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4-05. 密林遺跡の冒険 4. テスカトリポカ

*  *  *  *  *




 冥獣テスカトリポカ――象のような巨体からは想像も出来ないくらい、俊敏な動作のモンスターであった。

 象のモンスターではない。足を見た時に『ネコ科』っぽいと思った印象は間違いではなかった。テスカトリポカは、ネコ科の超巨大モンスターなのだ。


「くっ……早い!?」


 アリスが《剣雨(ソードレイン)》を放つが、テスカトリポカは素早い動作でジャンプ、木を足場にして上下左右自在に動き回る。

 そしてこちらの位置へと飛び降り、巨体で押しつぶそうとしてくる。


「おっと」


 早いとはいっても、《神馬脚甲》を纏ったアリスのスピード程ではない。相手の押しつぶしを回避し、再度|《剣雨》を見舞う。

 ……が、分厚い毛皮に阻まれ切っ先が少し刺さる程度であまりダメージを与えられていないようだ。


「姫様、しばし注意を引き付けてください」

「おう!」


 戦闘開始から然程時間は経っていないが、今までの動き回っただけで結構な障害物があることがわかってきた。やはりアリスの《巨星》系のような広範囲魔法は阻まれる可能性が高い。

 ならば《剣雨》のような魔法で……と思うが、今使った通りそれも余り効果的ではない。

 ではどうするか。

 ヴィヴィアンがアリスから離れ、テスカトリポカの横へと回り込む。

 そちらへもテスカトリポカは注意を向けているが、


「cl《炎剣雨(フレイムソードレイン)》!」


 ヴィヴィアンの言葉通り、アリスが自分の方へと注意を向けようと魔法を連発する。

 一撃で相手を倒すには至らないが、それでも多少の傷を負わせることが出来る。

 テスカトリポカもアリスの方へと向き直り、不気味な牙――鼻を開き牙をむく。


「活殺自在――毒素注入!」


 その隙にヴィヴィアンが動く。

 手に持った巨大注射器を掲げ、無防備なテスカトリポカのお尻へと突き刺す。

 尻尾の蛇がヴィヴィアンに気付き噛みつこうとするが、一刺しするとすぐにヴィヴィアンは離れて蛇をかわす。

 ヴィヴィアンの注射を受けたテスカトリポカが、がくりと膝を折る。


「姫様、今です!」


 ヴィヴィアンが今したのは、《ナイチンゲール》の力を使って『薬』を注入したのだ。

 薬も過ぎれば毒になる――だったか。《ナイチンゲール》は確かに回復能力を持っているが、回復の種類は大まかに二つある。

 一つは『外科手術』による肉体損傷の回復、というか修復。もう一つが薬による毒等の回復だ。

 今使ったのは後者の方。薬は薬でも、『毒薬』を使った攻撃である。

 ……絶対、《ナイチンゲール》はそういうことしないと思うんだけど……まぁあくまで魔法だし、そういうものだと思っておこう。

 テスカトリポカの巨体にも通じる猛毒を出せるのは結構凄いことだとは思うけど、これも本物の毒というわけではない。あくまで魔法であるためある程度の時間で消えてしまうし、相手の魔法防御や抵抗で効果は軽減されてしまう。動きを止めていられる時間はそう長くはないだろう。


「任せろ!」


 ヴィヴィアンが作ってくれた隙を逃さず、アリスは今使える最大の攻撃を行う。


「ext《剛神力帯(メギンギョルズ)》、cl《巨神剣(オートクレール)》、mp!」


 ケープを巨大な腕――《剛神力帯》へと変化、その両手に巨剣を持たせる。

 巨剣をテスカトリポカの頭部へとたたきつけ、もう片方の剣を顔面の中心――開かれた鼻の中央へと突き立てる!

 ……凄まじい悲鳴を上げ、テスカトリポカがのたうつ。


「まだまだ!」


 アリスは追撃の手を緩めず、更に《巨神剣》を叩きつけ、更に《炎星雨ブレイズミーティアレイン》等を撃ち相手を追い詰める。

 相手は素早いとは言っても一度捕まえてしまえば幾らでも攻撃できる。身体が大きい分、適当に剣を振っているだけでも簡単に当てることも出来る。

 ただ、身体が大きいということはそれだけ体力もあるということは想像に難くない。相手に体勢を立て直される前に一気に倒す、あるいは削れるだけ削っておきたい。


「チッ、結構硬いな……!?」


 《巨神剣》の切れ味が悪いというわけではなく、テスカトリポカの防御力自体が結構高いようだ。

 毛皮に分厚い筋肉が刃や炎の弾丸を防いでいるため、思ったようにダメージが通っていない。

 とはいっても、テュランスネイルの殻ほど防御力があるわけでもない。このまま攻め続ければ何とかなりそうだ。


”……? アリス、何かしようとしている、気を付けて!”


 楽観はしていない、少し離れた位置で再度毒を撃つタイミングを見ていた私たちは、テスカトリポカが何か動き出そうとしていることに気付きアリスに警告を飛ばす。

 ぼこぼこと、アリスからは見えない位置の肉が不気味に脈動を繰り返しているのが見えた。


「おう、わかった!」


 言いつつも一切退かず、《巨神剣》を叩きつけながら《炎星雨》を連打するアリス。うん、まぁ彼女の場合はそうだよね……。


”ヴィヴィアン、私たちはもう少し離れよう。いざとなったらアンインストして《ペガサス》でアリスを回収するよ”

「はい」


 折角の攻撃のチャンスとは言っても命には替えられない。危なくなったら一度退くことも必要だ。例え彼女たちの辞書に『撤退』の二文字がなかったとしても、私がその判断を見誤らなければいい。

 アリスに一方的に押されつつあったテスカトリポカが、大きく鼻を広げてアリスに向かって突進する。


「おっと」


 だがそんな雑な攻撃はアリスには通じない。《神馬脚甲》の機動力もあり、あっさりと横に跳んでテスカトリポカの突進をかわす。

 そのままテスカトリポカはアリスから逃げるように真っすぐに走り去ろうとするが……。


「逃がすか! cl《巨神剣》、ab《弾丸(バレット)》、ab《回転(レボリューション)》――ext《螺旋・巨神剣スパイラル・オートクレール》!!」


 逃がすまいとアリスがテスカトリポカへと向けて魔法を放つ。

 高速回転しながら飛んでいく《巨神剣》――当たれば肉を抉り取っていくであろう、かなりえげつない魔法だ。

 それが比較的柔らかい――ヴィヴィアンの注射針が通ったことからも明らかだ――テスカトリポカのお尻へと向かって行くが、テスカトリポカはそこで大きくジャンプ、壁面へと器用に張り付くと共に今度は一気に反転してアリスの方へとボディプレスを仕掛けてくる。

 かわすか、それとも迎え撃つか。

 アリスがその判断を下すよりも早く、テスカトリポカに変化が起こる。


「げっ!?」


 アリスが呻く。

 なぜなら、飛び掛かって来たテスカトリポカが空中で大きく膨らんだかと思うと、そのまま爆散。アリスに向かって肉片やら体液やらをまき散らしてきたからだ。


「mk《(ウォール)》、ab《巨大化(ギガント)》!」


 避けるのも間に合わない、と判断したアリスが自身の前面に大きな『壁』を作り、テスカトリポカの肉片のシャワーを防ごうとする。

 おかげで直撃は免れたが降り注ぐ肉片と体液が周囲の地面へと満ちる。

 肉片か、それとも体液か、あるいは両方か……地面からぶすぶすと紫色の煙が立ち上る。


”拙い、アリス、すぐにそこから退避して!”


 見ただけでわかる。明らかに毒ガスだ。

 一撃で体力が全部なくなるほどの強力な毒ガスかはわからないが、吸っていいことなんて何もないことは明白だ。

 顔をしかめ、息を止めるアリス。動きたくてもまだ肉片と体液が降り注いでいる。まともに浴びるわけにはいかない。


「……アンインストール致しますか?」


 ヴィヴィアンが私の指示を求めてくる。

 アンインストして《ペガサス》や《ワイヴァーン》辺りでアリスを助けに行くという選択肢は確かにあるが……。


”……いや、《ナイチンゲール》でいざという時に回復できるようにしておいた方がいい”


 最悪、即死でなければ《ナイチンゲール》の能力でアリスの回復をすることは出来る。肉片もすぐに止むだろうし、ここで慌てて《ナイチンゲール》を解除してしまうといざという時の回復が出来ないで困る、という事態にもなりかねない。

 私の言葉にヴィヴィアンは頷き、いつでもアリスの回復――体力の回復だけではなく、今回の場合は解毒も必要だろう――を出来るように注射器へと何やら薬液を魔法で発生させる。いや、本当万能すぎるな、《ナイチンゲール》……。

 やがて、予想通りに肉片が止み、アリスがその場から脱出してこちらへと合流する。


「……くはっ、苦しかった……」


 ずっと息を止めていたのだろう、アリスはぜぇぜぇと一生懸命呼吸をしている。

 どうやら毒やらのバッドステータスにかかりはしていないようだ。


「ご無事で何よりです、姫様」

「お、おう……つか、自爆してくるとは思わなかったぜ……」


 自爆――そう言われるとそうなんだけど……本当にそうなんだろうか?


”……いや、待って! まだ終わってないみたいだ”


 クエストクリアの表示が出ていない。

 爆散したテスカトリポカの作った『沼』の方を見ると、『沼』の中から幾つもの影が立ち上がろうとしているのが見えた。


「ふん、流石に自爆して終わりってわけじゃないか」


 アリスはそう言うと、改めて『杖』と《剛神力帯》の《巨神剣》を構えさせる。

 テスカトリポカの死体? が作り上げた毒の沼から立ち上がる幾つもの影――それらは、さっきまでのテスカトリポカよりは随分と小型だが、大型のトラとかに匹敵する程の大きさの獣だった。

 黒と黄色の毒々しいまだら模様は同じ。あの特徴的な鼻はないものの、代わりに普通の口がある。目の部分はやはり赤い石のようなものがびっしりと張り付いており、頭部にはヤギではなく牛のような角が生えている。

 それが合計5匹――いや、まだまだ現れてくる!?


”……うわ、何か別のところからもモンスターの反応が出てきた!?”


 更に目の前の『沼』以外からも次々とレーダーに反応が現れる。どんなモンスターが現れたのかまでは詳細は分からないけど、大きさから判断すると目の前の小テスカトリポカ――ジャガー型テスカトリポカと同じ程度のモンスターだと思う。もしかしたら、潜んでいたジャガー型が現れたのかもしれない。


「なるほど、この小型も全滅させなきゃ終わらないってわけか。

 ――よし、使い魔殿、ヴィヴィアン、行くぞ!」


 倒すべき敵が増えることくらい、今までにもあった。流石に分裂する敵は初めてだけど……。

 私たちのやるべきことに変わりはない。

 新たに出現したジャガー型テスカトリポカの群れを殲滅するべく、私たちは戦闘を再開するのだった。


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