4-09. 恐怖のプレデター 1. 魔獣少女・ジュリエッタ
* * * * *
クラウザーとの対戦を受諾、空中に「Ready Fight」の文字が浮かび上がる。
それと同時に私は「スカウター」を使ってジュリエッタの能力を探る――卑怯とは思わない。まず間違いなく、向こうはこちらの能力を知っているし、スカウターがあるということは初見の相手との戦いで使うことを想定しているはずだ。
――あれ? 確かに幾つかの能力は見えるんだけど、全部見えてない? 一部の能力が「■■■」とマスクされている……スカウターを妨害する能力が存在しているのか、それともスカウターでは見える「数」が決まっているのか……ジェーンの時は急いでて余り覚えてないんだけど、彼女は「ボロウ」「アクション」の2つしか魔法は見えなかったかな? もしかしたら私の知らない第3の魔法があったのかもしれない。
ともかく、今見えている分だけの能力をアリスに伝えなければ。
遠隔通話で直接アリスとヴィヴィアンに語り掛けようとした時だった。
「ライズ――《アクセラレーション》」
様子見などせずに、いきなりジュリエッタが動き出す。
彼女が使った魔法は『ライズ』――クラウザーがチートで使ったのと同じ魔法だ。
その効果は単純明快。『肉体強化』である。
「! ヴィヴィアン!」
ジュリエッタが使用したのは《アクセラレーション》……『加速』だ。その名の通り、スピードを上げる魔法である。
加速したジュリエッタが向かうのは正面に立つアリス――ではなく、その後ろに立つヴィヴィアン……いや、私の方であった。
「アンインストール――サモン《イージスの楯》!」
が、ジュリエッタが動き出そうとするのと同時に、ヴィヴィアンはインストールを解除、続けて《イージスの楯》を召喚する。
突撃してきたジュリエッタの拳を《イージスの楯》で受けると同時にヴィヴィアンはすぐさま後ろへと下がる。
「cl《炎星》!」
更に背を向けたジュリエッタに向けてアリスが魔法を放つ。
「……」
《アクセラレーション》の効力はまだ切れていない。
振り向きもせずにジュリエッタは横に跳んでアリスの魔法を回避。
「リコレクト《イージスの楯》――サモン《グリフォン》!」
下がりつつヴィヴィアンが《グリフォン》を呼び出してジュリエッタへと差し向ける。
一匹ずつの攻撃力は低いが、三匹同時に現れて素早い動きで相手に纏わりつく《グリフォン》は攪乱には最適だ。
ジュリエッタへと《グリフォン》が向かうのに合わせて、アリスも炎の槍を手にジュリエッタへと接近する。
「ふん、やっぱりそうきたか」
「ええ、クラウザー様のユニットなら、そうすると思いました」
どうやら二人はジュリエッタがこう動くことを予測していたらしい。
別にジュリエッタは卑怯な真似をしたわけではない。一対一の戦いを望んだのはこちら側だし、そもそも最初からジュリエッタは二人同時にかかってくることを望んでいた。
わざわざ向こうが律儀にこちらの流儀に付き合う必要はない。
……けど、やはり二対一というのは向こうにとって不利なはずなのに、それを積極的に望んでくるとは……ジュリエッタに余程の自信があるのか? それか、クラウザーが積極的に使い魔を狙うように指示しているのか……どうもアリスたちは後者の予想をしているみたいだけど。
「姫様」
「ああ、仕方ない。お望み通り、二人で行くぞ!」
こちらが一対一にしようとしても、ジュリエッタの方がそれを望んでいないのであれば仕方ない。
アリスとヴィヴィアンがジュリエッタを取り囲むような体勢となった。
「……それで、いい」
しかしジュリエッタはこうなったのが望み通りだったのだろう、全く表情を変えずに呟く。
……この娘もアリスに負けず劣らずの戦闘狂っぷりだな……クラウザーに無理矢理脅されて、というわけでもなさそうなのが厄介なところだ。
ともあれ、二対一で戦うのであればこちらにとっては好都合だ。数の上ではこちらが有利な状態だ、出来ればこのまま勝ってしまいたい。
「それじゃあ――本気、出す」
深く沈みこんだ体勢を取り、ジュリエッタが魔法を使う。
「ライズ《ストレングス》、ライズ《アクセラレーション》!」
今度は加速だけではなく、《ストレングス》――名前からして腕力強化だろうか――を使用し更に肉体強化を施す。
向かう先はアリスだ。
ああ、ダメだ! ジュリエッタの持つ魔法をアリスに伝える時間がない!
「来い!」
加速したジュリエッタの動きをアリスは捉えている。そのまま炎の槍を振るって迎撃しようとするが、アリスの直前でジュリエッタが急停止――いや、真上へとジャンプする。
「――メタモル」
ジャンプと同時に魔法を呟く。
次の瞬間、ジュリエッタの右腕が巨大化した!
「うおっ!?」
幼稚園児並みのジュリエッタの体格はそのままに、彼女の右腕だけが巨大化――毛むくじゃらのゴリラのような腕へと変化し、眼下のアリスに向かって振り下ろされる。
予想外の変化に戸惑うものの、アリスはそのまま後ろへと下がって振り下ろされた腕を回避する。
流石に『杖』で受けようとは思わない。見た目が大きくなっただけならばともかく、腕力自体もきっと強化されているだろう。更には《ストレングス》もかけられているのだ。受け止めようとしてそのまま叩き伏せられる可能性が高い。
――これがジュリエッタのもう一つの魔法『獣化魔法』だ。キーワード『メタモル』で、彼女自身の肉体を魔獣のように変化させることの出来る魔法……とスカウターで見た説明には書いてあった。
ジェーンの『ボロウ』と似ているが、あちらは『体にない部分を新しく作る』であって、ジュリエッタのように『元の体を変化させる』とは少し違う。
既に手遅れではあるが、アリスとヴィヴィアンに遠隔通話でジュリエッタの二つの魔法について手短に説明する。
その間もジュリエッタの猛攻は続く。
「くっ、早い……!」
メタモルで両腕とも巨大化させ、それを振るってアリスへと反撃の隙を与えぬ連撃を繰り出すジュリエッタ。
《グリフォン》が死角から襲い掛かってくるものの、一体どのように察知しているのか、そちらの方を見ることもなく攻撃をかわし、あるいはアリスのついでに腕を振るって追い払っている。
ヴィヴィアンも更に召喚獣を出して援護したいところだが、場所が狭い上にジュリエッタの動きが素早すぎて何を呼び出せばよいか迷っているようだ。
”ヴィヴィアン、とにかく今はあいつに近づかずに様子を見て! 行けそうなら小型の召喚獣でアリスの援護を”
「か、かしこまりました」
下手な召喚獣を呼び出してもアリスの邪魔になってしまう。かといってインストールして近づいても戦いづらい――おそらくジュリエッタは近接戦闘に特化しているタイプだ。いくらインストールを使ったとしても、迂闊にヴィヴィアンが近づいても手も足も出ない。
アリスはアリスで別に近距離戦が得意というわけでもない。打開策を考えなければ、彼女もそう長くは持たないだろう。
「……メタモル」
再度、ジュリエッタが魔法を使う。
すると、今度は彼女の右足が変化――まるで蛇のように長く、鞭のようにしなる蹴りがアリスを襲う。
「ぐっ……!?」
関節どころか骨格すらも無視したジュリエッタの蹴りは、規模さえ違えどテュランスネイルの触腕のような自在さでアリスの左脇へと突き刺さった。
予想外の軌道からの一撃を受けてアリスが呻く。
”ヴィヴィアン、《コロッサス》を!”
追撃をしかけようとするジュリエッタ。
そうはさせまい、私はヴィヴィアンへと指示を飛ばす。
「! オーバーライド――《グリフォン》を《コロッサス》へ!」
私の意図を組み、すぐさまヴィヴィアンが魔法を使う。
使ったのはサモンではなくオーバーロード――既に呼び出している《グリフォン》を、その場で《コロッサス》へと上書きする。
ジュリエッタのすぐ側にまで寄っていた《グリフォン》たちが、巨大な《コロッサス》へと変化する。
「……っ」
アリスへと向かっていたジュリエッタは、《コロッサス》が壁となり足止めをされてしまう。
振るった剛腕も、《コロッサス》の防御力には通じなかったようで弾かれてしまっている。
「ナイス、ヴィヴィアン!」
《コロッサス》を楯替わりにジュリエッタからの追撃をかわしたアリスもすぐさま行動する。
「cl《蛇絞鞭》!」
『杖』の先端を鞭へと変え、ジュリエッタへと巻き付ける。
《コロッサス》は邪魔なので楯の役目を終えたところでリコレクト、再度《グリフォン》を呼び出して次に備える。
「おりゃあぁぁぁぁぁっ!」
アリスは拘束したジュリエッタをそのまま力任せに振り回し、壁へと叩きつけた!
……破壊不可、というルールがこの場合かなり凶悪だ。決して壊れない、ものすごい硬い壁に叩きつけられるのだからダメージはかなり大きい。
ジュリエッタの見た目が幼女というのもあって、この一撃でノックダウンできるのでは……という私の期待はあっけなく裏切られた。
「メタモル」
壁に叩きつけられる瞬間、ジュリエッタがメタモルを使う――と同時に、彼女の体がまるでゼリーのように四散する。
「うぇっ!?」
……一瞬、何が起こったかわからなかった。
”全身を『スライム』みたいに変化させたんだ!”
体全部を『スライム』のような粘液……というかゼリーというか、ともかくそういうものに変えて激突のダメージをゼロにした、ということだろう。
そんなことまで出来るのか……。
「お待ちを。ジュリエッタの姿が見えません」
”……本当だ……”
私たちが驚きから立ち直るまで一秒もかかっていないはずだが、その間にジュリエッタの姿がその場から消え去っていた。
「……スライムになって、壁のひび割れから逃げたってことか……!?」
言われて見れば、ジュリエッタを叩きつけようとした壁付近には――いやそこに限った話じゃないんだけど――人が通るには狭いが確かにひび割れがある。
全身をスライム化して、そのひび割れに入って逃げて行ったということか……?
”……拙いな……”
何が拙いかというと、ジュリエッタはモンスターではない。
ということは、彼女はレーダーには映らないということになるのだ。
見失ってしまうとどこから現れるかわからない……特に今したようにスライム状になって壁の隙間とかから突然現れる可能性もある。不意打ちし放題というわけだ。
「チッ、なるほど、大口叩くだけはあるか」
舌打ちするものの、アリスはいつものように笑みを強める。
向こうはまだ全力を出し切ってはいないだろうが、これだけの攻防で十分わかった。
――ジュリエッタは、本当に強い。臨機応変に対応可能な獣化魔法に、どんな状況でも腐ることのない身体強化魔法……他にももう一つ魔法があることも忘れてはならないが、わかっている二つだけでも十分強敵だということがわかる。
……これがクラウザーに脅されて戦っているというのであれば、説得の余地もあるのだろうけど、今までの言動を見る限り彼女は自分の意思でこちらと戦っている。
倒すしかない、か……。
もっとも、それが簡単に出来るのであれば苦労はしないんだけどね……。