3-53. ラグナレク 20. 最終決戦へ
2019/4/21 本文を微修正
* * * * *
「……ん……」
ケイオス・ロアがその場を去ってすぐ、ありすが目を覚ます。
……もしかして、そんな感じの魔法をケイオス・ロアが使っていたのだろうか? 彼女の使う魔法が以前と同じ、ないしは似ているようなものであれば、回復魔法のついでに麻酔のようなものをかけておく魔法もあるかもしれない。
「ありす様! 良かった……」
ありすを膝枕で介抱していたヴィヴィアン。目覚めるなり体をかがませてありすを抱きしめようとする。
「……ヴィヴィアン? ……ラビさんは!?」
がばっと起き上がってヴィヴィアンからのハグをかわして立ち上がろうとするものの、がくりと膝をつく。
やはり相当無茶をしたのだろう――もしかしたら《ラグナレク》の後遺症かもしれない。
”ありす、私はここだよ。君のおかげで助かった……本当にありがとう”
「……ラビさぁん……」
泣きそうな顔で、ふらふらになりながらも私の方へと寄ってきてぎゅっと抱きしめる。
抱きしめる腕に力が入っていない……やっぱり相当な無理をさせてしまったみたいだ。
……ものすごく羨ましそうな顔でヴィヴィアンが私の方を見ているのは、見なかったことにしよう。本当にブレないな、この娘。
ともあれ、私たちは無事に合流できた。
再会を喜び合いたいところだが、まだグラーズヘイムを倒し切ったわけではない。余りゆっくりしている時間はない。
風竜たちは大半がグラーズヘイムの方へと向かっているようで、周囲にはほとんどいない。こちらにも積極的に向かってくることはないので、とりあえずは安全と言えば安全だ。
グラーズヘイムが動き出すまでどれほどの時間があるかはわからない。
私たちはありすの回復を行いつつ、簡単に状況の整理をする。
――ただ、ケイオス・ロアのことについてはまだ伏せておくことをヴィヴィアンに遠隔通話で伝えておいた。美鈴に関してはもうちょっと彼女の状況がわからないことにはありすには伝えづらい。ありすには申し訳ないけど。
「……ん。よくわからないけど、わかった」
うん、とりあえず頷いておけばいいや的な返事はやめようか。
それはともかく、まぁ確かに私とヴィヴィアンが体験したグラーズヘイム内部のことは正直よくわからない。夢だったとは流石に思わないが、あれがクエストの一部だったとも思いづらい。
私たちのやるべきことは結局変わりない。
すなわち、グラーズヘイムの討伐である。その後に何か起こるかどうかもわからないが、結局のところグラーズヘイムをまず倒さないことには話は進まないのだ。
さて、ここまでの戦いでこちらは大分消耗してしまった。それでも、相手もかなり削れているという実感はある。
「ん……多分、このクエスト……風竜をいっぱい倒すか、グラーズヘイムにダメージを与えるかしていればクリアできる、と思う……」
まだちょっと具合が悪そうではあるが、ありすがそう言う。
ありす曰く、グラーズヘイムの体力ゲージと風竜の数は紐づいていると考えられるそうだ。
グラーズヘイムにダメージを与えると、風竜が集まり肉体を修復していってしまう。その代わり、風竜たちの数は減っていく。
逆に風竜を先にいっぱい倒しておけばグラーズヘイムは回復が出来なくなる、というわけだ。
……まぁ、どちらの道を選ぶにしろ、最終的にグラーズヘイム自身を撃墜しなければならないことは同じなわけだが。それに、風竜の数は半端なかったし、普通に突破するのは難しかっただろう。
うーん、つくづくバランスのおかしい『ゲーム』だ。まぁ、今回に関しては敵のレベルが相当上というのもあるんだろうけど。
”さて……問題は、どうやってグラーズヘイムを倒すか、なんだけど……”
時間をかけていたら風竜を吸収して回復されてしまう。どこまで回復可能なのか不明だが、余り時間はかけられない――回復合戦になってしまったら、手持ちのキャンディ・グミをここまでで大分消耗してしまった私たちの方が不利だ。
というか、そろそろアイテムの数がヤバい。ありすはアイテムホルダーの分は全て使い切ってしまったみたいだし、私自身が持ち込めるアイテムも完全回復出来るのは後2回が精々というところだろう。ヴィヴィアンだけはアイテムホルダーは満タンの状態だが、彼女の持つアイテムは彼女自身にしか使えない。
さて、そうなると……。
「ん、一撃必殺でやるしかない」
ありすはいつも通りの表情でそう結論を出す。
……そうだね、それしかないか。
”ごめんね、ありす。また無理させちゃうことになるけど……”
ありすにばかり負担を強いることになるのが本当に申し訳ない。
けど、グラーズヘイムを一撃必殺、となるとありすの神装の力に頼らざるを得ないのが現状だ。ヴィヴィアンの召喚獣は強力だが、グラーズヘイムのような敵を一撃で倒せるようなものはない。これはインストールを仮に使ったとしても同じである。
そもそもの話、『一撃必殺』でどうにかするようなゲームデザインではないんだとは思う。ありすがちょっとおかしいだけで。
ま、今はそれに頼らないとならない状況なんだけど。
「ん、大丈夫……ラビさんも、ヴィヴィアンも……わたしが守る」
大分調子が戻って来たか、いつも通りのぼんやりとした表情で、しかし確固たる決意を込めた瞳でありすは言う。
「――わたくしも全力でありす様の補助をいたします。どうぞ、存分に……」
自分にはグラーズヘイムを倒すほどの力はないのはわかっているのだろう。一瞬だけ悔しそうに顔を歪めたヴィヴィアンだったが、すぐにこちらもいつも通りの感情を押し込めた無表情へと戻る。
彼女には彼女にしか出来ない仕事がある。ありすが全力を出して攻撃をするには、彼女のサポートが絶対に必要だ。
……私たちは三人で一つのチームなのだ。それぞれに出来ることを精一杯やるしかない。
”……ありす、グラーズヘイムに通じそうな神装は……”
「ん、『アレ』しかない……と思う。《グングニル》だと……多分、とどめを刺せない」
”だよねぇ……”
問題はグラーズヘイムを『一撃必殺』出来る魔法があるかどうかなのだが――実は一個だけ心当たりがあったりする。
今までは《グングニル》ばかり使っていて、そして《グングニル》で大抵事足りたので使っていなかったのだが、かつて神装の実験をしていた際に編み出した別の攻撃用の神装があるのだ。
それを使えばおそらく行ける……と思う。《グングニル》に匹敵する、そして対グラーズヘイムとしてこれ以上ないほど有効な神装なのだ――もちろん、消費も《グングニル》同様酷い有様になるのだけど。
ヴィヴィアンは全ての神装を知っているわけではない。消費が酷いので直接見せたことはないんだけど、口頭でどんな神装を持っているかは伝えたことはある。が、それと今の状況に最適な神装を結びつけることはすぐには出来ないのだろう、不思議そうな顔をしている。
説明してあげるほどの時間はもうなさそうだ。
”うん、よし。行こう!
ヴィヴィアン、《ペガサス》をお願い”
「かしこまりました」
作戦は単純だ。
ヴィヴィアンの魔法を使ってグラーズヘイムへと接近。そして、ありすの全力の神装を食らわせる。
嬉しい誤算だったが、ありすは魔力切れにはなったもののリスポーンはしなかったため、今まで蓄積された【殲滅者】のステータス上昇が継続しているようなのだ。
極限まで強化された神装の威力……果たしてどれほどのものになるのだろうか、私にも想像がつかない。私たちを助けるために、グラーズヘイムにそれほど有効ではない《グングニル》を使ってあれだけの威力を発揮したのだ。グラーズヘイムに有効となるだろう神装を使ったとしたら……。
……よし、希望が見えてきた。
”ありす、まだちょっと調子悪い?”
「ん……少しだけ、気持ち悪い……」
一方でありすは《ラグナレク》の後遺症がまだ完全に治っていない。キング・アーサーの時よりも長引いている気がする。
詳しくは聞かなかったけど……まさか、二回以上《ラグナレク》を使ったのではないだろうか……? 怒るよりも、むしろそれだけ負担を強いてしまったことを反省しなければ。
そしてその反省も、クエストが終わった後だ。今はとにかく、グラーズヘイムを倒すことに集中しなければ。
ヴィヴィアンが呼び出した《ペガサス》に私たちは乗り込む。
ありすはまだ変身せず、後ろからヴィヴィアンに支えてもらう感じで騎乗。私はヴィヴィアンとありすに挟まれる体勢となる。ちょっと息苦しい。
「それでは、参ります」
「ん」
”うん!”
そして私たちは、グラーズヘイムとの最終決戦へと挑む。
……あれ? そういえば何か忘れているような気が……?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「うにゃあぁぁぁぁ……アタシ、生きてる……?」
一方、ラビたちから離れた位置にて。
墜落したヴォルガノフの死骸から、ふらふらとジェーンが起き上がる。
どうやら墜落時にヴォルガノフがクッションとなったおかげで、大してダメージを受けずに済んだらしい。
「……アリスたちはどうなったのかな……?」
取り残されてしまったため状況がわからず、動くに動けない。
ゲートから撤退してもいいものかどうか。まだアリスたちが戦っているのであれば、残って共に戦うことで力になれるかもしれない。
と、上空を見上げてみると――
「あ――」
彼女は、流星の如くグラーズヘイムへと向かう《ペガサス》――そしてそれに乗るありすたちの姿を見た……。