ
2019/4/21 本文を微修正
フォルテの持つ魔法――オラクルはかなり特殊な魔法である。
神託の名の通り、神(のような何か)から未来についての託宣を得る魔法である。その結果は、基本的には『絶対』となる強力な魔法だ。
先程クラウザーの前で使った時には『ゲートまでの安全な逃げ道』を占った。その結果が今なのだが――
(……どうやら、全員無事に済む、というわけではなさそうですね……)
口には出さず、心の内でフォルテは呟く。
オラクルの特殊な点としては、あくまで『基本的には』であって何らかの要因によっては占いの結果が覆ることがある。
また、それほど遠くの未来についての結果は保証してはくれない。『安全なルート』という結果は出たものの、それはあくまでさっきまでの時点、という但し書きが付く。
今回に限って言えば、ジュリエッタが現れるまでは安全なルートということだったのだろう。
「……もう一度占います」
ならば再び安全なルートを導き出すまでだ。
ただし、それが『全員無事に済むルート』かどうかまではわからない。
――オラクルの特殊な点の最後の一つが、『彼女自身について』しか占えないということなのだ。
つまり、ここで『安全なルート』をオラクルが導き出したとしても、それはあくまでフォルテ自身が無事に済むだけの話であって、他のメンバーが無事に済むとは限らないということだ。
彼女の魔法の性質は他のメンバーも承知している。
絶対安全というわけではないが、少なくともフォルテの周囲であれば比較的安全だということはわかっている。
だからフォルテを守るのだ。それが、一人でも多くのメンバーをジュリエッタたちから救う唯一の道である故に。
「アンジェリカはクラウザーを警戒せよ!
ジェーンと凛風はワシが援護する」
フォルテと入れ替わりにジェーンたちのすぐ後ろにヒルダが付く。
プリンが相変わらず頭上に乗っているため危険ではあるが、自らの使い魔に対して責任を最後まで持つべき、というのが『EJ団』の方針だ。危うい時に援護するのは当然ではあるが。
ジェーン、凛風を先頭にその後ろにヒルダ。更に後ろにフォルテたち、そしてクラウザーの襲撃を警戒するためアンジェリカが警護につく。
『EJ団』でクエストに挑む場合には、大体この態勢となる。ジェーン、凛風、アンジェリカはローテーションすることもある。シャルトットは《アルゴス》による監視を行うのが役目だ。
”シャロ”
「は、はい」
逃走中に《アルゴス》を配置し続けるのは効率が良くないため使っていなかったが、すぐに逃げ出せる状態ではない。
また、この時点で広範囲に《アルゴス》を撒いておけば、再びオラクルで逃走ルートが判明した後にも使うことが出来る。
トンコツの指示に従い、シャルロットも《アルゴス》を使用する。
「……準備は、いい?」
『EJ団』側の体勢が整うのを待っていたのか、ジュリエッタは進路をふさぐだけで動こうとはしなかった。
彼女の目的もよくわからないことに『EJ団』は戸惑っている。
クラウザーのように他の使い魔を積極的に狙うわけでもないが、戦いを忌避しているわけでもない。
むしろ、『戦うこと』そのものが目的であるようにも受け取れる――故に、戦闘力のない使い魔は眼中にない、というようにも思える。
こうして、『EJ団』とジュリエッタの最後の戦いは始まった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「オーダー《ジェーン:感覚強化》、オーダー《凛風:攻撃力強化》!」
ヒルダの号令により、ジェーンと凛風がそれぞれ強化を受ける。
彼女の魔法は他のユニットに対してのみ作用する――それに加えて、ギフト【賦活者】の効果によって、『能力値を上げる』という普通に考えれば命令だけではどうにもならないことも可能となる。
当然、他のユニットには、対戦相手のユニットも含まれている。
「オーダー《ジュリエッタ:強制停止》!」
「!」
ヒルダの魔法が発動すると同時に、ジュリエッタの動きが止まる。
何らかの手段で魔法を防がない限り、どのような命令であっても――それが直接体力や魔力を消費するものでない限り――強制的に実行させてしまうのがヒルダの魔法だ。
本人にオーダーを掛けることが出来ないという欠点はあるものの、こと対ユニットという点においては強力無比な魔法である。
「行け!!」
動けない相手に攻撃するのは――などと躊躇している場合ではない。
ジュリエッタが本気を出して攻撃をしてきたら一溜まりもないということを、一度戦っているジェーンたちは知っている。
躊躇うことなく二人はジュリエッタへと攻撃を仕掛ける。
”強制命令――ジュリエッタ、移動せよ!”
だが、二人が動き出すと同時に、どこからともなくクラウザーの声が響く。
強制命令――使い魔側が使える、自身のユニットに対しての特殊な命令だ。
ヒルダのオーダーと異なるのは自分のユニットにしか使えないことと、強化等は行えないこと。そして、直接体力や魔力を減少させることは出来ない(やるメリットもない)ものの、魔法を使わせたり逆にキャンセルさせたりできることだ。
クラウザーの強制命令によってジュリエッタの姿が消え、少し離れた位置へと瞬間移動する。
どうやらヒルダの魔法よりも強制命令の方が上位のようだ。
「……動ける……」
ヒルダの魔法は万能のように見えるが、もちろん欠点もある。
ジェーンたちのようにオーダーに逆らわない場合はその限りではないが、抵抗する意思さえあれば効果時間を減少させることが可能なのだ。そうでなければ、ヒルダは対戦で無敵となってしまうだろう。
減少した効果時間はかなり短い。
すぐにジュリエッタは動き始める。
「メタモル」
右腕が巨大な熊のような腕へ、左腕は火龍の首へと変化する。
「ライズ――《アクセラレーション》!」
そして加速――超高速移動でジェーンたちの視界からジュリエッタが消失した。
「――こっち!」
ジェーンはすぐさま行動、凛風の背後から襲い掛かろうとしたジュリエッタへと牙神を投げつけて阻止する。
ヒルダからのオーダー『感覚強化』によって、ジュリエッタの動く『音』を聴いていたのだ。
自分のすぐ後ろにジュリエッタがいることがわかった凛風も振り返り、
「シフト《4thギア》! うりゃあぁぁぁぁぁっ!!」
自らの魔法を発動させると同時にジュリエッタへと殴り掛かる。
右腕で凛風の拳を受け止めると、左腕――火龍の口を向ける。
至近距離からの火炎弾が発射された。
「ブロウ《突風》!」
だが、火炎弾が直撃する前に凛風のもう一つの魔法――『ブロウ』が発動。強烈な風が火炎弾をあらぬ方向へと逸らす。
ホーリー・ベルのような複数の属性を操ることは出来ないものの、単一の属性を操ることには長けているのが凛風の魔法である。汎用性ではなく、特化型の魔法と言える。
「アクション《ヘヴィインパクト》!」
霊装を投げて援護したジェーンもすぐに追いつき、ジュリエッタへと接近戦を仕掛ける。
アクションによって自らの腕を硬化――いや重化させ、上から叩きつぶすような一撃を放つ。
「……」
流石に上からの攻撃を受け止める気はないのか、すぐさまジュリエッタはその場から飛び退り一旦距離を取る。
まだお互いにダメージを受けてはいないが、今のところは互角に戦えている――という実感はある。
しかし、この程度がジュリエッタの実力ではない。それもまた実感している。
「……ライズ《ストレングス》、ライズ《アクセラレーション》」
本気を出す――その言葉が嘘ではない、と言わんばかりに、立て続けにライズで肉体強化をするジュリエッタ。
動き自体は素早いが感覚強化されたジェーンで追えないほどではない。
問題は相手の攻撃を食らってしまうことだ。『EJ団』の誰も、防御力自体を強化したり失った体力を回復する魔法は持っていない。アイテムを使うしかないが、乱戦状態でアイテムを使おうとしても使い魔との距離が空いてしまうとそれも出来なくなる。
攻撃を食らわず回避し続けるしかない。
強化されたジュリエッタの姿がまた消える。
「……上!」
ジュリエッタの動きをジェーンは逃さない。
大きく上へとジャンプしたジュリエッタを迎え撃とうとする二人だったが……。
「メタモル――」
果たしてジェーンの感知した通り二人の頭上へとジャンプしていたジュリエッタだったが、そのまま落ちてきたのでは攻撃されるだけというのはわかっていたはず。
空中で新たにメタモルを使う。
ジュリエッタの両腕が再び変化――両腕だけが、丸太のように太く、巨大な……体格にあまりにも釣り合わない巨人のように膨れ上がる。
オオアクマシラ等の大型類人猿の腕へと変化させ、眼下の二人へと振り下ろす。
「ふぎゃっ!?」
全く予想もしていなかった攻撃を受け、ジェーンと凛風は叩き潰される。
それだけで体力ゲージが消えることはなかったが、地面に叩き伏せられてしまったため立ち上がるのにほんのわずかな時間が必要となる。
――そのわずかな時間が、『EJ団』にとって致命的な時間となってしまう。
「くっ……オーダー《ジュリエッタ:強制停止》!」
「メタモル!」
再度ヒルダがオーダーでジュリエッタの動きを停止させようと魔法を使うのと同時にジュリエッタもメタモルを使う。
だが、魔法の発動はジュリエッタの方が早い。一語で発動する分、メタモルの方がわずかながらヒルダより早かったのだ。
仮にどのように変化したところで、ジュリエッタとヒルダにはやや距離がある。アクセラレーションでの加速を考えても、魔法が早く発動したところで射程距離の問題でヒルダのオーダーの効力が発揮される方が早い、そうヒルダは思っていた。
火龍に変化して火炎弾を放つ可能性はあるが、だとしても一撃でやられるほどの威力はない――今や『EJ団』でも火龍くらいであれば独力で討伐する程度のステータスはあるのだから。
そんなヒルダの想像を、ジュリエッタは遥かに超えていた。
ジュリエッタの背中――肩甲骨付近から二本の『触手』が伸びる。
立ち上がりかけたジェーンは、その『触手』に見覚えがあった。
「……!? ヒルダ、逃げ――」
ジェーンの警告と同時に、周囲一帯に無差別に電撃が放出された。
ジュリエッタのメタモルによって生えてきた『触手』……それは、あの『嵐の支配者』戦の時にジェーンも戦った、雷精竜ヴォルガノフのものだったのだ……。