4-08. 密林遺跡の冒険 7. 第2ラウンド開始
* * * * *
「クラウザーだと……!?」
「……っ」
目の前の少女がクラウザーのユニットだと知り、アリスとヴィヴィアンの緊張の度合いが高まるのがわかる。
それぞれ思うところは違うだろうが……。
”……君はクラウザーのユニット、なんだよね……?”
対戦依頼をかけてきているのだからそれ以外はないとは思うが、もしかしたら向こうが別のユーザーと手を組んでこちらを惑わしに来ているとも限らない。
念のために確認してみると、少女は素直にこくりと頷く。嘘をついていないとも限らないけど。
「……ふん。あの野郎が復活したってことか。で? クラウザー本人はどこだ?」
いち早く動揺から立ち直ったアリスが私たちを庇うように前に出て、少女に尋ねる。
そういえばクラウザー本人の姿は見えない。彼の巨体でも隠れられる場所が沢山あるフィールドではあるが、彼の性格からすると私たちを前にして隠れるとは思えない。
「クラウザー、いない。ジュリエッタだけ」
ぽつり、と少女はアリスの問いに返す。
嘘をついているかどうかは何とも判断できない。いないと見せかけて不意打ちを仕掛けてくるということもあり得る……特にクエスト中の乱入対戦であれば自動でダイレクトアタックが可能となるのだ、クラウザーが狙わないとは言えない。
「……で、どうするの?」
私たちが中々対戦を承諾しないことに対して焦れるでもなく、全く表情を変えずに淡々と少女――ジュリエッタは問いかけてくる。
微妙に変身前のありすに似ているような感じではあるが、流石にここまで不愛想ではないか。
「……おい、貴様」
と、アリスが更に一歩前に出てジュリエッタと対峙する。
「もしかして、クラウザーに無理矢理戦わされていないか? もしそうだとしたら――」
そうだ。クラウザーのユニットだとして、ヴィヴィアンの時のように無理矢理従わされているという可能性がある。
であるならば、今この場での対戦を回避して――特にクラウザーがこの場にいないというのであれば好都合だ、ヴィヴィアンの時と同じで救出する算段を付けることが出来る。
だが、私たちの思いに反して、ジュリエッタは表情を全く変えないまま首を横に振る。
「別に……」
……無理矢理、ってわけじゃ、ない……のか……?
いや、確かに桃香の場合は本人の性格とか能力面での問題とかあってクラウザーと上手く行ってなかったわけで、中にはありすのように『ゲーム』に躊躇いのないタイプもいるだろう。このジュリエッタもそうなのかもしれない。
だとすると――そもそも、『救出』という概念自体が成り立たないということになる。
私たちの考えを肯定するようにジュリエッタは更に続けた。
「ジュリエッタ、強くなる……そのために、戦え……っ!」
ぎらり、とまるで獲物を狙う獣のような鋭い視線が私たちへと突き刺さる。
……この娘は、ヴィヴィアンとはまるで違う、それがよくわかった。
そして、アリスともまた全く異なる動機で戦いを望んでいるのだ。
”……むぅ……”
とはいえ、だったら対戦を受けるかと言われると……正直、私たちには戦う理由が見当たらない。
クラウザーを倒すためという理由にしても、この場にクラウザーがいないのであれば意味がないからだ。彼を倒すためには、ダイレクトアタックで何とかするしかないのはヴィヴィアンの時でわかっている。
今ここでジュリエッタと戦っても意味がない。むしろ、私が一方的にダイレクトアタックされる可能性が高まるだけでリスクしかない。
リスクしかない……んだけど……。
「使い魔殿」
「ご主人様」
二人がジュリエッタから私へと視線を移す。
対戦を受けるべきか受けないべきか、どちらの意味で私を見ているのか――改めて尋ねるまでもなかった。
”……わかった。
ジュリエッタ、君の挑戦、受けるよ”
リスクは承知。ここで勝ったとしてもクラウザーを追い詰めることにはならない……どころか、むしろヴィヴィアンの時のようにジュリエッタが何かされてしまうかもしれない。まぁこれはジュリエッタの態度からしてヴィヴィアンの時とは何か違う感じがするけど。
それでも、今ここで退くことはしてはならない。そんな気がするのだ。
これは、クラウザーから私たちへ向けての『宣戦布告』だ。であれば、ここで退くことはクラウザーから『逃げる』ことを意味する。
……別に彼にどう思われようとも私は何とも思わないけど、アリスたちはそうではない。
それにクラウザーとはいずれ決着をつける必要がある。その初戦で背中を見せるわけにはいかないだろう。
「……それで、いい」
私の答えにジュリエッタは相変わらず表情を変えないまま頷く。
「ふん、それで貴様は一人なのか? ヴィヴィアン、オレが出るがいいか?」
「はい。姫様の御心のままに」
相手の実力は未知数とは言え、二対一。
数に任せて戦うのを良しとしないアリスは、ヴィヴィアンを待機させて自分一人で戦うつもりのようだ。
ちなみにこうした場合にアリスが負けても私たちの敗北にはならない。ヴィヴィアンも負けて初めて敗北となるのだが、一応『降参』というコマンドが選択できるようになる。もちろん選択した時点で私たちの負けとなりジェムを取られてしまうが……ちなみに以前、トンコツたちと戦った時は、ジェーンが負けた時点でトンコツがリザインしたためにその場で決着がついたのだった。
まぁ、アリスが単独で勝てないようならヴィヴィアンに勝ち目はないだろう。その時は悔しいが大人しくリザインするしかないのだが……。
アリスの言葉に不思議装にジュリエッタが首を傾げる。
「……なんで? 二人で来れば、いい」
「……あん?」
……いや、これは……。
「二人で来ればいい。それでも、ジュリエッタの方が、強い」
そうこともなげにジュリエッタは言い放つ。
大した自信だ――けど、本当に何の根拠もなく言い放った言葉ではないだろう。
先程レーダーで捉えたモンスターが消えていった反応、あれは間違いなくジュリエッタがやったものだ。
どんなモンスターがいたのかはわからないが、一人で――使い魔の支援もなしに敵を蹴散らして私たちに追い付いてきたのだ。見た目は今までで一番幼い姿だが、その実力は決して侮れるものではないだろう。
「……ほう」
ジュリエッタの言葉にアリスが反応する。
……ジュリエッタ的には挑発の意図はきっとなかったんだろうけど、これは挑発にしか受け取れないよなぁ……。
「姫様……」
不安そうに問いかけるヴィヴィアンにアリスは振り返り、にこやかに笑って答える。
「……ヴィヴィアン、貴様はしっかりと使い魔殿を守っていろよ」
「……はい……」
まぁ、そうなるよね……。
”ヴィヴィアン、もしもの時はアリスに加勢。いいね?”
アリスは意地でも一人で戦おうとするだろうし、仮にアリスが負けても私の方にジュリエッタの攻撃が来る前にリザインしてしまえばいいのだが、だからと言ってむざむざと負けるわけにはいかない。
いざとなれば怒られるだろうけどヴィヴィアンに加勢してもらう。
……ジュリエッタのあの自信が気になるのだ。クラウザーがアリスとヴィヴィアンについて何も教えてないとは思えない。
だとすると、ジュリエッタはアリスとヴィヴィアンの能力は知っているはずなのだ。知られたところで完封できるような能力ではないけど、大体どの程度の実力かは想像が付けられると思う。
その上で二人がかりでもジュリエッタの方が強い、と彼女は言っているのだ。警戒しておくに越したことはないだろう。
……これが私の杞憂で済めばそれに越したことはないのだけど……。
「ええ、心得ております」
割り込むことについては何とも思っていないのか、あっさりとヴィヴィアンは頷く。
……これはこれで何か彼女自身で考えていることがありそうだな……別にそれがアリスにとって不利益になるようなことではないのはわかっているけど。
「ご心配いりません。姫様もわかっておられるはずです」
”……?”
言いながらヴィヴィアンは自分のアイテムホルダーからキャンディを取り出して魔力を回復させている。インストールはまだ解除していないが……。
何だろう、私だけがわかってないことがあるみたいだけど……?
まぁ実際のバトルについては彼女たちの思うに任せた方が基本的にはいいだろう。
今回の乱入対戦はプレイヤーへのダイレクトアタックありの通常対戦と同じだ。であれば、私は適宜彼女たちの回復に努めよう。
ああ、それと忘れてはならないのがモンスターの様子の監視だ。なにせ乱入対戦ではモンスターもやってくる可能性がある。ジュリエッタに集中しすぎてモンスターの攻撃を受けてリスポーン、となったら最悪だ。
「よし、行くぞ、ジュリエッタ!」
「……来い」
こうしてジュリエッタとの初の戦い――そして、私たちとクラウザーとの戦いの第2ラウンドは始まったのだった。