4-03. 密林遺跡の冒険 2. 植物の王国
* * * * *
高難度クエストの舞台は、文字通りの『密林』であった。
「うわ、こりゃすげぇな……」
アリスも思わず呻いてしまうくらいだ。
見たことのないような木が一面生えているだけではなく、背の高い謎の植物が隙間なく地面を埋めている。
周囲の木からはこれまた謎の葉っぱや蔦が垂れ下がっており、どこからともなく虫や鳥の鳴き声が聞こえてきている。不気味な巨大な果実? のようなものも見える……人間並みに大きい果実なんて初めて見た。
実際に行ったことはないし、映像でもあまり覚えがないので私の想像でしかないが、アマゾンのジャングル、というイメージだろうか。
生身だったら物凄い暑苦しいだろうし、迂闊に歩いていたら転んでしまいそうだ。というよりも、足元も全部木の根で埋まっていて地面が見えない。
また、虫とかも凄そう……。
”うーん……視界が流石に悪すぎるね。二人とも、空を飛んで行こう。遠くからの攻撃が来ないか気を付けて”
「おう」
「かしこまりました」
今のところレーダーに目立った反応はない。レーダーの範囲外からの超遠距離攻撃を仕掛けてくるようなモンスターは今のところ出てきたことはないが、油断はしない方がいいだろう。
アリスは《天脚甲》を、ヴィヴィアンは《ペガサス》を呼び出して一旦ジャングルの上空へと飛び上がる――ちなみに私はいつも通りヴィヴィアンに抱きかかえてもらっている。
”ちょっと待って。まずは周りを見回してみよう”
どこに行けばいいのかもよくわからない、ひとまず周辺に何があるのかを把握しておきたい。
かなり背の高い木々を抜け、上空から周囲を見渡してみる。
「……お。使い魔殿、あっちに何かあるっぽいぞ」
アリスの指し示す方向を見てみると、そこには確かに『何か』があるのがわかる。
緑一色の中に、灰色の山のようなものが見える。
「あれが『建造物』――でしょうか」
”うーん、そうっぽいね”
ピラミッド、だろうか? かなり大きな建造物だ。その建造物も植物に侵蝕されており、むしろただの『山』に見えないこともない。
よく見るとそのピラミッドを中心にした周辺に、もう少し背の低い建物――塔とかだろうか――の屋根が見え隠れしている。
――植物に侵蝕された古代の遺跡……。
何ともロマンのある言葉だ。
「どうする? まずはあれを目指してみるか?」
”そうだね……行ってみよう”
わざわざ『オブジェクト破壊不可』というルールを指定しているくらいだ。モンスターとの戦いの舞台は建造物の傍ないしは内部であると思って間違いないだろう。
”ヴィヴィアン、先行して《ハルピュイア》をあの建物付近に飛ばしておいて”
「かしこまりました」
先行して《ハルピュイア》を飛ばしておくのも忘れない。偵察だけなら《グリフォン》でも十分かもしれないが、サイズ的に《ハルピュイア》の方がスピードも出るし、モンスターが出た時にも対処が可能だ。
私の指示通りに《ハルピュイア》を先行させ、その後を少し離れてアリスたちが続く。
今のところまだモンスターの反応はないが……。
「……これは……?」
偵察に向かった《ハルピュイア》と視界を共有できるヴィヴィアンが戸惑ったような声を上げる。
何かを見つけたのだろうか。
”どうしたの? モンスターがいた?”
「あ、いえ……モンスターはいなかったのですが……実際に目にした方が早いかと」
ふむ?
気にはなるけど、ヴィヴィアンがこう言っているということはすぐさま危険があるわけではないとは思う。
”アリス、行ってみよう”
「おう」
行ってみればヴィヴィアンの言葉の真意もわかるだろう。私たちはそのまま仮称ピラミッドの方へと向けて飛んでいく。
レーダーに反応はないとはいえ、モンスターからの攻撃を警戒しつつゆっくりと飛んでいたが……思ったよりも時間がかかる。他に目立ったランドマークがないためみ遠近感がちょっと狂っていたみたいだ。私が思っていた以上にピラミッドとの距離は離れていたらしい。
そこそこ時間がかかりつつ、ようやく私たちは謎のピラミッドの近くまでやってくることが出来た。
そして、近づいていくにつれ、ヴィヴィアンが何に驚いたのか段々とわかってきた。
「こいつは……」
アリスもそれを目にし、絶句する。私も全く同じ気持ちだ。
”……これは、本当に緑に侵蝕された街って感じだね……”
ピラミッド付近まで来たところで、唐突に足元の緑の絨毯が途切れている。
崖――かと思ったが、よく見ると違う。確かに崖のように垂直に切り立ってはいるのだが、これは……。
「オレたちがいたのは、『ビルの上』ってところか」
そう。アリスの言う通り。私たちが今まで『地面』だと思っていたのは、植物に覆われた巨大な建造物の上だったのだ。
言葉通りの緑――植物によって完全に侵食されたビル……それが私たちの今回のクエストの舞台となる『密林遺跡』の正体なのである。
ピラミッド付きの超高層ビルの他にもいくつか背の高い建物が見えるが、それらも全て植物によって覆われている。
察するに、ここは元々は高度に発達した都市――私の知るところでは東京都心とかその辺のイメージが近いか――が滅びた跡なのだろう。
……まさかとは思うが、ここが本当に『東京』であるとか……? 見覚えのある景色や特徴的なビルがないかを思わず探してしまったが、流石にわからない。ただ、遠方におそらくは建造物ではなく本当の『山』が見えることから考えて、『東京』である可能性は低そうだ――少なくとも私の知る『東京』で、あのピラミッド型の塔付きの巨大ビルがあり、かつ『山』に近いところとかは記憶にない。むしろ、『東京』ならピラミッド付きビルと同じ程度の高さのビルが幾つも林立していると思う。
「ふーむ、使い魔殿、モンスターの反応は?」
おっと、考え事をしてしまっていた。
アリスの言葉に我に返りレーダーを改めて確認するが……相変わらず反応はない。
”うーん、反応はないね……”
「となると――やはり屋外ではなく屋内にモンスターが潜んでいる可能性が高そうですね」
”……そうなるかなぁ”
レーダーも『嵐の支配者』の討伐報酬で強化できるだけ強化したのだが、それでもまだポンコツな部分が多い。
ゲーム的に言えば、『読み込み』が入るようなマップ切り替えが起こる場合、レーダーは切り替え先の探知をしてくれないのだ。
今回で言えば、ヴィヴィアンの言う通り屋内と屋外ではレーダーが反応しないので、屋内に敵がいる可能性が非常に高い。
「よし、それじゃ行ってみるか」
何にしても、行ってみないことには何がいるのかもわからないのだ。
”待って、その前に――”
屋内へと移動するのはいいとして、事前に確かめておきたいことがある。
”アリス、あのピラミッドビルに向かって魔法を使ってみて。
そうだね……ちょっともったいないけど、《赤色巨星》がいいかな”
「うん? ……ああ、なるほど、確認ってわけだな」
私の言わんとしていることがわかったのか、アリスが頷く。
そうだ。これから建物の内部に入っていくにして、先に確認しておくべきことがある。
『オブジェクト破壊不可』について、一応確認しておく必要があるだろう。
「よし、行くぜ――cl《赤色巨星》!!」
アリスがピラミッド付きビルへと向けて《赤色巨星》を放つ!
触れるもの全てを薙ぎ倒す赤熱の巨大隕石がビルへと激突する――が、
「うげ……マジか」
ビルの周りを取り囲む植物の大半は薙ぎ払われたものの、ビルそのものには傷一つついていない。
「それでは、わたくしも……」
ヴィヴィアンも召喚済みの《ハルピュイア》でビルの外壁を攻撃させるが、こちらも何の効果も得られなかった。
どちらも植物には通用したのだが、ビルの外壁に触れた途端に弾かれてしまったのだ。
うーん……これはやはり、事前にヴィヴィアンが危惧した通りアリスの魔法が使いづらい場所っぽいな……。ヴィヴィアンの召喚獣も、狭い屋内だと《ワイヴァーン》や《フェニックス》なんかの強力な召喚獣は使いづらいだろう。
それに、もし屋内からいざ脱出、という場面になった場合、壁を破ってというわけにはいかないということだ。この子たちの辞書に『撤退』の文字がなくても、いざという時にはそうしなければならないのだが……。
幸いレーダーがマップ機能を持っている(屋内に入らないと機能しないんだけど)、脱出ルートを考えつつ行動すればいいか。
”うん、良し。大体想定通りだね。
アリスは《巨星》系の魔法や神装は控えて。ヴィヴィアンは《ペルセウス》を召喚、《ペガサス》は……多分内部だと使いづらいからリコレクトしておこう”
強力な魔法を封じられた状態での戦いは初めてとなる。まぁ、強力な魔法自体がなかった初期のころと変わりないと言えばそうなんだけど……。
”どんな敵がいるかもわからない。いつでも素早く動けるようにしておこう”
これは思ったよりも厄介な『制限』かもしれない。
私たちは気を引き締め、ピラミッド付きビルへと入っていった――ちなみに、入り口は地上一階に当たる部分にしか空いてなかったので、そこから入っていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……」
ラビたちがピラミッド付きビル――密林遺跡へと侵入していったのを、『彼女』は物陰から見ていた。
『高難度クエストを張っていれば、いずれ現れるだろう』……そう『彼女』の使い魔が言っていたが、その通りになるとは思っていなかった。
「……腕試し」
既に十分な経験は積んでいる。
後は対モンスターではなく対ユニットの経験――『実戦経験』を積むだけだ。
『彼女』は小さく呟くと、アリスたちに続いて密林遺跡へと侵入していった……。