4-01. プロローグ ~ありす・いん・ないとめあ?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……ん、ここ、どこ……?」
気が付くとありすは見知らぬ場所にいた。
まるで『ゲーム』のステージのような、森の中――そこに通る一本の道の上に、ありすは一人立ち尽くしていた。
一体いつこんなところに来たのか……思い返そうとしても記憶がはっきりとしない。最初から『ここ』にいたような気もするし、そうではないような気もするし……。
ふと視線を下げて自分の姿を見てみると、『ゲーム』で変身するアリスではなくありすのままである。
ただ普段と違うのは、今までありす自身は着たことのないようなフリルがいっぱい着いたドレス――真っ先に思い浮かべたのは桃香が普段来ている服だ。ただし、色は黒や紫である――を着ていることだ。そんな服は持っていないし、仮に持っていても着るつもりはない。
「……んー?」
頭もぼーっとして上手く考えが纏まらない。
それでも、このままぼんやりと人気のない森の中で立ち尽くしているわけにもいかない、とありすは適当に道に沿って歩き始める。
――……何か、いる?
ぷらぷらと歩いていると、そこかしこから妙な『視線』を感じる。
姿こそ見えないものの、『何か』が森の中からありすを見ているのだ。それも、複数。
――んー……気持ち悪い……。
正体が見えないものに見られているというのは気持ちが悪い、とありすは感じる。
ただし、恐怖は感じていない。モンスターではないにしても森の中に潜む猛獣に襲われるかもしれない、という考えが抜け落ちているのだ。
危機感がないのか、どうにかできるという(根拠のない)余裕があるのかはわからない。
そうして気持ちの悪い視線を無視しつつしばらく歩いていると……。
”あー忙しい忙しいー”
「……ラビさん?」
道の真ん中で右往左往している小動物の姿を見つける。
ありすの良く知るラビ――に似ているが、色は灰色の、兎のような長い耳を持った猫っぽい何かだ。
灰色ラビはありすに気が付くと、
”うーん、忙しいなー”
と言いつつ、ありすを先導するように道の先へと向かって走り出す。
「あ、待って、ラビ? さん……」
恐怖は感じていないが状況が呑み込めず不安を感じていたありすは、走り去っていく灰色ラビを追って走り出す。
このまま一人で森の中を歩いていても仕方ない。目の前に現れた新しいものを追いかけ、ありすは進んで行った。
しばらく森の中を歩いていると急に視界が開ける。
「……おー……」
森が急に途切れた先には、まるでおとぎ話に出てくるような西洋風の巨大な『城』があった。
灰色ラビは開け放たれている城の門から中へと入っていく。
中へと入る前、ちらりとありすの方を振り返り着いてきていることを確認してから。
「……入って、いいの……かな?」
灰色ラビの態度と開け放たれた門を見て多分問題ないだろう、と思いつつありすも城の中へと入る。
城の中は――入ったその場から巨大な大広間となっていた。広さは彼女の通う学校の体育館程だろうか。
実際の城の構造をありすは知らないし、よく遊ぶゲームでもそういう構造の城はあったので特にありすは気にしない。
「……んん?」
だが、その大広間には何かおかしなものがあった。
ありすの入って来た入り口とは反対側、広間の奥の方に真っ白な巨大な『毛玉』があった。
不審に思いつつもその『毛玉』へと近づくと……。
”んー? ありすかー?”
「わ……」
男だか女だかわからない、くぐもった声が頭の中に響く。
声音は少しいつもよりも低いが、声質は聞きなれたラビのものだとわかる。
「……ラビさん?」
”いやー? 私はキング・ラビ”
「お、おう……?」
のっそりと動いた『毛玉』はそう言った。
見た目は物凄く大きくなったラビなのだが、よく見ると頭(?)の上にちょこんと小さな冠が乗っかっている。
”ラビの中の王様であるー”
――何を言っているのかさっぱりわかんない。
ラビは複数いるのだろうか? ありすの知っているラビは、ラビ界の中では小物であり、このキング・ラビは大物だということなのだろうか。
っていうか、そもそもラビ界って何だ。
ぐるぐると頭の中で疑問符が浮かんでいくが……。
「……もふっていいですか?」
結局、ありすがキング・ラビに問いかけたのはそんな言葉であった。
”よいぞー。ありすだから特別であるぞー”
キング・ラビも鷹揚に頷く。
本人のお墨付きが出たのであれば遠慮はいらない。
「えいっ」
ありすはキング・ラビの巨体へと思いっきりダイブする。
「……おー……あったか柔らかい……」
まるでふかふかの絨毯のような、ベッドのような、心地よい柔らかさと温かさを持った感触に感動の声を上げるありす。
いつも抱きしめているラビの心地よい感触を全身で味わえる、正にキングサイズのラビだ。
”皆の者、今宵は宴じゃー”
キング・ラビが唐突にそういうと、どこからともなく小さな――いつも通りのサイズのラビが沢山現れ、食べ物や飲み物を持ってくる。
”ありすー、楽しんでいけー”
どうやらキング・ラビはありすをもてなしてくれるらしい。
唐突な展開であったが、ラビが言うことならいいだろう、とありすは頷く。
「ん、ありがとう。キング・ラビさん」
すりすりと心地よいキング・ラビに全身を擦り付けつつ、夢見心地でありすは礼を述べるのであった。
「ありす。はい、あーん」
「あーん」
場所はいつの間にか移り変わり、南国の太陽が照らすビーチ。
キング・ラビをベッドに、ありすはのんびりと寝っ転がっていた。日差しを遮るパラソルがどこに刺さっているかは気にしない。
ありすの傍らには半裸の美少女――割ときわどいビキニを着た美鈴が同じようにキング・ラビに寝そべり侍っていた。
彼女が差し出すブドウのようなサクランボのような甘い果物を口に入れ噛み締める。
今までに食べたことのない不思議な、甘い味だった。
「ありす様、お飲み物もどうぞ」
「んー、鷹月おねーさん、ありがとー」
美鈴とは反対側には、やはり際どいビキニを着たあやめがおり、ありすへと青空のような色をしたトロピカルなジュースを差し出す。
――果物やジュースを置いているテーブルがどこから生えているのかは、やはり気にしない。
寝っ転がったありすのお腹の上には、いつも通りの小さいサイズのラビが猫のように丸まっており、それをさわさわと撫でつつありすはこの世の極楽を味わっていた。
日差しは強いがパラソルもあって日焼けの心配もない。気温もそれなりに高いはずだが、絶えず吹いている爽やかな風のおかげで特に暑くもない。
「はひ、はひぃ……ちょっと、疲れましたわ……って、何故わたくしはありすさんの隣にいないのでしょうか!?」
「えー、仕方ないよー。ほら、あたしたちの体じゃ……」
ありすたちから少し離れた位置で、必死に芭蕉扇を仰いで涼風を送り続けているのは桃香と美々香だった。
この二人も水着を着ているが――ありすも知っている学校指定の紺色の水着であった。
悲しいかな、未だ成長期を迎えるか迎えないかという時期の二人は、美鈴・あやめとは比べるべくもなかった。
「んー……ここは天国……?」
心地よいキング・ラビのベッドに寝転がり、お腹の上のいつものサイズのラビを思う存分もふり、両脇には(ありす的に神レベルの)水着美女を侍らせ、ついでに気持ちの良いそよ風(人力)が吹いている。
食べ物も飲み物も美味しいし、正に天国と見紛うばかりの楽園だ。
このままここでだらだらのんびりと過ごせれば最高だなー、とありすは思うのであった。
”……時間だなー”
と、キング・ラビが言うと共に、のっそりとその巨体が立ち上がろうとする。
「……わ!?」
突然ベッドにしていたキング・ラビが立ち上がったため、その背に乗っかっていたありすが振り落とされてしまう。尚、美鈴とあやめはいつの間にか姿を消している。
そのまま砂浜にまで落下していくありすだったが、
「おっと」
地面に落下する前にその体が抱き留められた。
「……アリス……?」
「おう、アリスだぜ、ありす」
落っこちたありすをいわゆる『お姫様抱っこ』で受け止めたのは、ありすが良く知る人物――『ゲーム』での変身後のアリスであった。
「ほいっと」
ありすを地面へと下し、代わりに今度はアリスがキング・ラビの背に乗る。
彼女が現れたということは、キング・ラビと共にクエストに向かうのだろうか?
「キング・ラビさん……」
悠然と去っていくキング・ラビ(とアリス)の背中を、ありすは見送るしかなかった。
彼らを止めることは出来ない――なぜなら、彼らは世界の平和を守りに行くのだから……。
「またねー! キング・ラビさん!」
ありすの別れの挨拶に応じるように、キング・ラビの巨大な耳がぱたぱたと上下に動く。
……そして、なぜかそのまま耳の羽ばたきで体が浮き上がり、アリスと共に空の向こうへと跳んでいった……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「――っていう夢を見たの」
”ありす……君、疲れているんだよ”
そういうラビの瞳は、限りなく優しい輝きを湛えていた。
小野山です。
第4章『魔獣少女』編開始です。
……このプロローグは何か? 何でしょうねぇ……(困惑)