4-20. 凶獣の咆哮 3. 果てしなき逃走
2019/4/21 本文を微修正
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クラウザーから逃げ出したトンコツたち一行は、クラウザーが追いかけてこないことを確認する。
”……どうやらアンジェリカ君が上手くやっているようだね”
”ええ、体力ゲージもまだ健在。このまま倒せれば――と言いたいところだけど”
「うむ、流石にアンジェリカでは無理じゃろう。団長殿、ヨーム殿、トンコツ殿、三人をこちらへと転移させるか?」
逃走を続けながらヒルダが尋ねる。
彼女の魔法であれば、離れた位置にいてもユニットを手元へと呼び寄せることが可能だ。
足止めとしてジェーンたちを取り残したのは別に彼女たちを捨て駒としたのではない。ヒルダの魔法でいつでも回収できるからだ。
”……ああ、今確認した。ジェーンたちもジュリエッタから離れることに成功したみたいだ”
”うん。凛風からも確認。どうやらジュリエッタにモンスターが集中しているみたいだね”
遠隔通話でそれぞれのユニットと状況を確認したのだろう、トンコツとヨームが言う。
「よろしい。では――」
ヒルダが魔法でジェーン、凛風の順で手元へと強制転移を行う。
どちらも多少のダメージは負っているが、リスポーンには程遠い状態だ。
「急ごう! 多分、ジュリエッタがすぐこっちに来る!」
転移してくるなりジェーンはそう言う。
実際にジュリエッタと戦った経験からして、オルゴ・ガルバルディアではそう長い時間足止めにはならないだろうと思っているのだ。それに、ジュリエッタが律儀にモンスターと戦い続けてくれるという保証もない。
言われるまでもない、と一行はゲートへと向けて進み続ける。
「ふむ、団長殿、アンジェリカもそろそろ呼ぶが、よろしいか?」
”そうね……あら? でも、魔力はともかく体力は余り減っていないようね……”
クラウザーと戦っているはずのアンジェリカだが、魔法を使っているのであろうことはわかるのだが、あまりダメージを受けている様子が見えず、プリンは首を傾げる。
アンジェリカが優勢であるのか、それともクラウザーが手加減しているのか――手加減しているとすれば、その理由はクラウザーが語った通り、ジュリエッタの戦う相手を減らさないためだろう。
”……いえ、でも呼び寄せましょう。離れすぎると、ヒルダの魔法が届かなくなるかもしれないしね”
「うむ、射程は――まだ余裕はあるが、そろそろ危ない」
当然のことながら、ヒルダの魔法も万能ではない。『射程』という限界は存在する。
目に見えない範囲であっても魔法は届くが、フィールド全体をカバーすることは出来ないのだ。
クラウザーはどうも自身でユニットを倒すことはしないようだが、ジュリエッタは違う。
ジェーン、凛風、アンジェリカの三名は戦闘力がある方だ。本気で襲って来ないクラウザーに張り付かせているのは戦力的には勿体ないと言える。
尤も、三名が揃ったところでジュリエッタに対抗できるかは微妙だ、とも思っていたのだが。
「はふぅ……怖かった……」
ヒルダに呼び戻されたアンジェリカが涙目になりながらも、ほっとしたような表情を見せる。
ダメージは受けていないようだが、クラウザー自身が恐ろしかったのだろう。
「急ぎましょう。ゲートまではまだ距離があります」
全員集結したところでフォルテがそう言う。
「そうだね。正直、クラウザーはともかくジュリエッタがヤバいよ、アレ」
「同意アル。ちょっと手に負える相手じゃないアル」
またジュリエッタが追い付いてきたら二人が戦うつもりではあるが、今度はさっきのように都合よくモンスターの乱入があるかはわからない。
オルゴ・ガルバルディアクラスの相手であれば多少の時間稼ぎは出来るだろうが、それ以下のモンスターであれば足止めにもならないだろう。
一行はジュリエッタとクラウザーが追い付く前に、少しでもゲートに近づこうと急ぐ。
途中、小型モンスターが現れはするものの、ジェーンたちが適当に相手をし、深追いはせずに先を急ぐ――ジェーンたちを呼び戻したのは、ジュリエッタに敵わないからというのもあるが、モンスターに対抗するためというのもあるのだ。
戦わずに逃げるということはもちろん可能だ。だが、ゲートまでの最短ルートを通るためにはモンスターを避けてばかりはいられない。
ジュリエッタ、クラウザーを誰かが足止めしている間に逃げるという手を使えればそれがベストなのはわかっているが、ジュリエッタの足止めは現状無理だと皆判断しているのだ。
「先導します。着いてきてください」
ヒルダからヨームを受け取り、フォルテが先頭となってゲートまでの道を突き進む。
フォルテの横をアンジェリカ、凛風が守り、最後尾にはジェーンが。中間に残りのヒルダ、シャルロットがそれぞれの使い魔を抱いて走る。
「し、師匠……」
”なんだ、シャロ?”
走りながらシャルロットがトンコツへと話しかける。
「そのぅ……ジェーンちゃんか凛風ちゃんがクラウザーを倒す、というのは無しなんでしょうか?」
シャルロットの提案は理に適っている、と言える。
ジュリエッタが脅威であろうとも、使い魔であるクラウザーを失ってしまえばこの対戦はともかく以降は『ゲーム』から消えるのだ。
ただし――
”……いや、無理、だろうな……”
その可能性はトンコツたちも考えなかったわけではない。
しかし、まずジェーン、凛風共にクラウザーに敵うかどうかが微妙なところだ。
クラウザーがトンコツたち同様、戦闘力のない使い魔であれば迷うことなくその手を取ったであろうが、本人がユニットと同様の力を持っているのだ。下手に手を出しても返り討ちに合う可能性が高い。
また、ジェーンのギフト【狩猟者】にしても、クラウザー相手には効果を発揮することは出来ないし、凛風に至ってはギフト自体が微妙な性能という有様だ。ジュリエッタの乱入前に素早くクラウザーを仕留める、という方法は実現は難しいだろう。
クラウザーをどうにかするためには、とにもかくにもジュリエッタを抑えることが出来る程度の戦闘力があることが前提となってくる。今の『EJ団』では、全員纏めてかかってもそれが無理なのだ。
”とにかく、今は逃げることだけ考えるぞ。
いざとなったら、シャロ、お前の《アルゴス》を――”
トンコツがそう言いかけた時だった。
「……追い付いた」
ジュリエッタの声が頭上から聞こえてきた。
背中に翼を生やしたジュリエッタが、空から追いかけてきたのだ。
「うぇっ!? 何でもありアルか!?」
凛風が呻く。彼女は自力では空中を移動する能力を持たない。
「メタモル」
すぐには地上に降りず、滞空したままジュリエッタが魔法を使う。
地上へと差し出した右腕がメタモルによって変化――ドラゴンの頭へと変わる。
”あれは……レッドドラゴンか!?”
索敵能力によってジュリエッタの魔法はわかってはいたが、身体の一部分を部位を無視した変化が出来るとは思っていなかった。
ジュリエッタの右腕――火龍の口が大きく開き、そこから灼熱の火炎弾が吐き出される。
「うわぁっ!?」
狙いを一切つけず、まるでバラ撒くように火炎弾を発射し続ける。
目的は火炎弾によるダメージではない。
「……いけません、ルートが塞がれました……」
周囲の森へと炎が燃え移り、あっという間に火炎地獄と化す。
もちろんユニットも使い魔も、この炎によってダメージを受ける。無理矢理炎の海を突っ切ろうとすれば、それだけで大ダメージを受けるか、最悪体力ゲージが削り切られてしまうだろう。
『逃がさない』というジュリエッタの意思を感じさせられる。
「むー……やるしかない、か……!」
オルゴ・ガルバルディアは既に倒されてしまったのか、それともジュリエッタが振り切ったのかどちらかはわからない。
だが、追い付かれてしまった以上は戦わざるを得ない。
クラウザーはこの場にはいないが、油断は出来ない。とにかく、目の前にいるジュリエッタから使い魔たちを守るべく、ジェーンと凛風が再度ジュリエッタに備える。
「……」
ジュリエッタは翼を消し、地上――先頭に立っていたフォルテの前へと道を塞ぐように降り立つ。
「フォルテ、下がって!」
「ワタシたちに任せるアル! 師父たちはどうにか逃げるアル!」
ジェーンと凛風が素早くフォルテの前へと出て背後の仲間を庇う。
そんな様子を見て、ジュリエッタがほんの少しだけ笑う。
「……それじゃ、そろそろ……本気出す」
周囲は炎に包まれ逃げ場は見当たらない。
ここで全員始末する――ジュリエッタはそう思っているようだった。