4-02. 密林遺跡の冒険 1. 高難度クエストへ
* * * * *
『嵐の支配者』との戦いから三週間が過ぎた。
季節は晩秋――気分的にはもう『冬』と言ってもいいくらいだ。私は特に暑さも寒さも感じることはないのだけれど、ありすはかなり寒いらしく大分厚着をするようになってきている。
もちろんありすだけではなく他の人々も徐々に冬服へと着替えていっている。普段からふわふわのドレスを着ている桃香だけは、見た目あんまり変わらないけど……。
この三週間、特に事件らしい事件は起きていない。
『嵐の支配者』の時のような緊急クエストが来ることもなく、心配していたクラウザーについても大人しくしているのか特に動きはない。
変化と言えるのは、『ゲーム』の方からの通知が何度かあったくらいか。
とはいっても、新アイテムの入荷だったり対戦機能の調整だったりでそこまで大きな変化というわけではない。対戦機能については気になると言えば気になるが、私の方から確認できないので何とも言えない。先週以降の通知だったので、美々香を通じてトンコツから話を聞きたいところなんだけど、タイミングが合わず……という状態だ。元が結構いい加減な出来の実装だったし、むしろ安心できる作りにアップデートされているんじゃないかと期待したいところだ。
……で、そんな特に代わり映えのしない日々を過ごしていたわけなんだけど……。
”……うわー……”
いつものマイルーム内で、運営からの通知を受け取って中身を見た私は思わず嫌そうな声を上げてしまった。
「……ん?」
今はクエスト間の小休止をしているところだ。ありすたちも変身を解いてソファに座って寛いでいた。
思わず上げてしまった私の声に反応するありす。
……黙っていたかったけど、ここで誤魔化そうとするとまた噛みつかれそうなんだよなぁ……。
”えーっと……運営から通知が来たんだけど――”
微妙に言いたくない内容なんだよね……でも噛みつかれたくないし……。
まぁ黙っていてもどうせすぐにありすたちにもわかるんだし、今言っておく方がいいか。
”何か、『高難度クエスト』が実装されるんだって”
私の言葉を聞いて、きらりとありすの目が輝く。
……そういう反応すると思ってた。
対して桃香の方ははてなマークが浮かんでいるのが見えるようだ。
「高難度……ですの?」
”うん。具体的に何がどう高難度なのかはわからないんだけど”
通知の内容が不親切なのも相変わらずだった。
今回に関しては読んで字のごとくなんだろうけど、具体的にはよくわからない。
モンスターが一杯出てくるのか、モンスターが強くなっているのか、それとも他に何かあるのか……。
事前に内容がわからないので対策も立てられない。
「……行ってみたい」
予想通りありすは乗り気だ。
「そうですわね……『ゲーム』クリアのためには避けては通れない道かもしれませんし」
意外にも桃香もありすの意見に賛同する。
でも、確かにその通りだ。
私たちの最終目的である『ゲームのクリア』をするためには、きっとこれは避けられないことなのだと思う。高難度に挑戦しなくてもエンディングは見れる……というのはドラハンとかもそうなのだが、この『ゲーム』の場合はそうではないんじゃないかと思える。『ゲーム』のクリア条件は相変わらず不明だけど、高難度を避けてどうにかなるような『ゲーム』とは思えないし。
”……そうだね、わかった。じゃあ、高難度クエストが出てきたら一回行ってみよう”
通知では『実装する』とは言っているものの、今のクエスト一覧を見てもそのようなクエストはない。多分、レイドクエストと同じようにたまに出てくるのだろう。
――結局、この日は高難度クエストは出現せず、やや不満げな表情のありすであった……。
さて、翌日、日曜日。
いつものようにマスカレイダーを視聴後、お昼ご飯までの間に何度かクエストへと挑んでいた。午後になったら桃香と合流して、クエストに行ったりドラハンをやったり――本人たちは意識しないようにしているが、当然学校の予習復習もやらせるつもりだ――してまったりと過ごす。
ドラハンをやる頻度が増えているのは、気分転換を兼ねているのもそうなんだけど、『ゲーム』に関してはこの間の『嵐の支配者』討伐のクエストで相当なジェムが貯まったため、がつがつとジェム稼ぎをする必要がなくなったからという理由もある。こっちもこっちで楽しいのだから、ありすたちとしては『ゲーム』以外でも遊びたいところなのだろう。
外で遊びなさい、と言いたいところだけど……この子たちの場合、外で普通にゲームする可能性が高いんだよなぁ……動き回って遊ぶのであればともかく、今の時期に屋外でゲームをやっているだけだと風邪を引いてしまうかもしれない。
なので結局、ありすの部屋か桃香の部屋、あるいは駅前のマックに集まるということになる。マックの場合は『ゲーム』はなしになるけど。
今日はありすの部屋に集合となる。
”……あ、来た”
クエスト→ドラハン→クエスト……というローテーションでしばらく過ごしていたが、ある時にクエスト欄に見慣れない表記があることに気が付く。
ありすたちからは見えないだろうけど、マイルームに入ってクエストボード見たら気付くし言ってしまった方がいいか。
「ん?
……もしかして、高難度クエスト?」
”うん、ついに来たみたい”
そう。ありすの言う通り、昨日運営からの通知で来た『高難度クエスト』が私たちの元にもやってきたのだ。
普通のクエストと違い、赤い「!」がクエスト名の前についていてわかりやすい。
「どのようなクエストですの?」
”ちょっと待って、今見てみる”
クエストの内容はと言うと……。
『高難度クエスト:密林の遺跡に出現したモンスターの討伐
報酬:50000ジェム
制限事項:オブジェクト破壊不可』
……うーん、これは見たことないモンスターが相手になる系のクエストかな?
気になるのは制限事項という項目か。今までも特記事項として付加情報が書かれていたものはあったけど……。
制限事項を含めてクエストの内容を二人に話してみる。
「……んー……オブジェクト破壊不可……ってことは」
「文字通り、建物や岩等の障害物に魔法を使っても『壊せない』ということでしょうか?」
まぁそういうことになりそうだ。
”まだわからないけど、こういう『制限事項』が付くのが高難度クエストなのかもね”
「ん。多分、そう。公式で縛りプレイ強要……んー、びみょー」
ありすはやはり渋い顔をする。
彼女はゲームを色々とやる方だが、いわゆる『縛りプレイ』というのは余りやらない方だということを私は知っている。
どちらかというと、レベルを上げまくったり強い装備を揃えての『無双プレイ』が好きな方なのだ。
今回の『建造物破壊不可』は縛りとしては緩い方だとは思うけど……。
「……ふむ……ありすさんにとっては、少し難しい制限かもしれませんわね」
”へぇ?”
一方で桃香はやや真面目な表情で考え込み、そう言った。
ありすにとって難しい制限と思う理由は……?
私の問いかけに桃香は答える。
「今までのクエストでは、わたくしたちは広い場所で戦うことが多かったと思いますが、わざわざ『オブジェクト』――つまり、人工の建物等の障害物を破壊できない、と今回は言っているということは、このクエストはそういう場所になるのだと思います」
”うん、確かに”
「これが障害物だけが配置されているステージならわたくしの杞憂で済むかもしれませんが……建物内が舞台となった場合に少し難しくなってきます。
なぜなら、ありすさんの魔法の多くは、広範囲に攻撃を仕掛けるものが多いです。オブジェクト破壊不可――であれば魔法そのものが使えない、ということは流石にないと思いますが、モンスターが壁に隠れたりした場合に魔法が届かないということが起こるのではないかと」
「ん……トーカ、賢い」
ありすが桃香の頭をなでなでして褒める。
顔を赤らめ、嬉しそうに撫でられるがままの桃香。やっぱりこの子、結構アレなんじゃ……?
桃香の性癖はともかく、彼女の意見には納得できる。というか、桃香の言う通りだ。
確かに建物内が戦いの舞台となった場合、アリスの魔法の大半が使えない、または使いづらい状況に陥るだろう。特に《巨星》系の魔法なんかは建物の広さにもよるけど、実質使用不能になる可能性が高い。
それに、オブジェクト破壊不可ということは、壁を貫通して攻撃ということもおそらく出来なくなると思う。そうなると、下手をすると《嵐捲く必滅の神槍》なんかも壁に当たって終わり、ということも起こりうる。
地味ながらも結構厄介な制限だと言える。
まあ、桃香も言ってたけど建造物がただの障害物として配置――つまりはいつものフィールドでよく見かける『岩』みたいなものであれば杞憂で済むんだけど……それはそれでやっぱり厄介な面もあるけど、建物内よりはマシか。
どういうクエストなのかは、結局のところ行ってみないとわからない。
”なるほどね……。
どうする? 行くのやめる?”
全力でアリスが戦えないとなると少々辛いかもしれない。念のため私は二人に高難度クエストへの挑戦を諦めるか尋ねてみるが……。
「ん? 何で?」
「もちろん行きますわ?」
ですよねー。
彼女たちの辞書に『様子見』とか『後退』の文字はないのだろう。
……多分、一番欠けているのは『恐れ』なんじゃないかなぁ……。
ともあれ、私たちは未知なる高難度クエスト――その舞台となる『密林遺跡』へと向かうこととなったのだった。